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新年の挨拶はメリークリスマス

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新年の挨拶はメリークリスマス
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第3章


「だぁははははは! 俺様参上!!」
 ゲドー・ジャドウは商店街の大きな看板をペンキで塗りつぶし、そこにスプレーで巨大なラクガキをしていた。確かに、夢の中ならいくら迷惑行為をしてもケーサツに追われることはない。ストリートをラクガキで埋め尽くせ!
「面白そうだからボクも♪」
「ぷしゅー♪ ぷっぷしゅー♪」
 ジェンド・レイノートとタンポポも看板といわず道路と言わずスプレー缶でラクガキをしていく。
 あっという間に、ゲドーによる自画像とジェンドによる歪んだ怪物的な何かとタンポポによる二世代くらい先を行くアート的な何かで街が埋め尽くされていった。
「あぁ〜ん? 何だよお前らの? へったくそだなぁ、まるでUMAだなぁ、うひゃひゃひゃひゃ」
「やだなあ、よく鏡で見る顔でしょ?」
「ゲドーに決まってやがるのですよ、ぷっぷー♪」

「俺様かよ!!!」


                              ☆


 場所はヴァイシャリーのとある教会。
 ふたりっきりで相手と向き合った女性は、何かを手渡されようとしている。それが何かは見えないが、素晴らしく素敵なものであることは間違いないようだ。
 なぜ見えないのにそう言い切ることができるのかというと、それを持つ相手を見つめる彼女の視線、表情を見れば明らかである。
 野暮なことを言うな、というヤツだ。
 これを受け取ってくれるだろうか、という旨の言葉に対し、何かと緊張しやすい彼女はわたわたと慌てて答えた。

『え、今!?』

 コクリ、として相手が頷いた。

『あ、もらう! もらうよ、だって大好きな人のだもん!!』
 大好きという言葉でうっかり告白してしまった彼女。勢いによる過ちに気付き、赤くなってうつむいた。
 そこに、向い合った相手からのやさしい微笑みが降る――


「……え? これ私!?」

 TVモニターに映された、そんな甘酸っぱいクリスマスの主演女優が自分であることにようやく気付いた琳 鳳明(りん・ほうめい)は目を白黒させた。
 画面は不鮮明で相手の顔もはっきりとは見えない。どうやら現実にあったクリスマスというよりは、鳳明の無意識下の願望や理想が微妙に恥ずかしい形となって現れてしまったようだ。相手が不鮮明なのは自分の気持ちへの不安の表れなのか、何かの迷いの象徴なのか、それは彼女には分からない。
 それに問題はそこではない。問題は、鳳明の素敵で甘酸っぱくてこそばゆい素敵なクリスマスが街中に放映されて衆目に晒されているということである。いちいち確認はしていないが、この夢の中には知り合いも多いはずだ。

「いや、ちょっ、まっ……どうなってるのコレ?」

 どうもこうも、今まで人の話を聞いていたのですかあなたは。というくらいテンパッてしまった鳳明は白黒させた目をさらにぐるぐると回転させてこれでもかというくらいパニクっている。
 パートナーの藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)はそんな鳳明に精神感応で話しかける。ちなみに、基本的に無口な天樹は鳳明に話しかける時はいつも精神感応で、それ以外の人間には小型のホワイトボードによる筆談だ。

『いいから落ち着いて』
 それ無理。

「え、だってコレ私で、どうしてみんなに見られてて、どうにかしてどうにかなっちゃあわわわ」
 ふぅ、と軽くため息をつくと天樹はイイ感じに混乱している鳳明の後ろに立ち、そっとその首に手を伸ばして――

 ――静かにキめた。

「きゅっ?」
 口から空気が漏れるような、不思議な声を上げて鳳明は昏倒した。
 よし静かになった、とばかりに空を見上げる天樹。空では、分身したカメリア一味とクロセルたちによる騒動が続いている。
 状況としては、別にどうでもいいので放置しておいてもいいのだが、いつまでもこの夢から出られないのは困る。まあ、周囲の人も困っているようだし捕まえる方向で動いておいたほうがいいのかな、と天樹はものすごく重い腰を上げた。
 とりあえず捕縛用としてロープを取り出し、両手でピンと張ってみる。が、その表情からはどうにもやる気が感じられない。

