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恋歌は乾かない

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chapter.4 更衣馴染み浅きを喜びぬ 


 青レンガ倉庫。
 ショッピングモールが連なっているこのエリアは、ファッションや雑貨などの買い物を楽しむ人々で溢れていた。買い物に疲れた客は倉庫内にあるカフェで休むこともでき、みなとくうきょうの中心に当たる場所である。

 ファッション系のお店が立ち並ぶ区域では、夏物のセール品に混じって秋物の服が売られ始めていた。
「ほらほら、早くっ! 次はあっちのお店だよ!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、パートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の数歩先を元気な足取りで歩き先導していた。
「み、美羽、そんなに急がなくてもっ……」
「えー、だってせっかくこんなにいっぱいお店があるんだもん、ぜーんぶ見るくらいの勢いでなきゃ!」
 建物に入るまで頭につけていたサンバイザーをくるくる、と指で回しながら、美羽がまた新しいお店へと入る。
「本当、美羽は元気だよね」
 苦笑しつつも、コハクは美羽の後ろをついていき一緒にお店へと入った。店内に入ってからもうろちょろと落ち着きのない動きであちこちを回る美羽の後ろ姿を、コハクは楽しそうに眺めていた。美羽の着ている半袖のパーカーのフードが、美羽の動きに合わせてパタパタとはためく。なんだか、犬の尻尾みたいだ。見ているのが楽しくて、コハクは美羽を目で追いかけた。彼女もその視線に気づいたのか、小走りでコハクの元へと戻ってくる。
「どうしたの? ぼーっとして。あっ、もしかして女の子の服ばっかりで飽きちゃった?」
「う、ううん、そんなことないよ。色々な服が見れて楽しいよ」
 美羽を見てて、とは言えず咄嗟に笑顔をつくったコハク。美羽はコハクのその言葉を聞いて、あることを思いついた。
「そうだ! ねえねえ、私に服選んでみて!」
「えっ!?」
 突然の提案に、思わずコハクは声をあげた。
「ぼ、僕が?」
「うん、せっかく一緒に買い物してるんだし。ねっ?」
「うーん、参ったなあ……」
 女性に服をセレクトするなんてことに慣れてないコハクは、すっかり困り顔だ。けれど、言葉や顔とは裏腹に服を見回すコハクはどこか楽しそうでもあった。
「あ、これなんか美羽に似合うんじゃないかな……?」
 何度かハンガーを掻き分けたコハクの手が、やがて一着の服を取り出した。それは、夏に映える真っ白なワンピースだった。
「わあ、かわいいねー。でもあんまりミニじゃないんだね」
 普段から好んでミニスカートをはく美羽にとって、膝が出るか出ないかくらいの丈のそれは新鮮でもあった。
「だ、だめかな?」
 不安そうに尋ねるコハク。美羽はさっきの言葉が不満と取られたと心配になったのか、より明るい声で答えた。
「ううん! すっごくかわいいよ! 私これにする! じゃあちょっと買ってくるから、お店の前で待ってて!」
 言うや否や、美羽はそれを持って店員のところへ走っていった。コハクは一旦お店から出て、言われた通り彼女を待っていた。
「あれ? 他にも何か買ってるのかな。レジが混んでるとか……」
 清算を済ませるだけにしては、時間がかかっているなと思ったコハクはちらりと店内を覗きこんだ。と、彼の目に飛び込んできたのは、さっきまでとは違う格好をした美羽だった。
「ごめん、おまたせー!」
