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十五夜お月さま。

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十五夜お月さま。
十五夜お月さま。 十五夜お月さま。 十五夜お月さま。

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第十章


「月見か、風流じゃな」
 という、金 仙姫(きむ・そに)の言葉と。
「月を見ながら団子を食べるって、日本には変わった習慣があるのね」
 正反対な、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)の言葉。
「ブリには月を愛でる風流は理解できんか。悲しいかな悲しいかな」
「月なんていつも一緒でしょ」
「がさつなヤツよのぉ」
 どこまでも反発しあう二人の、反発する会話。
「月を愛で、酒を飲み、団子を食す。いい習慣ではないか」
 仙姫が大仰に肩をすくめてみせるから、
「ていうかどうして団子なのよ」
 尋ねてみる。
「……それは、ふむ、謎じゃな」
 なんだ、知らないのではないか。
 風流だなんだと言うから、少しくらいは調べたのかと思ったけれど。
「月に形が似ているからかな。まぁいっか、なんでも。確かにこんなイベントでもないと、月をじっくり見たりしないものね」
 自己完結して、仙姫を見て、「踊らないの? いつも騒がしいのに珍しい」と笑うと、「たわけ」と怒られた。
「わらわだってのぅ、少しは静かに月を愛でる、そんな優雅なひと時をじゃな」
「それ楽しい?」
「いや。歌って踊って称賛しながら見る方が、よいな」
 ブリジットに言われて踊るのが癪だったのか、とりあえず反発したらしかった。バカねぇとため息。
「アホブリに、言われんでも舞ってやるつもりじゃった。言われたから舞うのではないぞ、勘違いするな」
「してないから、舞うなら早くしなさいよ」
 何もないと、退屈でしょう。
「天女の舞じゃ」
「天女? ああ、このままあんたも月に帰っていくの? そりゃ静かになっていいわね」
 あ、でも月から来たわけじゃないか。
 なんだったっけな、月から来たお姫様の話。
 あのお姫様も、こんな大きな月から降りて来たのだろうか。
「月でウサギが餅つきというのもあるが、天女が住んでいるという話もあってな」
「そうそれ、なんだっけ。お姫様が月から降りてくる」
「竹取物語のかぐや姫じゃな。月から天女の迎えが来るのじゃ。わらわにも来るかものぅ」
「だからそうなれば静かでいいわねって」
「ふむ? 哀愁漂わぬか? もしも別れる時がきたとして、しんみりとしたものだとわらわは嫌じゃぞ。こんな感じが良い」
 そして歌い、踊りだす。
 楽しそうに、全てを愛すように、慈しみ、愛しみ。
 ああでもこの舞は、月への舞というよりは、母なる大地のような温かみを持った、……何を私は、仙姫の舞に思っているのだろう。
 いや、舞が上手なのは本当だけど、違うそうではなくて。
 と、抱いた感想に悶々としていたら。
「――!? なにやってんのあんた!」
 仙姫が、ぽえーっと月を見ていた橘 舞(たちばな・まい)に、酒を飲ませていた。
 気付くのが一瞬遅れた。数秒前の、月の大きさに呆けていた舞はもう居ない。
 うっすらと目が据わった舞しかいない。
「やはり月見には酒がないとな? たまには酒もよかろう」
「やめなさいよ舞は絶対に絡み酒だって」
「だから、たまにはよかろう?」
「やーよ、また正座で説教とか、勘弁してほしいわよ」
「舞はいいやつじゃ。じゃが、優等生すぎるのも考えものでな。力を抜けないなら、抜いてやるべきじゃ」
 そう言って笑い、舞を続行する仙姫には呆れてため息しか出ない。
「私はどうなっても知らないわよ?」
 酔った……というか、理性のタガが外れている舞は、なんというか。
「――二人とも、私がトロいから、バレないとか思っているんでしょう」
 怖いのだ。
「お酒、飲んでいたでしょう。甘酒じゃなくて、普通のお酒。知ってるんですよ。トロい? ぽーっとしてる? オトボケ?
 何を仰いますか。私を誰だと思っているんですか。
 橘舞ですよ。
 さあ、ちょっとお話しましょう。そこに座って、ほら仙姫も。え、どうして、足崩してるんですか? 話を聞くなら、正座でしょう。きちんとなさい。
 ……よろしい。
 え、時間? 大丈夫ですよ、秋の夜は長いですから。時間はたっぷりありますよ。
 ではまず、すぐに喧嘩をする二人のことから。
 喧嘩するほど仲が良いとは言いますが、それにしても、頻繁すぎます。
 確かに、ブリジットは興味を持っている相手にわざと嫌味を言うところがありますが。例えばラズィーヤさんに対した時や、仙姫に対した時ですね。
 だけどそれならどうして私とは喧嘩しないのでしょうか。
 もしかして、私、本当は二人と仲良く無いのでしょうか。
 あ、別に落ち込んでないですよ。だってほら、喧嘩ばかりじゃよくないじゃないですか。
 そう、だから二人とは話をしたいと思ったんですよね。いい機会ですよね。そういう意味では感謝しないといけませんね、お酒にも。
 あ、それと、お月見の時にお団子を食べるのは、諸説ありまして、そのうちの一つをお話しますね。
 元々里芋の収穫祭だった、という説があります。実際中国各地では、お月見の日には里芋を食べるんですって。他にも、街灯がない時代、手元を照らしだし農作業を遅くまで続けさせてくれる満月に感謝を込めたとか、豊作を祈願してお供えしたのが始まりだとか、他には――」
 こんこんと、説教や心情や、豆知識や。
 次から次へと出てくる話。
 ああ、やっぱり絡み酒だった。
 あとどれくらい、話は続くのだろうか。
 確かに秋の夜は長いから、この先を考えると多少憂鬱だ。
 だけど、舞と喧嘩しないことで、舞があんな風に思っていたとは、知らなかったし。
 悪いことばかりではないのだろう、たぶん。
 足はすでに、痺れ始めていたけれど。


