校長室
学生たちの休日4
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★ ★ ★ カフェテラスの片隅でずっとアルディミアク・ミトゥナたちの話に耳をかたむけていた浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は、彼女たちが出ていくのを見て、書き続けていた手紙の筆をおいた。 自分が見聞きしてきたことを、母親に報告するための手紙である。 すべての結果が、すべての人々にとって納得のいく結果だったのかどうか。いや、それは端から無理なことだということはよく分かっている。けれども、無理なことであるからこそ、夢見たくもなる。そして、それはやはり夢でしかないのだろうか。 人が二人いれば、そこに意見の違いができる。それをそのまま見ていることはつらいことだ。 けれども、人が二人いれば、意気投合することもある。それは見ていて嬉しいことに違いない。 それゆえに、浅葱翡翠は海賊たちの中に飛び込んでいろいろやったつもりなのだが、やはりすべてはその両手に余るものだった。零れ落としてしまった物も多い。だからといって、この手ですくい取れた物が、零れ落ちてしまった物よりも軽い存在であるというのだろうか。 先ほどからたまに聞こえていたアルディミアク・ミトゥナの笑い声に、自分はそのどれか一つを守ったと思ってもいいのだろうか。そのことを母に訊ねてみたかった。 「エルが待っていますね」 浅葱翡翠は、ゆっくりと立ちあがると、白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)の待つ場所へとむかった。 ★ ★ ★ 「そうなんですよ。葵ちゃんはちょっと人なつっこすぎちゃって」 「だが、いきなりだきついてくるのはなあ」 ジャワ・ディンブラ(じゃわ・でぃんぶら)がちょっと困り顔でエレンディラ・ノイマンに言った。 確かエレンディラ・ノイマンはケーキを取りにきていたはずなのだが、どうやらここでジャワ・ディンブラと話し込んでしまったらしい。ちょうど飛空艇発着場にいた白乃自由帳も巻き込んで、三人で小さなお茶会を開いてしまっている。 そこへ、ココ・カンパーニュがアルディミアク・ミトゥナと漆髪月夜と共にやってきた。 「……というわけで、ちょっと送ってもらいたいんだが」 「そういうことなら造作もない。ちょうど腹ごなしにひとっ飛びしようかと思っていたところだ」 ココ・カンパーニュの言葉に、ジャワ・ディンブラは一つ返事でうなずいた。 「そうそう、みんなケーキを待ってるよ」 「いっけない。すぐに行きます」 ココ・カンパーニュに言われて、エレンディラ・ノイマンはケーキの詰まったクーラーボックスをかかえて、あわててカフェテラスの方へと走っていった。 「危ないから、下がっていろ」 白乃自由帳を安全な所まで下がらせると、ココ・カンパーニュたち三人を乗せたジャワ・ディンブラが空へと舞いあがった。 一呼吸遅れて、浅葱翡翠が現れる。 「もう、書き終えたのですか?」 白乃自由帳の問いに、浅葱翡翠はしっかりとうなずいた。 「頼む」 「分かりました」 白乃自由帳は浅葱翡翠から書き終えたばかりの手紙を受け取ると、火術でそれを焼き払った。浅葱翡翠が、亡き母に自分の手紙を届けるにはこの方法しかない。 白い煙が一筋、ジャワ・ディンブラの後を追うように空へと上っていく。 「でかけていったか。あわただしいが、それもまた日々の一つ……」 まだコイノボリの中で寝転んでいたガイアス・ミスファーンは、ジャワ・ディンブラが飛び去るのに気づいてそうつぶやいた。 ★ ★ ★ 「ふふふふふ、ちょっと遅くなっちゃったけど、お昼御飯です。おべんとー、おべんとー♪ ウィング、美味しいって言ってくれるかなあ」 小型飛空艇でパラミタ内海沖の小島の一つにむかいながら、アニムス・ポルタ(あにむす・ぽるた)は楽しそうに鼻歌を歌った。 今ごろ、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は無人島で魔法剣の修行中だ。なんでも、魔道書の『旅人の書』 シルスール(たびびとのしょ・しるすーる)をパートナーにしたときに必殺剣の記述を見つけたということらしく、それを実際の技としてものにするために頑張っている。 「シルスールちゃーん♪」 海岸線の砂浜におかれたビーチベッドとパラソルを見つけて、アニムス・ポルタは手を振って『旅人の書』シルスールに声をかけた。 「おべんと持ってきたよ。ウィングはどこ?」 アニムス・ポルタに聞かれて、イルミンスールのスクール水着姿の『旅人の書』シルスールは、ついと左腕を横にむけてウィング・ヴォルフリートを指し示した。