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泥魔みれのケダモノたち

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泥魔みれのケダモノたち

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第3章 強そうな人はいるけど?

「おい、お前ら、逃げんじゃねー!」
「おう、追え、追え、逆鬼ごっこだコラァ!」
 毒の沼地を中心部に向かって走るエリカたちと、それを追う黒鬼たち。
 エリカたちの目的はあくまでハムーザ3世の救出にある。
 と、そこに。
「うん? エリヌースが『あたしの故郷が!』と泣きつくからきてみれば……何とも騒がしい」
 鬼崎朔(きざき・さく)と、パートナーのエリヌース・ティーシポネー(えりぬーす・てぃーしぽねー)アンドラス・アルス・ゴエティア(あんどらす・あるすごえてぃあ)ラザロ・プレストゥプレーニエ(らざろ・ぷれすとぅぷれーにえ)との合計4人がエリカと黒鬼たちの間を遮断するかのようにひょっこり現れた。
「んだぁ! おい、そこの、どけコラァ! 剥いてやっかんなあ!」
 黒鬼たちがすごむが、鬼崎は意に介さない。
「ちょ、ちょっと! あたしの故郷がいつの間にか変な泥だらけになってるわよ! しかも、変な生物がうじゃうじゃいるし……どういうことよ!」
 エリヌースがびっくり顔で沼地と、ただならぬ様子の黒鬼たちとを交互にみつめる。
「くくく……状況の変化に戸惑ってるだけでは、大成できぬぞ。むしろ変化を好機ととらえ、黒鬼たちをとりこむのだ!」
 アンドラスはエリヌースを嘲笑い、黒鬼たちに正面から呼びかけた。
「おぬしたち、文明人に復讐か? ならば、この私が手助けしてやろう。何、私の命令のまま、人を襲い続ければ、阿鼻叫喚の地獄絵図。文明人の皆殺しなどたやすいことよ」
 アンドラスの呼びかけは、黒鬼たちの心に届いただろうか?
「だー、素性の知れねー野郎がボス猿みてーに指図すんなっつーんだよ。自分の実力みせないで人にいうこと聞かせられっと思ってんじゃねーぞコラァ!」
 鬼たちは牙を剥き出し、いっせいに抗議を始めた。
 だが、アンドラスは不敵な笑みを崩さない。
「ちなみに私は文明人ではないぞ? 悪に生きる者だ。私を襲おう者なら、塵芥に戻すぞ、ゴミ虫ども!」
 悪そのものともいえるアンドラスの言葉に、マイナスエネルギーによって生み出された黒鬼たちは、どこか共感を覚え、自分たちの力が強まっていくのを感じた。
「おおー! 力がわいてくる、ってことは仲間か! こりゃあいいや! ちょうどいい、一緒に獲物を狩るとしようぜ!」
「やれやれ。扱いやすいが、バカはバカだな。誰が仲間といった? 私の傘下に入れという意味は理解できるかね?」
 黒鬼たちの歓声に、アンドラスは若干呆れ顔だ。
「って、アンドラス! なに調子に乗ってくどいてるのよ! あたしだってね、よくよく考えればこいつら使えそうだし、ここは元々あたしの土地だし、あたしの部下になることはあっても、あんたの部下になる筋合いはないのよ!」
 エリヌースは、アンドラスの割り込みに苛立っていた。
「くくく……。エリヌース、おぬしには最低限の理もわかっておらぬ。さっきこの愚かな鬼どもがいったではないか。この世は実力万能、筋など関係ない、弱い奴には誰もついていかんのだ」
「ハッ! いったわね。あたしが弱いって? どこのどいつの口からそんな寝ぼけたことがいえるのかしら?」
 アンドラスに吐き捨てて、エリヌースは黒鬼たちに呼びかけた。
「さあ、感じなさいよ! あたしとこのアンドラス、どっちからより強い力を感じる? マイナスエネルギーから生まれたあんた達なら、すぐにわかるだろうさ!」
 黒鬼たちはどよめいたが、すぐにエリヌースに近寄ってきた。
「まっ、そりゃーあんたからも力は感じるけどなー! どっちが強いってのは、お互い闘って決めることなんじゃねーのかー?」
 黒鬼たちの言葉に、アンドラスはうなずき、邪悪な笑いを浮かべた。
