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リアクション
笹の葉ずれもさらさらと
夕方になって風が出てきたのだろうか。
ホテルに近い側の庭に立てられた笹は、さらさらと音を鳴らしている。
つけられた色とりどりの七夕飾りも短冊も、風を受けてひらひらと靡き、いっそう華やかに見えた。
「みんなのうりょうなんですよ〜。うちわもカワイイのでもらっていってくださいです♪」
水色の地に金魚と波紋を描いた浴衣を着て、ヴァーナーは団扇を配っていた。
「あら可愛いですわね」
団扇を受け取って琴子が微笑むと、ヴァーナーはにこりと笑う。
「ホテルの人と相談してつくったですよ。こっちが短冊のもようでこっちはディフォルメ琴子せんせーです♪」
「えっ」
動揺して団扇を取り落としそうになる琴子に、ヴァーナーはぎゅっと抱きつく。
「琴子せんせー、いつもステキなイベントありがとうです! みんな楽しそうです!」
感謝のしるしにと、ヴァーナーは琴子の頬にちゅっと口唇をつけた。
自前の紺の涼しげな浴衣を着たラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、団扇をぱたぱたと暑を散らすように動かしながら、会場を眺めた。
ホテル側から見て手前に笹、左手側に星の座、奥に流しそうめんが設置されている。七夕として特別に設置されたのはその3つだけだが、元々日本庭園になっているホテルの中庭自体が、日本の行事らしさを演出していた。
その間を浴衣を着た生徒たちが、ある者は七夕を楽しみ、ある者は行事の手伝いにと、思い思いに動き回っている。
翻る飾りにひかれるように笹に近づくと、短冊を書く用のテーブルを整頓をしていたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が、
「よかったら願い事を書いて吊るしていってね」
と色とりどりの短冊と、筆ペンやサインペンが立てられたペン立てを示した。
「短冊か。折角だし、何か願い事でも書いてつるしておくかな」
ミルディアに勧められるまま、ラルクは短冊の中から青を1枚取った。こういう行事は久しぶりだ。何をどう書こうかとしばらく考えた後、ラルクはペンを走らせた。
まずはやっぱり……
『 もっと強くなれるように 』
強くなればできることも増えるし、向上心は何事も人を高められるものだろうから。
力強く書いたその隣には、
『 いい医者になれるように 』
と並べて書いた。皆が七夕を楽しんでいるこんな夕べにも、病に苦しんでいる人がいる。1人でもそういう人を減らせるように、ラルクは医者を目指して勉強中だ。
2つの願いが並び書かれた短冊を、ラルクは笹に結びつけた。
風に揺れる短冊に書かれた願いは、星に届くのだろうか。普段星を見上げることはないけれど、こんな日には少しだけ見上げてみるのも良いかも知れない。
そんなことを思いつつ、ラルクは星空を待つようにゆったりと会場を巡る。
「これに願い事を書いたら叶うんですか?」
ホテルで借りた浴衣を着て、七夕の催しを見物していたティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)も、興味を持って短冊に手を伸ばした。本来は青赤白黄紫の5色が正式な短冊だけれど、今日はピンクやオレンジ、緑に金銀までカラフルな色が取り揃えられている。
どれにしようか少しだけ迷った後、ティエリーティアはオレンジの短冊を選んだ。
叶えたい願い事はたくさんある。
だからティエリーティアは左手に持ったペンで、小さめに字を書き始めた。
「えっとまずは……」
『 みんなが元気でいてくれますように 』
それから……と考えて、成り行きだけど付き合うようになっている相手のことも書いてみようかと、几帳面な字でちょこちょこと書き記した。
願い事をたくさん書き終えると、ティエリーティアは手をいっぱいに伸ばして短冊を眺めてみた。オレンジ色の短冊はひっしりと文字に埋まり、ちょっと黒っぽく見える。
「ちょっと書きすぎでしょうか……?」
でもどれも大切な願い事だからと、ティエリーティアは笹の先にその短冊をぎゅっと結んだ。
笹の周囲では皆それぞれの短冊を持ち、願いをこめて結び付けている。
短冊を書くテーブルでは、互いに見せ合いっこしたり隠したりと、賑やかしい。
