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獣人の集落ナイトパーティ

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獣人の集落ナイトパーティ

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第3章 ナイトパーティと変わる狼 4

 海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)は、ぽりぽりと頬をかいた。
「うーん、まさかあんな場面に出くわすとは思わなかったなぁ」
 冷酷そうな仮面を身につけており、見た目の風貌は勇敢なれど、その口調はのんびりとしたものだった。
 海豹村なる過疎化の進む辺鄙な村の村長をしている彼は、クオルヴェルの集落について学ぶついでに村の宣伝を兼ねてやって来た。来訪の際に一度挨拶を行っているのだが、村の宣伝を軽く終えて再度挨拶に尋ねたとき、長夫妻が愛し合っているところに出くわしたのである。
「また、時間を改めて行こうかねぇ。長ってのもんに大切なことを聞いてみたいし……」
 自分の辺鄙な村と違って、クオルヴェルの集落はこれほどのパーティが開けるほどには大きな集落だ。ぜひご教授願おうかというところだったが……それも今すぐには叶わぬらしい。
「ん、あれは……?」
 海豹仮面は、前方で気になる人を見つけた。
 赤髪に獣耳を生やすその人物像は、最初の挨拶の際に長から聞いていた、クオルヴェル夫妻の一人娘にそっくりである。海豹仮面は、彼女のもとに近づいていった。
「あの……もしかしてリーズ・クオルヴェルさんですか?」
「……はい、そうですけど」
 奇妙な仮面を被った男に突然話しかけられて、リーズは警戒した顔で答えた。無理もない。一度話してしまえば別だろうが、そうでなかったら彼はどこぞの囚人にも見えなくないからだ。
「実は私、こういう者なんですけど……」
 そう言って、海豹仮面は村のことに書いたチラシにも似た紙を渡した。そこには、海豹村についての詳細と、入居者募集の文字が。
 訝しがるリーズに、海豹仮面は丁寧に説明することにした。
「なるほど……じゃあ、村の住人を集めに来たってことなのね?」
「そうなんです」
 海豹仮面は殊勝に呟いた。のんびりとした声色なれど、事そのものは真剣であり、村を支えていこうという彼の意思もまた本物であった。それがよく分かるからだろうか……リーズは他人事とは思えず、少し彼と話をすることにした。
「私は……父さんじゃないから村長としての心構えとか、そういうのについてはまだ分からないけど……私なりに、集落を支えていきたいと思ってるわ」
「それが……リーズさんの将来の夢なんですか?」
「将来の夢って言ったら、そうなるかな。でも今は、ちょっとよく分からない。長としての血筋を残すために、私は子孫を産まないといけないし、それを集落のためにやるってのも、違う気がしてる」
「…………」
 リーズが語るのを、海豹仮面は黙って聞いていた。
「よく、分からないってのが現状。でもこの集落が好きで、守っていきたいってのは、確かかな」
「……その気持ちがあれば、十分にやっていけると思いますよ。こんな俺でも、辺鄙な村ですけど、こうして一応村長なんてやっていけてるんですから」
 海豹仮面は笑ったが、仮面のせいでその表情はリーズには伺えなかった。だが、声色でそれを察したのだろう。リーズは顔をほころばせた。
「じゃ、私そろそろ行くわ。おじさんも、村人集め大変だろうけど、頑張ってね」
「おじ……っ」
 笑顔で手を振って、彼女は海豹仮面のもとを去った。
「おじさん、ですかぁ……。うーん、老けてみえるんですかねぇ」
 海豹仮面は少し落ち込んだように頭を掻き、静かに胸に秘めた。
(俺も……リーズさんに負けないようにしないといけませんねぇ)

