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第12章 召還

「さあ、これで終わりか? みろ、邪神はもう召還されたも同然だ!」
 サッドは、遥か上空に輝く、球体のようなものを恍惚の表情でみつめた。
「サッド、百合園に手を出したことを、後悔するんだ!」
 桐生円(きりゅう・まどか)が、サッドに突進する。
「お友達のために、全力でいきましょう!」
 叫ぶアリウム・ウィスタリア(ありうむ・うぃすたりあ)が魔鎧にチェンジし、桐生に装着されてゆく。
「魔鎧など、私の前ではよだれかけも同然!」
 サッドの拳が、桐生の胸を直撃する。
 だが、桐生は、その拳をがしっと受け止めていた!
「恐れるものなど、何もない! アリウムと一緒だから!」
 桐生は、力をこめて、サッドの拳の動きを封じる。
「ええい、放せ!」
 サッドは飛翔して、桐生から身体を引き離そうとする。
「飛びましたねぇ! えーい!」
 空中から、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が斬りつけて、サッドを叩き落とす。
「むう!」
 一瞬床に転がったサッドに、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が光り輝く剣を振り下ろした。
「あーそびーましょー! ミネルバちゃんあたーっく!」
「ぐ、ぐうっ、まだまだ!」
 ミネルバの攻撃を受けてもなお、サッドは立ち上がろうとする。
「これで、どうだ? 精神にくるぞ!」
 桐生が駆け寄って、弱ったサッドに「その身を蝕む妄執」を仕掛ける。
 見事な連携であった。
「お、おおおおお!」
 サッドの脳裏に、悪夢がよみがける。
 小鳥遊美羽によって、心臓に銀の弾丸を撃ち込まれ、仮死状態になったときの恐怖の記憶が、何度も繰り返された。
「よし、サッドの超能力が、弱まってきたもん! この隙に、みんなの力で抑えこむもん☆」
 騎沙良たちが、頭を抱えてのたうちまわるサッドに、超能力のみえない網をかぶせた。
 サッドは、もう動けないかにみえた。
「これから、サッドをMに調教するもん! 円ちゃんは、美緒ちゃんを保護して欲しいもん☆」
 騎沙良は、よからぬ企みに手を染めようとしていた。
「わかったよ! ほら、美緒くん、いつまで大股開きやってるの! やらしいんだから、もう!」
 桐生は、仰向けのまま放心状態になっている美緒の頬を叩き、パートナーたちとともに運んでいく。
 このとき、桐生は、おぞましい存在から美緒の貞操を守ったのであるが、そのときは誰も、そのことに気づかなかった。

「さあ、これからお楽しみターイム!」
 サッドを確保した騎沙良が微笑んだとき。
 異様な力が、騎沙良たちを包み込んだ。
「えっえっえっ? あ、ああああー!」
 騎沙良たちは、悲鳴をあげて、うずくまる。
 頭が、割れるように痛かった。
 上空に現れた、虹色に光り輝く球体がいくつもあわさったものが、徐々に降下して、屋上に降臨しつつある。
 気が狂いそうになる騎沙良の脳裏に、誰かの声が響きわたった。
(邪神が召還された! このままでは、僕も守りきれない! みんなの知恵をあわせるんだ!)
「か、海人ー! でも、これ、マジで強すぎだもん!」
 騎沙良は、ついに弱音を吐いた。
 邪神の放つ力は、とても人間が勝てるものではなく、騎沙良たちの超能力は、軽くはねのけられていた。
「調教は後まわしにするんだ! 行くぞ!」
 和泉直哉は、本能的に駆け出すと、サッドに組みついていた。
「おい、それはオレの獲物だぜぇ! うわー!」
 月谷要も、白木の杭を振りかざして、サッドに突進する。
 その瞬間、動けなくなっていたはずのサッドが、くわっと目を見開き、月谷を睨みつけた。
 邪神が降臨しつつあるいま、サッドの全身に異様な力がみなぎっていた。
(うん、この感覚……。オレは、死ぬのかい?)
 月谷の背に、異様な予感がはしる。
 サッドの超能力が勢いを取り戻し、突進していた月谷の身体を止め、動けなくさせる。
「あ、あ、ブチ殺す、絶対に! オレは、決めたんだ! ひかないよぉ!」
 その瞬間、月谷の脳裏に、深い海の光景が広がった。
(うん、これは……そうだ、あのときの感覚を!)
「殺したいから、殺すんだよぉ! ひゃ、ひゃははははは!」
 狂気の笑いをあげる月谷の全身から、みえない力の奔流がほとばしる。
 サッドの超能力が、瞬間的にはねのけられていた。
 接近するサッドを迎えうつべく、月谷の身体が、動いた。
「死ねよ、死ねよぉ、バカ野郎ぉ!」
 月谷は、白木の杭をサッドの心臓に突き立てる。
「あ、あがあああああああ!」
 サッドは、すさまじい叫びをあげる。
(無駄だ! そいつの力は、邪神によって無限大にまで高められようとしている! きみたちの力で殺すのは不可能だ!)
 強化人間・海人は、精神感応で騎沙良たちに語りかける。
「で、でも、海人、それじゃ、どうすればいいんだもん☆ もう、邪神がすぐそこにまできてるもん☆」
 精神崩壊寸前の騎沙良が、半狂乱になって叫ぶ。
(知恵を合わせるんだ、それしかない!)
「知恵を合わせる? わかんないけど、詩穂は、詩穂は、サッドをMに調教するんだもーん!」
 騎沙良は、自分の想いを解き放った。
「こいつをブチ殺す、それだけだね!」
 月谷が叫ぶ。
「サッドは、破滅したいんだと思うぜ! だから、そのとおりにやってやるんだ!」
 直哉も叫ぶ。
 サッドの直近にいた3人は、一瞬、心を通わせた。
 想いが混ざりあい、本能の赴くまま、3人は動き出す、
 月谷と直哉が、血を吹き出しながら暴れようとするサッドを抱えて、大きく持ち上げた。
「究極の調教だもん!」
 騎沙良が、サイコキネシスを全開にする。
 3人の知恵があわさった、結論は。
 ぽーん!
 月谷と直哉が、サッドの身体を宙に放り投げる。
 騎沙良のサイコキネシスによって、サッドの身体は上昇し、そして。
 すぐ側にまで迫りつつあった、恐るべき邪神にのみこませていた!
「あ、あああああ、私の意識が、次元を超える! こ、これが異世界への! あ、ああ、ダメだ、耐えきれない! うわー!」
 サッドの断末魔の悲鳴も、邪神の体内にしまいこまれてゆく。
 ふしゅうううううう
 不気味な唸りとともに、邪神が塔を離れ、渦巻く暗雲のただ中の、次元の穴に帰還してゆく。
「じゃ、邪神は喜んでいたもん☆ これで調教完了だねっねっ、あう」
 全ての力を使い果たした騎沙良たちは、失神した。
 ごごごごごごご
 主を失った塔が、崩れ始める。

