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【ろくりんピック】こんとらどっじは天使を呼ばない

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【ろくりんピック】こんとらどっじは天使を呼ばない

リアクション

 
 8、メガネ脱落

「ここは俺がもらったぜ! 聡!」
「メガネいとこを定着させてたまるか! 俺は、勝つ!」
 重力に抗って天に進むボールを捉えたのは――
「メガネ選手が叩きました! 東ボール! それをラルク選手がキャッチしました!」
(野次や妨害は今はあんまり無いが……、熱狂してきたらどうなるかわからないな。心頭滅却をして……)
「ふん、しょっぱなから本気でいかせてもらうぜ!」
 ラルクはボールを確保するとドラゴンアーツで身体強化。そしてヒロイックアサルト【剛鬼】を発動した。背後に鬼が現れて消えた途端、素早いモーションと共にシュートを放つ。ボールは『龍の波動』の闘気をも纏っていた。
「詩穂さん、A2です!」
「はいっ!」
「おおっ……! 物凄いスピードです! 威力は……!」
 3人の声はほぼ同時。実況が全てを言い終わらないうちに、大砲すら凌駕するようなボールを前に出た詩穂がキャッチする。
「…………!」
 怪力の籠手で相殺しようとするも、『荒ぶる力』で攻撃力が上がっている上に、3つの威力強化が相成り彼女は瞬く間にコートから押し出されそうになった。足を広げて後退を防ごうとして地面は抉られ、グランドに溝を作る。
 ラインぎりぎりで踏みとどまるものの、まだ受け止めきれない。威力も殆ど落ちていない。
(まだ1球目……! 吹き飛ばされるわけにはいかない!!)
 早くも、籠手に皹が入った。
「これはまずい!」
 刀真が瞬時の判断で『神子の波動』を使う。『龍の波動』の効果が消えた。試合開始から、まだ6秒。
(これなら……!!)
 ドッジボール。
 ルール上、ボールを当てなければ勝ちは見えない。それは両チームとも同じ。ならば……
「詩穂の役割は1つ! 『ボールを受ける』!!」
 キャッチ出来なくても受け流せば、誰かが確保してくれる。その為のマクシミリアン!
 威力の落ちたボールが飛んだ。宙に浮いたところを、神速を使って透乃が正面からキャッチする。
「いっくよー!」
 勢いそのままに、外野にパスを送る。
「承知!」
 アルスが豪速のそれを受け取り、ボールに雷術を纏わせてシュートした。彼女は比較的力が弱い。しかし、パスまでの威力がプラスされ、内野前列に立っていた藍玉 美海(あいだま・みうみ)が光術を相手コートに放つことで、軌道が見えなくなる。
「……うわっ、痛え!」
 光が収まった時、コートには涼司が伏せていた。
 涼司が。
 会場がシーンと静まり返る。
「……アウト!」
 ユーリがそう言ってホイッスルを吹いた。
「えええええええええっ!?」
「ほら、さっさと外野に移動するです」
 1ポイントは、クリスに外野へと引き摺られていった。
「おおっと! 早速メガネ選手外野です! 試合開始からまだ20秒と経っていませんが……これが、スキルを使った試合……!?」
「全国放送でメガネって言うな!」
 闇口が目を見開いている間にも試合は進む。外野であるアルスは、内野に入ることを選択しなかった。
 外野から相手を攻撃しまくり、数を減らす。
 それが彼女の役割であり戦術だからである。
 転がったボールを、薫が拾う。薫は、ターゲットを陽太に定めた。目をキラン、と光らせて投げる。やはり、時々でたゆんっとする光景はたまらない。
「女子だけのコートを作るでござる!」
 スキルが乗っていない普通のシュート。あえて何か加味されているとすれば、煩悩パワーだろうか。
(……これなら、避けれる!)
 『財産管理』で軌道を予測。向かってくるボールを避ける。
「今です〜」
 明日香がサイコキネシスを使ってそのコースを曲げた。先程に比べたら威力も弱く、ボールは陽太に当たって地に落ちる。
「アウト!」
「東チームのサイコキネシス使いは彼女ですか……あと何人居るか見極めないといけませんね……大丈夫! 俺は外野からでもサポートできます!」
「今度はこっちの反撃だ! 俺はそう簡単に外野へは行かないぜ!」
 聡がボールを拾い、シュート。だが――
「ボールが消えた!?」
 実況が驚く。ボールは、一瞬の内に姿を消していた。西側や審判達だけではない。東の選手もきょろきょろとしている。冷静なのは、『心頭滅却』で精神を集中していたラルクとアシャンテ、全てを見極めようとしているヴァル。そして外野組。陽太はボールを探して東コートを見回し、気が付いた。
「……1人足りない! 姿を消している人がいます!」