 彼女が着ていたのは、買ったばかりのワンピースだった。
「え、あれ? それって……」
「我慢できなくて、着ちゃったっ。どう、似合うかな?」
 少し照れているのか、僅かに声が上ずっている。それを隠すように、美羽はおどけてその場でくるりと回ってみせた。ふわりと裾が揺れて、コハクは目を奪われた。
「うん、す、すごく似合ってる」
「ほんとー?」
「本当だってば」
「短くなくても?」
 どうしても丈の長さが気になるのか、美羽は裾を軽くつまみながら何度もコハクに確かめる。コハクが大きく首を縦に振ると、美羽はやっと安心したのか、コハクの前に進み出て通路の先にあるお店を指差した。
「じゃあ次は、サンダルでも選んでもらおっかな?」
「ま、また!?」
 呆気にとられているコハクの手を、ぐいっと引っ張って美羽が走り出す。
「ほらっ、早く早くー!」
 また、美羽の声が上ずった。自然に繋いだはずだったが、緊張が声に出てしまったようだ。それでも美羽は、手を離さない。
「……うんっ」
 手を引かれたコハクは、美羽の半音上がった声にもちょっとだけ震えている手にも気付かない。彼女に返事をするのに、そして自分の心臓の音を聞かれないようにするのに精一杯だったから。コハクは目の前でワンピースをひらひらさせている美羽をもう一度見た。彼女の言う通り、その白いワンピースは彼女の体をいつもより多く隠している。けれどコハクには、いつもより多くの美羽が見れた気がしていた。

 青レンガ倉庫の入り口付近では、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)がそわそわとした様子で、契約者であり恋人でもある秋月 葵(あきづき・あおい)のことを待っていた。
折り畳まれた日傘を手に淡いピンク色のワンピースを着ているその姿は、それだけで絵になりそうなほど景色に馴染んでおり、また人目もひいた。そのせいか、待っている間男性から声をかけられたりもしたが、その男性が部長がどうだの、のぞき部がどうだのと不審な単語を口走っていたため「申し訳ありません、待ち合わせをしていますので」と取り合わないことにした。
 もっとも、誰に声をかけられたところで応じるつもりは彼女になかった。それほどに、エレンディラは葵のことを真っすぐ思っていたのだ。その思い人が、エレンディラの前に現れた。
「エレン、待たせちゃってごめんねー!」
 小走りで、葵がエレンディラのところへ駆け寄ってくる。フリルをあしらった短めのスカートが風に揺れる。
「さっき着いたばかりですし、全然平気ですよ」
「カップル入場禁止とか書かれてたから、最初はどうしようかと思ったよー。でも良かったぁ、こうやって会えて!」
 最初から恋人同士だったふたりは規制をかけられていたが、バラバラに入り中で待ち合わせをすることで上手く入り込めたのだった。「でもエレン、よく迷わずに待ち合わせ場所に来れたねぇ。ちょっとびっくりしちゃった」
 冗談めいた口調で葵が言う。エレンディラが極度の方向音痴だということを、誰よりも知っているからだ。
「いくら私でも、このくらいなら大丈夫ですよ」
 本当は、迷って遅刻しないように約束の時間の数時間前には着いていたんですけど。心の中で呟いたエレンディラは、小さな嘘をふたつついたことをこっそり声に出さず謝った。
「さあ、今日はお買い物を楽しみましょう?」
 仲睦まじい姉妹のように肩を並べながら、葵とエレンディラは近くの店から順番に見ていくことにした。
 服を見始めて数十分は経っただろうか。
 葵は、既にエレンディラの見繕った服を何着も着させられていた。
「これも葵ちゃんに似合いますね。次はこちらを……」
