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激戦! イルミンスールの森

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激戦! イルミンスールの森

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第四章 戦場と化す森
 高い樹木の枝に腰掛けながら、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は囮に出した、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)天夜見 ルナミネス(あまよみ・るなみねす)を待っていた。
「ちゃんと引きつけてくれてるのかしら……」
 真下を見下ろす。
 まだ来ない。見えるのは毒々しい紫の空気と、それにうんざりしているように揺れる草花である。
「最近ちょっと様子がおかしいのが約一名いるから……」
 呆れて言っている訳ではない。シルフィスティのことを心配しているのだ。自分の記憶に関して、かなりの不安を抱いている彼女が、何かやらかしたのではないかと、ハラハラしているのだ。
 不安は、時間の経過に比例して大きくなっていく。
「……瘴気もあるし、とっととブチのめしちゃおうかしら」
 パシッ、と拳を掌に打ち付ける。
 すると、草木を掻き分ける音が響いてきた。次いで聞こえたのは、怒号の嵐。
「ひ~~~~~~~~~!!!」
「……」
 絶叫しながら走るシルフィスティ。隣には、冷静に足を動かすルナミネスの姿があった。そして二人の後から、数十人はいると思わしき集団が追ってきていた。
「来たわね――っと」
 タイミングを見計らい、枝から飛び立つ。
 足向かっていく場所は、追ってきていた男の顔面。
 踏み台にするように着地すると、すぐさま跳ねる。
(四人――ね)
 視界に捉えた獲物の数を瞬間的な速さで確認すると、右側にいた男に狙いを定め、走り出した。
「なっ――」
 リカインは男の顎に強烈なアッパーカットを叩き込む。鉄甲で覆われているためだろう、痛々しく、甲高い音が響く。間違いなく骨折かそれ以上のダメージであることは簡単に予想がついた。
「お前たち、この女、強いぞ!」
 他のメンバーに忠告を投げかけるリーダーらしき男。
「よくわかってるじゃないのよ……それっ!」
 褒められたと感じたのだろう。嬉しそうに言うと、リカインは意識の無い男の胸倉を掴み、それをそのまま三人の方へ投げつけた。
 ドサッ、という音と共に、三人が倒れる。
「三人仲良く固まってるからよ……。覚悟なさい――」
 倒れている三人を、踏みつけるなり殴るなりして痛めつけていくリカイン。
「っ――このっ!」
 根性があるのか命知らずなのか、三人のうち一人――スキンヘッドのひげ面――が必死に立ち上がって、持っていたナイフで反撃しようとしてきた。
「師匠! 援護するっス」
 声のすぐ後に、風を切る音が聞こえた。アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)の投げた、投げ刃が宙を舞って、そのひげ面男の背中を切りつけたのである。
「ぎゃああああああっ!」
 鮮血を上げながら、攻撃の始点を探すひげ面。
「がら空きなんだけど……。えいっ!」
 よそ見をしていた男の後頭部をリカインは殴り飛ばした。
「師匠、流石っス!」
 草むらから出てきたアレックスの言葉に、ピースで返すリカイン。
「まだ敵はいるからね。そっちも油断しないでね」


