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七草狂想曲

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七草狂想曲

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福神社

 
 
「ねーたん、ねーたん、このちらしに、こたのたんじょーび、かいてあるお!」
 林田 樹(はやしだ・いつき)の背中におんぶされた林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が、何かの紙切れを嬉しそうに振り回しながら言う。
「たから、それはお誕生日会のお知らせじゃないって教えてあげたでしょう?」
 何度説明したらすむんだと、林田樹が困った顔で言った。
「七草粥ですね。コタ君の誕生日と同じ日なんだけど、コタ君の誕生日とは別のお祝いなんだよ」
 のんびりとした口調で、緒方 章(おがた・あきら)がまた林田コタローに説明した。
「コタローの誕生日は、夜になったらちゃんとやってあげるから。これから行くのは、お粥食べ放題のお祭りなんだよ」
「それは、語弊があるんでは……」
 間違った知識はまずいよと、緒方章が林田樹に言う。
「今日は七草粥と言ってね、昔からこの日にお粥を食べると病を防ぐと言われているんだ」
「にゃにゃくしゃがう? そえ、たべうと、げんきになるお? んじゃ、こた、たべたいれすー。ねーたん、いっしょにいこーれ!」
「へーえ、そんな奇祭があるのね。まっ、このお供え餅みたいなのには関係ないのは確かだろうけど」
 林田コタローと大差なく、七草粥のことはまったく知らなかったジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が、両手を頭の後ろで組んでちらんと横を見た。
「とにかく、せっかく福神社で七草粥をふるまってくれると言っているのだから、しっかりと食べに行こうではないか」
 パートナーたちをうながすと、林田樹は空京神社の参道をゆっくりと登っていった。
「七草七草食べたいぞぉ!」
 林田樹たちと同じチラシを掲げて、芦原 郁乃(あはら・いくの)が嬉しそうに鼻歌交じりに叫びながら走っていった。
「そんなにはしゃぐと転びますよ?」
 ちょっとはらはらして、秋月 桃花(あきづき・とうか)が注意する。
「だってえ、七草粥だよ。お粥だよ。お餅じゃないんだよぉ!」
「はい?」
 なんだかよく分からないことを芦原郁乃が口走るので、思わず秋月桃花が小首をかしげた。
「正直もう限界だよ……。だってねぇ、もう六日間も――時間にして百四十四時間も――お餅以外は、何も口にしてないんだもん」
「でも、郁乃様はお餅が大好きだったのでは……」
「限度があるわよ!」
 思わず、芦原郁乃が大声で叫ぶ。
 ずっと前の方を歩いていた林田コタローが、その声にびっくりして騒いだので、あわてて林田樹が慰めた。彼女たち以上にあわてた秋月桃花が、急いで頭を下げて謝る。
「だってさ、もう六日もお餅だけなんだよ。飽きた飽きた飽きた。もっと他の物食べたあい」
 ちょっと声のトーンを落としつつも、芦原郁乃がただをこねるように言う。
「だから、この七草粥の会は、私にとって救いなのよ。絶対食べるんだから」
 芦原郁乃は、秋月桃花にそうきっぱりと言いきった。
 
    ★    ★    ★
 
「しかし、刀真がお参りだなんて、殊勝なことだな」
 正月に残った酒瓶の束をぶら下げて、振り袖姿の玉藻 前(たまもの・まえ)が御機嫌で参道を進んでいった。
「去年は、自分の力不足を感じることが多かったからな。白花のこともあるし」
「うん、心配……」
 樹月 刀真(きづき・とうま)の言葉に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がうなずく。
「心機一転するためにも、福神社で誓いをたてたいんだ」
 そう言って、樹月刀真は参道を登っていった。
 
