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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(後編)

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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(後編)

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第7章 紫紺の決意

 バーストダッシュで接近。
 ペインティングナイフの一撃は上半身のを反らせ、身を伏せかわし、再び離れてしまった距離は詰める。
「そういえば名乗ってなかったな。俺は政敏ってんだ。そっちは?」
 振り下ろした剣戟をカンバス・ウォーカーが受け止めたのを確認して、緋山 政敏(ひやま・まさとし)は口を開いた。
「……サラ」
 言ってから、カンバス・ウォーカーはまるで、自分の口が勝手に動いたことを驚いたように目を見開いて、それから皮肉げな表情を浮かべた。
「私の中の何かが、この名前を気に入ってるみたいだけど……名前なんかないわ」
「そうか? いい名前なんじゃないか? 特に――自分が気に入ってるなら」
 言って、政敏は剣を振るう。
 カンバス・ウォーカーはそう労するふうでもなくその攻撃を受け止めた。

 ひとつ。
 ふたつ。
 みっつ。
 ……。
 
 刃が交叉する音と、足運びの音だけが辺りに響いた。
 まるで会話をするように。
 まるでダンスでもするように。
「ふうん。剣筋まで一途なんだな」
「なっ!」
 政敏の言葉で、カンバス・ウォーカーの顔に朱が走る。

 ゲイン!

 そのまま、カンバス・ウォーカーは力任せにペインティングナイフを振るった。
「ま、待てって!」
 政敏が少し慌てた声を上げた。
「別にバカにした訳じゃなくて、どんな『想い』であれ、『なさなければならない』ってのは、一途なのはそんなに悪い事じゃねーよなって思っただけで……」
 政敏の言葉に耳は貸さず、カンバス・ウォーカーが得物を振りかぶる。
「チッ!」
 政敏も手にした剣を握る力を上げる。

 その瞬間。

 ボッと。
 紅蓮が空を焼いた。

「カンバス・ウォーカー、こっち!」
 空飛ぶ箒による低空滑空。
 火術を目くらましのように展開させた茅野 菫(ちの・すみれ)は、カンバス・ウォーカーの手を取ると、そのまま一気に加速した。

「チッ……逃げられちゃ困る。カチェア!」
「……なんですか?」
「な、なんですかって……雷術でもなんでもいいからあいつら止めてくれ」
 常にはあらぬカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)の抑揚が抑えられた声に、政敏はわずかに言い淀んだ。
「それで、また抱きつくんですか? 今度は二人いますね」
「はあ!? おい、冗談言ってる場合じゃねぇんだ」
「政敏さっきから楽しそうですもんねぇ。剣振るってる最中も、カンバスさんと踊ってるみたいでしたよ」
「あー……わかったからつまらねぇ嫉妬やめてくれ。ほら、追いかけるぞ」
「嫉妬ぉ! 嫉妬って言いました今!?」
 政敏の言葉に、カチェアは眉尻を逆立てた。


「ど、どこ行くつもり?」
 菫の箒の後ろに乗せられながら、カンバス・ウォーカーは声を張った。
「どこ? そうだねぇ……世界の果てとかってのも、面白そうな気がするけど」
 自分の言葉を面白がるように、菫は肩を震わせた。
「本当は、世界が始まる場所」
「世界が始まる場所?」
 カンバス・ウォーカーが菫を覗きこむ。
「そう、世界が始まる場所。世界は女王さま、女王さまって大騒ぎだったけどね、それって本当にいいことなの? その先に幸せ、ちゃんとあるの? あたしはそうは思わないっ! だからね、この世界を否定するっていうならあたしも一緒。否定して、拒否して、拒絶するのっ!」
 菫は当然前を向いていたが、しかしその目は進行方向の遙か先を眺めているように見えた。
「……」
「あんたもさ、壊すだけじゃつまんないじゃんっ! 壊したら創造しなくちゃっ!」
「創造……」
「そ。新しい世界の創造! 誰もが幸せになれるような国、いっしょに作ってみない? いっしょに、来てみない?」

 ひゅ。

 納刀から一閃。
 耳が捕らえたのはごく小さく大気が裂かれる音で。
 目が捕らえたのは一瞬の白いきらめき。
 その意味を理解できた時にはすでに、九条 風天(くじょう・ふうてん)の振るった古浪は振り抜かれている。
 ほとんど反射で巨大ペインティングナイフを構えたカンバス・ウォーカー。
 甲高い衝突音が鳴って、カンバス・ウォーカーは箒の上から弾き飛ばされた。
 そのまますぐに受け身を取るが、手のひらを震わせる衝撃に、厳しい表情を浮かべる。
「カンバス・ウォーカー!」
 空飛ぶ箒を急停止させ、菫が声を張り上げ、すぐに接近しようとターンを切る。