 後で誰かに会ってもいいように天樹はホワイトボードを取り出してキュッキュッと文字を書いた。

『眠い、帰る』
 と。


                              ☆


 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と並んで夢の街を歩いていた。二人はパートナー同士である。
 パートナー同士で恋人というのはこの世界ではよくある話だが、二人は本当に今どき珍しいほどの純真純情コンビで、お互いに秘めた胸の内を打ち明けられずにいた。
「わー、綺麗だね」
「う、うん。そうだね」
 実際の年末のクリスマスは遊園地でバイトをしていた美羽、せっかくなのでコハクと過ごせなかったクリスマスを楽しんでいるのである。
 それはコハクも同様だ。夢の中とはいえ、まだまともに手も繋いだこともない美羽とこうしてクリスマスを過ごすことができる、それは何ものにも替えがたい時間であった。
 だが、そう思えば思うほどお互いを意識してしまって、普段は何気なく交している会話もぎこちなく、ついつい黙りがちになってしまう。
 大音量で流れるクリスマスソング、ピカピカと明るく瞬く商店街とは対象的に、静かな二人はそれでも何とか話をしようとした。

「そ、それにしても、気付いたらいきなり夢の中なんてビックリしたね! まったく迷惑な話だよね!」
 ――嘘。
 コハクと過ごす二人っきりのクリスマスに内心ドキドキの美羽だ。

「そ、そうだよね。まさかとは思うけどこのまま夢から覚めないとかはゴメンだよ」
 ――大嘘。
 美羽と二人っきりならそれでもいいと思っているコハクだ。

 何とか会話の糸口を掴みつつも、緊張からかやや足早に歩く二人は、いつの間にか商店街を抜けてしまっていた。
 さすがに中心地を抜けるとクリスマスソングの喧騒も遠く、一気に静かになった気がする。
 街外れを歩く人も少なく、いつの間にか積もった雪が二人の足跡だけを残していく。
 何となく、途切れてしまった会話。でも、それが気まずいとは思わなかった。

 白い静寂が二人を包む。

 隣を歩く互いの顔もまともに見られない、所在なげに開かれたその手を握っていいのかどうか、それすらも分からない微妙な距離感。
 なけなしの勇気を出したコハクの手が美羽の手に一瞬だけ、触れた。
「――え」
 ぴく、と反応した美羽が足を止める。
 それに気付いたコハクが二歩先で足を止め、美羽を振り返った。自然と向き会う形になった二人。


『……美羽……』
『……コハク……』

 自然と互いの名を呼び、一歩ずつ前に出た。明かりが消された部屋に雪で反射した月光が窓から差し込み、二人を白く、美しく照らしている。やがて二つの影は一つになるべくお互いに導かれていった――。

 ――のはTV映像の話である。

「はい?」
「なに?」

 現実、というか夢の中の二人は相変わらず街外れで互いの顔を眺めたまま、あと一歩を踏み出せずにマヌケ面を晒しているだけだ。
 何がマヌケ面かというと、ご丁寧にこんな街外れにまで設置されたTVモニターに自分達の姿を発見した顔がマヌケであった。

『……美羽……』
『コハク……ん……』
 暗くてよく見えないが、それは確かに美羽とコハクの二人で、楽しかったふたりきりのクリスマスパーティーの後、後片付けもそこそこに抱き合って口付けを交しているところだった。

「な、な、な……」
 何が起こっているのか分からずにTV画面に食い入る二人。画面の二人はというと、現実の二人に反比例するかのように体を密着させてキスの雨を降らせている。やがて、コハクの手がそっと動いて、美羽の頬から首筋、そしてさらに下へと順番に撫でていった。

『やん……コハク……』
『……いや? 美羽が嫌がるなら僕は……』
『……』
『……ん?』
 顔を赤らめて恥ずかしがりながらも、画面の中の美羽は呟いた。

『……いやじゃ、ない……』


「あーーーーーー!!!」
「あーーーーーー!!!」


 画面の二人がやがてベッドに倒れ込むまでを確認した二人は、さっきまでとは違った意味で互いの顔も見ることもできずに大声を上げた。とにかく大声でも上げなければこの場の空気に耐えられなかったのだ。

「はーはっはっは! 願望の中では現実よりも大分先に進んでおるようじゃのう!!!」
 そこに、カメリアが空中に現れて笑い声を上げた。

 二人の行動は早かった。
「あーーーーーー!!!」
 ぴたりと息の合ったタイミングで二人同時に超スピードのバーストダッシュ!!