 きっと彼女は、色々な服を着た葵を見たいだけなのかもしれない。それでも葵が試着室に居続けたのは、彼女もまたエレンディラの喜ぶ顔が見たかったからだろう。
 ようやくエレンディラの試着攻撃が静まったところで、葵が試着室から出てくる。と、彼女の目にあるものが留まった。それは、小ぶりながらも瞳の奥まで光を届かせるような輝きを持った指輪だった。銀白色に青のラインが入ったデザインは、彼女たちの学校、百合園を連想させるような色合いだった。
「これ可愛いー! ね、エレン、お揃いで買いたいなぁ」
「本当、素敵な色のリングですね。指にはめてみましょうか」
 エレンディラがそっと手に取り、葵の薬指に優しく飾る。葵もまた、満面の笑みでエレンディラに倣った。キラキラと、ふたりの指でリングが光る。
「綺麗……」
 言葉が自然と口から出た。葵とエレンディラはそれを買うために、指から一旦外しレジへと持っていく。「少しの間でも、外すのがもったいないね」なんてことを言いながら。

 指輪をして満足気に店から出た葵たちと入れ替わるようにお店に入ったのは、フィオナ・クロスフィールド(ふぃおな・くろすふぃーるど)葛城 沙耶(かつらぎ・さや)だった。その後ろから、ふたりに片方ずつ腕を引っ張られる形で彼女らの契約者、アンドリュー・カー(あんどりゅー・かー)も店へと入った。
「フィオ、沙耶、そんなに引っ張らないで……!」
「ほら沙耶ちゃん、アンドリューさんが困ってますよ? 手を離さないと」
「フィオナさんが離せばいいじゃないですか。大丈夫ですよ、兄様はわたくしがちゃんとエスコートしますから」
 バチバチとふたりの間に火花が散っている。つまり彼女たちの目的は、そういうことのようだった。
「ど、どっちでもいいからまず腕を……」
 アンドリューの両腕が解放されたのは、結局ふたりが服を試着しだしてからだった。
「いたた……それにしても、ふたりとも僕に服を選んでほしいとは言ってたけどまさかここまでやる気満々だなんて」
 腕を擦りながら、アンドリューが呟く。女物しか売っていないこのお店の客層はもちろんそのほとんどが女性で、アンドリューは若干居心地の悪さを感じる。さっきまで自分の腕を引っ張っていたふたりは先ほどから試着室に入っているため、彼はその前で待ちぼうけを食らっていたのだ。
「はぁ、参ったなぁ」
 しばらく出てくる気配のないふたりを前に、アンドリューはぽりぽりと頭を掻いた。手持ちぶさたの彼は、近くのアクセサリーコーナーに目を移し適当に手に取ったりしてみた。何かしていないと、落ち着かなかったのかもしれない。
「ん? 可愛いブローチが売ってるなぁ」
 その中のいくつかに、アンドリューの視線が留まった。動物を模しているいくつかのブローチは、決して派手ではないけれどところどころにカラフルな石が飾り付けられており、ファンシーなデザインの良いアクセントとなっていた。アンドリューがブローチを手に取る。
「なんだかこの動物たちを見てると、あのふたりが思い浮かぶなぁ。どこか似てるところがあるのかも」
 アンドリューは試着室の方をちらりと見る。まだふたりは出てこない。
「ふたりには、普段からお世話になってるからなあ」
 小さく呟き、彼はその場を離れた。
 アンドリューが元いた場所へと戻ってきた時、既にそこにはフィオナと沙耶が試着を終え仁王立ちしていた。どうやら、彼の帰還を揃って今か今かと待ち構えていたようだ。
「どこに行ってたんですか、アンドリューさん」
 フィオナがずい、と一歩前に出る。彼女は普段から少女趣味の傾向があるのか、フリルをたくさんあしらった可愛らしい服に着替えていた。決して身長の低い方ではない彼女とは一見ミスマッチにも思えるが、服に負けないくらい可愛い顔立ちとスタイルの良さが十二分にカバーしていた。
