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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(後編)

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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(後編)

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第2章 朱色の衝突

「ねぇ〜ど〜なってんのさ〜」
「お、お前な! それどこじゃないだろ!?」
 官庁街予定地に向けて。
 大急ぎでその足を運びながら、皇彼方(はなぶさ・かなた)はまとわりつくように併走する如月 玲奈(きさらぎ・れいな)に向かってわめいた。
「それどこだも〜ん。ま〜たっく、あれだけ色々条件整ってて、相変わらずテティスと進展なしだなんて、どれだけ超弩級のヘタレ?」
「し、進展なら充分あった! それに、大事なパートナーだ。それでいいだろ?」
 ジト目を向ける玲奈に、顔を紅潮させた彼方が思わず言い返す。
「手も握ってないのに?」
「……」
 しゅんっと黙る彼方に、玲奈はふるふるふるっと首を振り、大げさに天を仰いで見せた。
「だ〜め。ぜんっぜんだめ」
「……ったく酔っぱらいでも相手にしてる気分だな……」
「ま〜た『酔いどれアウグスト』の話題? 私が聞いてんのはテティスのことどう思ってんのって話」
「だから――」

「彼方!」

 言いかけた彼方の言葉はテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)に遮られた。

「カンバス・ウォーカーとの戦闘、始まっちゃったみたい! しかも、問答無用で殲滅させる勢いだって」
 テティスの言葉に、彼方は思わず舌打ち。
 踏み込む足の勢いを強める。
「ま〜だこっち、片付いてないよ〜?」
「バカ言え、いい加減ホントにそんな状況じゃ」
「逃げる気?」
「逃げる!?」
「テティス言ってたもんね、キミ、十二星華の力にビビってるんだって。だから手も繋げないんだって。これからも、そうやって今日みたいにいろんなこと理由にして逃げるんだね」
 玲奈の言葉に、彼方はさらに強い舌打ちをひとつ。
 それからちらりとテティスまでの距離を確認し――

「好きに決まってんだろ」

 ポツリとこぼした。

 玲奈の顔にパアっと嬉しそうな表情が広がっていく。
「あ、言った! 今言った!」
「急に元気になるな! 待て! 報告に行くんじゃない!」
 彼方は、テティスの元に駆け寄ろうとする玲奈を思わず羽交い締めにした。
「いいか! ここまで引っかき回したんだから、カンバス・ウォーカー止めるの手伝えよ!」

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 遡ること五分。
 官庁街予定地。

「黙ってやられろとは言わねえよ……お互い自分の我を通す為。単純だろ? 邪魔な奴を消すだけだ!」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が乱撃ソニックブレードを発動。
 一太刀、二太刀。
 刀真が手にしたバスタードソードがうなりを上げてカンバス・ウォーカーを襲う。

 キャンキャンガキャンキャン!

 カンバス・ウォーカーは手にした巨大なペインティングナイフを打ち振るう。
 交叉した刃は、破壊力をそのまま鼓膜への振動に代え、派手な金属音をまき散らした。
「ふうん。便利ね、それ」
 さすがにこめかみに汗は滲ませながら、それでもカンバス・ウォーカーは笑みを浮かべる。
「そうかよ」
「ええ。いっそ、街の方に向けてくれたら楽なのに」
 カンバス・ウォーカーの言葉に、刀真はピクリと片眉を振るわせ――

 タンっ!

 裂帛の気合と共に強烈な踏み込み。
 カンバス・ウォーカーの胴を狙って強烈に剣先をねじ入れた。

 ダムッ!

 それよりわずかに早く、ゴム弾の射出音と衝撃がカンバス・ウォーカーの身体をはじき、強引に、刀真の突きの射程外へと追いやった。
「……」
「と、刀真、もう少しだけ待って。まだ、みんながんばってるから。カンバス・ウォーカーを止めようって動いてくれてるから」
 ギロリと視線だけを寄越して見せた刀真に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)はビリつく声を無理矢理にまとめ上げて言葉を投げた。
 その手ではハンドガンが未だ硝煙をのぼらせている。
「此処を破壊させる訳にいかないのは元より……最悪原因である『酔いどれアウグスト』の関係者も罪に問われる可能性がある……破壊を止める気はねぇんだろ?」
 つとめて月夜の介入を拒否するような刀真の言葉に、カンバス・ウォーカーは肩をすくめてみせた。
「だったら、お前を消すだけだ。いいか、俺を殺さない限り、手前の目的は果たせねえよ!」
 再び、二人はお互いの得物を担ぎ直す。
「ああもう!」
 くしゃくしゃくしゃっとつややかな髪をかき乱し月夜は携帯電話のキーを叩いた。
 緊急の最中、呼び出し音一発で相手の声が飛び出る。
「テティス!? ごめん、刀真がカンバス・ウォーカーと交戦中! 殲滅するつもり! わかってる! わかってるけど……私ひとりじゃ止められないの! 急いで、お願い!」
 月夜の視界に刀真が渾身の構えをとるのが見える。
 ほとんど叩きつけるように携帯電話を切って、ハンドガンの狙いをつける。

