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二星会合の祭り

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二星会合の祭り

リアクション

 
 
 特別の夜だから 
 
 
「パラミタでも七夕を見られるなんてね♪」
 なんだか懐かしい、と浴衣姿ではしゃいでいる遠野 歌菜(とおの・かな)に、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は尋ねた。
「歌菜は七夕のことをどのくらい知ってるんだ?」
「七夕のこと? 織姫彦星の伝説と、短冊に願い事を書いて吊るすのと、あとは……そうめんを食べるのと……」
 歌菜は庭を歩きながら知っていることを数えあげてゆく。
「これは知ってるか? 昔の貴族たちにとって……七夕は、恋人同士でともに過ごす特別な夜だったらしい。男女で恋の歌を取り交わしてたらしいが……俺達もやってみるか?」
「ふぅん、恋人同士……って、ぇええええ? こ、こ、恋の歌っ? 俺達も、って羽純くん!」
 目を回すほど驚く歌菜の反応を楽しむように、羽純は笑みをかみ殺しながら眺めている。
 これは絶対に歌菜をからかっている。
 ひどい、と思うのに、動揺が抑えられない。
 からかわれていると分かっているのに、歌菜の心臓の鼓動はどくんどくんと跳ね上がり、勝手に顔に血が上ってくる。
(きょ、今日は意識しないでいようって決めたのに……)
 だから羽純の浴衣姿を見た時にも、格好良いなとは思ったけれど、歌菜はそれを意識にのせないように気をつけていたのに。
 赤くなってしまっているかもしれない頬を見られたくないのと、この動揺から脱出するため、歌菜は羽純から視線を逸らしてそっぽを向いた。
 深呼吸、深呼吸。落ち着いて、落ち着いて。
 ……うん、もう大丈夫。
 自分に言い聞かせ、覚悟を決めて歌菜は羽純の方に顔を戻した……けれど。
 こちらを見ている羽純の優しい眼差しにあって、何も言えなくなった。
 まるで視線に包まれるようで。
 くすぐったいような嬉しさを感じるけれど……でもちょっと不意打ちのようで悔しい。だから歌菜は反撃を試みた。
(えいっ!)
 思い切って羽純の腕に腕を絡める。
 驚くだろうか。……嫌がるだろうか。
 だけど返ってきたのは、ふと小さく笑う気配。
 そして腕はそのままに、羽純はまたゆっくりと歩き出した。当然、腕を組んでいる歌菜も同じように歩き出す。
(いいの……かな?)
 歩き出しはどこかおそるおそる。けれどそのうち、ともにこうして歩いていることが普通のようにも思えてきて。
(いいんだよね。だって……)
 今日は七夕、織姫と彦星が見守る特別の夜なのだから。
 
