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リアクション
★ ★ ★
「おや、こんな所に新しい雀荘が……。ちょうどいい、少し遊んでいきますか」
ヒラニプラの町を歩いていた戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、真新しい雀荘を見つけてふらりと中へ入っていった。ちょうど麻雀を打ちたい気分になっていたので、興味をそそられたのだ。
「ロンですわ!」
なんだか場にそぐわない若い女の子の声がする。いや、そぐわないのはその格好だ。豪奢なドレスでいかにもお嬢様といった雰囲気だ。その右に座るのは若いバトラーで、左にはむっつりとした顔のメイドがそばに箒をおいて一緒に雀牌をジャラジャラと中央の穴に落としていく。
「いやあ、お嬢様はお強いです」
「でも、三人しかいないじゃないの」
おべっかを使う執事君の横で、メイドちゃんがぼそりと言った。次の瞬間、三人の視線がビシッと戦部小次郎にむけられる。
「ん、私ですか?」
いきなり御指名かとよと、戦部小次郎は店内を見回した。残念なことに、他に客はいないようだ。
「御指名とあればしかたないですね」
そう言うと、戦部小次郎は空いている席に着いた。なんとも珍妙なメンバーではある。
「では、始めましょう」
執事君がボタンを押すと、全自動卓から並べられた雀牌がせり上がってくる。
サイコロが振られ、お嬢様が親となった。
「さてと……って、なんですかこれは!」
順番に牌を取っていった戦部小次郎は、牌の模様を見て愕然とした。そこに描かれていたのは、ゆる族に機晶姫にドラゴニュートにアリスだった。
「何って、麻雀の牌ですわ」
「麻雀の牌ですね」
「麻雀の牌だろ?」
どこがおかしいのかと、三人が立て続けに聞き返してくる。
「お子様用麻雀ゲームじゃないですか」
「それが何か?」
叫ぶ戦部小次郎に、執事君が聞き返した。
「やってられま……」
立ち去ろうとした戦部小次郎の喉に、いつの間にか仕込み箒の刃がピタリとあてられていた。
「逃げるなら、殺す……」
いつの間に背後に回ったのか、メイドちゃんが戦部小次郎の耳許でささやいた。
「うっ、一局だけなら……」
こんな所で殺されてはたまらないと、渋々戦部小次郎はゲームを了解した。
「それでは始めましょう」
ニコニコと、お嬢様が牌を切り始める。
まったく、えらいところに来てしまったと、戦部小次郎は牌を引いた。白旗を揚げているティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)の模様だ。白の牌の代用品らしい。
「いらないですね」
迷わず、戦部小次郎はティセラ・リーブラの牌を捨てた。
「ロンですわ。字一色七対子ですの!」
「なんだってー!!」
勢いよく牌を倒したお嬢様に、思わず戦部小次郎は叫び声をあげた。
倒された牌には、エメネア・ゴアドー(えめねあ・ごあどー)、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)、テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)、パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)、藤野 赫夜(ふじの・かぐや)、リフル・シルヴェリア(りふる・しるう゛ぇりあ)が二人ずつ、そして、ティセラ・リーブラが一人描かれている。
「さすがお嬢様、役満ですよ、役満。一点一万ゴルダですから、今計算いたしますね」
嬉しそうに、執事君が点数を数え始めた。
「ちょっと待て、なんですかそれは。まさか、いかさま……」
「払えないなら、殺す」
やっと気づいた戦部小次郎に対して、メイドちゃんが再び仕込み箒に手をかけた。
「大丈夫ですよ。実力行使で身体検査して、有り金全部巻きあげますから」
「頼みますわよ。ほーっほほほほほ」
扇子をパタパタと仰ぎながら、お嬢様が高笑いをあげた。
「そこまでだ!」
いきなり店のドアが蹴破られて、教導団の兵士たちが踏み込んできた。先頭に立つのは、ジェイス銀霞である。
「賭け麻雀の現行犯で全員補導する」
「待ってください、私は……」
「逃げますよ、お嬢様!」
用意は調っておりますとばかりに、執事君が煙幕ファンデーションをぶちまけた。
「けほけほ……。追え!」
一瞬にして姿を消したお嬢様たちに、ジェイス銀霞が部下たちに追跡を命じる。
「さて、お前には、生徒指導室でたっぷりと事情を聞かせてもらおう」
「そんな、私は被害者で……」
「連行しろ!」
「そんなあ」
呆然とする戦部小次郎であったが、そのまま生徒指導室へと連れていかれてしまった。
6.葦原島の歴史書
「古い書物というとこのへんでしょうかね」
霜月 帝人(しもつき・みかど)は、葦原明倫館の図書室の奥まった棚を見回して言った。
近年大量に入ってきた洋書は、縦置きの書架に背表紙の文字が読める形で収められているが、古い書物はそのほとんどが和綴じなので、背表紙のある物が少ない。それらはリストの貼りつけられたボックス棚に平置きされているため、目的の本を探すのは結構大変であった。
「ふーっ。これと、これと、これという感じですか」
本の上に積もった埃を吹き飛ばすと、霜月帝人はいくつかの本を携えて閲覧机の所へと戻ってきた。
「お帰りなさーい」
おとなしく待っていた鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)が、パートナーの霜月帝人を迎える。
「ねぇねぇ、何の本?」
「歴史の本ですよ」
霜月帝人の答えを聞いて、鏡氷雨はうっという顔になった。
「歴史のお勉強苦手ー」
ボクは放っておいてと言いたげに、でろーんと机の上に突っ伏す。相変わらずのその姿を見て、霜月帝人は少し苦笑してしまった。
「最近いろいろありましたからねえ。ナラカ仙人、闇龍、女王の復活と拉致、東西シャンバラの分裂。いったい僕たちはこれからどうしたらいいのか、過去の歴史に訊ねてみようと思ったのですよ。もちろん、葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)さんの御筆先にはおよびもしませんが。少しだけ待っていてくださいね」
鏡氷雨の頭を軽く撫でると、霜月帝人はゆっくりと古書を紐解いていった。古めかしい文体で書かれた文章は、それだけでも難解で読むだけでも時間がかかる。まして、理解するのはこれからのことだ。
ふと気がつくと、鏡氷雨は机に突っ伏したまま眠り込んでしまっていた。
「おやおや。しかたないですね」
軽く揺り動かしても起きそうにないことを確認すると、霜月帝人は今日はここまでとして、鏡氷雨をだきかかえて家路へとついた。
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