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第十章 瘴気の消滅
 高台のすぐ近くの道では、陽とテディが戦闘を続けていた。
 波音たちが村人を引き連れていった後、彼らは残った魔物を相手にしていたのだ。最初は時間稼ぎのつもりで戦っていたのだが、魔物が減る気配がないので、一気に黙らせることにした。
「テディ、大丈夫!?」
 陽は、自分の後ろにいるパートナーを振り返る。
「うん! そっちはどう!?」
 正面から飛んできた巨大テントウムシを盾で殴って吹き飛ばすテディ。
「なんとか罠を仕掛けたよ!」
「そっか! ナイス」
 陽の返事を聞き、テディは笑顔を浮かべた。しばらくして、ドドドド、と地面を揺らして魔物の群れが現れる。
「ほら、こっちだ! 僕たちはこっちだぞ〜!」
 両手を上げて存在をアピールするテディを見つけ、魔物の群れがやってきた。
「今だっ! 陽」
「うん!」
 送られた合図を聞いて、木陰にいた陽が、思いっきり腕を引く。あらかじめ、道を遮るように木と木の間に渡されていた紐が、きつく張る。これが一気に魔物を黙らせる作戦だった。
 大きな力が紐に伝わってくる。魔物の重さに突進の速度が加わっているため、すぐにでも離してしまいそうだ。
「くっ、まだだ……まだボクはがんばるっ!」
 掌に血が滲む。だがすぐに紐を離したりはしない。今手を離したら、罠を仕掛けた意味が無くなってしまう。
「えええええいっ!!」
 気合いの掛け声と、魔物たちが進行方向へと吹っ飛んでいくのは、ほぼ同時。
 地面に叩きつけられた魔物たちは、次々と気絶していった。
「やったな! 陽! よくや――危ないっ!」
 陽の傍に駆け寄ろうとするテディは、残っていた魔物――隻眼トラが彼に迫ろうとしているのを見た。
 魔物が視界に入るや否や、本気の刺突を繰り出すテディ。
 一刻を争うパートナーの危機だったためか、手加減する余裕は無かったようだ。
 殺気を感じたのか、隻眼トラは標的を変え、テディとの距離を詰める。
 勝負は一合で決まった。
 槍の穂先を受けながらもスピードを緩めなかった隻眼トラは、テディを吹き飛ばした。小さな家屋の壁へと激しく激突し、そこを窪ませた。
「テディ!」
 悲鳴に近い声を上げ、テディのもとへ走る陽。抱き起こすと、弱い微笑みを見せた。
「へへっ……大丈夫か? 陽」
「ボ、ボクは大丈夫だよ! でもテディが――」
「ああ。心配はいらないよちょっと頭打っただけだから……。それより、さっきの魔物は」
 振り返ると、隻眼トラがこちらを見ていた。追撃に備え、リターニンダガーを構える陽。しかし、それは杞憂に終わった。
 隻眼トラは、興味を失ったかのように、二人のもとを離れていった。
「あれっ……どうして……」
「もしかしたら、瘴気が消えたのかも」
 陽が、森のほうへ視線を移す。
 最初この村に来たときに見えた、不気味な雰囲気が消失している。
「な、なんだ……そうだったんだ。よかった」
 テディを起こそうとする陽。しかし、彼は離れようとしなかった。
「ん、もうちょっとこのままで……ごほうびごほうび」
 子供のような笑顔でねだるテディ。
 ふっと笑うと、陽はそのままぎゅっと抱きしめた。
「わかったよ。でも、あんまり無理しないでね」
「それはどうかな……僕は君のおまえの騎士だから」
 軽口を零すパートナーが、ちょっとだけ可愛いと思った陽だった。