「お?」
 思いがけないスピードに反応が遅れたカメリアのボディに食い込む美羽の怪力の籠手!!

「あれ?」
 くの字に折れ曲がったカメリアの後頭部をぶん殴るコハクの忘却の槍の柄!!

「およよ?」
 勢い良く地面に墜落したカメリアに形のいい両足から突っ込む美羽、そのまま二人でストンピングの嵐!!

「ばたんきゅー」
 どこからか取り出したロープでカメリアをぐるぐる巻きにしてクリスマスツリーのトップに吊るしたしたところで、カメリアはどろんと一枚の花びらに戻った。

「あ、本物じゃなかったんだ……」
 花びらを手のひらで受け、荒い息を整える美羽とコハク。
 画面の中では暗くて良く見えないものの、ベッドの上でもぞもぞと動く二人と、主に美羽の甘い声が響いている。

『……ああ、コハク……』
『かわいいよ、美羽……』
 だが、そこでTV映像はぶっつりと切られた。カメリアの分身が持っていたバキュー夢を破壊したため、映像が中止されたのだ。

「あ、あははは……」
 どちらともなく、苦笑いを交す二人。双方とも耳まで真っ赤なのはカメリアをとっちめて運動したからではない。
「ま、まったく! いくら夢の中だって、適当な映像を捏造してもらっちゃ困るよね!!」
「ほ、本当だよ! あんなので根も葉もない噂を立てられたら美羽だって困るだろうし!!」

 だが、本当は二人とも分かっている。あの映像の元がどこから来たものかは。
 でも、それを言うにはまだ早い。
 というかこんな冗談のような状況で告白などしてたまるものか。

「――うん、そうしよう」
 先ほどまでの衝撃映像を頭から消し去るように長いため息をついて、コハクは呟いた。
「何?」
「ん、いや――せっかくの夢の中だからさ、楽しもうと思って」
「あ、うん――そうだね。せっかくだものね」
 何気なく商店街の方へと走って戻り出す二人。今度は、自然にその手が握られていた。

 ちょっとだけ前進したのかもしれない二人に、メリークリスマスの祝福を。


                              ☆


 一方、そんな甘酸っぱいカップルとはまた違った状況に置かれた者もいる。
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)だ。
 気付くと、画面の中には二人の養子と愛すべき恋人と過ごしたクリスマスパーティーの後片付けをしている自分の姿。
 身に覚えがある。この後、二人の養子の父親役であり、恋人であるアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が子供たちの枕元にプレゼント置いて戻ってくるのだ。


『お疲れ様、アイン』
 やはりそうだ。サンタの格好をしたアインが片付けを終えた朱里の元へ帰ってくる。
『ただいま、朱里』
『子供たちはどうだった?』
『ああ。パーティで騒ぎ疲れたんだろうね、ぐっすり眠っていたよ』
 アインはサンタの帽子を脱ぎ、そっとため息をつきながらテーブルに置いた。
『あら、どうしたの?』
 布巾を絞って部屋の隅にぶら下げた朱里は、アインのため息を見逃さず、顔を覗きこんだ。
『いや……せっかくのクリスマスなのに、あまり君に構ってあげられなくて……』
 すまない、とアインは呟いた。
 実際、子供の世話というのは大変だ。養子だから赤ん坊の世話からというわけではないが、それが逆に作用することもある。子供の頃から共に過ごした生活習慣がないので、お互いにすり寄せなければならないのだ。
 それに、赤ん坊ではないといえ二人ともまだ7歳と10歳。両親役である朱里とアインが考えなければいけないこと、しなければならないことはまだまだある。クリスマスといっても二人だけで浮かれて楽しんでいられない、というのが現実なのだ。
 それが良く分かっているから、朱里は微笑んで首を横に振った。アインの顔を下から覗き見る。
『――ううん、いいのよ。私は家族みんなで過ごすクリスマス、とっても楽しかったよ? アインは違った?』
 アインはその言葉にハッとした。朱里は早くに家族を亡くし、今はアインという伴侶を得て二人の養子と暮らしているものの、その根底には家族というものに対する強い憧れがある。朱里にとっては恋人のアインと同じくらい、家族と暮らす生活が大切なのだ。
 そんな朱里の笑顔に一点の曇りがないことに安堵し、アインは言葉を紡ぐのだった。
『僕も楽しかったよ。……家族というのは本当にいいものだ。心の底から温かく、強い気持ちをくれる』