「え……!?」
 火村 加夜(ひむら・かや)がそれを聞いて、『神の目』を発動させようとした。
「何……?」
 ファーシーが呟く。観客席がざわめく。闇口が怪訝そうに言った。
「……歌?」
 コートの前方に立って、唯乃が恐れの歌と悲しみの歌を歌っている。同チームでも念のため、とザカコは持っていたマ・メール・ロアの破片を握りしめる。
「あ……」
 西チームの選手達が、表情を歪めていく。得体の知れないものに出会ったように。恐ろしい。その筈なのに、心に悲しみが広がっていく。訳の分からない感情が浮かんできて制御出来ず、西側全体から立ち上っていた闘気がしぼんでいく。恐れの歌のスキル効果により、魔法防御力も低下した。
「これは……精神攻撃? それにしても、2種類の歌が同時に聞こえるというのは……1つは録音されたものということでしょうか」
『必殺サポート、ですネ』
 闇口の疑問に答えるように、否、実際に答えるためにキャンディスは言った。
『解禁された必殺サポートならそれも可能ネ。以前、ツァンダで行われたサッカー大会でも精神攻撃系のスキルが使われているけれど、あの時は途中で危険だからと禁止処置がとられていますネ。でも、今回は……』
 審判である綺人達は動かない。何でもあり、がというルールとは言えないようなものがルールである以上、これは反則ではない。しかし……反則となる行為にも、東チームは触れていた。笛が鳴らないのは――
(必殺サポート『多重旋律』。悪いけど、東チームはこれを最大限に利用させてもらうわ)
「今よ!」
 唯乃が叫ぶと、光学迷彩で姿を消している朔がラインぎりぎりからシュートを放った。彼女は自陣の味方に聡ボールが襲ってきた時、ドラゴンアーツを発動した。そして、防御用の怪力の籠手をはめた両手でそれを受け止め、マントの中に隠していたのだ。
 そのボールを出し、ドラゴンの怪力を携えたままの力で、アルティマ・トゥーレを乗せたボールを一気に投げる。
「ぶはぁっ!」
 ボールは、至近距離にいた聡に当たって跳ね返り、威力を減退させながら更に美海にヒットした。拾う者は、いない。いや……!
 見えない攻撃に初速が遅れたが、アシャンテがバウンドを防ごうと神速を使う。
 だが。
 ……ぽてん。
「……!」
 一瞬だけ遅かった。ボールは、一度バウンドしてから彼女の腕中に収まる。
「ダブルアウト!」
「私が居る限り、味方には傷をつけさせないし、敵には容赦しない……」
 どこからともなく、朔の声が聞こえる。しかし、そこでタイムを示すホイッスルが鳴った。
「……『居る限り』ですね。ですが、残念ながらあなたは退場です。出てきてください」
 笛を口から離して言うクリスに従い、朔は光学迷彩を解除した。少し戸惑っているようだ。
「……何故……」
「何故? 特別ペナルティです。あそこで1人死んでいます」
 クリスが指した先では、1ポイントがうつぶせに倒れている。聡だ。彼は朔の攻撃を食らって、口から血をぶちまけ、体の半分を凍りつかせていた。
「そう簡単には……外野には……うう……」
 外野どころか強制退場である。大丈夫、君は西選手誰かの身代わりになったんだよ。1ポイント分の働きはしたよ。その聡に、救護所からショウとリタが近付いていく。
「殺られた人はどこですかぁ? お迎えに来たですぅ」
 いや殺られてないから! 生きてるから!
 黒い堕天使の格好をして鎌を持つリタの姿は、重傷者からすればシャレにならない。しかも彼女は鎌をふらふらと不安定そうに持っていた。……いつ落ちてきてもおかしくなさそうだ。
「…………」
 血の気の引いた顔で聡は残った力を振り絞って逃げようとするが、矢張り体は動かない。意識が朦朧としているので、彼にはリタが堕天使どころか、死神に見える。
「わらわにまかせておくですぅ」
 血と氷にまみれた聡を、笑顔で引き摺っていくリタ。傍目ホラーである。ショウはあまりの光景にがっくりと肩を落とした。
「やりたいことってこれかよ……どうしてこうなったorz 天使よりアウトじゃねーか……大丈夫かよ、いろんな意味で……」
 ――どう考えても大丈夫じゃない。
 ショウは慌てて聡を担いで救護所に連れていった。それを見ながら、朔が言う。
「……わかりました。ペナルティの場合は……」
 近付いてきた瀬織が言う。
「掲示されたルールに依りますと、むきプリ君監視の元で軟禁、ということになっています」
「むきプリ……怪人筋肉ダルマか」
 心なしか、朔が笑みを浮かべた気がした。
「……何か?」
「いえ、なんでもありません。スカサハ……後は頼む」
「了解であります! スカサハが朔様の後を継ぐのであります!」
 朔は頷くと、素直に連行されていく。クリスと瀬織は、不思議とそれを残念そうに見送った。