「どうでしょう、似合いますか?」
 彼女の羽とリズムを取り合うように、スカートがひらひらと揺れる。
「うん、フィオらしくて良いと思うよ」
 アンドリューに褒められ、フィオナはすっかりご満悦だ。さっきまで沙耶がくっついている、という理由で少しギスギスしていたのが嘘のようである。
「フィオナさんってば、兄様に褒めてもらったからって調子に乗っちゃって……羽は反則でしょう羽は。何着てもそれっぽく見えるじゃないですか」
 アンドリューやフィオナに聞こえないようボリュームを最小限に抑えて、沙耶がぼそりと毒づく。このままではまずいと思ったのか、彼女はフィオナを押しのけ彼女より一歩近くアンドリューの前にずずい、と歩み出た。
「兄様、わたくしは? わたくしはどうですか?」
 沙耶の着ている服はフィオナとは反対にカジュアルな装いで、マニッシュをコンセプトとしていた。身長の低い沙耶にとっては、変に大人びた格好よりもこちらの方が様になっているのか、親近感溢れるナチュラルな雰囲気を放っていた。
「沙耶も、爽やかで良いと思うよ」
 アンドリューが言う。結果としてふたりとも褒める形になってしまい、それが新たな火種を生んでしまう。
「じゃあ、次はこの服を!」
「そちらがそうくるなら、この服でいきます!」
 フィオナと沙耶の試着合戦は、この後一時間近く続いたという。
 最終的にアンドリューが「今日は引き分けということで……」と泣きそうな声で告げ、この戦いは終わりを迎えた。
「まったく、ふたりとも変なところで張り合うんだから」
 お店を出てから、アンドリューがフィオナと沙耶に話す。ふたりもある程度反省しているのか、黙ってその言葉を聞いていた。そんな彼女たちの様子を見て、アンドリューはポケットからあるものを取り出した。それは、ふたりが試着している間に彼が見つけてこっそり買った、動物のブローチだった。
「ごめんごめん、怒ったつもりはなかったんだけど……動物さんたちに、機嫌を直してもらおうかな」
 言って、それぞれにブローチを渡す。フィオナにはイルカの、沙耶には猫のものを。
「これは……アンドリューさん、私たちに?」
「くださるのですか、兄様?」
 ふたり同時に発したその質問に、アンドリューは思わず笑った。そして、大きく頷く。
 すぐに、自分たちのバッグにそれをつけるふたりを見て、彼は思った。
 こんな風にして一日を過ごすのも、いいもんだなあ、と。
 イルカと猫のブローチを住まわせたバッグは、彼女たちの歩みに合わせて上下に動く。それが、アンドリューの言葉に頷いているようにも見えて、彼はまた笑った。



 屋内にある窓から見える空には、まだ太陽が高く昇っている。倉庫内は冷房が効いているが、一歩外に出ればたちまち暑さに襲われるだろう。
「いい天気で、良かったです」
 通路の窓から外を眺めつつ、神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)が口にした。
「後は、いい服が見つかれば、なおいいですね」
 横にいたパートナーの橘 瑠架(たちばな・るか)に話を振る紫翠。ふたりは青レンガ倉庫に着いてから、二桁近いお店を見て回っていたが、未だに望みを満たせないでいた。
「サイズ的に、やっぱり厳しいのかも」
 残念そうに瑠架が呟く。彼女が自分でも認めている通り、その原因は彼女の身長にあった。女性としてはかなり高身長に分けられる瑠架の背丈は、彼女に着るものを制限させてしまっていたのだ。現に今日の服装も白の半そでシャツに紺色のジーンズと、女性らしいとはお世辞にも言えない格好だった。