    ★    ★    ★
 
「ちょっと気が早いけれど、バレンタイン用のチョコレートブロックはホワイトもブラックもビターも全部買い集めるんだから、これで今年はばっちりだよね」
「ちー」
 買い物カゴをぶら下げた秋月 葵(あきづき・あおい)が、頭の上に乗せたゆるスターのマカロンに話しかけた。
「んー、でも、なんか変な感じ。なんだろ」
 何も問題はないはずなのだが、何か危険が近いという感じがする。さて、ここはどのあたりかと周りを見回してみると、空京神社の参道前である。
「あたしはなんともないっていうことは、きっと、神社で何か起こっているのに違いないんだもん。そうだとしたら、ここは魔法少女の新年一発目の出番だよね。行くよ、マカロンちゃん!」
 勝手に決めつけると、秋月葵は、空京神社の方へと走りだしていった。
「おーい、葵ー!」
 やっと秋月葵を見つけてフォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)が大きく手を振って声をかけたが、それはまったく耳には届いてないようだ。
「何、急に走りだしたの……かな。せっかく、忘れ物を持ってきて……やったというのに」
 ゼイゼイと両膝に手をやって荒い息を整えながらフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』がつぶやいた。秋月葵が買い物に出たはいいが、一番大切な財布を忘れていることに気づいて追いかけてきたのである。まったく、支払いの段になってピーンチになるよりは、自然に危機を察知してほしいものなのだが。でも、なぜ商店街ではなく、空京神社の方へと行ってしまったのだろうか。
「とにかく追いかけないと……」
 ちょっと嫌な予感につつまれながら、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』は再び駆けだした。
 途中で、振り袖姿の少女を追い越していく。
「いざ、初詣ー!」
 振り袖姿のリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)が、元気よく叫ぶ。年末は福神社で巫女のバイトをしていたが、今日は参拝客だ。のんびりと、一年の計をたてたいものである。
「わーい、初詣♪ みんなで、初詣♪」
 その少し後ろを、ミツキ・ソゥ・ハイラックス(みつき・そぅはいらっくす)が、ぐったりした銭湯摩抱晶女 トコモ(せんとうまほうしょうじょ・ともこ)を引きずりながら歩いている。
「やれやれ、とても初詣には見えないんですが……」
 かなり離れて歩いて極力他人のふりを装いながら、月詠 司(つくよみ・つかさ)がつぶやいた。
 年末に世界樹の大浴場に銭湯摩抱晶女トコモと一緒に遊びに行ったまではよかったのだが、そのとき留守番だったミツキ・ソゥ・ハイラックスがおいてけぼりにされたと言っておかんむりなのだ。今度こそは一緒に遊ぶとばかりに、嫌がる銭湯摩抱晶女トコモを力でねじ伏せて、ここまでずるずると引きずってきたというわけである。
「まあ、しばらくは他人のふりっと……」
 月詠司は、つきず離れず距離をとって二人の後を歩いていった。
「なんだか、変な参拝客がいるなあ」
 酒瓶を下げたり、買い物カゴ持っていたり、カエル背負ったり、女の子引きずってたりという面々を見て、神野 永太(じんの・えいた)がつぶやいた。
「美味しい物、食べられますか?」
 神野永太の腕にしがみついた燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が、ちょっと期待に満ちた目でパートナーの顔を見あげた。
「七草粥の会をやってるみたいだから、大丈夫じゃないのかなあ。まあ、縁起物だから、とびきり美味しいという物じゃないだろうけれど。あまり食べ過ぎるなよ」
「むきゅう」
 軽く釘を刺されて、燦式鎮護機ザイエンデが小さく鳴いた。肯定だったのか、否定だったのか、ちょっと判断しかねる。
「それで、七草ってなんですか?」
「――七草って、なんで草を食べるの?」
 奇しくも燦式鎮護機ザイエンデと似たような質問を、少し離れた場所でクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)にしていた。
「野草をもぐもぐするなんて、うさぎみたいだね」
「いや、ちゃんとお粥の中に入れるから。それで、七草粥って言うんだ」
「わーい、おいらお粥食べるう!」
 ピョンピョンはしゃいで走り回るクマラ・カールッティケーヤに、エース・ラグランツは、本当に分かったのだろうかとちょっと頭をかかえた。
 本当は、去年いろいろと危ない目に遭ったけれどもなんとか助かったので、ちゃんと神社でお礼と今年の無事も祈ろうと思ってきたのだが。
 とはいえ、園芸大好きエース・ラグランツとしては、日本のハーブでもある七草の料理にも興味はある。こんな行事でもなければ食べられない野草であるのならば、ぜひ食してみたいものだ。