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久遠からの呼び声

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第1章 探索に集う者 2

「まったく、一人で先に行こうとするからこんなことになるんですよ!」
「…………」
 引き上げられたコビアは詩穂の叱責に釈然としない顔をしながら、集まってきた他の面子を見渡した。
 ようやく詩穂の声が収まったのを皮切りに、彼は口を開く。
「あなたたちは、一体……?」
「私たち、ジンブラ団のアビトさんから救援を受けてやってきたの」
 コビアの疑問に答えたのは、小柄で小動物のような印象を受ける芦原 郁乃(あはら・いくの)という少女だった。
「突然起きた荒野の変動でいなくなったあなたを見つけなくては、ということだったので……」
「キャラバンの人たちも、みんな、心配してたよ」
 それに補足するよう、悠然とした郁乃のパートナー、十束 千種(とくさ・ちぐさ)と朱里が付け加えた。
 コビアは彼女たちの説明を聞いて、無意識のうちに釈然としない顔になっていた。恐らくは、いなくなった子供を探す親のようなジンブラ団のことを聞いて、あまり良い気分にならなかったのだろう。
 そんなコビアの気持ちを理解してのことか……恭司が憮然として言う。
「好奇心が旺盛なのは結構だが……それで周りの者に心配をかけるということは考えが至らなかったようだな」
「…………」
 コビアはバツが悪そうに口を閉ざした。
「大人になるってことはな、それと同時に多くの選択肢が生まれるんだ。キミがどこに進むかは勝手だが、そこには必ず成否の可能性と責任が重く圧し掛かる。それを理解した上で初めて、大人と呼べるんだ」
 理解――いや、恐らく、恭司はコビアの心を見透かしている。コビアよりも多くのことを経験してきた彼だからこそ、誰しもが通るコビアの道を、よく分かっているのだ。
 コビアはしばらく黙り込んでいたが、やがて決然とした顔で恭司を見上げた。
「でも、僕は……助けたい人がいるんだ。僕を呼んだ人を、助けを求めてきたたあの娘を、助けたいんだ。だから……あの娘ともう一度会うまでは……!」
 コビアの言葉を、恭司たちは静かに聞いていた。彼の思いの丈を聞いて、何を思ったのか。
 先に口を開いたのは、鳳明であった。
「……うん。じゃあ、進むしかないですよね」
「そうだね。コビアの意志がそんなに固いなら、私たちは何も言えない」
 鳳明、そして郁乃はお互いにコビアに向けて微笑んだ。その微笑みは、彼の意思を汲んで一緒に行くことを告げている。
「……しょうがない。せっかくここまで降りてきたんだ。これで引き上げたら興ざめだな」
「うん。心配してたキャラバンの人たちのためにも、最後まで頑張ろうね!」
 恭司はしかたないといったように呟き、朱里はコビアを叱咤するようにして微笑む。彼女は自分のパートナーであるアインにも視線を送った。
 アインもまた、彼女の意思に応えるように静かに頷いた。
 そんな彼らの背後では、にゃん丸が静かに佇んでいた。
(うむ……。仲間というものは時に素晴らしきものかな。ま、俺は忍者だから、影にいるけどな)
 まさしく忍者の名に恥じぬとでも言うべきか。彼は潜むようにして、影ながらコビアを見守る決意だ。とはいえ……同時に、お宝探索を行う気でいるのは、誰も知らぬことであった。



 コビアが恭司たちと出会い、岩石を止めることに成功したのと同時刻。
 地下一階の迷宮では、女の子たちの探索グループが、試行錯誤を繰り返しながら慎重に先へと進んでいた。
「んー……人影を追ってきたのはいいですけど……なんか変な建物ですぅ」
 のんびりした緊張感のない声を発して、咲夜 由宇(さくや・ゆう)は内部をキョロキョロと見渡した。
「この壁は普通の壁と違う音がするのだわ……」
 感情豊かにころころと表情が変わる由宇に対して、パートナーの咲夜 瑠璃(さくや・るり)は絶えず無口で眠そうな顔をしたままだ。たまに喋ったとしても、今のように気づいたことぐらいのものである。
 そんな彼女たちの横では、ニアリーとファイリアが同様に内部を調べながら進んでいた。ニアリーは壁を叩いてみせて、瑠璃の言うことを確認する。
「洞窟風の形をしてますが、ほとんど機械仕掛けのようですからね」
 すると、その横にいたあまりにも場違いな高級服を身につけている少女がのんびりと口を開いた。
「素晴らしいですわ。頼りになる方たちと一緒に行動できて、わたくし、嬉しいです」
 高級なサファリ服に白の日傘――メイド服と張り合うばかりのお嬢様ルックに身を包んでいるオリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)は、にこにこと微笑みを崩さない。
「わたくし、スプーンを曲げるくらいの力しかありませんし……」
「……それだけでも十分すごいと思うです……」
 ファイリアの驚きの声に、オリガはにこにこと笑みを返す。彼女の微笑みは、まるで高級カフェの中にでもいるかのような、和やかなものだった。
 しかし、ふと――
「ん……?」
 由宇はそんな和やかな雰囲気を消し飛ばすほどの気配を感じた。
 彼女の調感覚によって生まれていたコウモリの羽が、ぴくぴくと動く。殺気にも似た張り詰めた空気を感じ取って、由宇は愛用の両手剣を抜いた。
 途端――
「……来ます!」
 曲がり角を曲がってきたのは、おぞましい機械生命体たちであった。
「な、なんですかー、これ!?」
 昆虫のような形をした機械生命体――仕組みは機晶姫と同様のものと考えられる――の大群は、まるで滲み寄る虫のそれのように、ガサガサと地を張って近づいてきた。そして、突然飛び上がり、ファイリアたちに襲い掛かる。
「させませんです!」
 オリガやファイリアたちを守るよう、前に出た由宇が剣を振るった。体重を乗せた剣戟が、風を切って昆虫型の敵をなぎ払う。
 次いで――瑠璃の放つ雷術は、昆虫たちに見事に感電していった。感電によって動きが鈍くなった昆虫を、更に由宇の剣が追撃する。烈気に満ちた剣が線を描くたびに、昆虫は粉砕されていった。
 しかし、あまりにも多勢に無勢である。
「か、数が多いですー」
 数の猛攻に押し込まれそうになる由宇は、それでも必死に健闘する。だが、昆虫はついに彼女の守るニアリーたちへと襲い掛かった。ニアリーは、突然降りかかった眼前の恐怖に、思わず尻餅をついてしまう。そして――
「…………!」
 ――視界を閉じたニアリーに、昆虫の襲撃はなかった。
 どうして……。彼女が目を開いたとき、視界の中にあったのは大きな少年の背中であった。少年の手に握られた剣は、昆虫の背中を見事に叩き伏せていた。
「よし、よくやったコビア。あとは任せとけ」
「……行きます」
 少年の肩を叩いて、ニアリーたちの後ろからたくさんの男女が飛び出してきた。拳を構える恭司や、抜剣する千種たちである。
 恐怖から安堵がいきなりやってきたことで、呆然としているニアリーに少年が声をかけた。
「大丈夫?」
 このとき、振り向いた少年――コビアを見て、ニアリーの胸が動悸を打っていたことは、彼女自身も知りえぬことだった。