「そうだ、靴でも見ましょう。服よりは選択肢が増えるかもしれませんし」
 希望を捨てまいと、紫翠が買い物の続きを促す。
 がしかし、十数分後、靴屋から出てきたふたりから漏れてきたのは鼻歌ではなく溜め息だった。
「……可愛いやつって、大体サイズが小さいのよね」
「そうですね、サイズがあっても、地味なものばかりで……」
 身長に比例して足も大きかった瑠架は、ここでも何も買えずじまいとなってしまった。よかれと思って選んだ靴屋が追い打ちになるという、まさかの選択ミスである。
「……天気がいいですね」
「天気は、ね」
 再び窓辺の休憩スペースに腰かけた紫翠と瑠架は、会話までもがループし始めていた。
 荷物持ちになる覚悟で来たものの、持つ荷物がないというのはどうしたものか。紫翠は連なる店に目を滑らせながら、ぼんやりと考えていた。左から右へとスライドしていく彼の視界。それがやがて、ある一点でストップした。紫翠はおもむろに立ち上がると、瑠架を誘い出す。
「まだ……ありました。あそこなら大丈夫ですよ」
「え? だって服も靴も……」
 言いかけた瑠架は、そこでようやく気がついた。同時に、彼女の前にずらりと広がるディスプレイされたアクセサリー。
「これなら……付けやすいのではないでしょうか?」
 そう言って紫翠が差し出したのは、チェーンの一部に十字架がついているブレスレットだった。見る見るうちに、瑠架の表情が明るくなる。
「ええ、ありがとう」
 店を出るや否や、買ったばかりのブレスレットを嬉しそうに瑠架がつけた。控えめな光が彼女の腕で踊る。すっかりご機嫌になった瑠架は、紫翠の格好を見ながらからかうようにに言った。
「ところで、ずっと思ってたんだけど……それ、暑くないの?」
 紫翠の服装をじっと見つめる。彼は黒のジーンズをはき、灰色のジャケットをはおっていた。
「ほら、天気もいいし」
「……」
 さっきまでの会話を逆手に取ったような彼女の言葉に、紫翠はただ黙って扇を開き、パタパタと扇いだ。
 ほら、これで涼しい。風が言葉を持っていたなら、そんなことを言ったかもしれない。

 依然ギラギラと照りつける太陽。
 青レンガ倉庫のショッピングモールはそのほとんどが屋内にあるが、一部の店は路面店として青レンガの外側に配されている。言うまでもなく今日のような暑い日に、あまりこちら側が賑わうことはない。それでも、ちらほらと路面店でウインドーショッピングをする男女の姿が見えた。
「いやー、実はちょっとだけ不安だったんだけど、無事来てくれて良かったぜ!」
 その中のひとり、鈴木 周(すずき・しゅう)は隣にいる機晶姫の少女――ヴィネに話しかけていた。
前に親捜しの依頼をしてきた目の前の少女は、その依頼中に周と知り合った。というよりも、周にナンパされていた。
「お……お久しぶりです。えっと、周、さん。晴れが続いてくれたので、どうにか大丈夫でした」
 会うや否やテンションの高い周にやや気押されながらも、ヴィネが言葉を返す。なお名前を覚えていたのは、別に周を思い続けていたからではない。単純に、彼女にメモリ機能が備わっていただけだ。それにしても。
よく今回誘いに乗ったものだと、当時のナンパ風景を見ている者なら誰しもが思うだろう。もっとも、ヴィネはろくにこのイベントの趣旨を知らず、ただ「楽しいイベントがあるから行こうぜ」と言われただけだったのだが。
「なんだか、カップルらしい方々でいっぱいですね……」
 純粋に、疑問に感じたことを口に出すヴィネ。しかし周は、いともあっさりとポジティブな誤解をした。
 周りがカップルだらけですね……? 自分たちはどう見えているのかってこと? 私たちも、カップルですね、ってこと?
