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リアクション
ANOTHER 婚礼の儀
「ブリ。結婚式の付き添いに、なぜ、そんなものが必要なのじゃ。武器か」
「武器ならライトブレードを持っていくわ。イヤね、仙姫。姿勢をよくするために、これや物差しを背中に入れたりするのは、東洋じゃよくやる健康法なのよ。私は姿勢がいいから、スカートの中に入れるわ。あんた、東洋人なのに知らないの?」
「わらわの記憶では、そのようなものを服に入れている者は、見た覚えがないぞ」
「仙姫の住んでた地区は、遅れてるんじゃない」
「女王陛下の宮殿にして要塞」と呼ばれるイギリス、イーストエンドの城塞、ロンドン塔を、ほぼそのまま再現したマジェスティックのロンドン塔には、二重の城壁の中に、大小計二十もの塔がある。
ロンドン塔の中心的な建物、かってはそれ単体でロンドン塔と呼ばれていた五階建ての洋館、ホワイトタワーで、婚礼の儀が、いま、まさに行われようとしていた。
大ホールには、約千人の正装した人々が集い、巨大なシャンデリアの下、楽団の演奏をバックに、振舞われた酒のグラス、料理の皿を手にし、談笑したりしながら、新郎新婦たちの登場を待っている。
「紳士淑女のみなさん。本日は、ご多忙の中、マジェスティックの象徴にして、我が居城、ロンドン塔にお集まりいただいて、心から感謝しています」
どこからか、深みのある低い声がホールに響いた。声の主の姿は見えない。
途端に演奏はやみ、人々は口を閉じ、場内に静寂が訪れる。
「今夜、自分、メロン・ブラックは、古くからのこの地のしきたりに則り、深夜、心を許せる人たちだけを集め、ひっそりと婚礼の儀を行いたいと思います。
ここにいるみなさんは、ご承知かと思いますが、この地では、婚礼は年に一度だけ、合同で行うのが、ならわしです。
自分がオーレリア姫と契りを交わすのと同時に、今日、ここで三十組の男女が結ばれます。どうか同胞の心からの祝福で、彼らの人生の門出を祝ってやってください。God save the Queen」
「God save the Queen!」
客たちは杯を上げ、合唱した。
また演奏がはじまり、扉が開く。
ジャンデリアのあかりが消え、壁やテーブルの燭台のロウソクに、火がともされた。
暗闇の中に小さな炎がいくつも揺れ、幻想的な雰囲気がホールを包む。
拍手の歓迎を受け、新郎新婦たちが、ゆっくりと入場してきた。
ホール中央に設置された円形のステージに、純白のドレス、スーツ姿の花嫁、花婿があがる。
その中には、橘舞と少年、ヴァーナー・ヴォガネットもいた。
列の最後には、髪を後で一つに束ねたメロン・ブラックと、ピンクの髪の小柄な少女がいる。少女は、虚ろな目をし、足取りもふらふらとしていた。他の花嫁たちもみな、彼女と同じような様子だ。
V:朝倉千歳(あさくら・ちとせ)だ。いとこの舞が結婚するというので、慌てて駆けつけたのだが、式はもう始まっているようだ。しかし、いくら偽りの婚礼といっても、観光名所での深夜の合同結婚式とは、舞も奇妙な体験をしているな。
「私はこのような式のやり方は、どうかと思いますわ」
小型カメラで式を撮影している千歳の横で、パートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)は語気を強め、不快感をあらわにした。
「まあ、怪しいところだらけだからな。ここにいるのは、マジェスティックの住民でも、メロン・ブラック博士派のものばかりなのだろうし、新郎新婦をみても、年の差のあるカップルが多い。舞のところを除けば、少女と父親、祖父のような組み合わせばかりだ。気のせいか新郎はみなニヤついているが、花嫁はぼんやりしていて、笑顔がないな。人形のようだ。やはり、うれしくないのか」
ジャスティシアの千歳は、状況を冷静に把握している。隣の、いつもはあまり感情をあらわにしないイルマが、今夜は、あきらかにいらだち、憤っていた。
「舞さんたちのは、お芝居だとはいっても、他の人たちにとっては、大切な晴れ舞台。なのに、形だけの気のない拍手、お通夜のような静まり返った会場。普通は、素敵な思い出を作るための結婚式が、まるで怪しげな儀式ではありませんか。やはり、こんな式、許すわけにはいきません」
「待て。どうする気だ」
「一生に一度の神聖な式をこのような形で愚弄する者は、罰せられるべきです。このふざけた催し物は、即刻、中止です」
「イルマ。これは、舞にとっては、事件の捜査の一環なんだ。落ち着け」
「別にこんなものに参加しなくても、灰色の脳細胞があれば、捜査はいくらでもできます!」
「待ちなさい。イルマ」
殺気をみなぎらせ、ステージへ突進しようとするイルマの手首をつかんだのは、舞のパートナーであるブリジット・パウエルだった。
「まだ、ダメよ」
「お嬢様。舞さんをこんな茶番に参加させるなんて、やりすぎですわ。世にも醜悪な見世物を、私は、とても黙って見てはいられません」
元々はパウエル家のメイドであるイルマは、ブリジットをお嬢様と呼ぶ。二人は実は異母姉妹なのだが、その事実はイルマしか知らない。
「イルマの気持ちはわかるわ。でも、もう少し待って」
ブリジットは、イルマに力強く言いきかせた。
「犯人はわかったわ。私が、邪悪なたくらみを阻止してみせる」
