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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

リアクション

 SCENE 18

 後退した緋山政敏らは、辛くも七枷 陣(ななかせ・じん)に合流する。
「おい、無事か? 三人とも酷くやられたようやけど」
「クランジよ、クランジから逃れてきたの」
 カチェア・ニムロッドが応えると、
「クランジ!? 待て、クランジって一体やなかったんか。どんだけいやがる……」
 陣は手早く状況を語った。彼とリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)小尾田 真奈(おびた・まな)の三人もヒューマノイドマシンを蹴散らしながら前進を続けていたものの、途上でクランジ『Χ(カイ)』の自爆に巻き込まれ本隊と分断されてしまったというのだ。
「どうやらそのようね。敵は、小山内南さんとそっくりの外見、個体名『Ψ(サイ)』と名乗っているわ」
 リーン・リリィーシアも簡潔に、自分たちの遭遇したものについて語ったのである。
「本隊との合流もままならんし、その上、これか」
 陣は瞬時口を閉じ、唇の端を薄く歪めた。
「どんだけ多いんだよこの工場の敵は……」
「えっ!?」
 リーズは自分の身長ほどもある高周波ブレードを抜き放ち、両腕で構えた。
「挟まれましたね」
 真奈はハンドキャノン『ハウンドドック』の残弾を確認し、充填されていることを見て取ると黙ってこれをホルスターに戻した。常にこの銃が最善の状態に保たれているのは知っている。いつだって彼女はそうしてきた。それでも確認せざるを得ないのは、この銃に強い愛着があるためである。
 通路の正面方向から、冷たい足音が迫り来る。暗闇にポツンと、赤い単眼が光った。それも、無数に。
 振り返ると来し方にも、まったく同じ光景が展開されている。
 だが陣の視線は、ただ一点、正面方向に控える少女に集中していた。
「『あれ』がそうか?」
 黒い髪、ショートボブ、新雪の如く白い肌……そして、夢遊病者のように変化のない表情。
「ああ。『サイ』だ」
 政敏は吐き出すように告げた。他人の姿を借りるクランジが許せなかった。そして、そんな相手に不覚を取った自分も。
「こんな機晶姫が街に放たれちまったら洒落んなんねぇぞ常識的に! 全部ぶっ壊したるわ、行くぞ皆!」
「もっちろん! 鏖殺寺院の兵器なんてみ〜んなぶっ壊しちゃうもんね!」
「ご主人様の命、しかと承りました……」
 陣、リーズ、真奈、一気に前進し、
「こうなったら私たちは後方が相手ね! 政敏!?」
 同じくカチェアが政敏に呼びかけるも、
「……ああ」
 政敏は遅れ気味に応じ、そんな彼を不安げに一瞥してリーンも続いた。
 このとき、強力な爆風が襲いヒューマノイドマシンを蹴散らした。
「面白そうな舞台だなァ……せっかくの機会だから楽しもうじゃないかァ最前列でね!」
 その声の主はナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)、くすくすと笑いながら空を翔るようにして現れる。ヒューマノイドマシンの頭部を踏んで、踏んで、また踏んで、飛び石のようにして跳躍を繰り返しているのだ。軽業師さながらに着地し、
「クランジってのはあの子かい? ちとお相手願おうかと思ってねェ」
 奇妙に一礼して陣たちの戦いに加わった。
 見ればいつの間にか、ナガンの傍らに可憐な少女がたたずんでいる。戦場には場違いな乗馬服、白いリボン、お嬢様然とした容姿だがどこか空恐ろしい雰囲気を帯びている。彼女は藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)、ブラックコートを脱ぎ捨てて姿を見せ、
「同じく、クランジさんと殺し合いに参りました。宜しくお願いしいますね」
 優雅に微笑したのだが、その瞳の奥には情熱の炎が渦巻いていた。
 やはりクランジは鬼神の如き戦闘力を発揮していた。だが、
(「乱戦向けの機体では……ないのかもしれません。いえ……まさか」)
 戦いを繰り広げるうち、真奈は勘づいた。
 クランジ『Ψ(サイ)』とヒューマノイドマシンの動きは統一がとれていない。電磁鞭にマシンを巻き込むは勿論、移動方向にマシンが割り込んだことによって激突し、後退を余儀なくされたりもする。しかも左右の電磁鞭のうち、各一本ずつは電気が通っていない。
(「テロや破壊だけに使われるだけの機晶姫……哀れにも思いますが」)
 真奈の勘は確信に変化している。
(「未完成で出てきたのがあなたの不幸です。殺戮機械として完成する前に、いっそここで終わりにしてしまった方がまだ救われるでしょう」)
 手にしたハウンドドックが弾丸を展開する。同時に、真菜は口を開いた。
「ご主人様、リーズ様、皆様もお聞き下さい。そのクランジ……サイは、完成品ではないようです」
「そうか。完成してからまた来い、と言いたいが、あいにくそんな余裕はないわ!」
 陣は疾走した。途上、ヒューマノイドマシンの剣をかわし、弾丸の雨を飛び越え、サイの正面に迫るや、
「魔術士だからって、接近戦はからっきしやと思ったら大間違いだぜ」
 則天去私、拳をサイの腹部に見舞った。ゲッ、というような声を発し、機晶姫はバランスを失って壁に後頭部を打ち付ける。
「にはは♪ これでおしまいにするんだよ!」
 と言いながらリーズが断ったのは正面のマシン、と思いきや、
「フェイントだもんね!」
 返す刀でチェインスマイト、刃を逆袈裟に斬り上げ、クランジの右手首を落とした。
「んにぃ……」
 しかしサイとて、やはりクランジである。
 反対側の腕から伸びた三本の鞭が、リーズの首、左右の腕に巻き付いていた。
 放電する。リーズの髪が全て、重力と反対方向に逆立った。
「てめぇ!」
 どんなときでも薄笑みを浮かべていた陣が、この時ばかりは赫怒に染まっている。リーズは目を見開いたまま棒のように倒れ伏したのである。
「待ちなさい。焼きたいのなら私になさい!」
 優梨子は黒影爪で斬りかかるも、一閃はサイの眼前を掠めるに留まった。
 ナガンは臍を噛む思いだ。
(「なかなか隙が……」)
 リーズが倒されるのを見ているほかなかった。ナガンと優梨子には秘策があるのだが、これを発動するタイミングがつかめないのである。なにせ、一度しか試せない戦術、無駄撃ちは許されない。
 後方の敵は、政敏ら三人が討ち果たしていた。
「よし、とって返して対クランジに乗り出すわよ! 政敏……政敏!」
 カチェアは飛び出そうとして、政敏が沈み気味なのに苛立たしげな声を上げた。
「どうしたのよ! さっきから! 虚を突かれたのがそんなにショックなわけ!?」
「自分の甘さが、どうしても許せないんだ」
「甘いだの辛いだのと……!」
 カチェアにも彼の気持ちはわからないでもない。しかし、今はそんなことを言っていられる場合ではない筈だ。そのとき、
「そうね。政敏は優しすぎるからね」
 リーンが穏やかな笑みを浮かべて告げた。
「すーっごく優しいからね、自分に。いつまでも自己憐憫に浸っていられるぐらいに」
 リーンの口調に辛辣な色はない。小さい子をあやすような雰囲気すらある。だがそれだけに、彼女の言葉はナイフの如く、政敏の胸に差し込んだ。
「ほら、目が覚めたらさっさと前線に活きなさい。美少女が世界の宝なら、政敏は差し詰め消耗品でしょ。ほら頑張れ、消耗品」
 からからと笑って、もう、一言のフォローもしないで、リーンは政敏を置いてクランジに向かっていく。
「えっと……、私も行くから」
 リーンを追いながら、カチェアは少し嫉妬に似た感情を抱いていた。やっぱり、政敏の扱いは彼女のほうが断然上手い。
 なぜって、あの言葉だけでもう、政敏は戦士の目を取り戻している。