「うん、そっちの相手は俺だ」
 それを遮ったのは政敏。
 若干顔に疲労を滲ませたその姿の横で、未だ少し不満そうなカチェアが雷術の発動準備をしていた。

「新しい国作り……これ以上何か起こささせるわけにはいきませんし……まあカンバスさんも戸惑っているみたいですね。戸惑っている。剣……いや、その得物には迷いが滲んでいますよ。目的が誰かを傷つけることでないのなら、ボクは協力しますよ」
 風天の言葉に、カンバス・ウォーカーはどこか自嘲めいた笑みを浮かべた。
「この街の破壊が私の存在理由……無理な話だわ!」
 小柄な体躯に似合わず、カンバス・ウォーカーは勢いよくペインティングナイフを振り下ろした。

 ガイン!

 物質的な威圧感には表情を崩さず、風天は受太刀を発動。
 金属同士が真正面からぶつかり、派手な衝撃音をまき散らす。

「――!」

 カンバス・ウォーカーの口だけが小さな悲鳴を形作り、ペインティングナイフと一緒にその身体がゆらりと流れる。
「おおおお!」
 気合の声と共に。
 隙は逃さず、風天はすかさず疾風突きを叩き込んだ。
「……斬らないの?」
 ここにいたって尚、カンバス・ウォーカーの声は皮肉げな響きを帯びていた。
 刀は、確実にカンバス・ウォーカーの肩を貫いた感触を伝えてきている。
「本当に、もう斬るしかないのか?」
 しかし、風天はその顔に苦渋の表情を滲ませた。

 それは一瞬の隙。
 しかしその瞬間。

 バッと、まばゆいばかりの光術が世界を白く染めた。
「くくくく……あっはっはっは! ではカンバス・ウォーカーとやら、その想い、叶えてくれよう!」
 心底楽しそうに喉を震わせ、アンドラス・アルス・ゴエティア(あんどらす・あるすごえてぃあ)の哄笑が響き渡った。
 さらに、間髪を入れずに一発、二発と氷の塊が乱舞する。
「……カンバスさんの協力者ですか……相手になります! 正面から来なさい!」
 氷術の攻撃を、後ろへと跳びさすりながら避け、風天が叫んだ。
「……正面から? 好きこのんで自分の優位性を放棄するなんて……愚か者の所業じゃないですか」
 その顔を忍びの覆面ですっぽりと覆い、姿を現した鬼崎 朔(きざき・さく)は、静かにそう告げた。
「そして……決着は優位なうちにつける。ためらわないことです」
「これは!」
 慌てた風天が顔を覆う。
「たぶん、遅いですよ。痺れてきたでしょう」
 朔の言葉通り、風天の体に痺れが広がっていく。
「ははぁ、朔、貴様やるではないか。なるほど。ちょこまかとすばしこい的だと思ったが……それならば止めてしまえばいいわけだ」
 言うなり、アンドラスは奈落の鉄鎖を発動。
 痺れではない別の力が、今度は風天を戒める。
「――!」
 体にまるで力が入らない中、それでも風天は瞳に精一杯の意思を込める。
「そしたら、今度こそ当ててくれる!」
 アンドラスはその唇にほとんど愉悦の笑みを浮かべ、氷術の展開準備を始める。

 が。

「させません!」
 一筋の声が空間を渡る。
 変化は一瞬だった。
 一瞬にして、アンドラスの手から氷術の手応えが消えた。
 不可解な状況に、アンドラスはキッと声のした方向を睨み付けた。
 ちらりとだけ、怯みそうになった気持ちを振り払うように、レライア・クリスタリア(れらいあ・くりすたりあ)はアンドラスの視線を受け止める。
「あなたの氷術は神子の波動で封じさせていただきました」
「わかりませんね。どうしてカンバス・ウォーカーの行く末を見届けようとせず、邪魔をするんです?」
 心底忌々しそうな表情を浮かべたアンドラスの代わりに、朔が口を開いた。
「……いいえ。カンバス・ウォーカーの行く末は見届けるつもりです。わたしも、泡も、リィムもそれは同じ。でも、それにはまだ、カンバス・ウォーカーと向き合う時間が必要です」
 レライアの言葉に、朔は考え込む。
「平行線ですか」
「無駄なことはやめておくのだな、朔。邪魔をするというのなら、全員消すまでのことであろう!」
 再び戦闘態勢になるアンドラス。
 しかし、その勢いを今度は飛来した雷術が削いだ。