「あ、あの、私は結婚式のやり方について異議があるのですが」
「びしっと決めるわよ」
イルマの抗議は、めい探偵ブリジットの耳には入らない。
「司会さん。親友から、花嫁への贈る言葉くらいあってもいいでしょ。いいわね。やらせてもらうわよ」
わざわざ地球から呼んだという、白い顎髭が印象的な老司祭が、ステージ中央でいよいよ口を開こうとしたその時、ブリジットは呼ばれてもないのに、舞台にあがり、司祭を押しのけた。
ブリジットの周囲には、イルマと金仙姫、それに千歳がいて、彼女を護衛している格好だ。
イルマは目を吊りあげ、怒気をあたりに撒き散らしている。仙姫は真剣な顔をしているがどこか楽しそうだ。千歳は、困ったような表情で、いかにもしかたなく、という感じで、一団の端にいる。
「あー、お集まりのみなさん。いきなりだけど、なんなのこれ? なんの工夫もないつまんない結婚式ね。私のパートナーの舞も、ついさっきプロポーズされて、電撃結婚することになったから、本人もわけがわかってないし、私も心の準備がまるでできていないわ。
こちらで衣装もなにもかも用意してくれたけど、それくらい当然よ。
私は、花嫁の親友。嫁いでゆく舞のために、超スピードで手紙を書いたの。ってわけだから、それを読むわね。音楽、邪魔にならない程度に、音量を落として感動的に頼むわよ」
ブリジットは堂々と言いたいことを言うと、便箋をとりだし、読みはじめた。
「舞へ。
突然、あなたが結婚して私のもとから去ってしまうことになって、本当に驚いています。
あなたと知り合ったのは、私が家の用事で京都へ行った時でしたね。あの頃のあなたは、いまとは違い、名家に生まれた自分のあり方に悩んで、苦しんでいました。
あなたは、本当はとても責任感の強い人です。
私は、あなたと契約して、あなたが必要以上に背負っている心の重荷をちょっとだけでも、一緒に背負って軽くしてあげたいな、と思いました。
それは、できたのかしら?
あまり自信はないけれど、百合園女学院推理研究会を開設して、たくさんの人とお友達になったり、デパートに遊びに行ったり、ヒーローショウをしたり、推理劇のお芝居をしたり、会員の勧誘をしたり、パラミタイルカとあったり、石化されたイルマを助けに行ったり、元民宿を貸切にして大騒ぎしたり、みんなと合同の誕生会や、お祭りに行ったり、墨死館、かわい家、難事件もいっぱい解決したよね。私たちは、いつも一緒だった。
私、舞のパートナーになって、本当によかったわ」
ここで、いったん言葉を切って、ブリジットはホール内を見回した。その視線は、ある人物のところにむけられる、ブリジットの青い瞳に鋭い光が宿った。
「だ・か・ら、私の大切なパートナーの舞をバカにするようなこんな結婚、私が認めるわけがないでしょ!」
「そうですわ。このような式は、なんの意味もありません!」
ブリジットの叫びに、イルマも続く。
ブリジットはステージを飛び降り、ずんずん歩き、ある人物の前で立ち止まった。
スカートに隠していた金属バットを取りだし、つきつける。
びしっ!
「この婚礼の儀、そして一連の事件の黒幕、それは、あんたよ、マジェスティック総支配人ラウールこと、犯罪王ノーマン・ゲイン」
おおっ。
ホール内がどよめく。
顔の上半分を隠すマスクをつけ、式に参加していたラウールは、唇をゆがめた。笑っている。
ラウールのまわりにいた、霧島春美、ディオ・マスキプラ、ピクシコ・ドロセラ、シャーロット・モリアーティ、マイト・レストレイドらがブリジットに声をかけた。
「代表。それは違うわ。この人の正体は」
「そうだよ。ラウールさんは、意外にいい人なんだ。ボクが保証するよ」
「ブリジット・パウエル。ここは退いておいた方がいいわ」
「こんな公衆面前であやまった推理を披露するというのは、探偵としてどうなのでしょうね」
「この告発は、間違っていると言わざるおえないな。パウエル代表。バットをおさめてくれ」
捜査メンバーたちに否定されても、ブリジットは少しも怯まない。そして、野球の打者のようにバットを構えると、
「みんな、騙されてるのよ。こいつにねっ」
フルスイング!
ぱしーん。
一瞬、頭が飛んだ。ように見えた。
宙に浮いたそれをフライを捕る要領でキャッチしたのは、千歳だ。
「これは、フェイスマスクだな。よくできている。変装用か」
「犯人はあんたよ。ピンカートン編集長。推理研の部員は優秀なの。春美や警部の言うように、ラウールがノーマンでないとしたら、二引く一であんたになるに決まってるでしょ。編集長の立場で、最初から、事件に深くかかっていたあんたが黒幕よ。ピンカートンこと」
ブリジットがバットを振りかぶった瞬間、しゃがみ込み、自分の顔から剥ぎ取ったマスクをトスの要領で投げだしたのは、ラウールの隣に立つ、赤い目をした、異様に肌のしろい、端正な顔立ちの男。
「こんばんは。ノーマン・ゲインです」
彼は、しごく普通にあいさつをし、頭をさげた。
「目撃者のたくさんいる場所での金属バットによる殺人未遂。御苦労様、探偵のお嬢さん。これは、あきらかに犯罪ですよ。悪の道にようこそ」
堂々と名乗った犯罪王の周囲に、彼の仲間らしき客たちがさっと集まり、人の壁をつくる。
「ノーマン。何人めだ。うっとおしい」
メロン・ブラックの言葉が響いた直後、ホールは外からの暴徒たちが雪崩れ込み、大混乱におちいった。