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はじめてのひと

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●秋なのに青い春

 巨大ショッピングモール『ポートシャングリラ』、内部に複数ある携帯電話ショップのひとつに、三人と一羽の姿があった。
「博季はとことん駄目な子ねぇ。懐に携帯しまったまま戦闘なんかしてたら壊して当然よ……」
 だから今度のは、丈夫な機種にしなさいね、と微笑むのは西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)、秋らしい色彩のワンピース姿で、「これなんかどう?」と頑強コンバットモデル『Mammoth』を音井 博季(おとい・ひろき)に勧める。
「うっ、これですか……ちょっとした筆箱くらいあるんですが」
 先日、幽綺子の言う通りの事情で携帯電話を壊してしまった博季は、新規購入のため店を訪れているのである。
「そりゃあ、『マジでマンモスが踏んでも壊れない』が売り文句だからね」
「せめてこれにさせて下さいよ……」
 博季がチョイスしたのは『cinema』のカスタム版、防水機能や強度を高めたモデルだった。オリジナル版の優美さとはまた違う、流線型のフォルムが光っている。
「いいなぁ、『cinema』。あたしも新しいのに変えたいなー……」
 羨ましそうにそれを見るのは、フレアリウル・ハリスクレダ(ふれありうる・はりすくれだ)とパラミタペンギンの『テト』である。テトは言葉を発しないが、賛成、とばかりに両翼をパタパタとした。
 結局これを購入することに決まって、簡単に手続きを終えて一行は外に出る。
「また電話帳登録しなきゃ……」
 博季はこの機種が気に入ったらしく、店を出るなりずっと『cinema』を操作していた。前の機種は木っ端微塵になってしまったからメモリーを取り出すことも不可能、結局、住所録は一から入れ直しである。
(「……僕、リンネさんの番号しか覚えてないや……他の人たちの番号、ぜんぜん覚えてなかったんだな……」)
 他の人に申し訳なく思うと同時に、初恋の相手の番号を記憶していたことを嬉しくも思う博季だ。リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)の電話番号を入力しながら、ふと鼓動の昂ぶりを覚える。
(「……で、でも、この番号が合っているかどうか確認しないとね……」)
 電話番号確認の、もっとも手っ取り早くもっとも正確な方法、それは実際にかけてみることだ。
 数秒の逡巡ののち、おもむろに『発信』アイコンに指をかける。
(「よし、思い切って電話してみよう! ……僕でも力になれるかもしれないし。彼女、何でも一人で背負い込むから」)
「え、何々? 博季早速電話?」
 それに気づいたフレアリウルが声を上げた。
「誰? 誰に電話するのー?」
 そんなフレアを、さりげなく幽綺子がたしなめる。
「あらあら、お邪魔しちゃ悪いわよ」
 言いながら、くすりと微笑(わら)う。
「お相手は『あの子』かしら……?」
「え、幽綺子ねーちゃん、相手の人知ってるの?」
 幽綺子は直接それに応えず、
「あ、フレアちゃんちょっとテトちゃん貸してね」
 とテトを抱くと、小柄なその身を、ちょん、と博季の頭に置いた。ところが博季はそれに気づかぬ様子で、やや前屈みになって電話機に耳を当てているではないか。器用なテトはその頭上でバランスを取っていた。
「電話してる間は遠巻きに見てようかしら。ね、フレアちゃん。お相手……もう想像ついたんじゃない?」
 フレアに耳打ちしてその手を取り、さりげなく物陰に向かう幽綺子である。
「ははーん。なるほどねー。あたしも誰かわかっちゃったよ」
 白い歯を見せてフレアリウルは笑った。
「恋する乙女は……。違うな? 恋する男の子……? いや、『恋する乙子の子(おとこのこ)』は大変だねー。あはは。応援してるよ博季っ!」
 というわけで二人、アイスクリーム売りスタンドの陰から、博季の電話を見守るのである。