「ふ、風天さん。少しでも動けますか? 逃げるですよ」
 雷術で風天の安全をフォローしながら、リィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)は風天の服の裾を引いた。
 とは言え掌に収まるようなサイズのリィムがいくら顔を真っ赤にしたところで風天は動かない。
「ありがとうございます……でも、ボクは行かなくては……」
「む、無理を言わないでください! まだ痺れてるのに……」
「悪鬼外道、誅滅すべし……彼らは元より、ボクはカンバス・ウォーカーを斬らねばなりません……斬るべきでした」
 風天の顔に明らかな後悔の表情が浮かぶ。
「だ、ダメです! カンバス・ウォーカーさんを斬ってはダメです!」
「彼女は止まらない。それでも、まだ守ろうとしますか」
「……人の想いって複雑ですよね」
 風天の言葉に、リィムはフッと宙を眺めた。
「……何かを否定するにしても『対象が嫌いだから否定する』事もあれば『より良い物になるはずだからって今はあえて認めない』という場合もありますし……言葉の表と裏がいつも同じだとは限りません。あの漆黒のカンバス・ウォーカーさんがどんな想いを込められた現象なのかは分かりません……でも、きっとまだ分かり合う余地はあると思うんです。だから……」
 リィムはニッコリと笑ってみせた。
「だからきっと、泡が止めてくれます」


「……」
 辺りを、自分の右肩を確認しながら。
 カンバス・ウォーカーはペインティングナイフを手に取った。
 強い意志の力と言うよりも、本能がそう告げるからたぶんそうしている。
 
 フッと。

 音もなく、色もなく。
 大気を何かが横切った気配があった。

「――!?」
「その物騒な得物は、持ち上がらないわよ」
 焦りの表情を滲ませたカンバス・ウォーカーに、十六夜 泡(いざよい・うたかた)が告げた。
「ペインティングナイフを振り回す力は封じさせてもらったわ」
「……ほんと、小癪」
 悔しそうに歯を見せるカンバス・ウォーカーの視線を、泡は真正面から受け止める。
「カンバス・ウォーカー。今回の事件、私は三つの作品によって引き起こされた物だと思っていたけど……今のあなたの姿を見た感じじゃ、そういう訳じゃなかったみたいね。 元々は一つの作品だったものに、作者以外の二人にそれぞれ手を加えられ、結果的に『3人の想いが三人のカンバス・ウォーカーを作り出した』ってところだったのかしらね」
「私はカンバス・ウォーカー。美術品に込められた想いが、唯一現象として私を引き起こす」
「まあ、どっちでもいいわ。どういった理由や目的。建前の物ではなく、作品に込められた『本当の想い』を見つけ出すのは……私の役目じゃない。今頃必死で探している人が居る。私は皆を信じてるから。あなたがこれ以上の罪を増やさない様に、絶対にここで止めてみせるわよ」
「本当に、あなたたちは物好きだわ。そんなに、この街が好きなのかしら」
「さあ、好きなんじゃないかしら。この街も、あなたのために走り回ってる皆のことも。たぶん……あなたのことも」
 腕組みをして、泡はニヤッと笑った。
「だから……否定したいのならいくらでも否定すれば良いわよ。その代わり、否定された事も受け入れて、私たちは未来を描いて進んで行くのに変わりはないけどね」
「……」
 カンバス・ウォーカーは考え込むように黙り込んだ。
「さ、終わりにしましょう」
 泡は、そんなカンバス・ウォーカーに向かって手を伸ばす。

「それは……愚かなことです」
 
 轟。

 目に見えて。
 明らかに高威力な火術が空間を薙いだ。
「――!」
 泡は即座にバックステップを踏み、それをかわすと、素早く拳を固める。
「何を心を動かされそうになっているのです? 今更戻れるなんて思ってるんですか、貴方は。私と同類なのですから一緒に狂いましょう?」
 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)はカンバス・ウォーカーの心根を入れ直すかのようにその背中をポンポンと叩き、それから命じる。
「バルト!」
 こくりと頷いて見せたのはバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)
 巨大鎧のような機晶姫は、雄軒の言葉で六連ミサイルポッドを発射させた。