*...***...*


 志位 大地(しい・だいち)に月見に誘われた日を、馬鹿正直にカレンダーに書きこんだ結果。
「ティエルー、この日なんだ?」
 フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)に、問われ。
「お月見に行くよー」
 素直に、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)は答え。
 その結果、
「お月見ですか? 折角なので、私もご一緒してよろしいですか?」
 スヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)も来ることになって。
 予想外の大所帯。
 そして、大所帯故に思う。
 楽しくお月見をしたいなぁと。
 大地とした連絡で、彼が月見団子を作ってくることを知ったので。
「よしっ」
 僕も作るぞ! と、ティエリーティアは意気込んだ。

 もしも、この時この瞬間、スヴェンがティエリーティアの考えに、行動に、気付いていたならば。全力で止めたのだろうけれど。
 生憎彼も、増えた人数分の団子の用意や、茶の用意、また大地への対策に忙しく、気付かなかった。

 また、不幸なことに。
「なんだ? なんか作るのか?」
「うん、大地さんと、スヴェンがお団子を作るみたいだから。二人を驚かせたくて、僕も作ることにしたんだ」
「なるほど、ならば俺様も手伝ってやる!」
 フリードリヒが、お団子作りに加勢。
「お団子にも個性をつけてあげたいし……どうしよう?」
「個性かー。うーん、何か混ぜてみるとか、どうだ?」
「じゃあ、これ入れたらどうかな? 美味しそうじゃない?」
「ん? それが美味そうなら、こっちもいいんじゃないか?」
「すごい! いい考えだよ、フリッツ! あ、ねぇねぇこれはどうかな? どう思う?」
「いいんじゃないか? ! これは?」
「練り込もう!」
「おう!」

 かくして。
 月見の日は、様々な意味で戦場と化すことになる。


*...***...*


 お月見当日。
 ティエリーティアとお揃いの、飾り鎖のシルバーブレスレットをつけて。季節の変わり目だし、夜は寒くなるかなと、上着を着たりして少し厚着をし。
 ティエルが好きな銘柄の紅茶を入れた、保温機能のついている水筒と、月見団子を持って。
 待ち合わせ場所で待つ大地の許に、
「大地さーん!」
 愛しい人の声が響く。
「お待たせしちゃいましたかー?」
 手をふりふり現れる彼女の恰好は、薄手のチュニックにジーンズ。腕にはお揃いのブレスレットが輝いて。
 その恰好じゃあ寒くないですか? そう思うと同時に、
「どうも、ご無沙汰しております」
「おいーっす、夏祭りぶりだな!」
 なんでこいつら……、いえ、この人たちがここにいるんですか?
 招かれざる客なんてレベルじゃない、スヴェンとフリードリヒに笑顔が凍る。
 そもそも、今回のお月見だって実のところただの口実で、ティエリーティアと一緒に居られる時間を作りたかっただけなのに。そりゃ、月明かりだけが二人を照らす幻想的な世界で、ティエリーティアと一緒……というのも、もちろん素敵だとは思うが、でも、それよりも、本題は二人きりで、ああ。
「だ、大地さん? 頭を抱えて、どうしたんですか? 頭痛いですか?」
「ティエルさん……」
 どうして、お邪魔虫、もとい、保護者がついてきているのですか?
 問う事は適わず、「いえ、なんでもないですよ」と気丈に微笑むことが限界。
「何してんだ? 早くお月見行こーぜー」
 いや誰のせいだ、とフリードリヒを睨みかける。が、自制。頑張った、頑張りましたよ俺。そう自画自賛していたら、
 きゅ、と。
 左手に、温もり。
「え、」
 見ると、ティエリーティアが大地の手を握っていて、
「い、行きましょう?」
 少しだけ頬を赤らめて、言うから。
「はい」
 お邪魔虫が居たって、姑が居たって、関係無く温かい気持ちになれるんだ。