 くす、と朱里は微笑んでエプロンを外し、リビングの椅子にかけた。
『それに子供たちも寝静まったことだし、夫婦水入らずはこれからでもできるでしょ?』
 朱里は両腕をアインの首の後ろに回した。
『……サンタさんは私にはプレゼントをくれないのかな?』
 アインはまだ自分がサンタの衣装を着たままであることに気付いた。つられて笑みを浮かべ、朱里の腰に手を回した。
『そうだね……こんなサンタでよかったら……メリークリスマス』
 アインの首に腕を回した朱里。二人は固く抱き合い、熱いキスを交した。


 と、いうところまで見た辺りで黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)の目が朱里によって覆われた。
「あれー、母ちゃんなにすんのー?」
「……見ちゃいけません」
 当事者である朱里にはこの先は見なくても分かっている。それはアインも同様で、とてもではないが子供には見せられない。
「気にすんなよー、父ちゃんと母ちゃんがいちゃついてるのなんていつものことじゃん」
 当の健勇はまだまだ子供で、画面の中の二人がこれからどうなるのかは想像がつかないようだ。

 まあ、『ゆうべはおたのしみでしたね』ということになるのだがそれはまた別の話。

「いかん、こんなものを流されては父の沽券に関わる……カメリアたちを追おう!」
 アインは友人であるエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)に協力を仰いだ。
「ああ、当然だ。こんないかがわしい夢をいつまでも続けさせるわけには……ん、何を見ているんだ?」
 エヴァルトは傍らのパートナー、ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)アドルフィーネ・ウインドリィ(あどるふぃーね・ういんどりぃ)がTV画面に食い入るように見入っているのに気付いた。


『はい、お兄ちゃん。あ〜ん』
 TV画面では、ミュリエルがエヴァルトにクリスマスケーキを食べさせていた。普段は冷徹で目つきが悪い印象のエヴァルトだが、この時ばかりは可愛い妹分にメロメロの様子でやたらと目尻が下がっている。
『おいしい、お兄ちゃん?』
『ああ、ミュリエルの作ってくれたケーキは世界一だ』
『本当? じゃあ、私にも食べさせて? はい、あ〜ん』
 ミュリエルは嬉しそうにエヴァルトの膝にちょこんと乗り、小さい口をあ〜んと開けた。画面の中のエヴァルトは、食べやすいように小さく切ったケーキをその口の中に慎重に入れる。
『むぐむぐ……ん。こうして食べると、一人で食べるのよりおいしいね』
『そうだな、俺だってミュリエルに食べさせてもらうのが一番だ』
 画面の中のエヴァルトは、ミュリエルの誇張もあってかなりキラキラと光り輝いている。
 ちなみに、現実のエヴァルトも女性には優しいが、こんな台詞を言える人物ではない。何しろ、必要な時意外は女性に触ろうともしない徹底ぶりなのだ。そのエヴァルトが大事な妹分とはいえ、女の子を膝に乗せてケーキを食べさせ合いっこしている姿は、かなり珍しい部類に入るだろう。
 やがて、大きなケーキをぺろりと平らげてしまった二人。ふと、エヴァルトが言った。
『ごちそうさま……ミュリエル、口の周りにクリームがついているぞ』
『え、本当ですか? 取って下さい〜』
 んー、と口を突き出すミュリエル。画面の中のエヴァルトは、彼女の唇を親指でつい、と撫でるとそのまま頬に手をかけた。