 轟音と衝撃が大気を震わせる。
 ミサイルの数発は地面に着弾、カンバス・ウォーカーを止めにかかった生徒達の進行を阻み、さらに数発は近隣の建造物を抉った。
「良いではないですか。盛り上がってきました。世界の否定……派手にいこうではありませんか。そのペインティングナイフが使えないというのならいくらでも別の手段をご用意しましょう。なに、大量殺戮上等。関係ありません、気楽に参りましょう」
「まだ……やれる……」
「ええ、その通りです」
 確認するようなカンバス・ウォーカーの声に、雄軒は嬉しそうな答えを返す。
 再び、カンバス・ウォーカーの瞳に暗い意思の力が宿った。
「させるかよ!」
 一陣の疾風。
 バーストダッシュで勢いを乗せたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は一直線にカンバス・ウォーカーに迫るや、その拳を引き絞った。
「!!」
 その咄嗟。
 カンバス・ウォーカーは反射的に両手でトライブを突き飛ばした。
「のわっ!」
 背中から転がるトライブ。
 そのままゴロゴロと転がり、適度に勢いの落ちたところでひょいと立ち上がった。
「ったく急に消えんじゃねぇ馬鹿野郎! 心配するじゃねぇか!」
 嬉しそうに笑うその顔には少しの苦痛の後も翳りもない。
「な、なんなのよあなた――」
 カンバス・ウォーカーは、明らかな戸惑いの声をあげた。
「いいか? 血生臭ぇのはゴメンだけどな……鬼ごっこだろうが鉄拳勝負だろうがそんなもんでよけりゃいくらでもぶつけてこいよ。ぜーんぶだ。俺が受け止めてやる。そのうち絶対世界に出てきて良かったって言わせてやる。いいか、何をするにしろ、まず俺を越えていきやがれ!」
「誰かと勘違いしてるわよ! カンバス・ウォーカーは記憶を共有しな――」
「そんなこと――関係ねーな! さあ、気持ちよく勝負と行こうぜ、カンバス! っておお!」
 再び拳を固めたトライブが、悲鳴を上げた。
「よくはわからぬが……おそらく貴様は我の主の障害であろう。障害は――排除する」
 一度空を切った幻槍モノケロスを引き戻し、バルトはチェインスマイトを発動させる。

 ドルル。

 腹に響く重低音を振りまきながら、黒い影がバルトの視界を遮った。
 高速の二連撃は的を失って空をかく。

 ドウム!

 軍用バイクのタイヤが着地、再び地面をグリップする。
 同時に、霧島 玖朔(きりしま・くざく)は弾幕援護を発動。銃弾をばら撒いた。
「よう、また会ったなお嬢様。ナイチンゲールの歌声を聞きに来たぜ」
 軍用バイクの上で、玖朔はカンバス・ウォーカーに向かって手にした銃を掲げて見せた。
「ちぇ。良い格好しやがって」
 バルトの間合いから逃れるのに成功したトライブが、玖朔の横で唇を尖らせた。
「敵陣のど真ん中に特攻してた奴を助けてやったんだぜ? 礼の一つももらったところでバチは当たらないと思うけどな」
「……よーしオッケー。そいつは了解だ。じゃあ俺、この後引き続きカンバスとの勝負があるから、援護、よろしくな。邪魔が入らないように、狙撃してくれればいい。期待してるからな?」
「ふ、ふざけたこと言ってんなよ! 俺はカンバス・ウォーカー止めに来たんだよ!」
「……あー、いいかカンバスはな、俺のライバルなんだよ。そういう勝負にさ、水差しちゃダメだろ実際。な?」
「バカ言え、カンバス・ウォーカーを手なずけられるとしたら俺だけだ。そっちこそ引っ込んでろ」
 トライブと玖朔はぐぬぬぬぬと顔をつきあわせる。

 と、その瞬間。

 バリバリと空間を引き裂くような音を立ててまばゆい光が走った。

 ハッとしたトライブと玖朔が振り向けば、たった今雷術を発動させたばかりの雄軒の姿があった。
「私としては、あなた方二人が消し炭になってくれることが望みです」
 紅の魔眼。
 雄軒の目は、赤く輝いてその魔力の昂ぶりを主張している。
 そのすぐ横では槍を構え尚したバルトが、突進する構えを作っていた。

「……どうやら先にやらなきゃならねーことがあるって訳か」
「仕方ねーな」
 ふるふると首を振ったトライブと玖朔は、

 パン!

 どちらともなくお互いにその手を打ち合わせた。