 
 コイのハナシ 
 
 
「おかしいですね。そんなに先に行っちゃったんじゃないと思うんですけど……」
 家から送られてきた愛用の青いウサギ柄の浴衣を着た広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)は、一緒に来た皆の姿を探してきょろきょろと辺りを見回した。すっかり暮れてしまった庭は、常夜灯がともっているものの、人を探すのに十分な明かりがあるとはいえない。
「ウィルちゃん、向こうに行ってみましょうか〜」
 それでもどんどん進もうとするファイリアを、ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(うぃるへるみーな・あいばんほー)が慌てて止めた。
「ファイリアさん、引き返しましょう」
「どうして?」
「それは……何だか来てはいけないところに来てしまったようですから」
「え? ……あっ」
 ウィルヘルミーナに示されて、ファイリアも気づいた。周囲にあるのはカップルらしき人影ばかり。
「……はわわっ、ファイたち、お邪魔な場所に来てしまったみたいです〜」
「皆さんもこちらの方向にはいないでしょうから、戻りましょうか」
 こんなところで騒いでいたら、お邪魔虫決定だ。2人はくるっと踵を返して、来た道を引き返しはじめた。
「……でもいいですよね〜。恋した人と一緒に過ごせるのは」
 そう言ってからファイリアは、そう言えば、とウィルヘルミーナを見た。ウィルヘルミーナは今日は赤い桜柄の女性用の浴衣を着ている。浴衣はあまり気にならないと言っていたけれど……元になったのが男性だったためか、今は女性になっているにも関わらずウィルヘルミーナは変わった服装に戸惑いを見せることが多い。
 やはりどこかに男性として生きていた頃の気持ちが残っているのだろうか、とファイリアは思う。
「ウィルちゃんはどんな人がタイプなのでしょう〜? ウィルちゃんは元は男の人の英霊ですから、好きになるのは女の人なのですかね〜?」
 ファイリアに聞かれ、ウィルヘルミーナは困ったように笑った。
「今のボクって、男性女性、どっちを好きになればいいんだろう、って考えちゃうんですよね。だからタイプを思い浮かべようにも出てこなくて。ですから、好きになった人がボクのタイプ、ってことになると思います」
「そうなんですか〜。ファイは……優しい人? かっこいい人? う〜ん……よく分からないかもです〜」
 いつか、この人が好き、と思える人に出会えたら、その時に分かるだろうか。
「でも、お互い恋人が出来ても、ファイたちはずっと一緒ですよね、ウィルちゃん♪」
「ええ。きっかけは話の流れでうっかり契約したようなものですけど、ファイリアさんたちに会えて幸せです。この絆、今のボクにはとてもかけがえのないものです」
「そうですね。じゃあ、残りの絆を探しましょう〜」
 ウィルヘルミーナとファイは、恋人たちの間を抜けると、また一緒に来た皆を探し歩くのだった。
 
 
 目病み女に風邪引き男 
 
 
 黒塗りに紫の鼻緒の桐下駄が、地面に引きずられて気だるい音を立てる。その上の浴衣は黒の地に、野生の駒と豪華な鞍を載せられた駒が木立を走る姿が紫の影絵のような図案で描かれたもの。けれど着ている主は駒のように駆ける元気はなさそうだ。
 雨にぬれて帰ってきて以来、すっかり風邪を引き込んでしまった黒崎 天音(くろさき・あまね)は、床からは何とか離れたものの、本調子とはとても言えない状態だ。
「ふむ。今夜はまるで借りてきた猫だな。いつもこうだと楽で良いのだが」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の方は、黒地に銀の細い縦縞と金の笹枝、笹に雨が降るような風情の浴衣を着、こげ茶の桐下駄には太い黒の鼻緒をすげて。天音と同じように誂えたものだ。
「……ブルーズ、楽しそうだね」
 軽く機嫌を損ねたらしいその声も、掠れ気味で力が無い。そんな普段より弱って大人しい天音の様子が、ブルーズにとっては正直、少し可哀想で少し楽しい。そんな風に思うのは、寝込んでいる間に心配させられた反動かも知れないが。
 病み上がりの身体がだるいのか、天音は人の集まっている方には足を向けず、普段より緩慢な仕草で庭を歩いていた。ブルーズもそれに添って歩きながら、天音の仕草を見るともなく眺めた。暑さに頬にかかる髪をうるさげにかき上げる仕草……浴衣の肌触りが気に入ったのか、無意識に袖を撫でている手つき……。どれもどこか物憂げで、天音が病みあがりであることを思わせる……。
「パラミタにも星座はあるのかな?」
 天音に問われ、ブルーズは視線を夜空に移した。
「ああ。例えば七夕にはつきもののこと座。あれはオルフェウスの琴だと言われている。冥界から妻のエウリディケを取り戻そうとしたのだが……」
 後ろを振り向いてはいけないと言われていたのに、出口のすぐ近くまで来た時に振り返ってしまい、妻は冥界に逆戻りしてしまい、それを嘆いたオルフェウスも嘆きの余りに弱っていって死んでしまう。それを哀れんで、オルフェウスの持っていた琴を空にあげて星にした、という伝説をブルーズが話し終えると、天音は同じだね、と言った
「地球にも同じ神話があるよ」
「そうか? ならば白鳥座の話をしてやろう。美しい王女に恋をした神が白鳥に姿を変えて……」
「それも知ってる。もっとパラミタならではの伝承はないのかい?」
「地球にどのようなものがあるのかが分からんが……」
 ブルーズは思いつくままに星座の伝承を語ったけれど、多少名前等の差異はあれど、そのどれもが天音の知る話だった。
「地方によっては様々なバリエーションの話があるだろうが、有名どころとなるとそれくらいだな」
「ふぅん。星の配置もほぼ同じなら、伝承もほぼ同じなんだね」
「地球から伝わったものも多いのだろう。英霊という存在もあるからな」
 思い出せるだけの話を語り終えてしまうと、ブルーズは背後に顎をしゃくった。
「ところで天音、今日は芸事についての願い事もできる日なのだろう。お前も願ってみたらどうだ?」
「そうだね……後で短冊に願い事でも書くかな……」
 笹の飾られている方を振り返った天音は小さく咳いた。
「……まだ咳が出るな。これでも舐めていろ」
 そう言ってブルーズは懐から朱色のちりめんで出来た小袋を取り出した。手の上で傾けると、中からころころと小さな星たちが転がり落ちてくる。
「金平糖か、ファンシーだね」
 ブルーズのすぼめた手に添って並ぶ金平糖はまるで天の川。
 その中から1粒の星を取り、天音はそっと舌にのせた……。
 