『……え』
 ミュリエルが気付くと、エヴァルトの顔がすぐ近くにある。まるでクリームを舐め取るかのように、二人の唇が近づいて――


 破壊音と共に、画面が暗転した。
 というか、粉々に砕け散った。
「お、お兄ちゃん!!」
 あまり夢中になってTV画面を見つめていたミュリエルは、後ろに立ったエヴァルトに気付いていなかったのだ。もちろん、画面の中での出来事が現実のものではないと彼女にも分かっていた。
 いや、だからこそ一生懸命に見つめていたかったのかもしれない。現実には、そんなクリスマスは叶えられないのだから。

 だが当のエヴァルトはというと、そんな乙女の淡い想いに関してはこの際置いておいて、鬼の形相で右手をTV画面に突っ込んでいる。ミュリエルとアドルフィーネが見ていた時代を感じさせるブラウン管TVは、竜鱗化したエヴァルトの右手に刺し貫かれてその機能を完全に停止していた。
 ミュリエルは自分の想像が映像化されてしまい、それが見られてしまったことを恥ずかしがっている。だが、アドルフィーネはよしよしとその頭を撫でて慰めた。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいわよ。むしろ目標が明確になって良かったじゃない」
「……目標?」
「そうそう、今は想像に過ぎないけれど、必ず現実にしてやるぞ、という――」
 ミュリエルにおかしなことを吹き込むアドルフィーネを、エヴァルトは制止した。

「……色々な意味でまだ早い! というかこれは捏造だ!!」

 エヴァルトは右手にブラウン管TVを引っ掛けたまま、左手の指をパチンと鳴らした。
「来いッ!! レッサァワイバアァァァン!!!」
 エヴァルトの呼び声に応じて空の彼方からやって来たレッサーワイバーン。ひらりと背中に飛び乗ったエヴァルトはパートナー二人をワイバーンに乗せ、空高く舞い上がる。
「アイン! 俺はこのまま空から捜索を続ける!! 見つけたら電話で連絡し合おう!!!」

「分かった! じゃあ朱里、僕も行くよ」
 アインは飛んで行ったエヴァルトたちを見つめ、その方向へと走っていく。
「気をつけてねー!!」
 朱里はその背中を見送りつつ、まあ夢の中だし大丈夫でしょう、とため息をついた。
「それにしても……カメリアさんはみんながクリスマスや年末で騒いでいたり仲良くしていたりするのが気に入らないのね……どうしてかしら……」
 と、ふと考える。そこに、健勇が声を掛けた。
「あのさあ母ちゃん、そろそろいいだろ?」
「あ、ごめんね」
 うっかりまだ目隠しをしたままだった。今はTV画面は何も映しておらず、問題はない。

 と、思ったのも束の間。

「あ、朱里さん! あなたも来ていたんですか?」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)がやって来た。側にはパートナーであり夫であるルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)もいる。どちらも自らのパートナーと夫婦関係にあるということで、朱里とは話す機会も多かった。
「ええ、そうなんです。コトノハさんは大丈夫ですか?」
 大丈夫か、とはコトノハのお腹のことだ。彼女はルオシンの子を授かり、現在4〜5ヶ月の妊婦なのだ。
「ありがとう、大丈夫です。まだそんなに目立ってないけど、こういうのも胎教になっちゃうんでしょうか?」
「やだ、コトノハさんったら」
 二人は軽く笑った。こんな状況だからこそ顔見知りがいるのは心強いものだし、たわいない話ができるということは心に余裕があるということだ。コトノハも朱里もそれを知っていた。
 ルオシンも笑顔で、コトノハを軽くこづく真似をする。
「こらこら、二人とも井戸端会議をしている場合ではないぞ。何とかしてカメリアを捕まえてこの夢から解放されなくては。今はいいが、何が起こるか分からないのだからな」

