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豆の木ガーデンパニック!

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第2章 カーネのちっちゃな冒険 1

「カァ〜、カァァ……」
 きょろきょろ……と。主人(?)を見失ったお金大好き生物は迷子になっていた。追っ手から追われていたドタバタの間に、いつの間にかはぐれてしまったようである。
「カアァン……」
 シュンとなって落ち込むカーネは、遊園地をぽとぽとと歩いていた。シャンバラでも珍しいその生物の姿に、お客は――なに、このボール?――といった物珍しそうな視線を向けている。
 そんな視線は知らないカーネは、とにかく夢安を探そうと彼なりに考えて探し回っているのだった。
 もちろん、まん丸としてボールのような愛くるしいペット。そんなカーネを見て放って置かない人もいることは間違いなく――。
「ん、あれは……?」
 視界の先にいるカーネを見つけて、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が声を漏らした。
「まさかこんなところにいるとはな……」
「ご主人様からはぐれたんでしょうか?」
 少し心配そうな目を向けて、パートナーであるプリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)が大佐を見る。思考するようにしていた大佐であったが、とにかくカーネがいるという現実は変わらない。
「少し予定は狂ったが、さっそく連れて帰ろうではないか」
 わきわきと指を動かしながら、悪そうな顔をする大佐。そう、彼女たちの目的は、カーネを連れて帰ることにある。前回触ったカーネの感触が忘れられないため、百合園に持って帰ろうという魂胆であった。
「……もふ」
 さっそく、なにやら後ろでもぞもぞとしていたライラック・ヴォルテール(らいらっく・う゛ぉるてーる)が何かをカーネに向けて振り投げた。その手に握られているのは竿であり、となると、もちろん投げたのは――
「カ? ……カアアァァ♪」
 釣り糸の先に結わえられているお金を見て、カーネの目が爛々と光った。体に似合わない俊敏さでシュバッとお金に食いついたのを確認すると、ライラックがぐいっと釣竿を引き上げる。
 ポーン! と舞い上がったカーネは、そのままライラックの胸元に落ちてきた。
「カァ〜?」
「もふ。……もふもふ」
 何事かといったように首をひねるカーネを、ライラックはぎゅ〜っと抱きしめる。その感触はまるで高級毛布に包まれているかのようで、一度はまったらやみつきになるほどだった。
「ライラックさんばかりずるいですー。私もっ」
 もふもふもふもふ。
「おいおい、我をのけ者とはひどいぞ」
 もふもふもふもふ。
「……この子、百合園に持ち帰るの」
 撫でられたり抱きしめられたり頬ずりされたり……。カーネはくすぐったそうに身をよじりながら声をあげていた。元々は人懐っこい生物である。そうそうすぐに逃げたりはしない。
 とはいえ――さすがに三人は多いのか。窮屈になってきてカーネもくたびれた様子であった。
「ふむ。やはり百合園に持ち帰るだけの価値はあるな。百合園だって金はあるし。こんなモフモフ生命体なら桜井静香やラズィーヤも許可を出すだろう」
 そう言って頷く大佐であったが、ここでピクッとカーネの耳が動いた。
 どうやら、当初の目的を思い出したようである。しかし、身動きがとれずに困っていると――それはぬっと現れた。
「持ち帰ったらまずは飼い場所を確保せねばならんな。となると、蒼学と一緒で中庭か? いや、それよりも……」
 ぶつぶつと計画を練る大佐の後ろから出てきたそれは、徐々に長さを伸ばしていき――
「た、たいさぁ……!」
「ん……?」
 プリムローズの声に振り返った大佐はそれが何かに気づいた瞬間――手足を絡み取られていた。
「な、なんだこの、生意気な蔓めがっ!」
 豆の木から生えた蔓は、標的を大佐たちとしていた。蔓に絡みつかれて身動きが取れない大佐、プリムローズ、ライラック。少し心配そうに見上げながらも、カーネは彼女たちから解放される。
 蔓は、それこそ本当に意思を持っているのだろう。カーネの肩(肩ってどこだ?)をつつくと、蔓文字で矢印を作って道を指し示していた。
「カァ〜!」
 お互い、人間ではないからこそ言葉は通じるのだろうか。蔓の矢印が差した方角へと、カーネはひょこひょこと駆けていった。
「あっ、……に、逃げ……っ」
 ――悔しがる大佐が蔓から抜け出せたのは、プリムローズが氷術を駆使して蔓を氷づけにした後のことであり、そのときには時すでに遅く……カーネの姿は見えなくなっていた。
「くそ〜、後一歩のところだったというのにー!」
 名残惜しそうに毛玉をつまんでいるライラックの横で、大佐は地団駄を踏んだ。



