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リアクション
星の祭りを始める準備
ホテルで開催される七夕に行かないかと五月葉 終夏(さつきば・おりが)がガレット・シュガーホープ(がれっと・しゅがーほーぷ)を誘うと、返ってきたのはこんな言葉だった。
「七夕ってどんな行事?」
どうやって言えば一番分かり易いか……と考えた終夏の口から飛び出したのは、こんな答えだった。
「給食で七夕ゼリーが出る行事」
それが行事の説明にふさわしいのかどうかは別として、その答えはガレットの心をしっかりと掴んだ。
「そっか、やっぱ行事にはそれにちなんだ料理がつきものだよね。七夕ゼリーか……ゼリーって名前がついてるからにはゼリーなんだろうけど、甘いデザートなのかな? それともスープをゼリーにしたような料理なのかな?」
わくわくと目を輝かせるガレットに、終夏は作ってあげるよと約束した。
「作るとこ見てて良い?」
きらきらの目で見つめられながら、終夏はフルーツを星型に切っていった。それを星型のカップに入れて、ゼリー液を注ぐ。冷やして固めたら、メロンの皮を笹の葉の形に切って、ゼリーの横に添えれば出来上がり。
「これが七夕ゼリーかぁ。この季節にぴったりのお菓子だね」
「多めに作ったから、ホテルのどこかに置かせてもらおうかな。他にも食べてみたい人がいるかも知れないしね」
「うんうん、きっといるよ」
出来上がったゼリーや緑茶を入れた水筒を持って、2人はいそいそとホテル『荷葉』へと出かけていくのだった。
夕刻にはまだ随分と間があるうちから、ホテルには今日の七夕に参加する人々が集まってきていた。
開始を待ちきれない者、自分の好きな浴衣を選びたいという者、早めに着替えて手伝いをしようという者、皆、七夕の参加条件になっている浴衣を前に、どれにしようかと悩んでいる。
その中でローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はさっと好みの浴衣を選び出すと、意外にも手馴れた様子で身に着けた。
浴衣を選んだものの巧く着ることが出来ず、上杉 菊(うえすぎ・きく)に教えてもらいながら着付けを覚えていたブラダマンテ・アモーネ・クレルモン(ぶらだまんて・あもーねくれるもん)は、そんなローザマリアを不思議そうに見る。
「何故スムーズに着られるんですの?」
「あら、現地民族の俗習は工作員の基本よ。斥候が高じて工作員をしていると、いろいろな現地の衣装を着る機会もあるの」
ローザマリアは涼しい顔でそう答えて、浴衣貸出の受付に立った。ブラダマンテも何度か菊から着付けの手ほどきを受け、着方を飲み込むと、ローザマリアと並んで受付に立つ。
「浴衣は着るのも難しいものですのね。とても勉強になりますし、民族的にも、大変興味深いものがあります」
ブラダマンテは浴衣に触れてみた。今まで着たことの無い装束は物珍しく興味をひかれる。
「そうね。着るもの1つを取っても、そこから見えてくるものはたくさんあるものよ。見ようとするなら、ね」
ローザマリアはそう言うと、浴衣を借りにきた生徒への応対を始めた。
「浴衣を借りられる方はこちらに記入をお願いします」
言われた通り貸出簿に白菊 珂慧(しらぎく・かけい)が名前を書いているうちに、ヴィアス・グラハ・タルカ(う゛ぃあす・ぐらはたるか)は早速浴衣を選び始めた。ヴィアス自身は珂慧にねだって買ってもらった紺地に菊柄の浴衣を既に着てきているので、選ぶのは男物、珂慧が借りる分だ。
「白菊、これがいいのよぅ」
恐らく、そこにある浴衣の中で一番派手ではないかと思われる、一面に昇り龍を染めた浴衣を広げてみせるヴィアスに、珂慧はうっと息を呑む。
「……そういうんじゃなくて、できるだけ、無難な感じがいいんだけど」
「そう? 男の人の浴衣ってあまり可愛いものがないのよぅ」
「いや、だから……」
ヴィアスに選ばせておくと、自分が望んでいるような地味な浴衣にならないかも知れない……。けれど、浴衣のことはさっぱり分からない珂慧は、自分で選ぶにも選べず、ヴィアスが地味なものを選んでくれますようにと祈りつつ見守るしかない。
そこに、
「こんな浴衣はどうかな?」
2人のやり取りを見ていた清泉 北都(いずみ・ほくと)が、何枚かの浴衣を出して並べてみせた。紺地に菱、茶の濃淡の市松、等々、どれもシンプルなものだったけれど、それさえ珂慧には見慣れぬ柄で自分がそれを着るかと思うと落ち着かない。
「もっと目立たない感じのがあれば……」
「だったら……クナイ、あっちに置いてあった黒絣の浴衣を持ってきてくれるかな」
