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リアクション
9.ザンスカールの伝書
「まあ、いろいろ壊れたよねえ」
アイスコーヒーをストローで啜りながら、月詠 司(つくよみ・つかさ)がしみじみと言った。
「生け簀に、遺跡に、廃墟に、闇市に、古城に、湿地帯に、ジャタの森……。だんだんしゃれにならなくなっているような気がするのじゃがのう」
地面においた皿でドッグフードを食べている狼のゲリとフレキの頭を交互に撫でながら、ウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき)がゴチメイの被害地をあげていった。毒蛇のヨルムンガルドがドッグフードを狙って忍びよるが、二匹の狼に威嚇されて、しゃ〜っと睨み合いをする。
「あの後、現地はどうなったのじゃろうか」
「さあ、あまり考えたくないですね」
ウォーデン・オーディルーロキの疑問に、月詠司がひきつり気味に答えた。
「こうしてみると、迷子騒動のときにイルミンスールが破壊されなかったのは奇跡と言えますね。さすが世界樹です。さて、ではそろそろのその安全な世界樹に戻るとしますか」
買ってきた本をかかえると、月詠司はペットの散歩を終えたウォーデン・オーディルーロキと共に帰途についた。
ザンスカールの町を出て、懐かしい世界樹の枝の傘の下に入る。
幹が近づいてきたところで、月詠司はアルディミアク・ミトゥナ(あるでぃみあく・みとぅな)の姿を見つけて立ち止まった。
「……というわけで、少し稽古をつけてくれないか」
アルディミアク・ミトゥナと対峙しているのは、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)だ。他に、王城 綾瀬(おうじょう・あやせ)とメイコ・雷動(めいこ・らいどう)の姿もある。
「ちょっと待つじゃん、稽古を申し出たのはあたしの方が先だよ!」
トライブ・ロックスターを押し分けるようにして、メイコ・雷動が主張する。
「やれやれ、何やら下はうるさいことだ」
世界樹の枝に結びつけたコイノボリの中に潜って、ゆらゆらと昼寝を楽しんでいたガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が、何ごとかと口の所から顔をのぞかせた。
「いったい、何をしているんです?」
月詠司が、王城綾瀬に訊ねた。
「たいしたことじゃないんだよ。二人とも、アルディミアクにちょっと試合を申し込んでるだけさ。はっきりいって、無謀だけどね」
結果は見えていると、王城綾瀬が苦笑した。
「なんの用かと思えば、そんなことでしたの」
凄く困ったようにアルディミアク・ミトゥナが言った。
「頼む。ココとは拳を交えたが、結局結果は残せなかった。このままじゃ、俺が前に進めないんだ。ココに勝つためにも、対等に戦ったあんたに稽古をつけて欲しいんだ。頼む!」
土下座をしてトライブ・ロックスターがアルディミアク・ミトゥナに頼み込んだ。ますます、アルディミアク・ミトゥナが困惑する。
「ふっ、ここで土下座とは、すでに負けを認めたようなものじゃん。さあ、こんなのは放っておいて、あたしと拳で語ろうよ。結局、ずっとまともに戦えなかったから、あんたとはちゃんとけりをつけたいんだ」
トライブ・ロックスターを容赦なく踏みつけて、メイコ・雷動が言った。
「きっさまあ、何をする!」
いきなり踏みしだかれて、トライブ・ロックスターが勢いよく立ちあがった。その勢いに、メイコ・雷動が尻餅をついて倒れる。
「まず、あんたから排除する必要がありそうだな」
仮面の奧から、トライブ・ロックスターがメイコ・雷動を睨みつけた。
「ウォーミングアップにはちょうどいいじゃん」
「遊んでやるぜ」(V)
肝心のアルディミアク・ミトゥナを放っておいて、二人がぽかぽかぽかと拳で語り始めた。
「あのー、もしもし……」
取り残されたアルディミアク・ミトゥナは、呆然としたまま立ちすくむだけだ。
「やれやれ、我は皆と共に動物舎の方に寄っていくぞ」
つきあっていられないと、ウォーデン・オーディルーロキがペットたちを連れて、世界樹に隣接されている生物部の動物舎にむかった。そこで、狼たちの足を洗ってから寮へ戻るつもりだ。
「まったく、元気が余っている者たちがいるようであるな。……おや?」
困ったものだと下を見下ろしていたガイアス・ミスファーンは、視界の隅を小さな影が通りすぎるのに気づいた。
「こーばばぁぁぁぁぁ」
世界樹から垂れ下がった蔓草をローブ代わりにして、小ババ様がターザンごっこをして遊んでいる。
「こばっ?」
蔦を乗り継いでだんだんと下に降りていった小ババ様は、殴り合っているトライブ・ロックスターとメイコ・雷動に気づいたようだ。
「こばっ!」
しゅたっと、宙に身を躍らせた小ババ様が、クルクルと空中三回転して地面に降り立つ。
「うおっ、こ、小ババ様!」
思わず、気を取られたトライブ・ロックスターが、メイコ・雷動のパンチを一発食らってよろけた。
「未熟者ですね」
王城綾瀬が、どこか嬉しそうにつぶやいた。
いや、あなたのパートナーじゃないんですかと、思わず月詠司が心の中でつぶやく。
「こば、こばこばこば、こばあ!」
喧嘩をやめてと、小ババ様が言う。だが、小ババ様語なので、トライブ・ロックスターは心で感じてうなずくものの、メイコ・雷動には通じない。
「何言ってるか分かんないじゃん」
なおも戦おうとするメイコ・雷動に、小ババ様が怒った。
「ふおぉぉぉ、こばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!」
小ババ百烈拳がメイコ・雷動とトライブ・ロックスターに炸裂する。もはや、その技の冴えはグラップラークラスである。
「なんで、俺まで……。これが小ババ様の愛の鉄拳……」
吹っ飛ばされながら、不条理となぜか愛を感じずにはいられないトライブ・ロックスターであった。
そのまま吹っ飛んだ二人が、運悪く月詠司の真上に落ちてくる。
「ちょ、ちょっと、私は無関係……むぎゅっ」
あっけなく下敷きになって、月詠司が気絶した。
「ふっ、こばぁ」
悪は滅びたと、小ババ様が大きく息を吐き出した。
「あ、あのー、いったいどうしたら……」
とにかく手当をと、駆け寄ったアルディミアク・ミトゥナが、ヒールをかけようとする。
「ああ、大丈夫だよ。手出し無用」
素早く飛んできたトライブ・ロックスターたちを避けた王城綾瀬が、アルディミアク・ミトゥナを止めた。その足は、容赦なくトライブ・ロックスターを踏みつけている。
「これ以上小ババ様が暴れると大変だから、どこかに連れていってくれる。その方が助かるよ」
「そうですか? じゃあ、行きましょう」
アルディミアク・ミトゥナは小ババ様に手をさしのべると、彼女をだきかかえて世界樹の中へ戻っていった。
「さあてと、お楽しみはこれからじゃん。女のために女を呼び出して女と戦って女に負けるなど、しかも、全部別の女だと。えーい、この未熟者、未熟者、未熟者があ!」
王城綾瀬は、ここぞとばかりにトライブ・ロックスターを楽しげに踏みつけた。それは、見かねたガイアス・ミスファーンが、動物舎横にいるゴーレムのビスマルクたちを通じてウォーデン・オーディルーロキに声をかけて、彼らを呼び戻すまで続いたのだった。
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