 朱里は大きく頷いて、先ほどからの疑問を口にした。
「そうなんです、まずはカメリアさんの目的を知ることが必要だと思うんです――彼女、寂しいんですよね、きっと」
 それにはコトノハも同意した。
「そうですよね。クリスマスから年末年始に人が集まらないことに憤慨していたみたいですし。どこかの神様とか、でしょうか?」
「神様――というよりは地祇なんじゃないでしょうか。神社とかお寺とかが祀られている……今はどこかで寂れた場所の」
 なるほど、とルオシン。
「それはありそうな話だな、ツァンダに限らずパラミタも開発が進み、人口が集中する傾向にある。その陰で過疎が進んだ地域もあるのではないか」

「で、それはいいけど具体的にはどうやって捕まえんだよ?」
 突然、健勇が口を挟んだ。確かに、正体の予測も大事だが現実的な対応策も重要だ。
「それは――」
 真っ向からの正論に戸惑う朱里。
 そこで、コトノハがひらめいた。
「そうだ、クリスマスの思い出が放映されるんでしたら、私たちのも放映されるんじゃないでしょうか?」
「む、そうだな……私たちのクリスマスの思い出……うむ、あれか……」
 言葉に詰まるルオシン。聞きたくもないが朱里は聞かざるを得ない。

「何してたんですか」
「いや、先ほどの朱里たちの映像の……さらに先、とでも言えばいいか?」
「……それ、更に教育に悪い……」

 だが、コトノハはそれを逆手に取るつもりらしい。
「そうなんです。カメリアさんが寂しがっているなら、私たちのイチャイチャ映像に我慢できなくなって出てくると思うんですよね」
「……そう上手くいくでしょうか……?」
 自信満々のコトノハに、首を傾げる朱里であった。

 ちなみに、そのコトノハとルオシンのクリスマスの思い出であるが。

 皆さんはご存知だろうか、妊娠4ヶ月が終わる頃にはいわゆる夫婦生活が様々な制限つきで一部解禁されることを。そして折りしもその日はクリスマス、若い二人が燃え上がらないわけはない。
 というわけで。


 ――諸般の事情により、お見せする事ができません。


 と言ってしまいたいところだが、実はそうでもない。
「――何ですか、これ」
 朱里は思わず呟いた。恐らくこの世で一番教育に悪い画面が放映されることを予想していたので、再び健勇の目を塞ごうとしていた手も止めて。

 それは、画面一面に表示されたモザイクだった。

「わははははは! これだ、これこそが俺様が望んだ夢の世界!!」

 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)のパートナー、禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)は叫んだ。言うまでもなく画面のモザイクは彼の仕業だ。ちなみに、魔本である彼は何故か人型の姿を徹底的に嫌い、石造りの魔本状態で浮かんでいる。そしてそのまま喋るのである。
「ちょっと、何ですかこれ! これじゃ肝心のイチャイチャ映像を見せつけられないじゃないですか!!」
 コトノハは河馬吸虎に向かって抗議する。
「うむ、良い質問だ。俺様もかねてからこの世の全てを気持ちいい『せいぎ』で埋め尽くしたいと思っていた。だが、そのたびに何故かことごとく邪魔が入る。そこで俺様は考えた、見せるのが駄目なら見せられる状態にしてしまえば良かろうとなァ!」
「――で、その結果がこれですか」
 朱里は心底あきれ果てた顔で尋ねた。つまるところ河馬吸虎の夢とはいわゆる年齢制限のかかるものには自動的に光学モザイクがかかる、というものだったのだ。
 ちなみに、TV画面にはおそらくコトノハのルオシンの寝室であろうと思われるベッドがあり、その上で淫らに蠢く肌色のモザイクの固まりが映っている。それが街中で放映されているのだから、これはこれでいかがわいいことこの上ない。
「――参考までに聞くが、音声はどうなっているのだ? 記憶が正しければ我とコトノハの営みの間は、かなり色々喋っていたと思うのだが」
 さすがのルオシンも、やや呆然とそのマヌケな映像を眺めている。河馬吸虎は答えた。
「音声の端々がすでに年齢制限モノだったので、その間は『美しい音楽をお楽しみ下さい』だ。」
 やや憮然とした表情のコトノハ。これではカメリアを怒らせておびき寄せる、という目的が達成出来ないではないか。
「えーと、つまり……私とルオシンの愛情行為はお子様には見せられませんし聞かせられません、ということですか?」

