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学生たちの休日4

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学生たちの休日4
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リアクション

 
 
7.空京の詩書
 
 
「うーん、なかなかいい物件がないな」
 賃貸マップ片手に空京の街を足で歩いて調べながら、佐野 亮司(さの・りょうじ)は困ったようにポリポリと頭を掻いた。
 彼の夢である店を出すために、ここしばらく物件を探しているのだが、気に入る物件とはそうそう簡単に出会えないでいる。
「このへんは、ちょっと家賃がきついな。おっと、そろそろ帰らないと綾乃が待ちくたびれてるな」
 時計を確認した佐野亮司は、空京大学の学生寮に戻るべく道を引き返していった。
「おっと」
「きゃっ。ああ、すいません」
 携帯のマップをのぞき込みながら歩いていた六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)が、危なく佐野亮司にぶつかりそうになる。
「いや、大丈夫だから。じゃっ」
 寸前で俊敏に避けた佐野亮司は、軽く手を挙げて六本木優希に言うと、家路を急いだ。
「しっかりしなきゃ。ぼーっとしてたら、ジャーナリスト失格よ」
 ポンと頭を軽く自分で小突くと、六本木優希は小さなビルに入っていった。ビルの表の広告看板には『ラジオ☆シャンバラ』と書かれている。
「すいませーん。お約束していた六本木通信社の者ですが……」
 ちっちゃな受付で、インターホンのボタンを押しながら六本木優希は名乗った。
『はーい、今行きますからあ……あっ!』
 なぜか、インターホンのむこうから派手にすっころんだ音が響いてくる。いったい何があったのだろう。
 しばらく待っていると、鼻の頭にハート模様のカットバンを貼った大谷文美がやってきた。また何か出向で働いているらしい。
「すいませーん、プロデューサーさんとディレクターさんは今いないのでえ、パーソナリティーのシャレードさんがお話をうかがいますので」
 大谷文美は、小さな会議室に六本木優希を案内していった。
 六本木優希としてはトップであるプロデューサーに会いたかったのだが、いないのではしかたない。ちゃんとアポイントメントはとったとはいえ、ほとんど飛び込みのようなものなのだから。
「失礼しまーす。お客様をお連れしましたー」
 ドアを開けて、大谷文美が一礼する。
「ああ、そこにおいといて」
 まるで六本木優希が物か何かのように、中にいた女性が振り返りもせずに答えた。
「じゃ、お願いしまーす」
 再び一礼すると、大谷文美はさっさと姿を消してしまった。他にもいろいろやることがあるらしい。
「ごめんね。放送の準備で忙しいので、仕事しながら聞かせてもらうわ」
 短いスカートのまま会議室のテーブルの上に腰かけているのが、この小さなラジオ局の看板パーソナリティーのシャレード・ムーンだった。不規則なウェーブのかかった素晴らしく綺麗なロングの金髪なのに、ちゃんと手入れしていないのかあっちこっちが飛び跳ねている。細面のかなりな美人なのだが、太いフレームの真っ赤なメガネをかけていて、それが美人をちょっと中和していた。
 脚を組んで顕わになっている彼女の太腿の横には、投稿されたらしいハガキと、メールのプリントアウトが散乱していた。
「ここは使えないから削除と……」
 豊かな胸の間から赤ペンを取り出すと、投稿の文面に容赦なく赤を入れていく。どうやら、次回使う投稿をチョイスしているらしい。
「オープニングのアバンも少ないわねえ。これがいいかなあ……」
 銜えていたメントールタバコを灰皿で潰すと、シャレード・ムーンが一枚のハガキを目の前に掲げた。コホンと一つ咳払いして、試し読みを始める。
 声が営業用の素晴らしいキャンディボイスに変わった。滑舌ははっきりしているし、声も恐ろしく通る。一声聞いただけでも耳に心地いい。何よりも、目の前の彼女の性格が天使に一変して、容姿さえキラキラと輝いて見えた。
 プロだと、六本木優希は感じた。
「あ、ごめんなさい。もう、せっぱつまっちゃっててね。投稿が少ないのよ。まったく。番組存亡の危機だからって番組で呼びかけたのに、集まりが悪くてねー」
「大変なんですね」
 呆気にとらわれて立ちすくんでいた六本木優希が、やっとそれだけ言った。
「それで、うちの放送局と配信契約結びたいんですって」
「はい」
 シャレード・ムーンに訊ねられて、六本木優希はこくりとうなずいた。
「いいの? 空京放送局にくらべたら、うちなんて弱小も弱小よ。まあ、かろうじて電波は中継所経由で東西全国に届いてるみたいだけれど」
「それは関係ありません。私は、私の言葉で何かを伝えられる場が欲しいんです。私だって、やれば出来るんですっ!」(V)
 六本木優希はそうシャレード・ムーンに訴えた。
「なら、どんどん記事を持ってきなさい。採用するかは内容次第」
 新しいタバコに火をつけながらシャレード・ムーンが言った。
「パラミタじゃ、ニュースになりそうなことなんで一分刻みで起こっているんだから、ソースは掃いて捨てるほどあるのよ。でも、それだからこそ、何をどう伝えるのかに大きな意味がある。そして、それを誰がまとめ、誰が伝えるのかということにもね。手は抜かないわよ」
 そう言うと、シャレード・ムーンは六本木優希に手をさしのべた。
 