 ナイトパーティも終盤に差し掛かっていた。徐々にカップルが夜の瞬きの下で抱き合うようになってきた頃合――如月 正悟(きさらぎ・しょうご)はその場違いな空気にため息をつく。
(一人でくるもんじゃなかったかな……)
 出店で買った獣の肉の串焼きを食べながら、正悟は当てもなくのんびりと、ふらふら歩く。端整な顔立ちの目が、周りのカップルを呆れたように眺めた。
 そんなとき、出店通りの中心でひときわほんのりと明るい光がたくさん漏れているのに彼は気が付いた。何をやっているのかとそれに近づいて行くと、そこでは、たくさんの人がそれぞれ手に花火を持って火を灯しているではないか。
 激しい音を放つもの、大人しい音を鳴らすもの。様々な種類の花火を、カップルや親子連れなどが楽しんでいた。
 どうやら、無料で花火を提供しているようだ。こういった人の集まりの花火と言えば夜空に打ち上がる巨大な天の花を思い浮かべるが、こういう素朴なものをやるとは風情がある。
 正悟は、ぜひともやろうかと体が動いたが、周りに独りでいる人がいないことに気づいて立ち止まった。
 き、気まずい……。彼の頭が、さすがに独りで甘い空気の花火場所へ行くのはないだろうと拒否している。
 ふと、そんなとき、彼の目に暇そうにしている一人の少女が映った。
 彼女は、やることがなさそうに手持ち無沙汰で木にもたれかかっている。獣耳を生やしているところを見ると、獣人だろうか。
 正悟は、少女へと声をかけた。
「あの……」
 不意に話しかけられ、はっと振り向く少女。その瞳は、不審げな色を湛えて正悟を見つめてきた。恐らく、ナンパかなにかと思われている。……あながち間違ってはいないから否定できないが。
「もし暇そうなら、折角だし、一緒にあれ行かないか?」
 そう言って正悟は花火をやっている中央を指差した。少女は、困惑と不審で入り混じった目で、正悟を見返してくる。やがて、一言苛立つように言った。
「ナンパ?」
「あ、いや、違う……う、いや、違うってのもまた違うな。そのナンパっていうか……」
 凄味のある鋭い目で睨みつけられたせいだろう。正悟はテンパってしどろもどろに抗弁する。だが、少女はそれがどこか可笑しかったのか、目を丸くしたあと、くすっと笑った。
「分かった、分かったわよ。そんなに一生懸命にならなくてもいいわ。ちょっと、人を待ってただけだから、その間だけだったらいいわよ」
「あ、本当? 実は花火がやりたくてさ。独りでやるのが嫌だったんだよ」
 正悟についていくようにして、少女――リーズと彼は花火を受け取って二人で座り込みながら温かくも美しい、花弁の飛沫を楽しんだ。
 そもそも、この花火場所の提供自体が地球文化を楽しんでもらう目的のものだということもあってか、獣人である少女は花火を握るのが初めてだと言った。正悟に丁寧に教えてもらいながら、蝋燭に灯った火で花火の先を点火させ、そこまで激しくない、ほのかで温かな光の奔流に目を奪われた。
「なんかさ、ここの集落長って一人娘がいるらしいんだよな」
「……そう」
 正悟が切り出した会話に、リーズはしばし間を空けて返事を返した。その間に、わずかに驚きが混ざっていたことに、正悟は気づかない。
「確か、名前がリーズとかいう人だったと思うんだけど、すごいよな」
「なにが?」
「いや、だって女の身で集落を守るために戦士として戦ってるらしいんだよ。男でだって戦うのが怖い奴はいるのに……。それにさ、俺からしたら、集落長の娘ってだけでもプレッシャーだよ。そんなのに負けないで戦ってるってのは、やっぱりすごいなぁって思ったんだ」
「そう……」
 少女は気のなさそうな返事を返すだけであった。それでも、花火が消えるときには少しもの哀しい顔になり、美しく咲くときには、明るい表情を浮かべる。正悟は、それを見ているだけでも、どこか心がはずむ、ひと時の幸せであった。
 やがて、少女はそろそろ戻らないといけないと、正悟に別れを告げた。
「なあ、最後に名前ぐらい教えてくれないか? 俺、如月正悟」
「…………」
 少女は、正悟を見つめて何か考えているようだった。しかし、意を決して、彼女は自分の名を教えた。
「リーズ、リーズ・クオルヴェル。それが私の名前」
「…………」
 今度は、正悟が目を丸く番だった。呆然とする彼であったが、やがて話を飲み込めたのか、苦笑するような顔になる。
「んじゃ……リーズ、機会があればまた」
「ん……それじゃあね」
 二人は、お互いに手を振りあって別れた。
(まったく、恥ずかしいこと言ったなぁ、俺)
 彼女の背中を見送って、正悟はわずかに朱に染まった顔で誤魔化すように頭を掻いた。