「ザッツライト(その通り)!!!」

「……いいですよ。何も画面じゃなくったっていいんですから。どうせカメリアさんは私達の反応を見るためにどこかで見てるんだろうし」
 呟くと、コトノハはやおらルオシンに組みつき、その唇を吸った。
「おい、コトノハ……」
 ルオシンの抗議の声も無視して、コトノハは更にルオシンに絡みつく。リアルタイムでイチャイチャして、カメリアをおびき出そうというのだ。
 そして、その効果は思ったよりも早く現れた。

「ばっかもーーーん!!!」

 横一直線にカメリアが飛んできて、ルオシンの即頭部にドロップキックをかましたのである。咄嗟にコトノハを庇ったルオシンはその攻撃をモロに受けて吹っ飛ぶ。
 コトノハとルオシンに色々と突っ込みたいところはあるが、とりあえずカメリアが現れたのだから捕らえない手はないと構える一行。しかし、カメリアの口から漏れたのは意外な一言だった。

「お主らは阿呆か! お腹に赤子がおると言うのにあんなに激しい運動などしおってからに!!」

 思いもよらぬ一言に呆気に取られる一同。辛うじて、コトノハが口を開いた。
「え、あの……」
「産婆に聞いておらぬのか! 安定期とはいえ4ヶ月ではまだまだ過度の運動はご法度なのじゃぞ!!」
「あ、はい……大丈夫です。気をつけてソフトにしてましたから……」
「む、そうか……? どれ」
 コトノハのお腹に優しく手を当てるカメリア。
「うむ……どうやらそのようじゃのぅ。赤子がおると知っておればこんな夢になぞ呼ばなかったものを……すまんかったの」
「……」
 皆の思い出を汚すと言っておきながら、赤子にはおかしな気遣いを見せるカメリアを、コトノハは少しだけふくらみ始めたお腹ごと、そっと抱き締めた。

「……なんじゃ?」
「捕まえた」
「……ふむ、捕まった、か」

 そこに朱里が話かけた。
「カメリアさん、さっきも話してたんですけれど。あたたはどこかの土地や神社の地祇ではないのですか? どうしてこんなことを?」
 コトノハのお腹にそっと頬を寄せたまま、カメリアは答えた。
「……地祇か。まあ、そういうことじゃな」
 カメリアの艶やかな髪を、そっと撫でるコトノハ。
「それならさ、カメリアさん縁結びの神様になっちゃえばいいんじゃない? そしたらみんなもきっとお参りに行くよ。私もおみくじ引かせてもらいたいし」
 ぴく、とカメリアの体が震えた気がした。
「……神社、おみくじ、か……」
 コトノハが不思議そうにカメリアの顔を覗きこもうとすると、腕の中のカメリアは一枚の花びらに姿を変えた。
「あらら……気に障ることでも言ったでしょうか?」
 赤い花びらを手にして、朱里に振り返る。
「どうでしょう……私の考えも同様ですし、特におかしなところは……」
 ルオシンを含め、黙りこくってしまった三人だった。


                              ☆


「だーからいいかこのカバ! モザイクってえのは見せられないものをしかたなく隠すためのものであって、堂々と見せるためのものじゃねえの!」
 と、河馬吸虎に一般常識における正論を説いているのはアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)だ。彼も同じくリカイン・フェルマータのパートナーである。
「いいや、そんなことはない! これをかけておけばどんなものも表現可能なまさに魔法のフィルターなのだ! あと俺様はカバではない! 断じてない!!」
「あんたなんかカバで充分よ」
 その論争を聞くともなしに聞いているリカイン。特に議論に参戦するつもりもなく、周囲を見渡している。やる気のない様子に、アストライトが言った。
「おい、お前も聞いてないでこのカバに何とか言ってやれ!」
「……いやね、当の騒ぎを無視してこっちであんたとカバがぎゃあぎゃあ騒いでたら、カメリアご一行がひょっこり現れないかなって」
「来るわけねえだろ」
「呼んだデブ?」
 と、そこにひょっこり顔を出したフトリ。