「くくく……。エリヌース、こやつらはバカだか、おぬしよりは賢いようだ。さあ、茶番はここまでにして、どっちが上でどっちが下か、こいつらのいうとおり勝負で白黒つけようではないか!」
「フン、こいつらにいわれなくたってそんなのは百も承知さ! いいわよ、本気でいこうじゃないの!」
 アンドラスとエリヌースは互いの隙をうかがうかのように睨みあい、一触即発の状態となった。
「いいぞ、やれー! そして、脱げー!」
 黒鬼たちも二人を取り巻いて煽りたてる。
「ほう、いつもながら面白い。アンドラス君もエリヌース君も、要するに本能のまま争う結論にいくわけですね。素晴らしい! 闘争もまた甘美なひとときですね」
 二人の対立を楽しむかのような口調で、ラザロが呟く。
「このような毒の沼地で、甘美なひとときとは。しかし、黒鬼たちがエリヌースたちに力を与えられたのは事実なようだ」
 鬼崎はうなずくが、逆にラザロは首を振った。
「いや、それは違いますね。何しろ、この鬼たちは、本当は、朔君、いま貴公から強烈な負の力を授けられているというのに、彼ら自身はそれがわかっていないのですから」
「なに!?」
 鬼崎は苛立ったような口調でラザロを睨む。
「なぜ不快に思うのです? 何を隠そう、私がいま一番関心があるのは、朔君、貴公なのですよ。なぜなら、貴公は『六罪の体現者』。その身に包まれた『淫欲』、生きるために泥をも啜った『暴食』、幸福なるものへの『嫉妬』、自身への仇への『憤怒』、力を求める飽くなき『強欲』、そしてそれら全ての根源である『傲慢』! ああ、なかなかいませんよ、これだけの素質を持つ者は!」
 ラザロは自分で自分の言葉に興奮しながら、酔ったような目で鬼崎をみつめて一方的に讃えあげた。
「ええい、いうな! 貴様にほめられるために私は地獄をみたのではない!」
 鬼崎はラザロの勝手な言いように無性に腹がたっていた。
 と。
「おい、俺たち、あいつらを追わなきゃいけないんじゃねーか?」
「おお、そうだ! 力をもらったことだし、さっさと行こうぜ!」
 アンドラスとエリヌースの闘いを尻目に、黒鬼たちがエリカの追跡を再開した。
 そして、鬼崎にぶつかりそうになり、怒鳴りつけたのだ。
「おい、どけ! 負の力を持ってたって、俺たちに協力しないんじゃ無用の長物ってもんだ!」
「何と。私に干渉するとは、そこまで貴様たちは愚かなのか!」
 ついに鬼崎は堪忍袋の緒を切らし、怒りに目を燃えあがらせて黒鬼たちに向かった。
「この、塵芥風情が! この私を殺せると思ってるのか! 否! 私は鬼崎朔! 貴様らの矮小な恨みごときでは……地獄を生きてきたこの私が屈するわけがないだろうが! 地獄を二回巡ってから……挑戦しろや! このクズどもがッ!!!」
 鬼崎の全身からマイナスエネルギーが膨れあがってもれだし、さすがの黒鬼たちもたじろいだ。
「えっ、この力って、あの二人より遥かに強いっていうか、いや、勘弁……うわー!」
 ちゅどーん!
 絶叫とともに、黒鬼たちの身体が砕け散り、もとの泥の塊に戻っていく。
 鬼崎のマイナスエネルギーを吸収しきれず、自壊したかたちだ。
「おお、素晴らしい。ここまでくると、もう芸術ですね。もう酔いっぱなしです」
 ラザロは感動のあまり頭がくらくらするのを感じていた。

「うん? 爆発音が聞こえたぞ」
 エリカの手を引いて沼地の奥へ走る斎藤は、ふと後方を振り返った。
「誰かが力を発揮してくれたみたいですね。ですが、すぐにまた泥から新しい鬼が生まれてきますよ」
 ネル・マイヤーズが冷静な口調でいう。
「ああ、倒れていったみなさんのためにも、早くハムーザ3世ちゃんをみつけないと!」
 激しい運動に慣れていないエリカは息を喘がせながら、それでも必死で走り続ける。
「オラァ! 待てやといってるでー!」
 ネルのいったとおり、泥から新しく誕生した黒鬼たちが、群れをなしてエリカたちを追ってきだした。
「くっ、あいつら、走るのが早い! うん? でも、もっと早く走ってくる奴がいるな、あれはいったい!?」
 斎藤は追ってくる鬼たちの後方から、泥をはね飛ばしながら猛スピードで迫ってくる影に目を止めた。
 ブオン!