「みんな紙に何を書いてるんですか?」
そんな人だかりに気づいてやってきた鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)が、短冊を書く皆を不思議そうな顔をして見るのに、ミルディアが説明する。
「七夕の日に短冊に願い事を書いて笹に吊るすと、願い事が叶うって言われてるんだよっ」
「凄いね! お願い事この紙に書くと叶うんだー。ボクもやりたい! えっと、その青いのがいいなー」
氷雨は七夕のことは知っていたけれど、短冊に願い事を書くと叶う、という言い伝えは知らなかった。思わず身を乗り出すと、ミルディアが青い短冊とペンを渡してくれる。
「じゃあこれに書いて笹に吊るしてね」
「うん分かった。何をお願いしようかなー」
みんなはどんな風に書いているのかと、氷雨は笹に結ばれた短冊を見てみた。大きな字で短く書いてあるもの、小さな字であれこれと書き連ねたもの、几帳面な字、書きなぐったような字、丸い字、角ばった字……。短冊を見るだけで、書いた人がどんな人なのかがしのばれる。
複数の願いが書かれた短冊があるのを見て、氷雨も2つ願いを書いてみた。
『 お友達が、もっともっと、沢山出来ますように 』
『 美味しいものがたくさん食べられますように 』
書きあがったものを見ると、少しだけスペースが余っている。せっかくだからこのスペースも願い事でうめてしまおうと、氷雨はペンを持ったまま紙とにらめっこした。そして、
「あ、そうだ!」
不意ににっこりと微笑んで書き記すと、短冊を笹に吊るした。
『 皆のお願い事が叶いますように! 』
ノルンを放っておいていそいそと笹の処にやってきた神代明日香は、短冊を手に取ると迷いもなくペンを走らせた。
大好きなエリザベートの可愛い仕草をもっと見たい、もっと仲良くなりたい。強くそう思いながら書いた願いは
『 もっとエリザベートちゃんと仲良くなれますように 』
それを取れないようにしっかりと、笹に結びつける。
「明日香さん、もうこちらに来ていたのですか」
手に飲み物の入ったコップを持ったノルンが、明日香の姿をみとめてやってくる。
「ノルンちゃん、何飲んでるんですか? 私も飲みたいですー」
手を伸ばす明日香から、ノルンはコップを遠ざけた。
「いけません。これは子供の飲むものではありませんから」
外見5歳のノルンの口から出るには違和感のある言葉だけれど、実際は5000年を生きているのだから仕方が無い。
「ホテル側に実際の歳を説明するのに手間取って、やっと手に入れたのですよ」
そう言ってノルンはおいしそうに日本酒を飲んだ。
「私も何か欲しいなー」
何かないかと見回した明日香は、笹の近くに置かれている七夕ゼリーに気づいて取りに行った。明日香が戻ってくるのを待ちながら見るともなく短冊を見ていたノルンは、とても見覚えのある字を見つけた。
「……明日香さんらしいですね」
書かれた願い事に目を細めると、ノルンは自分もペンを手に取った。落ち着きの無いパートナーだけれど、大切な存在である明日香のことを思いながら、こう記す。
『 明日香さんの願いが叶いますように 』
それを明日香の短冊の隣に結びつけると、ノルンは何食わぬ顔でお酒を飲みながら、ゼリーを手に嬉しそうに戻ってくる明日香を迎えたのだった。
百貨店で買ったばかりの浴衣を着た南條 琴乃(なんじょう・ことの)は、歓声をあげて笹を眺めた。パラミタで七夕の笹が見られるとは思っていなかったので、無性に懐かしく感じられる。
「わあ、七夕ってパラミタでも賑やかなんだね!」
嬉しそうな琴乃の疑問に、川原 龍矢(かわはら・たつや)が答える。
「そうだな。パラミタには地球から伝わった風習が幾つもある。その上に日本系の学校が出来たこともあって、七夕が賑やかに祝われるのだろう」
「そうなんだあ。あ、私にも短冊ください」
「はいどうぞ。願い事叶うといいね」
琴乃が差し出した手に、ミルディアが水色の短冊を取って渡した。
「ありがとう!」
琴乃は早速願い事を書き始める。
『 友達がいっぱい出来ますように 』
パラミタに来てから日が経っていない琴乃は、まだこちらにあまり友達がいない。パラミタでもたくさん友達を作って、楽しく学園生活を送りたい。
「はい、どんどん書いてね」
「ああ、ありがとう」
ミルディアから紫色の短冊を受け取ると、龍矢はさらりと願い事を書いた。
『 シャンバラの地に平穏を 』