「来んのかよ!!!」
「ほら来た!!!」
 アストライトが突っ込むのとリカインが攻撃に移ったのは同時だった。
 怪力の籠手とドラゴンアーツで強化した腕力をもって、両手で持った巨大な盾――ラスターエスクードでフトリを真上からブッ叩いたのである。

「地面でも食べてなさい!!」

 あくまでも盾であり攻撃用でないとはいえ、金属の固まりで殴られれば痛いに決まっている。さらに盾という面積の広い攻撃を避け切れず、地面と盾のサンドイッチにされるフトリ。
 だが。
「地面は食べられないデブー!!!」
 ラスターエスクードに押し潰されたかと思ったフトリだが、柔らかい肉体はその反動を利用してまるでゴムマリのように弾け、盾ごとリカインを真上に跳ね飛ばした!

「きゃあああ!!!」

 自分が放った攻撃に反動を加えられて跳ね返ってきたのだからたまらない、リカインはそのまま空中に浮かび上がるが、すぐにその体が抱きとめられた。アストライトだ。
「大丈夫か?」
 フトリはリカインを跳ね飛ばした反動でどこかに飛んでいってしまった。飛び上がったアストライトは、リカインを抱きかかえたまま着地する。
 リカインにとりあえず怪我はないようだ。一瞬の間を置いて、アストライトはいつもの調子に戻る。
「……油断してっからだ、バカ女」
 一応助けられた格好だが、その功績もチャラにしてしまうほどの口の悪さに呆れるリカイン。
「……何よ、悪かったわね」

 その時、何となく手持ち無沙汰にしていた河馬吸虎が呟いた。
「おい、二人とも見てみるがいい。何だかTVに出演しておるぞ」
「え?」
「あっ!」
 リカインとアストライトがTVモニターを見上げると、河馬吸虎の言う通り、そこに二人が映っていた。


『ほら見てアストライト、あのコート素敵じゃない?』
 画面のリカインはクリスマスイルミネーションも眩しい街中で、アストライトとウィンドウショッピングを楽しんでいた。
 ちなみにリカインがアストライトを呼ぶ時は大抵『あんた』である。

『……ああ、いいな。リカに似合いそうだ』
 恥ずかしげもなくそう答える画面のアストライト。現実ではリカインを呼ぶ時は『バカ女』がメインだ。

 そのまま二人はレストランに入った。お洒落なクリスマスディナーを楽しんだあと、ぶらりと帰り道を散歩して部屋に帰る。お互いに用意したプレゼントを交換して二人でリカが作ってくれたクリスマスケーキを食べた。普段は甘いものなんか食べない人でもクリスマスは特別だよね、とふざけたリカはケーキを一切れ、アストライトの前にあーんと差し出す。アストライトも照れ臭そうにそのケーキを……。


「……ふん、つまらねえものを見せてくれるな」

 という辺りで、画面の外のアストライトが投げたラスターブーメランがTVモニターを破壊した。戻ってきたブーメランを取ったアストライトのお表情は驚くほど無表情で、怒っているというよりはあきれているように見える。
 その後ろで、リカインが呟いた。
「……ねえ、今の」
「何だよ」
「……私、あんなことしてない」
「俺だってしてねえよ」
「……考えたこともない。……あんたの夢?」
「……さあな。どっちかってえと寝てから見るほうか。我ながらくだらねえものを見たもんだ」
 言いながら、ブーメランを駆使して次々と視界範囲内のTVモニターを壊していくアストライト。
「やれやれだぜ、とっととぶっ壊してこんなところからオサラバしようぜ」
「……」
「どうした」
「あのさ」
「ん」
「……さっき、助けてくれてありがとう」

「……よせよ、気持ち悪ぃ」
 といいつつも、口の端だけは少し釣り上がってしまったアストライトだった。