 葉っぱエレベーターで昇ってきた神和 綺人(かんなぎ・あやと)たちは、無難に遊園地の中に入り、その広大さに驚きの声をあげた。
「すごいなぁ……。これだけ大きく成長させるなんて、そりゃあ薬品を取り戻そうとするはずだよね」
「取り戻さないと、このまま成長し続けて、学園まで飲み込んでしまうんでしたよね? ……まったく、あの人は前回もあれだけの騒ぎを起こしたというのに、懲りないのでしょうか?」
 綺人のパートナーであるクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)は、この巨大豆の木の発端である夢安京太郎のことを思い起こしながら呆れている。そんな彼女に、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が淡々と続けた。
「懲りない、のだろう。……だから、学園から俺たちも呼ばれたのだ」
 そう。綺人たちも、御神楽環菜の要請に従って、夢安の捕獲にやってきたグループの一つである。だからこそ、こうして遊園地まで足を運んできたのだ。
「じゃあ、さっそく夢安を探しに……って、あれは」
 二度とこんなことを起こさないように、捕まえたときには痛めつけておくべきだろうか? そんなことを綺人が考えていたとき、それはふいに彼らの視界へとやって来た。
「カーネ……」
 神和 瀬織(かんなぎ・せお)が、視界に映ったその生物の名前を呼ぶ。
 それは、かつて蒼空学園に大量発生したお金大好き珍生物であり――綺人たちも可愛がっていたもふもふふわふわの愛らしい生物でもあった。
「なるほど、あれが噂の…………綺人?」
 前回の騒動の話を聞いていたユーリは、綺人たちが楽しげに語っていたカーネなる生物がそれであると気づいたが、確認しようと振り向けば――いつの間にかそれまで横にいたはずの綺人たちの姿がなかった。
 もしやと思って向き直ると……案の定。
「やっぱり、いつ見ても可愛いな〜!」
「もふもふです」
「相変わらず、触り心地が良いですね……」
 三者三様に、カーネを取り囲んでさわさわ撫で撫でしていた。ゴロゴロと猫のようにお腹を撫でられてくすぐったくも楽しげな鳴き声を上げるカーネ。
 三人のもとに、呆れたような顔のユーリが近づいてきた。
「あ、ユーリ。この前、話したカーネだよ。可愛いでしょ」
「……カーネは可愛いとは思うが、要請を放り出してまで触りに行くほどの存在なのか?」
 綺人たちにそう投げかけるユーリ。だが、
「あ、見て見て! このアゴのところこちょこちょしてあげると喜ぶよ!」
「本当ですかっ!? こちょこちょこちょ〜」
「カァ〜♪」
「あ、喜んでますね……」
 話はどうやら聞いていないようであった。
 ユーリは呆れたため息をつきながらも、これはこれでいいかと、母親のような微笑を浮かべた。久しぶりに会えたのだろうし……実際、可愛いのは間違いないのだから。
「あー、うちでもこんなもふもふしたペット飼いたいなぁ。だめ?」
「わたくしも正直なところ……飼ってみたいです」
 三人を眺めていたユーリに、うるうるとしたような子どもの瞳で綺人は見上げてきた。それに乗っかるように、ぼそっと瀬織で言葉を漏らす。
 確かに、ペットは良いものだ。人の心を癒す存在となり、心の安らぎにもつながる――とはいえ。
「……絶対動物は飼わない。お前たちは外出することが多いんだ。世話する暇ないだろう? ……俺は、三匹の世話で手いっぱいだ。これ以上、世話する対象を増やしたくない」
「ペットなんて……飼ってたっけ?」
 きょとんとする綺人に、ユーリはじっと三人を見回して言った。
「……黒猫二匹に犬一匹というところか」
「…黒猫二匹に犬一匹って、僕らのこと? 黒猫は僕と瀬織で、犬はクリス?」
「クリスは……狩猟犬? 綺人と瀬織は黒猫。綺人は人懐っこいが、瀬織は懐いているのかどうか分かりにくいな」
「ユーリさん、何故狩猟犬の所を強調するのですか?」
 ユーリの冷静な分析を聞いて、クリスはぶすっとむくれたような顔で彼を睨みつけた。
「野外で何かを狩ってるほうが……クリスらしい」
 そんなユーリの返事に、戸惑うようにしてクリスが口を開いた。
「……野外で何か狩ってるほうが、私らしいって、どういうことですか? 確かに、室内でいるより、外で身体動かしている方が好きですけど……」
 首をかしげながらも、その手はずっとカーネのアゴをさすっている。ゴロゴロと喉を鳴らすカーネが、まるでユーリに同意しているかのようにも思えた。
「クリスが犬で、僕は猫かぁ。うーん、姉さんにも似たようなこと言われたなぁ。……『大人しい化け猫」って言われたの。何でかな?」
「間違っては……いないな」
 クリスも綺人も、お互いに意図を計りきれていないようで首をかしげている。最後に、瀬織が静かにこう言った。
「ユーリは、わたくしが懐いていないと思っているのですか? ……ユーリの事、嫌いではないですよ」
 それがどこか妙に微笑ましく、ユーリは穏やかに微笑を浮かべた。
 そんな三人を見上げていたカーネは、ユーリの微笑に何かを思い出したのか、ひょこっと身を動かし始めると、クリスたちの手から離れてどこかへ駆け出していった。
「あ、カーネ!」
 綺人の声にふと立ち止まって、カーネは振り返る。まるで手を振るかのように尻尾を少しだけ揺らして、カーネは再び走っていった。
 自分の主人のところへと向かって。