書いてから、七夕の短冊にふさわしくない願いかとも思ったが、パラミタの情勢はいつどうなるか分かったものではない。
(シャンバラが何事もなく、夏をすごしてくれるといいのだが……)
誰もが海に遊びに行ったり、花火を楽しんだりできるような夏であってほしい。龍矢は心からそう願う。
そうして書いた短冊を笹に結び付けていると、会場を巡回している琴子がやってくる。
「ずいぶん短冊も増えましたわね。少し補強しておいた方が良いかしら……」
「じゃああたし、何か補強するものを持ってくるねっ」
そっと笹をゆすってみる琴子に、ミルディアはそう言って、ぱっと駆け出した。
「浴衣は足元が危ないですわ。急がなくてもよろしいですので、気をつけてくださいまし」
「うん。でも笹が倒れたりしたら大変だからっ」
大急ぎで走ってゆくミルディアを心配そうに見送ると、琴子は笹の近くに立ったまま、短冊を書いている皆へと視線を移した。しばらくそこで笹の具合を見ているつもりらしい。そこに琴乃は声をかけてみる。
「あの、白鞘先生、ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい、何でしょう?」
「私、短冊にお友達が出来るようにって書いたんです。お友達ってどうしたら出来るでしょうか?」
今日の七夕行事にも、友達同士で来ている生徒がたくさんいる。そんな風になるにはどうしたらいいのだろう。
「この笹にもきっと同じ願いがたくさん結ばれているのでしょうね」
琴乃の質問に、琴子は短冊をなびかせている笹を手のひらで示した。
「お友達がほしいと願っている人は南條さんの周りにもたくさんいるのですわ。そしてきっと同じように、どうしたら良いのかと思っているのですわ。だからあとはきっかけだけ、ですわね。お友達になりたいという気持ちをこめて、周りの人に話しかけてみたらどうでしょう」
「周りの人、ですか」
「おしゃべりするような場が少ないようでしたら、部活動をしてみたり、興味のあるコミュニティに入ってみたりするのも良いかも知れませんわね。興味が同じ人とは話もあうのではないかと思いますわ」
「ありがとうございます」
考えてみて下さいねと言う琴子に、琴乃は礼を言った。
「あちらの流しそうめんの方にも多くの人が集まっていますわ。何かを食べながらのおしゃべりは人を打ち解けさせると言いますので、そちらで話しかけてみるのも良いかも知れませんわね」
琴子の勧めに、琴乃は期待の目で龍矢を振り返った。
「私、本物の流しそうめんって見たことないんだ。ちょっとだけ食べてみたいなあ」
「そうだな。流しそうめんというのも風流だろう。行こうか」
「うん。じゃあ行ってきます!」
琴乃たちが流しそうめんの方に行ってしばらくすると、ミルディアが息を切らしながら補強の為の材料や道具を抱えて走り戻ってきた。
「はいっ、これ、持って……はぁ、はぁ……来た……よ」
「ありがとうございます。でもまずは少し休んで下さいましね。準備のときから動きづめでは、疲れてしまいますわ」
「うん、でも早くしないと、笹が……」
それでも気になる様子で道具を手に取ったミルディアだったけれど、そこで力尽きてふにゃっと座り込んでしまう。
「だいじょうぶですか? 中で休んだ方が良いですわね……」
琴子は手を貸そうとしたけれど、ミルディアを支えるには力不足だ。どうしようかと見回す琴子の視線に気づいて、会場の手伝いをしていた柴崎拓美がやってくる。
「どうかしましたか?」
「無理をしすぎてしまったようですの……申し訳ないですけれど手を貸していただいてもよろしいかしら?」
ホテルまで連れて行きたいと琴子が頼むと、拓美はアースを手招きして呼んだ。
「アースはそっちを支えてくれる?」
「ん、ああ。任せとけって」
2人でミルディアを支えてホテルへと歩き出す。
「何かあったのか?」
様子がおかしいのに気づいてやってきたレイディスに、琴子は事情を簡単に説明する。
「わたくしはミルディアさんについていますから、こちらの笹の補強をお願いしてもよろしいでしょうか」
「分かった。こっちはしっかり補強しておくよ」
「お願いいたしますわね」
レイディスに頭を下げると、琴子は小走りに拓美たちを追い越し、寝かせる部屋の準備をしにホテルへと入っていった。
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