 
 一番綺麗な流れ星 
 
 
 すっかり暗くなったホテルの庭に、短冊をつけられた笹や星の座、流しそうめんの場所がライトアップされて浮かび上がっている。
 それぞれ七夕を楽しんでいる人々を横目に、四条 輪廻(しじょう・りんね)はこっそり侵入したホテルの屋上で、汗を流しながら大きなものを運んでいた。
「思ったより大きくなってしまったな。改良の与地はまだまだあるが、今夜はこれでいいだろう」
 しっかりと設置すると、輪廻は満足げにその装置……『流れ星射出装置(仮)』を眺めた。
「くっくっく、今まで散々アリスたちに食費を使い込んだことを問い詰められたが、1人で来ればばれまい」
 アリスたちには、今日は友人宅に行くと言って出てきた。完璧な作戦だ。
 最早成功したも同じ、とばかりに輪廻はタイミングを見計らって装置のスイッチを入れた。
「くっくっく、さぁ貴様よ、願い事でもするがよい。叶うかどうかは努力しだいだ。はーっはっはっは」
 ひゅん、ひゅん、と打ち出された光が空を流れる。
 本物の流れ星……とまではいかないけれど、流れる光に気づいた人々がそれを指差して歓声を上げているのが見え、輪廻の高笑いは一層大きくなった。
 けれど。
「なんだー、こんな処にいたんですねー」
 笑顔で現れたアリス・ミゼル(ありす・みぜる)に、輪廻の高笑いはぴたりと止まった。
「お友達の家に電話してもいないからどこに行ったのかと思いましたよ。そしたら今日はここで七夕っていうお祭りをやってるって聞いたので……あ、流れ星」
 まさに輪廻の流れ星射出装置から打ち出された光へと、アリスは手を合わせた。
「食費が減っていませんように、食費が減っていませんように、食費が……うーん、やっぱり3回言うのは難しいですねぇ」
「そ、そ、そうだな……いやあアリス、奇遇だな。いや、友人が七夕に行こうと言い出したものだから一緒に……」
「お友達はお家にいましたよー」
「いや、そ、それは、その……」
 アリスがずっと笑顔なだけに恐ろしい。何か良い言い訳は無いかと輪廻は冷や汗をたらしながら考える。
「あ、また流れ星。綺麗ですよねー。ところで四条さん、この費用は一体どこから出たんでしょうねー」
「はは、ははは……それはもちろん、あれだ、えーと……」
 ちらっと輪廻がアリスを伺うと、アリスはにっこりとヤな笑顔でそれに応えた。
 ダメだ……もう言い逃れは出来ない。
 覚悟を決めた輪廻は最後の手段……素直に謝ることにした。
「アリス、すまん。食ひ……」
「ぶっとべーーーーーっ!」
 どっかーん☆
 
 輪廻は流れ星になった。
 そしてそれは、その日一番の眼鏡の輝きだったという……………………おしまい♪