 爆音とともに、風森巽(かぜもり・たつみ)の乗る機晶バイク「シルバージョン」が、鬼たちを追い上げるかのように疾走している。
「おやっさん、どこだ!?」
 風森は疾走するシルバージョンが切る風の中で叫んだ。
「バイク乗りには伝説のメカマンである『おやっさん』がこの辺にいるって聞いたんだ。シルバージョンの調子をみてもらいたいんだけど、でも何だよこの惨状!? 鬼がうじゃうじゃいて、おやっさんがどこにいるかなんて、全然わからないよ!」
 唸る風森の気迫にこたえるかのように、エリカたちを追っていた黒鬼の軍団は足を止め、風森が来る方向を振り返った。
「ワリャ、調子に乗るのもいい加減にしろや! 誰の許しを得て、そんなもんに乗ってるんじゃ! 文明の悪臭がプンプンするわい! いっぺんシメたろか!?」
 黒鬼たちは風森のバイクに、露骨に嫌悪感を示し、いっせいにくってかかってきた。
「文明の悪臭だと!? いったな! バイク乗りにとってバイクは自分の手足と同じなんだ! お前らにそれをわからせてやる!」
 風森は鬼たちに激怒し、シルバージョンのアクセルを全開にした。
 ブオン、ブオン!
 シルバージョンのスピードがみるみる上がり、弾丸のような勢いで突っ走った。
「文明、文明、うるせー! 3時のおやつにカステラ食ってろ、この野郎! おやっさーん、どこにいますかー? って、ぶつくさぶつくさ、うるさいってんだろーが! ザンギッて、強制的に文明開化させっぞ、その頭!」
 ブオン!
 シルバージョンが雄叫びのような轟きを響かせ、黒鬼たちに突っ込んでゆく!
「くらえ、ツァンダーブレイク!」
「う、うがあああ」
 ちゅど、ちゅどーん!
 シルバージョンの猛攻を受けた黒鬼たちが次々に吹っ飛び、四散してゆく。
 風森の気迫が、黒鬼たちのマイナスエネルギーを払拭する作用を果たしているのは
いうまでもない。
「おお、頼もしいぞ、あれは!」
 風森の特攻の前にバタバタと倒れてゆく黒鬼たちをみて、斎藤は思わず感嘆の声をもらした。
「シルバージョン。まるで、サイクロンのような勢いね」
 ネルも、地球上に発生する熱帯低気圧の名称をあげて風森とシルバージョンを讃えた。
「素晴らしいですわ! かっこいいし!」
 エリカも、シルバージョンの強さに勇気づけられたようだ。
「あっ、こっちにきますよ」
 風森のシルバージョンが黒鬼の壁を突破し、こちらに近づいてくるのをみて、御茶ノ水はエリカがバイクにぶつからないように、脇にどくよう促した。
 ブオン!
「おやっさーん、どこだー!」
 風森の叫びがエリカたちの耳に轟く。
「おーい!」
 斎藤が声をかけるが、風森には聞こえない。
 ブオン、ブオーン!
「おやっさーん!」
 シルバージョンのスピードをさらに上げて、風森は沼地の彼方へ走り去ってゆく。
「……あれ? 行っちゃったよ」
 全ては一瞬のことで、斎藤は思わず口を開けてぽかんとした。
「あなたがそんな顔をするなんて、シャンバラ大荒野と、そこに生きる蛮族たちのすさまじさは想像を絶するということですね」
 ネルが冷静な口調でいった。