「ヴィネちゃんっ……! そうだったのか!!」
「え? えっ?」
 突然空に向かって吠えだした周に、ヴィネは困惑していた。あとちょっと怯えていた。
「今日は思いっきり楽しませるからな! そりゃあもう、毎日俺と遊びたくなっちゃうくらい!」
 ぽかんと口を開けていたヴィネだったが、あまりに豪胆な周の振舞いに自然と笑みがこぼれた。それは、夏の日差しの下にも関わらず、雪のような純白さをたたえていた。周は思わず目を細めて、ヴィネを見る。陽に溶けそうなそれがまばゆかった。
 ヴィネは、光のある場所でないと動けない。生まれつきそういう欠陥を抱えた機晶姫なのだ。だから周は、この場所に彼女を誘った。一緒に動けるように。そして、普段きっとこういう遊びすら気軽に出来ないであろう彼女に、喜んでもらえるように。
「よし、じゃあこの路面店沿いに服とか見てくか!」
「はいっ」
 光の中を、ふたりは進む。が、すぐにヴィネの顔に困惑が戻った。
「あ、あの、周さん……?」
 周の向かった先は、ちょっと普通の服屋ではなかった。彼が持つかごの中には、メイド服だの巫女服だの、ナース服だの、しまいにはちょっと色っぽい下着などがこれでもかと入っていた。
「大丈夫、お金ならもちろん俺が出すぜ! ヴィネちゃんは着てくれるだけでいいからな!」
「いえ、その、これって……」
 ヴィネに楽しんでもらいたいのは本心だったが、いかんせん彼の欲望は人一倍強かった。とはいえ、どう反応すべきか困っているヴィネを見てさすがに悪いと思ったのだろう。それをレジに持っていくことは自重した。
「ヴィネちゃん、冗談だって冗談! さすがに買ったりはしないって。でも、試着とかしてくれたらもうすっげえ嬉しいんだけどなー」
 ちら、とヴィネを見る。彼にとってはこれが精一杯の自重なようだ。
「で、でもええと、あっ、試着室に入ってしまうと、光が……」
 一応事実ではあるが、うまいこと難を逃れたヴィネ。周は「そっか……」と肩を落とし、しょんぼりとしていた。
 それからふたりは至って普通の服を見て回った。そのうち、夕方が近づく気配を覗かせ始める。
「ヴィネちゃん、ありがとな! 今日は楽しかったぜ。じゃあ、途中で陽が暮れちまってもアレだし、送ってくぜ!」
 そう言いつつ、さりげなくヴィネの手を掴み引いていこうとする周。その時、彼の頭をすさまじい衝撃が襲った。
「こらっ、何しようとしてんの!」
 白い導きの書を持ち、その角で周の頭を殴打したのは彼のパートナー、レミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)だった。
「レ……レミ……!? 俺はヴィネちゃんを……送ろう、と……」
 虚ろな目で背後のレミを見ながら、周が息も絶え絶えに漏らす。そのまま彼は、地面に倒れた。
「え……あ、そ、そうだったの? あたしてっきり……」
 突然の事件に、すっかりヴィネは固まっている。レミは本を背中に隠しながら、あはは……とごまかし笑いをしていた。
「えーと、だ、大丈夫だから。あたしが代わりに送るから。これも一緒に。え、えっと……ごめんね?」
 周をずるずると引っ張って小型飛空艇に乗せながら、レミが言う。似たような光景をヴィネは前にも見たのか、開いた口から笑みがこぼれた。
「すいません、じゃあお言葉に甘えちゃいます。それと……」
 気を失っている周をちら、と見るとヴィネはレミに告げた。
「今日はお陰で楽しかったです、って伝えておいてもらっても、いいですか?」
「うーん、いいけど、後で大変なことにならないかなぁ、それ……」
 不安そうにしつつも、レミも周を見る。と、いつの間に買っていたのか、彼の手には荷物があった。レミが中を覗き見ると、ヴィネに似合いそうな花柄のスカートと彼女の親へのお土産と思われる和菓子が入っていた。
「花とお菓子ねー……」
 まるで結婚の挨拶に行く婚約者みたいな組み合わせじゃないの。レミが心の中でひっそりとつっこむ。周は眠ってはいるが、荷物をぎゅっと掴んだまま離さない。気絶させられたというのに、寝顔はどこか幸せそうでもあった。
「ほんとにそんな夢見てたりして」
「え? なんですか?」
「ううん、なんでも」
 不思議そうにしているヴィネをよそに、レミは空の向こうに目を向けた。太陽はもう峠を越していた。