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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

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ラビリンス・オブ・スティール~鋼魔宮

リアクション

 SCENE 17

 敵との交戦より先行を優先、レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)ら一行は『頭脳』を探して進む。部隊名は『ブルズアイ』、要点、あるいは急所という意味で使われる言葉だ。ブレインコンピュータは本プラントの要点にして急所、その破壊ないし制圧を目指す部隊にふさわしい名前であろう。
 やがてブルズアイは両開きの扉の奥に、球形の巨大な部屋を発見した。
「……何の音だ」
 そのとき遠く西方面より爆発音が聞こえ、地面が激しく揺れた。しかしまさかこれが、クランジ『Χ(カイ)』が自爆した音だとは思わない。レーゼマンは勿論、ブルズアイのメンバーはしばし騒然となる。
「ブレイン制圧が最優先です」
 イライザ・エリスン(いらいざ・えりすん)に声をかけられ、レーゼマンは我に返った。自分から口を利くことの滅多にないイライザだけに、その言葉には重みがあった。
「そうだな。当方に直接の影響がないのであれば止まっているわけにはいかない。先を急ごう」
 レーゼマンは呼びかけて、球状室に入る小さなハッチに手をかけた。
 やはり目算は正しい。重いハッチの向こうはコンピュータルームだった。
 球形の部屋は広かった。とてつもなく、という形容詞を被せたい。少なく見積もって半径五十メートルはあるのではなかろうか。しかもその大半が金属製なのである。そして部屋の中心部には、黒真珠のような光沢をもつ球体が浮かんでいるのだった。あの球体こそ、この工場地帯を制御する『頭脳(ブレイン)』に違いない。
 室内はオゾンの香りに満ち不気味に涼しく、低く唸るような音に満たされている。
「聞きしに勝る絶景ね」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が内側を見つめながら呟く。
「行こう、ルカルカ……」
 レーゼマンが促した。
 一行はここに至るまで、大小様々な危険を乗り越えてきた。できるだけ回避しようとはしたものの、ヒューマノイドマシンとの戦闘は数知れず、罠に手痛い目を見させられた回数も少なくない。誰一人、無傷でこの場所には到達していないのだ。疲労の色も濃い。現にレーゼマンとて、肩口に包帯を巻き付けている。
「じゃあ、行くとしようか!}
 ルカルカは小さな笑みを浮かべ、全メンバーに告げたのである。
「作戦内容は覚えてるね? いい? 無駄な戦闘は避け、ダリルをブレインに無傷で到達させるのが肝よ。さあ、各所で戦っている仲間のためにも手早く無駄なく気配なく、『とっとこりー♪』で行こうじゃないの」
 ルカルカは天性のリーダーだ。彼女が軽く言葉を投げかけただけで、一同にのしかかっていた緊張感は一気に薄れた。なぜだろう、彼女と一緒にいるだけで死ぬことはないような気がする。
「お先に」
 レーゼマンは身を躍らせ、イライザもこれに続く。次々とメンバーはコンピュータルームに消えた。
 見回して驚いた。球形の内側はすべて、数え切れない程のメーター類や操作盤に覆われているのである。
「この部屋全部が計器類になっているのか! なるほど」
 ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)もここに辿り着いていた。彼女はブレインの電力供給を全て止めることを目指していたのだが、そもそもブレインには電源設備が見あたらない。中央に浮く黒い金属球の直系は五〜六メートルはあろうか。しかしその本体には、ケーブルや柱が一切つながっていないのだ。
「水素エネルギーか何かで動いてるのか? こりゃスマートにはいきそうもな……?!」
 突然、上方に吸い上げられる感覚に襲われてミューレリアは目を見開いた。しかしそれは、上に『吸い上げられている』のではなく、『上だと思っていた方向に落下している』ということだと気づくまでさほど時間はかからなかった。
 重力の反転が始まったのだ。
 さっそく上下逆転して天井に叩きつけられそうになり、朝霧 垂(あさぎり・しづり)はスカートを
両手で押さえた。
「わっ! な、なんだよこれっ!?」
 際どいところでメイドスカートは止まったが、一瞬の安堵も与えられない。今度は重力方向が、彼女の左方向に変化したのである。左側に落ちる、という奇妙な感覚を味わうはめになった。もちろん、メイドスカートの危機は再び訪れている!
「くっ、どうしても俺のスカートをめくりたいというのか!? だが!」
 垂は空飛ぶ箒を取り出して、またがってバランスを取り戻した。
「ルカルカが教導団の『最終兵器』なら、俺は教導団の『最強メイド』だ! ……なんちゃってな」
 かくて垂のスカートと、その内側の下着は守られたというわけだ。さあ、行動開始だ!
 一方、イングリッド・スウィーニー(いんぐりっど・すうぃーにー)は部屋にすぐ踏み込まず、その重力制御力の及ぶ範囲を調べていた。石を放り込んで軌跡を追う限りでは、球形の部屋全体、すなわち、ハッチを越えた地点から重力制御下に入ると思われる。
「ここから銃撃をするわけにもいくまいな。重力制御されて味方に当たる怖れがある」
 気遣わしげにイングリッドは、紅玉の瞳で道明寺 玲(どうみょうじ・れい)を見守るのだ。
 玲はすでに室内にいた。
「やはり『頭脳』は自立型か……とすれば操作している研究員を捕らえるという手も使えないようですな」
 上に下に右に左に、重力が玲を玩ぶが、彼女自身はそれをさして苦にしない。うろたえもせず『そういうもの』として受け止めている。時折外壁に叩きつけられそうになるが、長い脚で壁を蹴って被害を免れていた。
「さて、重力制御を無効化する方法があればよし、なければ、これを利用する手立てを考えるべきですか」
 玲はモノクルを拭ってかけ直し、理知的な視線を四方に向けた。
 ブルズアイのメンバーの大半は重力室に飛び込んでいる。ただしイングリッド同様、強盗 ヘル(ごうとう・へる)も外部に残っていた。ヘルにも目的があるのだ。
「頭脳め、今はああやって重力で遊んでるが、どうせ近々、手下を呼びだして暴れさせる気なんだろ? そうは問屋が卸さない、ってもんだぜ」
 ヘルはニヤリと笑みを浮かべて、コンピュータルームへの通路に何か仕掛けているようである。
 ヘルの読みは当たっていた。やがて通路に、大量のヒューマノイドマシンが押し寄せてきたのだ。
「さっそくおいでなすった! さて、俺は室内に突入してザカコに協力するとするぜ。おまえさんはどうする?」
「我輩か? 我輩は……」
 迷うイングリッドであったが、ヘルの呼びかけに応えて結局その後を追った。ヘルは帽子を押さえながら、こう言い残したのだ。
「そこにいたって皆の手伝いはできそうもないぜ。せっかくだ、重力制御ってやつを味わっておこうか!」
「待て、我輩も行く!」
 イングリッドのドレスが、重力干渉空間に舞った。

