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●願い 〜クリスティーの戦い〜

「やっと出番だ…」
 クリスティーは言った。
 さきほどの南臣の演目で沸き起こった笑いの渦が引いてから出て行こうと、クリスティーは舞台の端にて様子を伺っていた。
 深呼吸をしようとした。
 だが、緊張やその他の…例えば、衣装のサイズが合わないこととか。
 その他諸々の圧力が自分に圧し掛かる。
 成長したら、いつまでもごまかしが利かないのは分かっている。
 クリスティーは、歌っている間はそんな不安も忘れられると、今日の今日まで全力を尽くしてきた。
 きっちりと発声練習から喉を休める事まで、クリストファーと共に、入念な準備を怠らなかった。
「行ってくるね、クリストファー」
 クリスティーは手を振った。
 クリストファーも手を挙げて返す。
「やれるだけやればいいよ」
 結果はその後に出る。
 やってみなければわからない。
 自分たちは準備も、ケンカも、練習もやった。
 オケの人間の中では青春も涙もあったかもしれない。
 でも、二人の間には歌だけだ。
 クリスティーの歌う歌は、懐かしい曲。
 どの国の人間にとっても、地球人ならそう感じるだろう曲だ。

(ボクはシャンバラ人だけれど、国に思う気持ちは、誰だって一緒だよね…)

 ドヴォルザーク作曲 新世界より「家路」〜遠き山に日は落ちて〜のイングリッシュバージョン。
 自分の国の歌ではない。
 でも、誰の心にでも響く旋律だから、クリスティーは明日を乗せて歌う。
 クリストファーのように自分は勇ましくは戦えない。でも、これならできる。
 蕩けるぐらいに優しい音で、家路にかかる甘い色の空に響くよう、クリスティーはどこまでも澄んだ音を紡ぐ。

 歌は、音楽は、瞬時に消える美しさ。
 響きは風に乗って心へと流れ、そして、跡形も無く消えていく、無形の美。
 魅せられては、また歌う。

(次は、レクイエム。本当の戦いはこれから…)

 そのことから離れ、
 クリスティーは時間の作り出す芸術に暫し、身を預けた。