ベッド横のサイドテーブルの上には、水ようかんとみかんジュースがおいてある。 「ウィング、お弁当だよー。食べよー」 『旅人の書』シルスールのそばに着陸すると、アニムス・ポルタはウィング・ヴォルフリートを手招きした。 なんだかふらふらしながら、ウィング・ヴォルフリートがやってくる。 「どうしたの? 特訓うまくいっていないの?」 「まあ、見ていてください」 アニムス・ポルタに聞かれて、ウィング・ヴォルフリートは手に持った木の枝を構えた。刀はどうしたのだろうか。 「我が刀に宿れ闇よ、オイ=グワッシル!!」 技の名前を叫ぶと共に、ウィング・ヴォルフリートが木の枝に闇を纏わせようとした。 パシン。 木の枝が闇に蝕まれて粉々に砕け散る。 「また失敗だよね」 『旅人の書』シルスールが、冷ややかに言った。 「何をやってるんです。ちゃんと刀でやれば……」 「最初に刀は砕けました」 「え〜!」 ぼそりと言うウィング・ヴォルフリートに、なんでとアニムス・ポルタは叫んだ。 闇術で呼び出した魔法の闇で刀その物をつつみ、攻撃力を増そうとしているのだが、どうにもうまくいかない。 どうも、力の制御が難しいらしく、気を抜くと闇が刀その物を蝕んで破壊してしまうのだ。これでは自分の武器をなくすだけで、ちっとも役にはたたない。 「へたな考え休むに似たりだよね。柔軟に発想を転換しないと」 「少し休んで、考えようよ」 『旅人の書』シルスールとアニムス・ポルタに言われて、そうするしかないということで、とりあえず遅い昼御飯になる。 「うん美味しい美味しい、がぜんやる気が出てきました」 アニムス・ポルタの作ってきたサンドイッチを平らげて、ウィング・ヴォルフリートが元気を取り戻す。 「早く会得してもらわないと困るんだもん。セクシーショットもいいけれど、だんだん日焼けしてきたんだよね」 これ以上は絶対皮がむけると、『旅人の書』シルスールがウィング・ヴォルフリートを急かした。 「特訓用に使えそうな枝拾ってきますね」 アニムス・ポルタが、海岸近くの斜面そばにある林に入っていった。 「きゃあ!」 とたんに、悲鳴が聞こえてくる。 「どうしました、アニムス!」 あわててウィング・ヴォルフリートが声のした方にむかうと、アニムス・ポルタが岩肌の斜面の一箇所を指さして慌てふためいていた。そこにそこそこ大きい洞窟が口を開いていた。 「な、何かいる……」 確かに、洞窟の奧から唸り声のようなものが反響しつつ聞こえてくる。 「この声は、まさかドラゴン……。アニムス、早くこちらへ!」 すぐに離れるように言うが、それよりも唸り声が近づいてくる方が早い。 「やれますか……。アニムス、避けてください!」 手に持った小枝に、ウィング・ヴォルフリートは意識を集中した。だが、今までのやり方で小枝を闇でつつもうとしてもだめだ。だが、外からでだめなら、内からならどうだろう。アルティマ・トゥーレのように、武器から魔力を顕現させれば……。小枝で物理攻撃力はないが、魔法攻撃は有効なはずだ。 「封印解凍。紅の魔眼。ヒロイックアサルト、オイ=グワッシル!」 小枝から暗黒が噴き出した。 アニムス・ポルタが、身を投げ出すようにして地面に伏せる。 ウィング・ヴォルフリートの一振りで、暗黒が洞窟にむかって迸った。 後に、ウィング・ヴォルフリートはこの技が『罪と死』と呼ばれる物であることを知るのだが、今はまだ無我夢中でそんなことは知るよしもなかった。 洞窟の中から獣の咆哮が響き渡る。 「やりましたか!? 大丈夫ですか、アニムス」 ウィング・ヴォルフリートはアニムス・ポルタに駆け寄ると、彼女を助け起こした。 ほっとしたのも束の間、洞窟の中から何かが飛びだしてきた。 「痛いよー」 小さなドラゴニュートだ。飛びだしてきた勢いのまま、ウィング・ヴォルフリートの頭に飛びついて身をくねらす。 「こいつ」 ウィング・ヴォルフリートは怪力の籠手でそのドラゴニュートを殴り倒そうとした。 「だめー、まだ子供よ」 間一髪で、アニムス・ポルタがウィング・ヴォルフリートの腕にしがみついて止める。その間に、ドラゴニュートは逃げだして木々の間に姿を消した。 「逃げちゃったじゃないですか」 「いいじゃない」 怒るウィング・ヴォルフリートに、アニムス・ポルタが言った。 「せっかく、会得した新しい技を試せる相手でしたのに……」 そうウィング・ヴォルフリートが言ったとたん、頭上を大きなドラゴンが低空で通りすぎていった。 「きゃっ」 驚いたアニムス・ポルタがしがみついてきたので、ウィング・ヴォルフリートは一緒に地面に倒れ込んでしまった。その間に、ドラゴンは陸の方へむかって飛び去ってしまった。