 政敏、カチェア、真奈の三段攻撃をかわし、クランジ『Ψ(サイ)』はヒューマノイドマシンの残骸上に着地した。
「任務続行」
 右の手首を落とされながらも、なお機晶姫は戦う意志を喪わない。その姿に、優梨子は得も言われぬ官能的な興奮を覚えるのだった。
(「うふふ……これこそ殺し合い、あるいは殺し『愛』ですね。憎悪と愛情はコインの両面とも言えます。それにしても美しいこと、凄絶な姿になっても自己の命を遂行する人々というのは……})
 クランジばかりではない。優梨子も無傷ではないし、ナガンもまた、二の腕を鞭で裂かれてとめどもなく血を流している。頬にも青い痣が浮いていた。
(「ああ、ナガンさんも、何と美しいお姿でしょう……」)
 優梨子は震える。やはり修羅場は、良い。
 そのとき、ナガンがついにあの『手札』を使ったのだ。声を限りに叫ぶ。
「藤原ァ! 左から行けェ!」
「承知しました」
 優梨子が左方向から大振りの横薙ぎを行う。
 これはブラフ、クランジが飛び退いたその先に。
 正確には、その先の頭上にあるスプリンクラーに。
「さあ、ぐしょ濡れになってもらおうかァ!」
 ナガンはこれ目がけて火炎を放った。当然、スプリンクラーから大量の水が噴き出す。
「……!」
 反撃すべく電磁鞭を振り上げたクランジは、自らの電流が感電して目も眩む光に包まれた。目、口、耳、ちぎれた右手、その他あらゆる穴という穴から煙を上げている。
「存分やってくれたからな、数倍にして返してやる。それも、リーズがやられた分を基準にしてな……!」
 黒煙に霞んだクランジ『Ψ(サイ)』の目に……小山内南の顔立ちをコピーした目に、陣が、伸ばした右手の五指を拡げ、立っているのが映った。
「唸れ、業火よ! 轟け、雷鳴よ! 穿て、凍牙よ! 侵せ、暗黒よ! そして指し示せ……光明よ! セット! クウィンタプルパゥア!」
 その光景が、サイがこの世界で見た最後の光景となった。そして、
「爆ぜろ!」
 この言葉が、サイが聞いた最後の言葉となった。
 クランジは砕け散った。その機晶石を含めて。

「う、ふふ……機晶姫さんに挑むより先に、ナガンさんの首を頂いておけば良かったかしら……」
 落ちたサイの首を拾い上げ、優梨子は恍惚とした笑みを浮かべている。