「せっかくの真剣勝負に水を差すもんじゃないわよ」

 その射線上に、ヌッと割り込んだ影がひとつ。
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は交叉する刃の行方を目で追いながら、その拳にグッと力をこめた。
「邪魔するつもり!?」
「邪魔してるのは、そっちじゃないの?」
 焦る様子の月夜に、しかしリカインは怯まない。
「こんなの真剣勝負じゃなくて、つぶし合いだわっ!」
「だから真剣勝負でしょ。カンバス・ウォーカーが消え去るのか、この街が破壊されるかの――真剣勝負」
 リカインは形の良い唇の端に犬歯をのぞかせ、少々物騒な笑みを浮かべてみせた。
 それきり抑制の糸は品切れになったらしい。
 まるで放たれた矢のように、カンバス・ウォーカーに飛びかかっていく。
「お嬢! ちょっ! 無茶しないでくだせぇ!」
 明らかな強面のその容姿に似合わず、気遣わしげな声と共に伸ばされたヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)の腕はあっさりと空を切る。
 さらにその脇を駆け抜ける影がひとつ。
「アストライト!」
「ああ? んだよ?」
 影――アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)は面倒くさそうに振り向いた。
「わかってるだろうが……お嬢のフォローを最優先に。俺が銃撃でけん制する。キサマはオトリだ。カンバス・ウォーカーとやらのあの巨大な得物はそこそこ脅威だ。攻撃を引きつけて、お嬢から注意を逸らせ」
「……あのバカ女がそれを望んでるとも思えねぇけどな。にしてもお前、もう少し見た目の印象っての守れねぇの? どんだけ心配性なんだよ」
 アストライトは無遠慮に、ヴィゼントの頭の先からつま先までジロジロと眺め回した。
「……原因の一端だという自覚はあるんだろうな?」
 その言葉に「ふん」と鼻を鳴らしたアストライトは、やれやれと肩をすくめた。それからふと、月夜の方を振り向いて、
「じゃあな、ネーチャン。遠慮無く、あのカンバス・ウォーカーってのを斬ってくるぜ」
 意地の悪い笑みを浮かべた。
「――っ!」
 月夜は息を呑んで、形の良い眉を吊り上げる。
「なんだか知らねーけどな、この街の連中はカンバス・ウォーカーってのにずいぶん友好的じゃねーか。そんだけあいつが『心の中にいる』って証拠だろ。じゃあここは潔く、消えてもらおうぜ。けじめってやつだろ? その代わり遊びたくなったらまた来りゃ、俺が相手をしてやる」
「……」
 アストライトは口許を引き締め、刃付きのトンファーを構えた。


「好機!!」
 攻め手が増加して、カンバス・ウォーカーの動きは明らかに防戦に回り出した印象があった。
 動きが小さく、堅くなっていく。
 白砂 司(しらすな・つかさ)は大型騎狼でさらに行動を制限させながら、まるで縫いつけるようにを、一手、二手と幻槍モノケロスでの刺突を繰り出していく。
「お前の思いを、肯定してやることはできない。だが、尊重してやりたいとは思っている。全力で止めてやる。『現象』だのとつまらんことを言うな。同じ『生き物』として、勝負だ」
 カンバス・ウォーカーの瞳に力がこもるのがわかる。
 司はなぜかそれが嬉しくなり、すがすがしい気持ちでさらに一撃のために槍をしごいた。
「サクラコ!」
「司君は露出の少ない女の子だと急に元気ですね。そういう趣味ですか?」
 サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の言葉に、突き出された槍はヘロヘロと勢いを失う。
 カンバス・ウォーカーはあっさりそれを弾いてみせた。
「器用ですね。やはり、捕まえて形状変化のコツを聞きだしたいところです。なにより身体のラインを自由にいじれるって言うなら……ほとんど反則ですからね」
 サクラコはカンバス・ウォーカーの姿に、査定をするように真剣な眼差しを向ける。
「おいい!?」
 司が、珍しく悲鳴に近い声をあげた。
「なんですか?」
「な、なにむくれてるんだよ? 腹でも空いてるのか? ミルクか? 猫缶か?」
 本気の顔で心配する司。
「引っ掻いてあげましょうか? 違います。カンバス・ウォーカー――こんなの完全に物語の存在じゃないですか。私は語り部ですよ。どうして教えてくれなかったんです?」
 サクラコはプイと顔を背ける。
「今言うかそれ!?」
「この件に関わる前に教えてくれなかったんですからしょうがないのです」
「それは――おわっ!」

