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リアクション
SCENE 13
さてここで三組のカップルを紹介したい。え? 照れくさい? まあ、その辺はもう既成事実ということで受け入れてもらおうじゃないか。
その三組とは、八神 誠一(やがみ・せいいち)とオフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)、匿名 某(とくな・なにがし)と結崎 綾耶(ゆうざき・あや)、そして日比谷 皐月(ひびや・さつき)と雨宮 七日(あめみや・なのか)という組み合わせである!
まだ三組は出会っていない。三方向から歩み来る。
「そういえばリアとプールに来るのは初めてなような……」
「へへ、そういえばそうなのだよ〜。こういうのもたまには悪くないのだな」
どちらかといえば小柄なほうに入る誠一も、ヨットパーカーを着て歩く姿はギリシャ彫刻のように整った肉付きであり、並ぶオフィーリアとは身長的にも良い感じで釣り合っている。
彼はその上着を、ぴったりチャックまで下ろして着ていた。暑くないのだろうか?
「こりゃ油断したらすぐはぐれる混雑さだな……綾耶、はぐれるなよ」
「はい。じゃ、じゃあ、はぐれないように……」
某は少々ぶっきらぼうなところがあり、素直に感情表現するのも得意ではないのだが、それを知っている綾耶だから、おずおずと自分から手をさしのべた。その小さな手を、某は何気ない様子で握るのである。
いくらも行かぬうちに、綾耶は申し訳なさそうに告白した。
「な、某さん。実は私、お、泳げなくて……」
「そ、そっか……じゃあしばらくまわってみて大丈夫そうなのあったらそこで遊ぼうか」
「うぅ、ご、ごめんなさい。でも、こういうところで某さんと過ごしたいなとか思っててその……」
某さんと過ごしたい、そう言ってもらえただけで某の胸は詰まった。
「気にするなよ。綾耶が楽しめなきゃ俺だって楽しめないんだしさ。……あぁ〜ほら、そんな落ち込むなよ」
そのいじらしさ、心細げな様子を見て、思わず抱きしめそうになる。
だからせめて、彼は綾耶の頬を持ちあげて笑顔を作らせたのだ。
「プール、ですか。実を言うと初めてなんですよ、私」
「そうか、なら目一杯楽しむとしよーか」
「できれば」
「できれば?」
「普通の状態の皐月とプールに来たかったです……」
「……それは言わないでくれ」
三組目、すなわち七日と皐月は、少々具合が妙なのだ。なにせ現在、皐月は『ちぎのたくらみ』を使って、外見年齢八歳程度に姿を変えているのだ。しかも、胸にパットを詰めて女児用水着を着ているという始末!
そこはかとなく非難がましい目をする七日に、弁解するように皐月は言う。
「本当にこれしかなかったんだって」
天の采配か天狗の仕業か、持参の水着がパラ実水着(女子用)になっていたための苦肉の策なのである。胸パットまで入れて色々ごまかしている。しかしこれで七日と歩くと、単に姉に連れられてプールに着た幼女にしか見えないのが辛いところだ。
「ん?」
最初に皐月が気づいて、
「やあやあ」
その皐月が変貌しているらしいこと、それに某が綾耶と手を繋いでいることを察し誠一はニヤリとして、
「お、お前らも来てたのか」
泡を食って某は手を解いて、何もなかったフリをする。
「お久しぶりです。オフィーリアさん、雨宮さん。お二人とも水着すごく似合ってますよ」
綾耶は女性陣に呼びかける。するとオフィーリアは、彼女の耳に口を寄せて囁いた。
「水着姿でな〜さんをKOするのだよ。ちょっと大胆に、しかし恥らいながら迫って悩殺する事をお勧めするだよ、ククク」
「ふぇ! だ、大胆って……!」
さらにオフィーリアは七日を上から下まで眺め、
「ふ〜む、ほほ〜う、その水着は誰かに見せる為に敢えて選んだのかな〜? 誰に見せたいのか、おね〜さんに白状するのだよ〜」
と絶妙に囃すのだ。
「それは……それは……まあ、太陽が眩しかったから、です」
面食らったのか七日の回答は、なんだか質問とずれている。
「諸君、おそろいでイイ感じだねぇ」
誠一は、マイクを持っているような手つきでレポーターの如く問うた。
「匿名さん、パートナーの水着姿に一言お願いします」
「な、何を言うだぁ!」