「痛いの痛いの飛んでいけー」
 ベッドの上に寝かせた聡に、ラビがそう言って励ましながらナーシングで治療の準備をする。一応、運ぶ際にリタも応急処置をしていた。していないように見えてちゃんとしている。火術で氷も溶かしているし、ショウもヒールをかけている。しかし、聡はまだ「うーん」と唸っていた。
「……イコンの方が……ましだ……しかも……出落ち……」
 意識はなんとなくあるらしい。傷口に包帯を巻いていくルミに、エルシーも協力しようと近付いてくる。
「大丈夫ですか? 私もヒールをかけますねー」
「起きてるのがつらかったら、子守唄も歌ってあげるね〜」
 ラビの歌で、聡はすやすやと眠り始めた。
 初の怪我人ということもあって、周囲がイモ洗い状態になっている。一応天使の救急箱を持っていたファーシーは、それを置いて観戦に戻った。
「やっぱり危険な競技じゃないの! もう! ……でもまあ、あれだけ居れば大丈夫みたいね。応援に戻ろうか。それにしても、そこの男2人! やる気無さすぎよ!」
「そうですよー。なんでそんなに悠々としてるんですかー」
 手当てをしようと近付いたが入る隙無し、という感じで戻ってきたティエリーティアも言う。
「んー?」
 フリードリヒが椅子に座ったまま暢気に言う。
「まだ俺様の出番には早いからなー。ひーるならいっぱいかけてやるぜ?」
「……大勢でぞろぞろ囲ったってしょうがないだろ。人体実験してるんじゃあるまいし」
 ラスもサンドイッチをつまみながら興味無さげに言った。ピノの体操服姿についてはいろいろと諦めたらしい。
「あんた達、何しに来たのよ……。フリッツさんは試合には出ないの?」
「高貴な俺様はこんな泥臭いスポーツなどやらんのだよ。ファーシー君。それに、ここが1番観戦しやすいしなー」
「は? 高貴?」
 エラそーなフリードリヒの予想外な言葉に、本気でびっくりするファーシー。機体を得てから随分と丸くなったように見える彼女であるが、彼相手には銅板時代の口の悪さも出てくるようだ。
「望さんも、メガネいとこ? さんには近付かなかったわね」
「16歳以上の男性の怪我などは、他の人に任せておけば問題ありませんから。怪我に気をつけるようにくらいは言って差し上げてもよろしいですが、ラビ様がいれば大抵の場合は大丈夫だと思いますよ」
 望は、後ろからファーシーに抱きつきながら言う。
「わっ、わっ? 望さん? 今日はみんなの手当てに来たんでしょ?」
「な、何言ってるんですか! べ、別にファーシー様とイチャイチャしたいだけですからね! 皆の怪我が心配な訳じゃないんですからね!」
「主……それはツンデレに見せかけた、唯のデレデレではないのか?」
 山海経はすっかり呆れ顔だ。
「別に女の子同士なら極々普通のコミュニケーションですよ」
 そう言って、望は離れようとしない。
 その時、ぎゃーーーー、という悲鳴が背後から聞こえた。振り向くと、寝ていた聡が起き上がってベッドからずりおちている。
「な、なにすんだよ!」
「ん? すまんな、起こしてしまったか、いつもの癖で、つい押さえつけてしまったな……」
 ビーストマスターである司は、普段怪我をした動物を押さえつけて治療しているらしい。だからといって……
「いろいろと前途多難だな……」
 皐月がぼそりと呟いた。ボケもイモ洗い状態で、最早どこから突っ込めばいいのかわかったものではない。