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第2章 石仮面の問答 2

 それまで石仮面の問答を黙って聞いていた刀真が、静かに進み出る。
「刀真……」
 彼のパートナーである漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、不安げな顔で彼を見つめた。
 刀真の瞳は、まるで遠くに映る蜃気楼でも見ているかのようであった。かつての、過去の忘却することの出来ない記憶が、彼の目に哀しみと絶望と、そして憎悪の色を浮かばせる。
 そんな刀真に、コビアたち――いや、月夜以外の誰も声をかけることなど出来なかった。それほどまでに、彼の纏う意思は、気高く、そして触れることもままならないほどに、奥底にあった。
 試しているとでもいうのか? 刀真の目が石仮面を見据えた。
 挑む者の力と、それを振るう為の心を。回廊に入ってからというものの、彼はまるで、かつての過ぎ去った者たちが彼方から蘇り、声を投げかけているかのような気分だった。
 月夜は、刀真の双眸が細く研ぎ澄まされ、いつか見た酷薄の色に染まるのを感じた。
 光条兵器――闇の淵に沈むような『黒い剣』を、刀真が掲げる。それを石仮面に差し向けて、彼は口を開いた。
「この黒の剣が俺の力で心だ……。邪魔をする全てのものを斬り払う刃、己以外の何ものにも染まらぬが故の黒」
 刀真の側で、月夜が彼を見守る。彼女の目にもまた、かつての記憶が鮮明に蘇ってきた。
 かつて、刀真は復讐のためにこの『黒い剣』を欲した。そのために、自分と契約したのだ。それが、自分がそのとき刀真と向かい合うこのできた、唯一の理由。
 彼は彼女に言った。ついてくる必要はないと。自分についてくるか、拒むかは自由であり、それを選ぶのは彼女自身だと。……月夜は差し出された刀魔の手を取った。それが彼女の選んだ答えだった。
 自分の力は、刀真のためだけにある。それは、復讐のためだけじゃない。刀真のために出来ること――それが彼のために生きることを選んだ、自分の決意でもあった。
「……私は第二の試練を任された者」
 刀魔の言葉を聞いた石仮面は、やがて声を発した。
「問い以上のことは任されておらぬが……もしも一言だけ述べることがあるとするならば――お前の心は黒に染まってなどおらぬよ」
「…………!」
 刀真が動揺に震えた。
「では、問いかけを始めよう。答えを述べるが良い。試練を受ける者よ」
 刀魔は苛立ちとも戸惑いともつかぬ顔をしていたが、なんとか心を落ち着け、問いに答えることにした。
 黒に染まっていないだと……? そんなこと……!
 心中は穏やかでなかったが、それを確実に察することが出来たのは恐らく、月夜と石仮面だけであったろう。
「一の答えは信念だ。それがあって、自分は折れずに生きてこれた。だからこそ、それを貫く為には命をも賭けるだろう。二の答えは命……。鮮烈に生きる者はその激しく燃える炎のような命の輝きをみせる。命は必ず消える……しかし人は、困難に挑む時、その命を激しく燃やす。最後の答えは……気高き意思が呼び寄せる、立場と孤独だ。気高き意思を持つ者はその意思ゆえに時として人が集まり、人を率いる立場に立つ。そして、立場故に孤独になる。それは、決して動かぬ存在だ」
 刀真の答えは、他の誰にも想像のつくことができない、彼が歩んできた歴史を思わせた。
 コビアたちが石仮面の返答を待ちわびる中、ようやくそれは声を発した。
「勇敢なる者よ。全ての答えは申し分ない。人の洗練された答えというものがあるならば、恐らくは汝の答えが相応しいのだろう。だがしかし、それ故に……それは絶対的ではない。黒に染まる者が白になるように、白に染まる者が黒になるように。全ては変化のあるものに過ぎない。そして、それは、樹月刀真……お前の答えなのだ」
 石仮面の返答に、刀真はまるで最初から分かっていたかのような、憮然とした顔をしたままだった。そう、石仮面の求める答えは決して個の導く答えではない。彼の求めているのは、彼自身の目から鱗を落とすような、全の導く答えなのだ。
「と、すると……私のも恐らくは不正解だろうな」
「鬼崎さん……?」
 ため息をこぼした朔をコビアが見やった。
「私の答えも、自分の中での答えだ。それでは、満足しないのだろう?」
「で、でも一応、言うだけ言ってみたら……もしかしたらってこともあるし」
 コビアは慌てて朔に提案してみた。だめだろうとばかりに、再度ため息をついた朔は、石仮面に答えを述べる。
「私の答えは、一が復讐心、二が幸せ、三が負け犬だ。どうだ? 返答は刀真と同じだろう?」
「……いかにも。興味を言うならば、理由を聞きたいところではあるが」
「……石のくせに、あんまり良い趣味じゃないな。……復讐心ってのは、もちろんそれが私の生きている理由だからだ。幸せは、温かく感じていたとしても、いつか消える。それはよく分かっている……。負け犬は……負け犬は……一度人生に負けた者が……動くことは出来ないということだ。……勝ち続けなければいけない。勝ち続けなければ、いけないのだ」
 朔の答えに、コビアは僅かながら不安さえ覚えた。彼女の答えは、あまりにも哀しい。それまでコビアにお節介にも優しく接してくれていた彼女とは違った、まるで違う人間を見ているかのような一面。コビアは、自分の知らない朔の過去を垣間見た気がして、少しだけ胸が痛んだ。
 コビアに振り返った朔は、それまでの気丈な顔から、元の優しげな笑みに戻った。
「悪かったな。時間をとらせて」
「ううん、そんなことないよ……」
 コビアは微笑んだ。
 たとえ、どれだけ彼女に闇があろうとも、今の彼女に嘘も偽りもないはずだ。この優しげな顔も、きっと朔の心なんだと、コビアは信じることが出来た。
 さて、しかしながら――扉は閉ざされている。
「答えはもう終わりかね? 私を納得させる答えがない限り、この扉の先へは進めないぞ」
 石仮面は冷厳として言い放ち、そして次なる配慮を汲んだ。
「第一、第二の答えは申し分ないだろう。少なくとも、私を納得させる答えはいくつもあった。感服する。だが、第三の問いに見事答えた者は誰一人としていない。……第三の問いに答えることができたならば、扉を開こうではないか」
 わずかながらにあざけ笑う石仮面の言葉だったが、決してはそれは間違っていると言いがたい。なぜなら、その言葉にならば簡単だと口を開く者はいなかったからだ。