「サッド、ふさわしい破滅が訪れたな。では、この館も破滅させ、素晴らしい最後を盛り上げてやろう」
 サッドの断末魔の悲鳴を確かに聞いたように思った大石鍬次郎は、深い息を吐いて、呟く。
「玉藻、やっちまえ!」
「いわれなくても、全員抹殺さ! のたうちまわって焼け死んじまいな! ヒーハー!」
 天神山葛葉、いや、玉藻は、館のあちこちに仕掛けた爆発物を、いっせいに作動させた。
 ちゅどどどどどどどーん!
 炎に包まれ、倒壊寸前だった館は、玉藻の起こした大爆発によって、ついに最終崩壊を始めた。
 
「あら? 邪神が生け贄に満足して、去っていったようね。これで、宴は終わったのね。楽しかったわ」
 メニエス・レインは微笑む。
 いまや、炎にくいつくされた館は、瓦礫と化して崩れる寸前だった。
「く、くう! 潮時か?」
 メニエスと死闘を続けていた鬼崎朔は、脱出の経路を想い描き始めた。
「あなた、なかなかやるわね。宴が終わった以上、私がここにいる理由はないわ。また会えるときを楽しみにしているから」
 メニエスは、倒れているミストラルを抱えて、宙に浮き上がる。
「ほ、ほら、ナガン! 行くぞ!」
 死闘を眺めながら眠りについていたナガン ウェルロッドを、佐伯梓が優しく抱きかかえて、館の外へと運んでゆく。
「貴様も、この館の主たちの仲間だと認識している。許すつもりはないからな! 今度会ったときが最後だ」
 言いながら、鬼崎もまた、アテフェフ・カイユームとともに館を撤退してゆく。
 だが。
「まだ……だ。まだ」
 死んだように倒れ伏していた坂上来栖が、幽鬼のように立ち上がり、メニエスに近づこうとする。
「あら。まだ生きてたの? 仕方ないわね。さっきから闘いの邪魔ばかりしているあの強化人間が、魔鎧の力とあわせて、あなたをガードしていたようね」
 メニエスは、館のどこかにいるだろう強化人間・海人に、一瞬激しい殺意を燃やす。
(調子に乗らないでね。あなたはしょせん、コリマの掌中の存在よ)
 精神感応で海人にメッセージを送るメニエス。
 そして。
「まだだよ。まだなんだよぉ!」
 血の涙を流して絶叫する坂上を残して、メニエスは館から撤退していった。
 ごごごごごごご
 館全体がうなり声をあげ、火の粉を舞い散らしながら、崩壊してゆく。
 瓦礫の雨の中に、坂上はのみこまれた。
 魔鎧であるナナ・シエルスは、とっくに失神しているようだ。