「うわ、すごいわね……リカイン」
 囮の役目も一段落したと判断したのか、振り返って戦闘を見ているシルフィスティ。最初の四人を倒した後も、次々と殴り、蹴り、怪しい集団の一味を葬り去っている。
 だが、人数は中々減らない。騒ぎを聞きつけて、他の場所からも仲間が来たようである。
「フィスも戦おうかな。よし――って、ルナミネス?」
 さっきまで一緒に囮をしていたルナミネスの姿が見えない。どうやら安全なところへ逃げたらしい。
「はいはい。わかったわよ。フィス、がんばっちゃうんだから! と……」
 周囲をキョロキョロと見渡し始めるシルフィスティ。すると、数メートル先の木の向こうに一味の男がいた。腰には、ハンドガンを下げていた。
(チャーンス!)
 そろりそろりと近寄ると、絶望の剣で切りつけ、ハンドガンを奪う。
「剣を振り回すにはここはちょっと狭すぎるからね。えいっ!」
 シャープシューターを使い、的確に銃弾を当てていく。
「ふぅ。やっぱり銃のほうがここでは相性がいいっぽいわね」
 敵を仕留めながら、リカインの援護をしようと進み始めたその時。
「あいつだ! 狙撃手を狙えっ!」
 ターゲットがリカインからシルフィスティに変わった。
「えっ……。マジで?」
 離れた敵を倒すのは簡単である。しかし、ここまで数が多いと、さすがに難しい。
 引きつった笑いを浮かべながら、後ずさっていくシルフィスティ。彼女を追うように、男たちも動き出す。
「ピ、ピーンチ!!」
 回れ右して逃げ出そうとした瞬間、男たちの動きが止まった。
「動くな、であります」
 シルフィスティの後ろには、鬼眼を発動させているルナミネスの姿があった。
「な、なんなんだ一体……」
 まるで地面に足を縫い付けられたように動けなくなった男たちは、苦悶の声を上げ始める。そこに、笑顔を浮かべたリカインが迫っていた。
「よくもまぁ私の仲間に手をだそうとしてくれたわね。お礼をしてあげるから楽しみにしなさい」
 苦悶の声が、悲鳴に変わった。
「あ、ありがと。ルナミネス」
「貴様が死んで、お姉様が悲しむ姿を見たくなかった。それだけです。あとは何とかなるでしょう。せいぜいがんばりなさい」
 そういって、再び隠れられそうな場所を探し出すルナミネス。
(何より、貴様を助けたことで、お姉様がわたくしを褒めてくれる……)
 ルナミネスの冷たい微笑を、シルフィスティが見ることは無かった。


「そりゃっ!」
「吹き飛びなさい!」
 リカインが近くの敵を、アレックスが遠くの敵を倒していく。たった二人なのだが、攻撃のリズムやタイミングが読みづらく、敵はなかなかダメージを与えることが出来ない。
 一番後ろにいたリーダーの男は、すぐ近くの部下が、投げ刃を喰らって血を噴き出したのを見て、冷や汗を流した。
「たっ、退却だ! 一旦退却するぞ!」
 その言葉を聞いた男たちは、脱兎の如くリカインたちから逃げていく。
「逃がすかっ!」
 投げ刃を構え、勇んだアレックスを、

「後は私たちが片付けるから、少し休んでるといいわ」

 凛とした声が静止させた。
 リカインたちの後ろから現れたのは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)ブラダマンテ・アモーネ・クレルモン(ぶらだまんて・あもーねくれるもん)上杉 菊(うえすぎ・きく)典韋 オ來(てんい・おらい)の四人だった。
「もう囮作戦は使えないでしょうから、やつらを追ったところで意味は無いわ」
 ローザマリアが、正論を展開する。
「おいしいところを持っていかれて悔しいかも知れませんが……ここはローザ様のことを信じていただけませんかしら?」
 ブラダマンテが、ローザを援護する。
「悔しいだなんて……。そんなこと思ってないわ」
 リカインが、苦笑しながら両手を上げて“参った”ポーズをする。
「あなたを信じる。後は、頼んだわよ」
「リカイン様。ありがとうございます。御方様とわたくしたちで掃討は確実に成功させてみせます」
「おう! 任せとけって!」
 菊と典韋が絶対の自信を口にした。
「よし。さっそく追うわよ。作戦は――」
 ローザマリアたちは、作戦を立て始めた。


