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リアクション
第3章 技術者集合!
学院内部のイコンシミュレーター操作室にも、数人の生徒たちが集まり始めていた。
「僕たちがデータチェックをやるので、みんなの考えた武装のデータを預けてくれないかな」
榊朝斗(さかき・あさと)がシミュレーターの端末に向かっていた顔を、室内の面々に振り向けた。
今回のイコンシミュレーター不調で、どうやっても修復できないのは「対象を撃墜していない参加者の意識を現実世界に戻す」という異常状態であった。
おそらく、ウイルスもそういう状態をつくりだすことを第一目標として作成されたものなのだろう。
だが、イコンシミュレーターを全く操作できなくなったわけではなく、追加で参加者がシミュレーターに潜ることは可能だし、さらに、シミュレーターの端末から、参加者に追加武装を送信することも可能だと判明したのである。
シミュレーションの本来のルールでは、参加者に追加武装を送ることは原則として禁止されており、「追加武装」の設定がオンになっている場合にのみ認められるものだった。
それが、この緊急時で、仮想空間に閉じ込められた生徒たちを援護するために武装を積極的に送信すべきだということになり、試してみたところ、追加武装送信機能はいまも有効に機能すると判明したのである。
追加武装の送信は、特攻隊編成と同時に進めるべき急務であった。
というのも、仮想空間内のミッションでの撃墜対象が、本来の設定より能力値がかなり上がっていて、強くなっているようなのだ。
撃墜対象の能力値を修正することはできなくなっていて、おそらく、これもウイルスの影響と思われた。
鏖殺寺院の狙いは、生徒たちを仮想空間から出られなくさせたうえで、ミッション内の敵に生徒たちを撃墜させることにあるらしい。
というのも、今回の状態が続くまま敵に撃墜された場合、生徒たちの意識は現実世界に戻ることが永遠にできなくなるからだ。
「敵が強くなっているなら、味方も強化しなきゃいけない。この部屋から特攻隊を支援したいな。ミッション内の対象を撃墜できれば、参加者の意識を強制的に帰還させる機能がはたらく。今回、ウイルスはその機能にまでは干渉できていないんだ。おそらく、その機能のメカニズムを解析できなかったからだろうね」
榊は状況を淡々と分析してみせる。
これも推測だが、鏖殺寺院のスパイの何人かが実際にシミュレーションに参加して、シミュレーターの機能を解析してウイルスを作成したと思われる。
その際、スパイたちもミッション対象を撃墜することはできず、撃墜時の強制帰還機能の解析ができなかったために、ウイルスもその機能には干渉できなくなったのだろう。
もっとも、寺院は今回、「生命がけのゲーム」をつくりだそうという邪な遊び心を抱いていて、万一ゲームの勝利者が出ればそのときは解放してやろうと意図した可能性もあるが、だとしても、スパイが実際にシミュレーションに参加して機能を解析する作業は踏んだのではないかと思われる。それなら、解析できなかった機能にウイルスが干渉する可能性は、やはり低い。
「ウイルスが追加武装のデータに干渉できるかどうかは不明だけど、万一不具合が起きれば、仮想空間にとらわれた仲間が危険にさらされるんだ。だから、武装をチェックする作業は必ず行いたい。いいよね?」
榊の問いに、一同はうなずく。
榊も、時間との闘いで、完璧なチェックなどできるはずもないが、それでもできる限り万全を期す必要があった。
「武装のチェックが終わったら、私が仮想空間内に送信する作業を行います。チェックと実際の送信とはそれぞれ分担した方が、うまくいくと思うんですよね」
ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)も、榊の隣の席についていう。
「私の役割を説明。送信された武装の各生徒への振り分けと、使用法の説明を行う。以上」
アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)も、榊、ルシェンに続く席について、機械的な口調で述べた。
榊のチームが追加武装送信のサポートにまわることで、武装の送信でエラーが出ることはまずなくなったといってよい。
それでも、仮想空間内の激戦の中では、武装を送信しても狙った生徒に届かない可能性があるにはあったが、とにかく送信自体は十分できるし、武装自体の機能も保証できるのである。
「よし! 俺たちのデータを、お前に預けるぜ!」
各生徒たちが、自分たちの開発した追加武装のデータを榊に渡していく。
シミュレーターの操作室でも、静かな、それでも熱い闘いが始まろうとしていた。