「はい。――これでしょうか?」
クナイ・アヤシ(くない・あやし)は立っていって北都の指示した浴衣を持って戻ってきた。
黒の絣にごく薄くかすれ縞が入っているだけの浴衣だ。
「あ、それがいい」
「もっと白菊に似合いそうな綺麗な浴衣がたくさんあるのに」
「こういう浴衣も粋だと思うよ。それから……これ」
ちょっとつまらなそうなヴィアスを北都はなだめると、そのふわふわした髪に白い菊をかたどった髪飾りをつけてやった。鏡を覗き込んで髪飾りを確かめているヴィアスをその場に残し、北都は珂慧を着付けの部屋へと連れて行った。
「さすがにレンタルでゆかたドレスはないようね」
浴衣を探していたヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)が残念そうに言うのを聞きつけ、浴衣選定の手伝いをしているヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、
「何かお手伝いできるですか?」
と申し出た。
「あたし、足元が拘束される感じは好きじゃないの。こう、スリットが入っていたり短かったりする、動きやすい浴衣なんて無いわよねぇ」
「そういうのはないです〜。普通の浴衣を曲げちゃうのではダメですか?」
「短くなるならそれで構わないわよ。じゃあ、浴衣はコレ、ね♪」
黒地に大輪の牡丹があしらわれた浴衣をヴェルチェが選び出すと、ヴァーナーはちくちくとその裾上げをした。
「これで短くなったです♪」
「ありがと。助かったわ」
これで持ってきた編みこみブーツにもぴったり、と直し終わった浴衣を受け取るヴェルチェに、ヴァーナーは更に提案する。
「髪型も結い上げると似合うですよ〜。かんざしとかつけたらきっと可愛いです〜」
こんな感じ、とヴァーナーはヴェルチェにちょっとかがんでもらって髪を掻き上げた。鏡に映る顕になったうなじが色っぽい。
「それじゃあお願いしようかしら♪」
「はい、任せてくださいです〜」
ヴェルチェを座らせると、ヴァーナーは髪をアップに結い上げた。全部結い上げてはしまわず、毛先は自由にしておいて動きを出し、派手目のかんざしを挿す。
「とても素敵です〜。それからこれ、良かったら使って下さいです♪」
はい、と団扇を渡すと、ヴァーナーは浴衣を手に着付けの部屋に入っていくヴェルチェを見送った。
そこに、浴衣を着終えた関谷 未憂(せきや・みゆう)が、ヴァーナーに声をかける。
「私も髪をちょっと結ってもらっていいかな?」
「もちろんです♪ ええっと……こんな髪飾りはどうですか? お星様2つついてて、織姫さまと彦星さまがデートしてるみたいで可愛いですよー」
「えっ、デート……あ、うん……それでお願いしちゃおうかな」
「それならここに座ってくださいです〜」
ヴァーナーは未憂を座らせると、器用にくるくると髪をねじって二星の飾り櫛で留めつけた。
浴衣をノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)に当てては、どれが良いかと神代 明日香(かみしろ・あすか)はずっと悩み続けていた。紺地の古典的な浴衣も良いし、パステルカラーに花を散らした浴衣も捨てがたい。
「こっちも似合うし、こっちも可愛いし……」
「明日香さん、まだ選ぶんですか?」
着せ替え人形にされることには慣れているけれど、あまり遅くなってはと『運命の書』ノルンが壁にかかった時計に目を走らせると、明日香は最後の候補から浴衣を取り上げた。
「やっぱりこれにしますー」
夜空を表す群青色を、細かな星で描かれた天の川が斜めに横切る柄。白い星の中にピンクや黄、水色の星がまざっていて、天の川の流れにリズムをつけている。同じ柄の浴衣を2枚手にしているのは、お揃いで着る為だ。
浴衣にあう帯等も選び、着替えに行くその前に……と、明日香は皆が試着した浴衣を畳んでいる琴子の処に行った。そしてこっそりと尋ねる。
「琴子先生は浴衣の下に何を着てますかー?」
通常下着なのか、襦袢なのかと聞く明日香に、琴子は今着ている浴衣の袖をもう片方の手に受けて見せる。透ける生地の下に覗いているのは幅広のレースだ。
「普段浴衣を着る時にはゆかた下を着ることが多いのですけれど、今日は綿絽にしましたので、下はレース肌襦袢と裾よけですわ」
「それなら私もそうしますぅ」
小声での相談を終えると、明日香はノルンと一緒に着付けの部屋に入っていった。
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