「あれー? どうかしたの?」
 電話の向こうから、リンネの元気な声が聞こえる。テトを乗せたまま博季は、
「特に何があったというわけじゃないんですが……新調したので。あ、携帯電話の話です」
「そうなんだ。通話テスト、ってわけだね? 協力するよ」
「あ、ありがとうございます!」
「アハハ、そんな大げさな」
「おっと、前後しちゃいましたけど、ところで今、電話して大丈夫ですか?」
「さっきまでお風呂に入ってたから、頭拭きながらだけど大丈夫だよー」
 バスタオル一枚のリンネの姿を想像し、博季はかあっと頬が熱くなった。
「え、ええと、リンネさんって忙しいですよね。イナテミスの事、精霊の事、これからの事……考えなきゃいけない事ややらなきゃいけない事ばかりですけど、自分の時間も大切にしてください」
「大丈夫大丈夫、それなりにやってるから」
 リンネは気丈だ。確かに、一般の学生に比べて猛烈に忙しい彼女ではあるのだが、上手く時間をやりくりしているようである。
「それにね、このリンネちゃんは、ある程度忙しくしてるほうが楽しいんだよ!」
 なぜ彼女が好きなのか、それを確認した気になる博季である。リンネと話していると元気がわいてくるのだ。なので自然に声を弾ませて、
「それともうひとつ、お礼を。……この間イナテミスのお祭り、ご一緒してくれてありがとうございました。手まで……つながせてもらって
 末尾の声が少々小さくなる。そこまで聞こえたのかどうか、わからないがリンネはやはり明るく返答した。
「どういたしまして。リンネちゃんこそ楽しかったんだよー! また機会があれば一緒に遊ぼうね!」
 そこまで良い返事は期待していなかったので、博季は声が詰まりそうになった。それでも、これだけは言っておきたい。
「いつまでも笑顔の素敵なリンネさんでいてください。だから、どんなにつまらない事でも、大変な事でも、困ったら相談してくださいね。僕、貴女の力になりたいから……」
「いいのかな? でも、そう言ってくれて嬉しいよ!」
 よし、と博季は内心ガッツポーズする。ここまではなんとか言葉が出てきた。問題は次のワンセンテンスだ。ありったけの勇気と情熱を込めて口を開く。
「その……」
 なんだか頭が重い。だが負けるものか、と博季は声に力を込めるのだった。
「……貴女のこと、好きだから」
 全身全霊を込めたものの、力みすぎず素直な声色になった。限りなくベストに近い……と思いきや、
「ありがとー! リンネちゃんもねー、博季ちゃんのこと大好きなんだよー!」
 あっけらかんとリンネは笑ったのだった。博季の思っている『好き』と、リンネのいう『好き』には微妙な、されど大きな意味の違いがある。
 それでは、また、と博季は電話を切った。
 悪い結果ではない。決して悪くはないが……望んでいた方向とは少しずれてしまったようだ。
 ここで頭の重みが蘇り、博季はへたへたと座り込む。
「え? テト?」
 ようやく頭にのっているものに気づき、下ろしてしげしげと眺める博季である。
 しかしここで、さらなる重みが博季の背を襲った。
「いいもの見せてもらったよ、博季っ!」
 のしかかってきたのはフレアリウルだ。
「はい、テトちゃん、こっちおいで」
 てとてと、と歩くテトを抱き上げ、幽綺子もくすくすと笑っている。
「……立ち聞きするつもりはなかったんだけど丸聞こえだったわよ、青春ね」
「青春……ですか」
「そーそー、青い春青い春っ、秋なのに春っ!」
 などと言いながらフレアは、博季をひっぱって立たせる。
「……まあ、残念なことにはならなかったみたいだし、一応は喜んでおいたら? コーヒーでも飲みに行きましょうよ」
 幽綺子が先導し、
「あたしはパフェがいいなー! もちろん博季のおごりでねっ!」
 フレアも急かす。幽綺子に抱かれたままテトも、ぱたりぱたりと手を振っている。
「疲れたら……甘いものがほしくなりましたね……」
 何にせよ、今日できるのはこの辺までだろう。
 二人と一羽に引っ張られるようにして、博季はよろよろと歩き出すのだった。