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第2章 カーネのちっちゃな冒険 2

 綺人たちと別れたのはいいものの――果たしてどこに向かえばその主人はいるのだろうか。能天気でぼけ〜っとしているカーネは、ひょこひょこと小さな足で歩き回りながら、まあ、なんというか……いわゆる迷子になっていた。
「カァ〜……カァ……」
 とぼとぼと歩くカーネ。
 その鼻が、ぴくっと動いた。どうやら、何かの匂いを感じ取ったようだ。もちろん、カーネが匂うものと言えば、大好物のお金が筆頭にあがる。そして、次の時には視界にちゃらちゃらと音の鳴る巾着袋が見えた。
「こっちのおかねはあまいですよ〜。カーネちゃんどこですか〜」
 チャリチャリ――巾着袋の音を鳴らして、小柄な少女ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がカーネを探し歩いていた。その横では、まるでヴァーナーを見守る母親のように九条 風天(くじょう・ふうてん)が連れ添っている。
「そんなことで本当にくるのですか?」
「きますよ〜。カーネちゃんはおかねが大好物なんです〜」
「あら、たとえカーネが来なくても……ここには可愛い娘たちがたくさんいるんだから、大丈夫よ?」
 そう言って、アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)は風天とヴァーナーをなまめかしそうな目で愛でた。
「そ、そんな目で見ないでくださいっ。あっ、もう、抱きつくのは……はわぁっ」
「ふふ……相変わらず風天ちゃんの反応ってかわいいわ〜。……って、あら?」
 風天に抱きついて耳の裏などを撫でていたアルメリアは、いつの間にか巾着袋へと近づいてくる小さな影に気が付いた。
「あー、カーネちゃんです〜」
 くんかくんかと巾着袋を匂っているカーネをすいっと抱きあげて、ぎゅっと抱きしめる。巾着袋から取り出したお金をもぐもぐと食べさせながら、ヴァーナーはもふもふっとカーネの感触を楽しんでいた。
「これがカーネですか……」
 そんなカーネとヴァーナーを、物珍しそうに風天が見つめる。じっとカーネを観察していた彼女は、懐から何やら瓜二つの二つのお金を取り出した。
「偽札判別とか……できるのでしょうかね?」
 きょとんとしたように見上げてくるカーネに、風天が偽札と本物の札をそれぞれ左右の手で持って目の前にかざす。すると、ぴくぴくと小さな鼻を動かしたと思った時には、迷うことなく本物の札をぱくっとくわえていた。
「わー、カーネちゃんすごいです〜」
「なかなか利口な子ね。よしよしよし〜」
 ヴァーナーとアルメリアがその頭を撫でてあげると、カーネは気持ちよさそうにくたっとした顔になった。
 ほっぺむにむに。お腹なでなで。
「カァ〜」
 喉を鳴らして、ヴァーナーの胸から飛び降りたカーネは、風天へとすり寄ってくる。どうやら、先ほどのお金の味を覚えてしまっているようだった。現金なやつ。
 くれー、とでも言っているかのような円らな瞳が、風天を見上げている。
「うっ、そんな目で見られると……」
 まるで蜜に誘われる蝶のように、ふらふらとカーネに手を伸ばし、風天は抱きあげた。
 すりすりすりすり。
「カァ〜」
 気持ちよさそうな声を出すカーネ。
 こうして、ヴァーナーたちはカーネとしばし戯れていたのだが――その終わりは突然やってきた。
「もらったあああぁぁ!」
 横を過ぎ去ろうとしていた少年が、カーネを奪い去ったのだ。
「あぁ!? カーネちゃんがとられたです!」
「何者ですっ!」
 美少年とでもいうべき整った顔立ちのその人物は、激昂して問いかける風天に不敵な笑みを浮かべて親切にも名を名乗った。
「自分はルメンザ・パークレス(るめんざ・ぱーくれす)っちゅうもんじゃ! 悪いけど、カーネはもろぉていくぞ!」
 外見に似合わない広島風の口調が、妙に雰囲気をぶち壊しである。
「あ、あなた……!」
 アルメリアが、少年に見覚えがあるのか声を漏らした。だが、風天たちがその意味に気付く前に、更に事態をややこしくする人物が現われる。
「カーネ! おまえ、こんなところにいたのかっ!」
「カ? カアァ〜!」
 そいつは、カーネにとってある意味巨大豆の木上での主人であり、目的としていた男。つまりは、かの夢安京太郎であった。どうやら彼もカーネを探していたようで、少しばかり息があがっている。
 すると、夢安はカーネを小脇に抱えるルメンザを見て驚きに目を見開いた。
「……ルメンザ!?」
「あら……見つかってしもぉた。ちぃと出番が早すぎるぞ、京太郎」
 ルメンザは面倒くさそうに頭を掻いて顔をしかめた。というのも、彼はこのムアンランドにレジャー施設の投資およびコンサルタントとしてやってきた人物だからだ。
 アタッシュケースに詰められた大金を見て、一秒も迷うことなく組むことを快諾した夢安にとっては、裏切りに他ならない。アルメリアが彼を知っていたのは、夢安が彼を案内してレジャー施設をぶらついているところを見たからだった。
「おまえ……最初からカーネが目的か、この野郎! 俺の貴重な収入源兼緊急食糧をどうしようってんだ!」
 ヴァーナーたちにとってはどちらも聞き捨てならないことを言うものであったが、とにもかくにもカーネは助けなくてはならない。
「はっ! こっちも依頼でやっとるんじゃ! そう簡単に捕まっとったまるかっ!」
 逃げ出そうとするルメンザ。が、しかし、その行く手を遮る者がいた。
「はい、御苦労さま」
「げっ……」
 ルメンザが苦渋の声を漏らしたのを見て、行く手を遮るシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)は面白そうなおもちゃでも見つけたかのように笑みを浮かべた。
「なにか楽しいことってないかな〜と思ってたら、ビンゴってとこよね」
「でぇい、どけぇっ!」
「行かせるかっ……つの!」
 シオンを弾き飛ばすようにして駆けぬけようとするルメンザだったが、その首根っこを夢安に引っ張られた。ぐえっと喉から嗚咽を漏らすルメンザに、更に風天やヴァーナー、アルメリアが襲いかかる。
「このっ、このっ、カーネちゃんを放すんです〜!」
「人様のペットを盗もうとは、言語道断です!」
「とりあえず、可愛いものは全部……私のものなのよね!」
 乱闘勃発である。
 蹴りや殴るや抱きつくや(どさくさに紛れるな、アルメリア!)……ボカスカとルメンザは過酷な戦いを強いられる。加えて、隙間を縫ってシオンが殴ってくるから容赦ない仕打ちだ。
「ぐ、ぐえぇ……! こ、この腐れ外道どもが!」
「「てめぇが言うなぁ!」」
 責任転換失敗。リンチ同然にぼっこぼこにされたルメンザは、全員の必殺の一撃を受け――
「うあぁぁあぉおおおおぉぉ!」
 ――お空の星となった。
「カァ〜!」
「はぁ……ったく、心配かけんなよな」
 ルメンザから解放されたカーネは、夢安へと抱きついてきた。それを受け止める彼の顔は。普段見せる意地の悪〜い表情ではなく、どこか不思議と穏やかな笑みだった。
 ――とはいえ、それもすぐにくたびれた顔になる。
「お前がいなくなったら、カンナ様になんて言われることか……」
 つまりは、そういうことである。
 風天たちは呆れたように夢安を見おろして、とにもかくにもカーネが無事に戻ってきたことに安堵するのだった。