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はじめてのひと

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●絆、つないで

 パートナーとして近くにいるからこそ、電話越しに伝えたい言葉がある。

 ひら、と落ち葉が頭上をかすめた。
 ルツ・ヴィオレッタ(るつ・びおれった)は『cinema』の画面を出して一人、公園のベンチに座っていた。
 コール音が始まる。かけている相手は、九条 イチル(くじょう・いちる)……電話を買って、最初に思い浮かんだ相手だ。
(「何を伝えよう?」)
 コール音を聞きながらふと思った。自分は何を言いたくて、彼に電話しようとしているのか。
(「ありがとう……か?」)
 すると今度は、何に対しての感謝だろう、という気になった。
 もう一枚、落ち葉が舞い落ちてくる。
 ルツは目を閉じていた。これまでイチルと共に過ごした記憶を思い起こす。出会ってからここに至るまでを。
(「自分にとってイチルはパラミタへ戻り己の力を取り戻すための手段でしかなかったはずなのに……」)
 それなのに。
 遊具すべてが豆の葉でできているという、お伽噺のような遊園地……観覧車に乗り、夢見るような光景に目を奪われたのが、遠い昔の出来事のようだ。
 それが俺の、戦いだから――と宣言し激闘の最前線に赴こうとするイチルに、半ば呆れながらも見捨てられないものを感じ、その覚悟に賭けた日のことも忘れられない。
 その他無数の思い出が溢れだし、いつしか思考はもつれあう毛糸のようになって、言葉に編み上げることができなくなる。
 だが不思議と気分の悪いものではなかった
 むしろ笑みさえ浮かんでいる。
「どうしたの?」
 イチルが出た。
「……」
「ルツだよね? 迷子にでもなった?」
「……」
 やはりルツは何も言わない。
 しかしイチルは不快に思ったりしない。穏やかな見守るような気持ちで、相手が言葉を発するのを待つことにする。
 思えば、彼女がこんな風に、彼に言葉を淀むのは滅多にないことだ。
 いつだってルツはイチルに対して……というより誰に対しても、思ったことをストレートにぶつけるタイプだった。
(「だから、こんな風に時間をかけて言葉を選ぶことは本当に珍しい」)
 ならばそれを尊重しなければならない。それだけの度量と理解がイチルにはあった。ゆえに、告げたのは一言だけだ。
「ルツ、何か困ったことでもあった?」
「お前と出会えてよかった……」
 零れた言葉に驚いたのは、ルツ自身だった。驚きのあまり電話を切ってしまう。
「言うんじゃなかった」
 気恥ずかしさのあまり、みるみる頬を熱が伝う。
 しかし、ルツの表情はどこか満足そうだった。

「うん」
 もう繋がっていない携帯電話へ向かってイチルは答えていた。イチルも同じ気持ちだったから。
 電波はつながってはいないが、彼は彼女との確かなつながり……絆を感じた。