「瘴気が消えたみたいだねぇ……」
「そうですね」
 ある程度落ち着きを見せてきた高台の上で、北都とリオンがくつろいでいた。
「森に行った人たちが、がんばってくれたんでしょうね……」
「そうだねぇ。何とか無事に終わりそうでよかったよ」
「北都、約束、ですよ」
「えっ、約束?」
 北都が鸚鵡返しに尋ねる。
「そう。瘴気が消えたら耳をさわらせてくれるって言ったじゃないですか……」
「う゛……」
 視線をそらそうとする北都であったが、リオンの真っ直ぐな、汚れのない純真な瞳から逃れることは出来なかった。
「わ、わかったよ……。ほら」
 超感覚を使い、犬耳を出す北都。
「ふふっ」
 喜びで顔を満たすと、両手をその耳に持っていくリオン。
 しなやかな指が、優しく、かつ繊細に触れる。

 ――ふにふに

(あっ、なんだか恥ずかしいな……)
 両耳をビクン、としながら俯く北都。リオンの指は、時にくすぐるように時に引っ張るようにして、刺激を加えていく。

 ――ふにゅふにゅ

(ちょ、なんでこんなに触るのが上手いんだろう……)
 少しだけ快感を覚えてきた北都は、ほんのりと頬を紅潮させていく。耳毛がふるふると震えているのが、自分でもわかっていた。
(ああ、もうちょっと左――)
「北都、ありがとう」
「えっ?」
「耳、気持ちよかったです」
 リオンが、そのまま手を離す。
「あ、ああ。うん。よ、よかったね……」
 何とも言えない感情に、北都は苦笑いをしてしまった。


「追っ払うってのは、ちょっと難しいかもしれませんね」
 突撃イノシシを村の外へと追い払った後、逃げ遅れた村人を連れている、彩蓮、デュランダルに会う満夜とミハエル。
 それはいい。それはいいのだが――
 問題は、村人を追ってきている魔物だった。
 明らかに人肉を狙っている、グレートレオが二匹である。グルル、と涎交じりの威嚇が、猛獣の雰囲気を醸し出している。
「彩蓮、その人たちを連れて行くんだ」
 デュランダルが彩蓮を先に促す。
「わかりました。でもデュランダルさん、満夜さん、ミハエルさん、瘴気が消えたとはいえ油断しないでくださいね。正常化するまでにかかる時間は、魔物によって個人差がありますから」
 天使の救急箱を使って三人を回復した彩蓮は、村人を連れて高台のほうへと走り出す。
「というわけだ。存分に戦わせてもらうぞ――そりゃっ」
 彩蓮を追おうとした二匹に向かって、先ほどから使っている火術を放つミハエル。
 デュランダルと満夜も、立ちふさがるようにして臨戦態勢を取る。
「こちらも手加減できませんからね――えいっ!」
 ミハエルの火術の隙間を埋めるようにして、満夜の火術の猛追が迫る。
 激しい轟音と立ち上る煙の奥には、傷つきながらも闘気を微塵も緩めないグレートレオの姿があった。
「うおりゃああああっ!!」
 煙を煙幕代わりにして近づいたデュランダルは、剣を振るい、一匹をもう一匹のほうへかっ飛ばす。
 互いにぶつかり合った二匹は、そのまま気絶した。
「ふぅ……。何とかなりました……」
「二人とも、私は行く」
「えっ、ああ。ご助力、ありがとうございました」
「うむ。助かったぞ」
 去っていくデュランダルに礼を言う満夜とミハエル。
「さて、我輩たちは見回りを続けるぞ。満夜」
「はいっ!」
 残った二人も、歩き出した。


 村の入口は、だいぶ落ち着きを見せていた。
「村からは、瘴気が消滅――っと」
 銃型HCで、ヴァルの開いたコンピュータに状況を書き込む一輝。飛空挺から見える森の空には、曇りない蒼穹が広がっていた。
 高度を落とし、剛太郎たちのもとへ戻る。
「よし。もう心配はいらないぜ。剛太郎さん、恋人さんと休憩してきなよ」
「なっ! コーディリアはこ、恋人などでは……」
 照れ隠しのため、必死で否定する剛太郎。その後ろに本人がいるとは知らず。
「そんな必死に否定するなんて……ひどいです。剛太郎様」
「え゛……あ、いや、その……」
 どうやってコーディリアを宥めようかと、剛太郎は焦りながら考え始めた。
 それを見て、一輝とユリウスが笑い声を上げた。