 衝撃が音となって地面に振り下ろされる。

 サクラコを騎狼に引き上げ、司はカンバス・ウォーカーの一撃をかわしてのけた。
「わかった。これが片付いたらいくらでも話してやる」
「ホントですね」
「ああ。だから、ここで死ぬわけにはいかないだろう。それに――これがカンバス・ウォーカーの想い、カンバス・ウォーカーに込められた想いだっていうなら、相応の礼儀を以って応えるべきだからな」
 司が「想い」という言葉を口にした瞬間、一瞬だけ、サクラコの顔に満足そうな表情が過ぎった。サクラコはパンっと拳を打ち合わせた。
「わかりました。行きましょうか!」
「ああ。後でえさもたらふく食わしてやるから。頼んだぞ、魔猫サクラコ」
「……話を聞かせてもらうついでに、しっかり引っ掻かせてもらうのも追加です。私を魔獣扱いするのも気に食いませんが、司くん、魔獣使いを完全に勘違いしてますよ」

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 エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)の視線の先では、力同士がぶつかりあう衝突音と、気合の声が上がっては散っている。

 そんな光景を前に。

「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム。我は求め訴えたり〜!」
 この上もなく真剣な表情で。
 すっぽりとマントをかぶったメリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)が両手を突き出したり、複雑な形に指を組み変えたりと、さっきから試行錯誤を繰り返している。
 よくよく見れば、その足下には六ぼう星の魔法陣を描いた後やら、どこから引っ張り出してきたのかタロットカードを繰ってみた痕跡が散らばっている。

 別段それで戦局に変化はないけれど。
「何をやっているんだ?」
「もしかしたら、カンバスくんと悪魔的な契約をしてこれに入ってもらえないかなぁって」
 メリエルはコンコンっと籠手型HCを叩いた。
「まだそんなことを言ってるのか?」
「だって元々これが原因で悪魔騒動が起こったんだよね? 試してみなくっちゃ! 可能性を笑う者は可能性に泣くんだよ」
 自信満々で言い切ったメリエルは、それで再び儀式の続きへと戻っていく。
 小さくため息をついたエリオットは、今度は傍らに立つもうひとりのパートナーに顔を向けた。
 こちらも先ほどから真剣な表情で戦闘の様子に視線を注いでいる。
「ここでいいのか? 騒ぎが落ち着いた後改めて頼んだ方がジッとしていてもらえると思うが?」
「ええ、でも」
 エリオットの言葉に、スケッチブックから顔をあげたミサカ・ウェインレイド(みさか・うぇいんれいど)はにっこりと微笑んだ。
「お二人並んで腰掛けていただいて、とも思っていたのですが……よく考えたら、彼方さんとテティスさんはこうして何かに取り組んでいるのが一番『らしい』姿ですか。それに、これなら色を塗る時間まで取れそうです。いっそしっかり額装してお二人にプレゼントしましょうか? なんだか英雄画みたいになってしまいそうですが……」
 ミサカの手元では軽快な鉛筆の動きで、躍動感のある彼方とテティスのスケッチが描かれつつあった。
「構わないのではないか。あの二人には、少々大げさなくらいが丁度良い」
 エリオットは少し楽しそうに笑みを浮かべる。
「そうですね。私なりの二人への『信用』の形、しっかり込めさせていただきます」
 ミサカもニッコリと頷いた。
「……ところで、いいのですかエリオットさん。眺めているだけで」
「構わないさ。彼方が暴走しなかったようだからな。後はメリエルとミサカが満足すれば私の目的は果たせる」