 数秒ごとに重力の変化する空間に、真っ先に慣れた一人が夏侯 淵(かこう・えん)であった。
「常に自分の目指す位置を見ていれば、惑わされることはない!」
 頭脳の重力操作を逆手にとって、ついにその本体に取り付いた。知ったのは、その表面に摩擦が少なく、手が滑りそうになるということ。そして、コンピュータであるにしても冷たすぎるということ。
「だが、取り付いてしまえばどうとでもなる」
 夏侯淵はシールドを取り出して、
「盾が防具なだけとは、決まっておらぬわ」
 これで直接、黒いコンピュータの表面を殴る! 銃弾であれば方向転換で味方が傷つく恐れもあるだろう。その点、直接攻撃なら安心だ。
「淵、やり過ぎないようにね! あくまで処理落ちする程度にとどめるのよ!」
 ルカルカの声は最初、夏侯淵の足元から聞こえたが、言葉が終わる頃には頭上に移動している。
「わかっている! それより、ダリルの準備は整ったか!」
「ある程度はな。あとは、直接操作で……!」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の声も、左や右など移動を繰り返していた。
 そのダリルの二の腕に、レーザー光線が突き刺さった。
 ヒューマノイドマシンだ。ハッチから次々と侵入してくる。ヘルが仕掛けたトラップで数は減じているようだが、それでも少ない数ではなさそうである。
「ダリル! 俺の手を取れ!」
 夏侯淵は手を伸ばすのだが、その体に強力な重力がかかった。地球上のそれの数倍はあるだろう。
「しまっ……」
(「重力を逆転させるだけでなく、これを増減できるとは」)
 夏侯淵は己が見積もりの甘さを悔いた。手が離れてしまったのは、予測外の自体に対処しきれなかったからだ。真っ逆さま、さすがの夏侯妙才も、糸の切れた蜘蛛の如く頭上に落下する。
「救います!」
 真っ先に動いたのはザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)、奈落の鉄鎖を展開し、包み込んで夏侯淵の落下速度を落とした。
「部屋全体は無理ですが、此方も多少は重力を扱えますよ」
 まるで鉄球だった夏侯淵の速度が、羽毛のそれに変化した。
「かたじけない。この恩、いつか必ず返す」
「気にしないで下さい。それより、ダリルさんを頭脳に到達させなくては」
「急ぐのだ」
 眼前のヒューマノイドマシンを斬り伏せてイングリッドが声を上げた。
「ああ、雑魚がどんどん増えて鬱陶しことこの上ねぇ!」
 最強メイドの垂が叫ぶ。
「私の目算ではあと三分が限度だ。三分以内なら、何人にもダリルの邪魔をさせずにおれる」
 レーゼマンの射撃は、下手をすれば自分に返ってくるという危険を伴うものだが、確実に敵を撃ち抜いていた。その彼を守るのがイライザだ。
(「レーゼには指一本触れさせません」)
 イライザは一言も発さぬが、その決意は不動である。
「だが……こいつは……」
 ヘルは歯を食いしばっていた。重力の方向が、中央の頭脳から外側に向けたものになった。問題はその強さだ。深い海に潜水したかの如く、猛烈に圧迫感のあるものになっている。耐えきれず、壁に打ち付けられて破壊されるヒューマノイドマシンが後を絶たない。
「コンピューターはデリケートな機械だ」
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は頭上を振り仰いだ。そこには頭脳が黒い太陽のように位置し、低い唸り声を発している。
「熱に……弱いと見た!」
 自分の装備品、あるいは途上で拾った紙束、それらに火をつけ火術で操作する。すぐに炎は、天に昇る龍のような炎の筋となった。
 これまでコンピュータ室の廃熱孔を探していたクレアであるが、直接火炎を当てたほうが手早いと考えたのだ。炎の龍は頭脳を嘗め、その周囲を経巡った。
 途端、重力制御が弱まったのである。
「よし、ザカコよ、頼むぜ」
 ヘルが足元にザイルを突き刺し、これにくくりつけたロープの端を手渡す。
「心得ました。ダリルさん」
 ザカコはダリルの共々このロープを握った。直後、再び重力制御が働き始め、部屋の重力が逆転する。
 かくてザカコとダリルは、さっきまで足元にあったザイルを頭上にし、ロープを滑り降りて頭脳に到達したのである。
「チームは一匹の獣! 今の私たちにとって、ダリルは心臓よ! 心臓を守りきるわよ!」
 ルカルカの呼びかけに力強い声が続いた。
「心臓か……うっかり停止はできないな」
 ダリルは呟きながら、『奈落の鉄鎖』でザカコに援護を受けつつ、頭脳に取り付く。
「入力端子はここか。よし、キーボードも発見した」
 ダリルにとっては機械は友、彼自身、その冷静さ故に『有機コンピューター』の異名を取るほどである。
「無機コンピューター対有機コンピューターか。さて、語り合うとしようか……できれば三分以内でな」