 *******************

「ボクのは買わなくていいよ」
 と、ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)は言ったのだけど、矢野 佑一(やの・ゆういち)は無理強いすることなく、いつの間にかミシェルの手に『cinema』を握らせていた。
「どうして? ほら、便利だし、よく似合うよ」
 真冬の深更に眺む雪のような、目の覚める銀色の電話だった。
「でも……」
 ミシェルは言葉に詰まった。(「佑一さんと契約する前は、ずっと一人でさすらってたから」)と告げようとしたのだが、口に出せば彼を悲しませることになるような気がしたのだ。
 暖かな毛布のような笑みを浮かべて佑一は言った。
「ミシェルが携帯電話を持ってくれたら、僕は嬉しいな」
「佑一さんが……?」
「なぜって、いつだって、たとえ目の前にいなくたって、ミシェルの声を聞くことができるんだから」
「うん……そうだね……」
 ボクも嬉しい、その言葉が承諾となる。
 佑一も同じ携帯電話、ただし良く晴れた日の海のようなブルーを選んでいた。
 箱を受け取り帰宅し、改めて銀の『cinema』を渡されたミシェルは、やはり嬉しくて、胸が高鳴って、一も二もなく電話をかけたのだった。相手が出るや声を上げる。
「佑一さん、佑一さん」
 そんなミシェルの姿が微笑ましくて、思わず佑一は苦笑気味に告げた。
「あのさ、ミシェル。こんなに間近で電話をかけたら、携帯以外からも声が聞こえちゃうよ?」
「む、むぅ……切らないでね! そのまま!」
 顔を薄く紅潮させて、ミシェルは部屋から飛び出していった。
 屋上からだろう、風音まじりにミシェルの声が、佑一の電話機から聞こえてきた。
「ボクの声、聞こえる?」
「聞こえるよ。はっきりとね」
「えへへ……これで、いつでも佑一さんと話せるよね」
「そうだね。誰にも邪魔されず、ずっと話すことだってできるよ」
 ミシェルは声をぐっと落として続けた。
「これくらい小声でも、聞こえる?」
「自動調節って機能のおかげかな。むしろさっきより近くで声を聞いている気分になるよ」
 佑一もあえて小声で話してみるのだった。
「すごいなぁ……内緒話してるみたい」
 とまで語ったところで、ミシェルは、ずきん、と胸が痛くなった。
(「内緒と言えば……ボクが女の子だって事、まだ隠したままなんだよね」)
 その秘密を佑一はまだ知らない。薄々感じているのかもしれないが、少なくとも、疑いを表にしたことはなかった。
 しばらく佑一が話し、それにミシェルが応えるという会話になるのだが、ミシェルの声は重くなり、やがて言葉は途切れ始めた。
(「ボク……佑一さんに隠し事をしてる……」)
「どうかしたの?」
「何でもないよ……もう部屋に戻るね」
 言うなり出し抜けに、ミシェルは回線を切断してしまった。
(「ミシェル……」)
 佑一は、黙って屋上に向かった。


 *******************

「無駄にコネを使いまくって手に入れてやったよフハハハハ」
 と笑ってバロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)に電話を渡してくれたのは、「父さん」だった。
 携帯電話『cinema』の次期バージョンだという。公式発売されている三タイプを合わせた以上の機能がある。
 だけどその電話は、「父さん」からのものも含め、一度たりとて鳴ることはなかった。
 その日までは。
(「どうやって手に入れたのかしら……?」)
 という軽い不信を抱きながら、アリア・オーダーブレイカー(ありあ・おーだーぶれいかー)がバロウズに電話したのである。
「Hi☆ バロウズ、元気してた☆ え? どうして電話番号を知ったのか、って? この……『アイツ』に押しつけられた新型携帯電話にメモリされてたのよ☆」
「……そう、ですか」
 沈んだような声だが、バロウズははっきりと、「ありがとうございました」と言った。
「なに? いきなり畏まって☆ 私なにかしたっけ??」
「初めての、電話だったもので……僕は、一人では無いんですね」
「あったり前じゃない☆」
「こんなことを言うと、アリアさんに怒られそうですが、僕は今まで同じような境遇の人も、味方もいないと思ってたんです。『父さん』ですら、真意は分かりませんし、今まで任務で一緒になった人は、僕を道具のように、見ているような人ばかりだったので……」
「ストップ」
「はい……ごめんなさい。切ります」
「いや、話をやめろ、っていうわけじゃないから☆」
 聞いて、とアリアは身を乗り出し、電話の向こうのバロウズを抱きしめるように優しい声で続ける。
「同じことばかり堂々巡りだよ、そのままじゃ☆ もっと楽しいこと話そうよ、って言いたかったの☆ 私だって、これが『はじめて』の電話なんだよ☆」
「楽しい、こと……? でも、僕にはそんなの……」
「何でもいいの☆ 日常のことで、楽しかったこととか嬉しかったこととか、ちょっとした発見とか☆ 美味しかったものでも、昨夜流れ星を見たとかそんな話でもいいんだよ☆」
 アリアは上手く誘導して、ぽつりぽつりではあるがバロウズから、他愛のない日常の話を引き出す。
「ほら、話そうとすれば話せるじゃない☆」
「そうですね、自分でも、意外でした……」
 彼の口調が落ち着いてきたのを悟ると、アリアはそっと、声のトーンを落とし真面目な口調で告げた。
「覚えておいてね。バロウズが『いない』と思っていた『味方』が私だってこと。私は鏖殺寺院に協力している訳じゃない。バロウズが好きだからしたい事に協力していて、私もそれに付き合っているだけ」
「ありがとう……ございます……」
 電話にはこんな利点もある。顔を見せなくとも話せるから、泣いてたって平気だ。
 アリアはそれを察していたがあえて触れず、またねと述べて電話を切った。