    ★    ★    ★
 
「こちら、【ぬくもりの伝え手】。これより尾行を継続する。オーバー」
 遊園地のチュロス販売小屋の陰に隠れた遠野 歌菜(とおの・かな)が、ブラックコートの襟を立てて見えないように持った携帯電話にむかってささやいた。
「真後ろにいる人間に対して、何をしてるんだ」
 ぺしっと、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が、遠野歌菜の頭を叩いた。
「いったいんだもん!」
 何をするのかと、遠野歌菜が振り返って月崎羽純に噛みつく。
「まあまあ、お楽しみはこれからなんですから」
 あわててリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が二人の間をとりなした。
「だからさあ、これってまずくないかあ」
 もうやめようと、龍 大地(りゅう・だいち)が言う。
 四人とも、ブラックコートで目立たぬように身体を隠し、黒いソフト帽に黒いサングラスと、いかにも怪しい格好で統一されている。
「何を言うのよ。二人のデートを私たちがきっちりと見守るのはお約束なんだもん」
 遠野歌菜が強硬に主張した。
 彼女たちからかなり離れた場所には、連れ添って歩くスパーク・ヘルムズ(すぱーく・へるむず)シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)の姿が見える。恋人同士が仲良く手を繋いで歩いているのかと思いきや、ちょっとワイルドなお兄さんに、迷惑顧みず、恋する女の子がぺったりと腕にしがみついているといった様子だ。
「スパークったら、鈍感にもほどがあるよね」
 不満を顕わにして、遠野歌菜が言う。超感覚を縦横に駆使して、二人の一挙手一投足、溜め息の一つまで聞き漏らすものかと、完璧なデバガメ態勢を敷いている。
「まあまあ。まだこれからですよ。シーナには、ちゃんと仕込みをしておきましたから。ほら、二人とも、ちゃんとメリーゴーランドの方へむかっています」
「よし、移動なんだもん。行きますよ」(V)
 リュース・ティアーレの言葉に、遠野歌菜が移動を命じる。
 カサカサカサと、黒いGの集団のように、四人は遮蔽物から遮蔽物へと渡り歩きながら、恋人未満たちの後を追いかけていった。
 
「こ、これに、の、の……乗りたいんですうっ!!」
 シーナ・アマングが、魂の底から勇気を絞り出すかのように、メリーゴーランドを指さして叫んだ。左手は、無意味にパタパタと動かし続けられている。
「メリーゴーランド!?」
 さすがにここまで我慢してきていたスパーク・ヘルムズが、我慢しきれずに露骨に嫌な顔をした。
 シーナ・アマングと一緒にいるのは嫌ではないのだが、会う場所が遊園地はないだろうと強く思う。だいたい、作り物の馬に乗ってグルグル回るだけのメリーゴーランドのどこが面白いというのだろう。
「えっと、これに乗れば……」
 幸せなカップルになれるという言葉を、シーナ・アマングはどうしても口にできずにいた。
 当然、そんな噂はもともと存在しない。それを彼女に吹き込んだのはリュース・ティアーレである。兄としては、友達以上恋人未満の妹の背中を突き飛ばしてやった感じである。どうせならそっと優しく押してやればいいものなのだが。
「さすがにこれはねーだろ。男がこんな子供だましに乗れるわけが……、おい、どうしたんだよ、シーナ?」
 大人を気取って言ったスパーク・ヘルムズであったが、突然目の前のシーナ・アマングがボロボロと大粒の涙を流して泣きだしたので、もの凄くあわてた。
「スパーク兄様の、ぶぅわぁっかぁぁぁぁ!!」
 涙と同時に感情の堰も切れたシーナ・アマングが、突然叫ぶと走り去ってしまった。
「おい、シーナ、いったいどうし……」
 唖然として立ちすくみながらシーナ・アマングを見送ったスパーク・ヘルムズであったが、突然、後ろから跳び蹴りを食らって地面に這いつくばった。
「ぶっ飛ばす!」
 かわいい妹を泣かされてブチギレた龍大地が、なおもスパーク・ヘルムズを踏みつけようとするところを、駆けつけたリュース・ティアーレがかろうじて押さえつける。
「あの馬鹿スパーク、シーナちゃんを泣かせるなんて、お仕置きよ、お仕置き!!」
「どうどうどう」
 こちらはかろうじて飛びだす前の遠野歌菜を押さえることに成功した月崎羽純である。
「うっ、いってえぜ、畜生! このクソガキ、何しやがる!」(V)
 立ちあがったスパーク・ヘルムズが龍大地につかみかかろうとして、リュース・ティアーレに足で阻止される。
「まったく、二人ともしょうがないですね」
 龍大地をかかえて押さえ込んだままのリュース・ティアーレが、やれやれという感じで肩をすくめる。
「少しはシーナのことも考えてあげないと。実は、このメリーゴーランドには、二人で一緒に乗るとカップルになるという伝説が……」
 自分の作りあげた伝説を、リュース・ティアーレがスパーク・ヘルムズに吹聴した。
「そんな伝説が、なんの関係があるって言うんだよ」
「にぶちんですね。当然二人というのは、シーナとスパークくんのことです。ということは……」
 さすがにそこまで言われて、スパーク・ヘルムズも意味が分かって唖然とする。
「……俺、シーナの気持ちも知らねぇで。こんなところで、俺は……。クッソォオ!!」(V)
 叫ぶなり、スパーク・ヘルムズがシーナ・アマングを捜しに走りだす。
「よし、当初の目的に戻って追跡だよ。ただし、今度シーナちゃんを泣かせたときは、全員でスパークをぶちのめすんだもん!」
「おー」
 最後の言葉には一致団結すると、四人は再びカサカサとスパーク・ヘルムズの後を尾行していった。