 ……というのは、最初だけ。
 月が良く見えそうな丘の上までやってきて、持参したレジャーシートを敷いて、その上に座り。
 大地とスヴェンが同時にお茶と団子を出して、火花を散らせたその瞬間。
「僕も、お団子作ってきたよ!」
 死刑宣告が聞こえた、気がした。
 いや、幻聴だ。きっと月の聞かせた悪戯だ。
 その想いを込めて、大地とスヴェンは、
「はい?」
「すみません、ティティ。聞こえませんでした」
 問い返す。
 ティエリーティアの代わりに、
「じゃっじゃーん! 俺様とティエルの手作り団子ー! サプライズだぜ!」
 フリードリヒからの死刑宣告が。
 聞いてないぞ、とスヴェンを睨む大地と。
 私だって知りませんでしたよ、と大地を睨み返すスヴェン。
 そうこうしている間に、
「なんか量いっぱいだな。混ぜちまお!」
「そうだね、どうせみんなで食べるもんね」
「ちまちま取り分けるのなんて男じゃねー!」
「おー!」
 混ぜられた。
 全員分の団子が、オールシャッフル。
 フリードリヒが紙袋に団子を全部つっこんだ!
 形が崩れた!
 もうなにもわからなくなった!
 どれが大地作なのか、スヴェン作なのか、ティエル&フリッツ作なのか……。
 つまるところ。
 終わった。
 絶望的な表情でうなだれる二人と対照的に、「?」「なにやってんだよさっきから」何にもわかっていない、ぽえぽえ二人組。
「く……っ」
 歯噛みする大地と、
「いえ、これはチャンスです。憎き相手の団子を選ばなければならない、そんな状態に陥らないで済んだ。そう考えれば――」
 ポジティブに考えようとする、スヴェン。ただ、最後の言葉が言えない。
 だって、ロシアン団子状態だ。『これは幸運です!』なんて、嘘でも言えない。
「……お茶なら、多めに用意してありますよ」
 だってティエルさんが好きな銘柄ですからね、と大地。
「私だって、お茶も塩も砂糖もシナモンに擬態したコショウも、用意していますよ」
「ちょっと待ってください。お茶と砂糖はともかく、塩とシナモン擬態のコショウってなんですか」
「攻撃用ですが?」
「オブラートに包みましょうよ! ヤケにならないでください!」
「ティティに聞こえなければ問題ありません。こうなってしまった以上、貴方相手に猫を被る力を使うのが惜しい」
「く、姑が……言いますね……!」
 ティエリーティアと、フリードリヒは早くも団子をパクついて。
「これ美味しい!」
「やっぱりアレを入れたのは正解だったなー!」
 恐らくは、自作の団子を引き当てていたり、
「あ、これ、大地さんが作ったやつかな?」
「こっちはスヴェンのだー」
 アタリ団子も引き当てたり。
「……このままで居ても、アタリの数が減りますよ」
「そうですね。俺も男、やる時はやります」
 食べろと言われたわけではないけど、食べないとティエリーティアが心配するから。
 だから、二人は食べるのだ。
 中身がわからなくとも、下手なものを食べたら悶絶必至でも。
「ティエルさんを」
「ティティを」
 心配させるわけには、いかない。
 そして食べた、その結果は――。
「だ、大地さーん!?」
「うわ、スヴェンも!?」
 二人して、撃沈。
 仲良く大ハズレを引いた。それはそれは、瞬時に気絶するほどのすさまじいもの。
 ただ、結果論だが。
「だ、大地さん〜……どうしよう」
「膝枕でもしとけ、スヴェンは俺様が介抱してやる」
「膝まっ!? え、うー。うん……」
 大地は、ある意味アタリを引けたといえた。