 逃げ出した一味は、リカインたちが追ってこないのを見て、少々安堵したようだった。だいぶ距離をつけたと判断したのか、休憩を取っていた。
「怪我人の手当てを優先しろ! いつ敵が来るかわからんからな。出来ることは出来るうちにやっておくんだ。くそっ――」
 敗走に追い込まれ、リーダーの男は舌打ちをする。
(すぐに増援を呼んで、やつらを倒してやる!)
 心に復讐の炎を灯すリーダー。
「怪我人が予想以上に多いです。やつら、相当な手練ですよ」
「んなことはわかっている! それよりも、増援はまだなのか!?」
 現状を報告してきた部下に対して、八つ当たり気味に怒鳴る。
「も、もう少しで来るとの連絡がありましたが……」
「くっ……」
 確実性のない情報に、余計苛立ちを募らせるリーダー。
(くそっ……早くしろ! 早くしろ!!)

 ――う、うわああああああああっ!!

 突如、悲鳴が上がった。
(な、何が……)
 リーダーは、しばらく立ち尽くしたままだった。


「はぁ。まるで鴨撃ちね……」
 愛用の狙撃銃、米ナイツアーマーメント社製のSR-25を構えながら、木の上から愚痴を吐く。
 銃口にはサイレンサー代わりに取り付けた、底抜きのペットボトルを装着している。そのため、音から狙撃場所を見つけることは非常に困難になっている。さらに、着装しているマーパットが、周囲の風景に溶け込み、敵の目を騙す。
 森の中という状況下では、非常に効果的な戦法だった。
「さて、そろそろ敵も気がついたかしら」
 長距離暗視スコープの中で、男たちが上方に重点を置いて索敵し始めていた。
「それじゃあ、頼んだわよ。ブラン、菊媛、典姑」
 下の木陰に隠れ、合図を待っていた三人に、ローザマリアはゴーサインを出した。
 先に動いたのは菊。
 ディテクトエビルで、多く敵が固まっている場所を見つけ、その周囲に向けて呪文を唱える。
「其の冷厳たる事、氷河の如く――唸りませい! ブリザード!!」
 凍てついた強風が、渦を描いて敵の方へ向かう。
 しかし、敵に直接攻撃を当てたわけではなかった。菊が狙ったのは、敵の周囲にある木々だった。
 寒風を受けた木々は、たちまち凍りつき、氷柱を生やしていく。
 氷柱は、隣接する木々へと伸び、やがて敵の移動を妨げるかのような形へと変わっていった。
「くそっ、閉じ込められたか!」
 隙間を覗き込み、脱出しようとする男がここに一人いた。
 その男の目に、一本の矢が飛んでくる。菊の放った矢だ。
「ぐあああああああっ!!」
 眼球を貫かれ、絶叫する男。血の涙を流しながら、痛みに身をよじり、やがて倒れた。
「うわあああああああああああっ!!」
「た、助けてくれええええええっ!!」
 逃げられずにどんどん殺される。それを理解したとき、氷の牢獄の中は混乱の坩堝へと化した。
「よっしゃ! 行くぜ行くぜ行くぜ~! 今日のあたしは、最初からクライマックスだぜ~!!!!!!」
 典韋が駆けていく。氷の格子を薙刀で破壊し、中にいた敵を蹴散らそうとする。
「はっはぁー! かつて今悪來と謳われた典韋様が遊びに来やしたよ――さぁて、命が惜しくない奴から前に出な。命が惜しいなら後々こっちから奪りに行ってやるから、それまで最後の祈りでも唱えてやがれ」
 一気にまくし立てると、氷の中で暴れだす。チェインスマイトを繰り出し続け、次々に切り捨てていく。
 外からは矢。中は薙刀。脱出したとしても狙撃の憂いがある。
 ルネサンス文学に出てくる氷結地獄――嘆きの川がこの世に顕現するとしたら、まさしくこれだ。
 見る者全てにそう思わせるほどの完璧な戦法で、敵の集団を崩壊させていった。