「さーて、そろそろ特攻隊のみなさんが仮想空間に出撃するころですね。楽しみです!」
学院広場では、イコンシミュレーター内での闘いの様子をうつしだす巨大モニタの前に、設楽カノン(したら・かのん)たちが集まり始めていた。
広場のベンチに座り、飲み物やお菓子に手を伸ばし始める生徒たち。
今回、設楽カノンは上層部の意向でシミュレーションへの参加を禁じられたため、モニタの前で応援を行うことにしたのだ。
「うーん、面白そうだから私も参加したかったんですけど、ここでみなさんの闘いを観察するのもいいかもしれませんね。誰が勝って、誰がやられていくか、楽しみです。うふふ」
カノンはどこか意地悪な笑いを浮かべる。
今日、カノンの精神はリラックスした状態にあるようだ。
「カノン! 今回のシミュレーターの闘いには参加しないのか?」
御剣紫音(みつるぎ・しおん)がカノンに声をかける。
「はい。理由はよくわからないんですけど、上層部が出るなといってるし、みんながやられるのをみてから、私が出てきて解決、っていうのも面白いパターンだと思いませんか?」
カノンは爽やかな笑顔を御剣に向ける。
「うん? そうだね。シミュレーションとはいえ、あまりに大人数で戦闘に参加したら、いろいろ混乱して、味方の流れ弾に当たる確率も高くなるしね。特攻隊の第一陣はもう決まったみたいだし、俺たちは第二陣以降でもいいかもしれないな」
御剣はとりあえずカノンに合わせて、同様に爽やかな笑顔を向ける。
「そうですよね。今日は気分がいいんで、みなさんといろいろお話したいです」
ベンチに座ったカノンは上機嫌で、やや無防備な状態になっているようにも思えた。
御剣が驚いたことには、普段のカノンなら絶対に履かない、超ミニのスカートから、やせ細ってはいるものの、傷ひとつないきれいな太ももがのぞいている。
カノンが頻繁に足を組みかえるので、スカートの裾がひらひらと蝶のように舞い、その中身を微妙に露出させるので、視線のやり場に困る状況である。
御剣は、思わずドキドキする自分を感じていた。
知らず知らずのうちに、顔が赤くなりそうだ。
「そうか。なら、ちょうどいい。みんなでティーパーティーをやろうと思っていたんだ。カノンも、お茶、飲むかい?」
胸のうちの動揺を抑えながら、御剣はカノンに尋ねる。
「ティーパーティーですか? わー、嬉しいです!」
カノンはますます上機嫌になって、ベンチから立ち上がってバンザイを始める。
ミニスカートの裾がまたひらひらとなって、何だかヤバい状況だ。
テンションが上がっているカノンの様子に、御剣は、カノンの精神が不安定で、いまは極端な上がり下がりのうちの「上がり」の部分にあるようだと認識し、この状態を「健康」といいうるかどうか疑問を抱かないでもなかったが、とにかく今日はカノンと楽しく過ごしたかった。
「それでは、お茶をお入れいたしますわ」
綾小路風花(あやのこうじ・ふうか)があらかじめ用意していたお茶をティーカップに注いで、カノンを始め周囲の生徒たちに配り始める。
綾小路は、カノンを前にドキドキしていることが表情に少し出てしまっている御剣をちらっとみたが、何もいわない。
「ケーキやお菓子も用意しておるぞ。まあくつろぐがよい」
アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)がバスケットからケーキやスコーンを取り出して、広場のテーブルに置き始める。
「ありがとうございます。わー、いい香り! おいしそー!」
カノンはキャッキャとはしゃぎながら、綾小路からもらったお茶の香りをかいで歓声をあげ、喜悦の表情で飲み始める。
「うーん、喜んでくれて嬉しいな。カノン、紅茶は好きか?」
御剣が尋ねる。
「ハーイ! 大好きです!」
カノンはどこか度を越した明るい口調で答えた。
御剣は、何だか熱い感動が胸のうちにこみあげるのを感じた。
カノンがここまで喜んでくれるとは、予想外だったのだ。
御剣は、カノンの精神が不安定で、凶悪な別人格を潜在させていることも知っていたが、それでも愛おしさを感じずにいられなかった。
こうして、一同は広場で楽しいお茶会に興じていたが、同じ時間に、特攻隊の面々はイコンシミュレーターに接続して決死の闘いにのぞもうとしていたのである。
「もうすぐ、始まるね」
御剣は、特攻隊が出撃すると同時にその模様をうつしだすであろう巨大モニタに視線を向けていう。
「そうですね。楽しみー! 何人やられるかなー?」
カノンは無邪気そのものの笑顔を浮かべながら、その笑顔とはギャップを感じないでもない、邪な期待を口にするのだった。
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