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新キマクの闘技場

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新キマクの闘技場

リアクション

「二人まとめて相手してやるとは、随分サービスの良い相手ですね。そんなに死に急ぎたいのでしょうか?」
 ポツリと若干怒気を含んだ声を出す美央に、ややオーバーなアクションで裁が応える。
「美央ちゃん、怖いー!」
 試合の行われるリングへと続く長く薄暗い選手用の通路を並んで歩いているのは、正統派でパラディンの赤羽 美央(あかばね・みお)とジャスティシアの魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)、コンジュラーの鳴神 裁(なるかみ・さい)と魔鎧でサイオニックのドール・ゴールド(どーる・ごーるど)の両名である。
「悪役を送り込んできたキマクの穴も、実際は悪ではなく正義でしょうけど、闘技場で行われる決闘を踏みにじるのは許せませんね。まぁ、最初にルールを破ったのは王さんですが、相手も同じようにルールを破って決闘を踏みにじるのなら容赦はしません」
 そう言う美央の白髪のポニーテールがひょこひょこと揺れる傍を、執事服を着た骸骨姿の魔鎧『サイレントスノー』が仰々しく歩きながら言う。
「美央様、これは本当に決闘なのかどうかは私にはわかりかねますが、兎にも角にも、一見ルール無用の酷い戦いでさえ、己を成長させる何かが潜んでいるものです。美央様が成長するつもりがあるのなら、力を貸しましょう」
 美央が静かに頷く。
「今回の件、王さんにとってもいい薬でしょう。たとえ良き事であっても、自分の力を越えるような事はしちゃいけません。他の人に迷惑をかけますからね」
 美央の言葉に振りむく裁がニコリと笑い、拳を突き上げる。
「うん、ルール無用のやり方は正直うらやましくもあるけど……そういうのを正面からぶち破るのもバトルの醍醐味だよね♪」
「裁、論点が違うと思うけど?」
 ドールが素早くツッコミを入れるが裁は気にしない。
 歩みに力を込めた美央がポツリと決意のこもった言葉を口にする。
「どちらにしろ……加夜さんやなぶらさんの無念を少しは晴らさないといけませんし、正統派側としても3連敗は避けたいものです」
「うん、ボクも王さんの漢気と子供たちの未来のためにがんばるよー!」
 サイレントスノーとドールのまるで保護者コンビに守られつつ、美央と裁は観客の待つまばゆい光の中へと消えていくのであった。


 同じ頃、キマクの穴から送り込まれたサムライの牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、その身に魔鎧と化したパラディンのラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)を纏った状態のまま、入場口の手前に設けられた簡素な洗面台の鏡に映った奈落人でグラップラーのアコナイト・アノニマス(あこないと・あのにます)と話をしていた。
 長いロングの黒髪を掻き上げたアルコリアが赤い瞳で妖艶に鏡の中のアコナイトを見つめる。
「出番です。緊張してますか? アコにゃん?」
「別にどうということはありません。アルにゃん」
 鏡の中で優しく温和そうに微笑むアコナイトだが、その顔の奥底には戦闘狂としての素顔が隠れていることをアルコリアとラズンは知っていた。
 戦いを生業として生きてきた彼女には悲しいとか、怒るとか一般的に負の感情と呼ばれるものが欠落しているのだ。笑って戦い、穏やかに殺す、それがアコナイトの全てである。
 魔鎧化したラズンは今や、アルコリアの身体に悪魔の革で作られた赤黒いボンデージのような見た目を持つ革鎧へと変化していた。この鎧はレザーコルセット部が本体でそれ以外は気分でデザインが変わるのだ。その正体は作り手の悪魔の恋人の革から作られ、作り手を殺し自らに重ね、数多の悪魔を殺していくつもの皮を重ねてきた革鎧である。
「きゃはは、戦うための場所。傷つけあうための場所。それを見世物にする場所。地上も大概、とても酷くて悲しくて歪んでて……すっごく気持ちいい……」
 あたかも童話を読み上げるようなコケティッシュな声を出すレズンに、思わず苦笑するアルコリア。
「ええ、そうよ。一杯誰かを傷つけて、ラズンも一杯傷つくの。楽しみでしょう?」
「うん、うん!」
 会場から響く歓声が大きくなり、彼女たちの対戦相手が入場してきたことがわかる。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか? アコにゃん、こんな依頼だけど、よろしくね」
「最上の依頼ですよ。私の力を見せて欲しいという依頼は」
「嬉しいわ。では、新しく契約したアコにゃんの力、見せてもらいましょうか」
 それだけ言うと、糸が切れた人形のようにアルコリアがガクンと頭を垂れる。アコナイトに憑依されたアルコリアの赤い瞳が徐々に青く染まっていき、すっかり青い瞳へとなった後、顔をゆっくりとあげる。鏡の中には先ほどまで映っていたアコナイトの姿は既に無い。暫し後、花宴の柄を握るアルコリアの手に力が篭る。
 革鎧のラズンが急かすように言う。
「行こう! アルコリア……んー、この場合アコナイトだよね! 相手は二人もいるんだよ! 楽しみだねぇー?」
「ええ、全くそうですね。ラズンさん……」
 アルコリアの肉体に憑依したアコナイトが歩を一歩進め、入場口から出て行く。


