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イコンシミュレーター3 電子のプレッシャー

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イコンシミュレーター3 電子のプレッシャー
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第8章 接近

「さあ、敵の機体は目前だ! このままいっきに距離を詰めて、接近戦を仕掛けるぞ!」
 いよいよはっきりとした輪郭を伴って肉迫してきた、強化人間Pの乗る巨大コームラントの姿を前にして、生徒たちの闘志がわきたつ。
(ぎいっ! また、死にに来たカ? ナゼ、お前タチはそんなに愚かなのダ? 飛んで火に入る夏の虫に、せめてもの情け、瞬殺で報いてヤロウ!)
 いまや、強化人間Pの狂った思考が、精神感応によって生徒たちに伝わるようになってきていた。
(くらえゴルァ!)
 しゅううううううう
 強化人間Pは、ミサイルの大群をなおも生徒たちの機体に向けて放つ。
 だが、Pの付近にいる機体は、ミサイル網のやや内側に入り込みつつあった。
 ミサイルは、さらに遠くから迫ってくる他の機体にも向けられているから、全体として攻撃が分散されたかたちになり、Pの付近にきた機体に、さばききれないほどのミサイルの大群が押し寄せるようなことはなくなっていた。
「中距離といったところか! この距離でもまだ牽制は必要だ! なら、私が!」
 相沢洋(あいざわ・ひろし)のコームラントが、ビームキャノンを迫るミサイルに向けて放つ。
 ちゅどーん!
 いくつものミサイルが爆発し、空中に炎の華を咲かせる。
「敵機、ミサイル発射口を確認。攻撃をどうぞ」
 乃木坂みと(のぎさか・みと)が、Pの機体の背後に巨大な弾倉の存在を探知し、その弾倉に、そこから無限に近いミサイルが生み出されて宙に舞い上げられていく、多数の発射口があることを確認した。
「よし。ミサイル発射口に攻撃を仕掛け、味方機を支援するぞ」
 相沢は、コームラントをダッシュさせると同時に機体を傾け、できる限りのスピードで、Pの機体の背後にまわりこもうとする。

「ホームアイもターゲットの狙撃を開始します」
 コームラントの【ホークアイ】を駆って、天司御空(あまつかさ・みそら)が味方機に通信を入れる。
 天司の機体のビームキャノンが、Pの機体の一点、右足の付け根の部分に連続で放たれる。
 Pの機体は超能力によって生じた特殊な力場で護られており、この力場を破ることが、接近戦をするうえでの最後の関なのだ。
 一点に攻撃を仕掛け続けることで、力場を破れるのではないかと天司は考えていた。
「設楽カノン! 私は、広場で男どもとはしゃいで見物を決め込んでいる、あなたとは違う! そのことをこのシミュレーションで証明してみせます!」
 【ホークアイ】の情報管制を行う白滝奏音(しらたき・かのん)が、カノンへの対抗心と嫉妬から歯ぎしりをしながら、唸るように呟いている。

「あの力場、自分のミサイルが自機の直近で爆発するような事態も考慮して形成されてるね。それだけ強力な力場だけど、何とかぶち破らないと、勝てないしね!」
 葉月エリィ(はづき・えりぃ)も、コームラントをじりじりとPの機体ににじり寄らせながら、狙撃の瞬間をうかがっていた。
「エリィちゃん。計算結果が出たよ。移動は、多くてもこれ以下のエネルギー消費でいくようにして」
 エレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)が、ビームキャノン発射のためにエネルギーをためこもうという意図の葉月のために、エネルギー管理しながらの移動をアドバイスする。
「わかったわ。でも、その限界値でいくのって、正直厳しいわね」
 葉月はふうっと息をついて焦りを和らげながら、コームラントが地上に近い位置にまで下降し、Pの機体の下半身に寄っていく瞬間をじっと待つ。