そんな質問は某にとっては飛び道具に等しい! 飛び上がりそうになりながらおずおずと述べた。
「ま、まあ悪くないんじゃないかと……」
言いながら、視線は綾耶のまるで反対側を向いている。
「突撃レポーターとしてはそんな当たり障りのないコメントでは満足できないねぇ。ほら、素直な言葉を言わないと結崎さんが悲しむよ」
言われて某は綾耶を見る。彼女の水着は、フリルのついた白いビキニ、健康的な肌をつややかに魅せている。腰の青いパレオも鮮やかな色だった。形の良い脚がそこからすらりと延びている。いきなり某の視線が飛んできたので、
「ふぇぇ!?」
と綾耶は緊張気味だ。でも、
「あの、に、似合いますか?」
ためらいがちにそう問うのも忘れなかった。
「そ、そりゃ似合ってるに決まってるだろ! あぁ〜……なんつうか、俺は気に入ってるさ! 綾耶の水着が見られただけでも、今日は来て良かったと思ってるさ!」
耳まで紅潮しながらそれだけまくしたてると、
「そんなお前はどうなんだ!」
と、そんな様子を見てけらけら笑っている皐月に話を転じた。
「オレ?」
しげしげと皐月は七日を眺めて、やや照れ臭げに言った。
「夏の思い出がひとつ……できたかな、と」
「私も、皐月がこの姿でなかったからいい思い出が得られたと思うのですが……」
嬉しいのは嬉しいが、どうにも複雑な七日なのである。
こうなると、「そういうお前は!」と、某と皐月が誠一に迫るのは当然の流れだ。
「家計苦しいから女性用水着の出費は痛かった」
ところが、誠一はケロリとした顔でかく告げるに留まるのである。
「あと、通販だから5%オフになってちょっと嬉しかった」
はいコメント終了、と手を叩き誠一はさっさと歩き出す。
「水着と本人、どっちとも関係のないことを言ってるぞ」
「人に突撃レポートしておいて、自分が一番素直じゃないじゃないか……」
某と皐月は顔を見合わせるほかなかった。
かくて彼ら三組、合流して遊ぶことになったわけだが、泳げない綾耶に配慮して、水が腰までしかない比較的浅いプールを選んだ。やがて遊び疲れた頃、
「さあ、どうぞ。安くて量があったのでね。なに、これは自分のおごりだからお気軽に」
プールサイドの二つのテーブル、そのそれぞれに誠一はドリンクを置いた。
ドリンクは、二つ。いずれも、トロピカルドリンク入りの特大グラス。――そしてストローが、各二本ずつ。しかもそのストローは二本をひとつのセットとして、グラスの中でハート型を描く形状ではないか! いつの間に買ってきたのだ!?
「どうぞゆっくり味わって飲んでくださいね〜」
極上の笑みを浮かべ、さて僕はコーヒーでも買うとしよう、などと言い残して誠一は姿を消した。実は嘘だ。カップル二組がこれにどんな反応をするかを物陰から観察するつもりなのだ。
「ぐあ! まさか、こんな……! つまり一つのグラスを二人で、カップルストローを使って飲めと!?」
驚愕の表情で某は振り返る。
「やはりそういうことなんだろうな、さあ、どう出る!?」
さっとカメラを取り出して皐月は、カップルグラスの前で硬直する某&綾耶の記念撮影を遂げた。
「飲まないのも勿体ないし……しかしこんな人前で……うう……かくなれば!」
某はグラスを片手につかみ、もう片方の手で綾耶の手を引いて、
「綾耶、どこかで休憩しよう。ここではカメラの餌食だ」
すたすたと姿を消したのである。
「ふっ、恥ずかしがり屋さんめ。さて追うべきか残るべきか……」
思案顔の皐月の肩に、七日が手を置いた。
「カップルグラス、もう一つあるんですけど……」
「あ、そうか。七日、飲んどくか? 一人分にしちゃ多いかな」
「……そうですね。さすがに一人で飲むには、多いです」
「……うーん、じゃあ、分けるか?」
「…………いいですね」
だんだん皐月も七日も無口になってきた。
白いテーブルに置かれたカップルグラスが、よく冷えた雫を浮かべている。
皐月はきょろきょろと周囲をうかがってから、おもむろにそっと、告げた。
「じゃあ、せっかくだしやっとくか……その、カップルストロー」
「まあ、今の皐月なら、姉妹仲良く分け合ってるようにしか見えないでしょうし……」
それでも二人とも、なんだか照れながら向かい合って座るのだった。
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