「ええい! これだけかっ!」
 来た援軍の数を見て、リーダーが怒鳴り散らす。
「勝てるわけないだろうが! これっぽちで!」
「心配ありませんよ! 新開発のゴースト兵器を武器に仕込んでありますから」
「大丈夫なんだろうな!?」
 自信満々に言った援軍の男を見て、半狂乱になるリーダー。
「そんなことしても無駄よ」
 声のしたほうへと振り返る男たち。そこには、ローザマリアたちの姿があった。
「この場にいる連中はほぼ戦闘不能よ。覚悟しなさい!」
 グルカナイフを構えるローザマリア。
「うぬぬ……。い、行け! 行け~っ!」
 追い詰められ自暴自棄になったのか、顔を真っ赤にして突撃させるリーダー。
 剣、槍、斧、拳銃など、様々な武器に怪しい道具をつけて猛突進してくる男たち。
「見ていて下さいませ、叔父様」
 槍を構え、ブラダマンテは剣を持った男に標的を定めた。ゴースト兵器の影響を受けた剣が、紙切れのように軽々と軌跡を描き、自分の身体を掠めていく。
「ちょっと厄介ですわね……。しかしっ!」
 大振りになった男の剣戟をしゃがんでかわすと、下から抉るような刺突のチェインスマイトを繰り出し、男の喉に風穴を開けた。
「隙が目立ちすぎですわね。所詮ゴースト兵器になど頼っていては、それが限界ですわよ」
「へへっ! やるじゃねぇか! ブラン」
 菊と共にコンビネーション攻撃を繰り出し、槍と斧を持った男を打ち倒した典韋が褒めちぎる。
「くっ、くそっ!」
 残った男は、拳銃を構えようとするが、誰に狙いを定めていいのか分からず、銃口を右へ左へ動かし続けている。
「全く、どうしようもないわね……」
 テイクカバーを使って男の死角にいたローザマリアが、グルカナイフで素早く忍び寄ると、銃身を綺麗に切り落とした。これで使いものにならない。
「ひっ――ごがっ」
 すかさずナイフの柄を鳩尾に叩き込み、気絶させる。
「あ、あわわわわわ……」
 一人残ったリーダー。一目散に逃げようとするが、逃亡を許すローザマリアではない。
「逃がさないわ――よっ!」
 すかさず気絶射撃を行い、リーダーを眠らせる。
「これで森の中にいる謎の集団は全滅ですの?」
「みたいね。さて、こいつにはいろいろと訊きたいことがあるからね……。三人とも、拘束しちゃって。起きたら尋問しましょう」
 頷く三人。
(ゴースト兵器に関わっている……。ただの怪しい集団じゃないわ。絶対何かあるはずよ……)
 ローザマリアは一人沈思した。


 リカインたちが戦っていた場所から数メートル離れた場所にアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は来ていた。
「何かさっき戦闘があったみたいだけど……」
 謎の集団を追って森の中まで来たはいいが、中々その集団を見つけられない。
「おい。そこのお嬢ちゃん。怪しい連中のこと追ってるのか?」
 突然、草むらから出てきた男から声をかけられ、びっくりするアリア。
「えっ!? あ、は、はい……」
「ちょうど良かった! 俺あいつらがいる場所知ってるからさ。教えてやるよ」
「ほ、ホントですか?」
 意外なところでヒントを得られたとアリアは感じた。
「ああ。こっちだよ。ついて来な」
 木々が叢生する暗がりの方へと案内する男。
 不気味だな、と思いながらもアリアが足を踏み入れた――その時。
「ふぐっ――」
 両脇に隠れていた二人の男によって、身体を拘束される。口も塞がれ、叫ぶことすらできない。
「よーし。オンナゲーット!」
「さっそくヤっちまおうぜ!」
 テンションが上がっている二人の男。しかし、案内役をした男は、
「まぁまぁ。楽しみはアジトに帰ってからってな」
 余裕を見せて笑っていた。
(う、うそ――私、騙された――)
 アリアの身体は、男たちに乱暴に担がれた。