「よし! 背後をとった!」
 相沢の機体が、Pの機体の背後の弾倉、そのミサイル発射口の部分に攻撃を仕掛ける。
「力場を突破できるか? 弾倉に振動を与えられるだけでも!」
 相沢は、ビームキャノンによる攻撃をひたすら繰り返す。
「エネルギー残量が残りわずかです。撤退か徹底抗戦かの選択を」
 乃木坂が相沢に理性のブレーキを与えるかのようにいう。
「撤退? 何をいってる? この仮想空間は、敵を撃墜しなければ出られないのだ。実戦よりもシビアな状況だが、ゆえに、迷う必要はない。つまり!」
 相沢は攻撃操作を続けた。
「徹底抗戦あるのみですね。わかりました」
 乃木坂は沈黙する。
 だが、その沈黙は、すぐに破られることになった。
「エネルギー残量、予備の分も、次で尽きます! コクピット内のランプも!」
 乃木坂の言葉とともに、コクピット内が暗黒に包まれる。
 相沢たちのコームラントは、あともう少しで活動を完全に停止し、地上に落下する寸前にまできていた。
「もうダメか? 最後の1発だ!」
 相沢は、それでも最後のビームキャノンを躊躇なく撃ち放つ。
 すると。
 ぶるるるるる
 Pの機体の、弾倉が音をたてて震えたように思えた。
 次の瞬間。
 ちゅどどどどどどーん!
 弾倉が、すさまじい爆発を起こした。
 ミサイル発射口に攻撃を集中させたことで、力場を抜けて弾倉に伝わった振動が、弾倉内部で極大化し、爆発を引き起こすことができたのだろうか。
「やったぞ!」
 相沢は歓声をあげた。
 無限に近いミサイルがこもっていた弾倉が爆発したのである。
 ものすごい量の炎と、視界を塞ぐ煙とがたちのぼり、辺りに充満した。
 炎は、相沢たちの機体も包み込む。
「くっ! ここまでか。あとは、あとは頼んだぞ!」
 エネルギーを使い果たし、活動を停止したイコンが、炎と煙に包まれる中、地上に落下していく。
 周囲の機体の生徒たちは、墜落した相沢がどうなったか、確認する間もなかった。
「よし、弾倉が爆発した! さらに仕掛ける!」
 【ホークアイ】の天司が叫ぶ。
「こちらも一点に攻撃を集中させていました。あともう1発、ありったけのエネルギーをこめた攻撃を、ここに!」
 白滝が、とどめの狙撃予定ポイントを天司に伝える。
「よし、いまが絶好のチャンスだ! いくぞ!」
 【ホークアイ】のビームキャノンが、斜め上からPの機体を撃った。
 力いっぱいの攻撃。
 ぶしゅうううううううん
 その攻撃が、Pの力場を破り、その機体を貫いたかのように思えた。
(この一撃、何倍にもして返すゾ!)
 Pの呻きが、精神感応で伝わる。
 実際には、【ホークアイ】の攻撃は力場を破ったときに勢いが弱って、敵の表面をかすめただけだった。
 だがそれでも、敵機の機体から煙がわいて、味方を勇気づけさせることができたのである。
 何より、力場が破られたのだ。
「みてるか、設楽カノン! いま、私はあなたを超えようとしています!」
 白滝は、テンションがマックスにまで上がる心地だった。
「あたしもやるよ! 正面から! 腹を狙う!」
 葉月の機体が、ためにためたエネルギーの弾丸をビームキャノンから放つ。
 Pの機体を覆う力場には、既にほころびが生じていて、葉月の一撃は見事にPの機体の腹部に決まった。
 ぴっしゅうううううう
 どごお
 Pの機体が、空中で、わずかだが傾いたように思えた。
(近寄るナ! みじん斬りにするゾ!)
 Pが怒りに震えて絶叫する。
「やったぞ、力場はだいぶ弱くなっている! 接近戦を仕掛けるぞ、みんな!」
 生徒たちの機体が、ついに、Pの直近へと特攻を仕掛けていった。
 だが、そのために、Pはますます荒れ狂うことになった。

 一方、学院広場では、巨大モニタで仮想空間内の死闘をちらちら観戦しながらの、カノンと周囲の生徒たちとのにぎやかなお茶会が盛り上がりつつ進行していた。
「カノン、ほら、チョコクレープだよ! 一緒に食べよう!」
 小鳥遊美羽(たかなし・みわ)が、男子と手を打ちつけあって踊ったりしているカノンに声をかけ、クレープを差し出す。
「わー、おいしそう! いただきまーす!」
 カノンはクレープをみるととても喜んで、小鳥遊の隣に座って一緒に食べ始める。
「それにしても、シミュレーションに参加してるみんな、すごいね! プレッシャーを打ち破って、力場も打ち破って、次々に攻めてるよね!」
 小鳥遊は唇についたチョコを舌で舐めとりながらいった。
「そうですね。まあ、がんばってると思いますよ! あの、騎沙良さんって、プレッシャーを抑えるのがメインだからって、あえて単機で出撃するのが素晴らしいと思いました。いつかあの人と闘って、打ち破ってみたいですね。負けたとき、あの人はどんな顔をするでしょうね? ふふ」
 カノンは、不吉なことを口にした。
「白滝さんは、どうなのかな? かなりカノンを意識してるみたいだよ」
 小鳥遊が尋ねたとき。
 カノンは、一瞬ニヤアッと怖い笑いを浮かべたようだった。
「ああ? 教官たちは評価するんでしょうけど、私にいわせれば、闘争本能の燃え上がる方向がちょっとずれてますよね。私を超えるとか超えないとか、そういうのは重要じゃないと思うんですけどね」
「騎沙良さんは、その点大丈夫なの?」
「はい。あの人は、本能的な動きが大変優れてますね」
 カノンは、クレープを食べ終わって、お茶をすすり始める。
 他の生徒が過小評価している騎沙良の素質を見抜いたのは、さすがカノンというべきである。
 だが、カノンには、白滝の情念が示す潜在能力がみえなかったようだ。
 微妙な違いだが、カノンは、戦士の素養として、情念よりも本能を大事にするようである。
 それでも、小鳥遊は見落とさなかった。
 カノンにも、情念の炎があることに。
 その炎は、ある男性に向けられているはずだ。
「ねえ、カノン、よく口にする『私の涼司くん』って、どんな人なの?」
 小鳥遊の質問に、テンションの上がっているカノンは、気難しい顔をすることもなく、愛想よく答えた。
「私の憧れの人。理想の全て。私は、『私の涼司くん』のためなら、どんなことでもします! って、力みすぎですか? アハハハハ! でも、本気なんですよ」
「わー、いいね。理想の人がいるって。私にもそういう人ができないかなー」
「小鳥遊さんも、いつかそういう人に絶対出会えますよ! 男子には小鳥遊さんのファンがいっぱいいるらしいし!」
「えー、カノンの方がモテるよー」
 小鳥遊とカノンは仲のよい友人のように談笑する。
「でも、涼司くんって、蒼空学園の校長になったあの人はどうなのかな?」
「そうですね。あの人は、『私の涼司くん』かもしれないですね。そう思うようになってきました。記憶が戻ってきたっていうか。でも、もしかしたら違うかもしれないっていうか、ううん、多分、あの人がそうですよね。最初は、同姓同名の変な人だと思ってましたけど。だから、私、最近あの人に会うと興奮するようになったんです」
 カノンは、山葉涼司(やまは・りょうじ)に対する率直な想いを口にする。
 だが、「違うかもしれない」とは?
 小鳥遊がちょっと首をかしげたが、それでも、カノンとはいいお友達になれそうな気がしていた。