 リング上で裁と美央、そしてアルコリアの肉体に憑依したアコナイトが対峙する。
 それぞれの魔鎧は既に装着済みであり、裁は白地に蒼のラインの変身ヒロイン風、美央はドレス型の重鎧にティアラといった出で立ちである。
「奈落人も含めたら3人いますね、成程。余裕をかますだけの相手ではあるようです」
「うわー、いかにも悪の手先、しかもラスボスって感じだねー」
 美央と裁がそれぞれアコナイトに対して短い感想を述べるのを聞いた後、アコナイトが刀を構える。
「我ら奈落の底より、光の下へ参った魔将、我が主を戦女神と崇める者なり……」
 呟いたアコナイトを赤い光の膜が一瞬覆う。
「ふむ……オートバリア・ガード使用ですか。本気の決闘を望んでいるのですね……」
「でも、ボクらも負けてないよ」
 美央と裁もそれぞれオートバリア、オートガードとフォースフィールドに包まれる中、試合は開始された。
 先に仕掛けたのは、乱撃ソニックブレードを繰り出したアコナイトである。
 黒銀のワイルドペガサスに乗った美央が上空へと回避し、裁は新体操の動きを取り入れた独自の格闘新体操によりトリッキーにこれをかわす。
 空中へと回避した美央を一瞥したアコナイトは、素早い動きで地上に残った裁を追走する。
「わわっ、ボクがお目当て?」
 神速を駆使し、裁に迫るアコナイトが抜刀術により攻撃を仕掛ける。裁もバーストダッシュでこれに対応し得意な距離を空けようとするが、アコナイトの方が速い。
「まず、一人」
 穏やかな口調で呟いたアコナイトの花宴が煌く。
「そうはいかないもん!」
 裁が手に持った雷天轟杵ヴァジュラでアコナイトの花宴を辛うじて防ぐも、腕力でアコナイトが雷天轟杵ヴァジュラを弾き飛ばす。
「やるねっ……!!」
 笑顔のままのアコナイトがトドメの一撃を裁に叩き込もうとした時、飛竜の槍とコキュートスの盾を使いファランクスの構えをとった美央が上空より飛来する。
 アコナイトが美央の初撃を花宴で槍の軌道を変え、更に続けざまの一撃をバク転でかわし、後方へと連続で飛び跳ねて距離を取る。
「ほぅ、行動予測と残心まで……裁、無事ですか?」
「ありがとう、美央ちゃん。あのラスボス、無茶苦茶強いね……」
「ラスボス?」
「うん、あの強さと見た目が何となくそう見えない?」
 話す二人を前に、アコナイトが刀を手に呟く。
「我が主、黒髪の戦女神の加持を……」
 【忠烈】を用い、更なる強化を行ったアコナイトが刀を再び鞘に収め、抜刀術の構えを見せる。
「裁、私に考えがあります。ほんの一瞬でいいのです、あのラスボスに隙を作ってくれませんか?」
 小声でそう呟いた美央を裁が驚いた顔で見やる。
「隙? ボクが?」
「ええ、あなたなら可能でしょう?」
「……わかった。それで勝てるなら、やれるだけやってみるよ」
 そう言った裁に魔鎧のドールが心配そうな声を出す。
「裁、無理はいけないよ?」
「平気! ボクにはこの格闘新体操とドラゴンアーツがあるんだから、それに……」
 アコナイトをビシッと指さした裁が叫ぶ。
「ラスボスの技は確かに凄い技だが、そんな魂のこもってない技でボクを倒せるもんか! この戦いには子供達の未来がかかっている、負けたら女がすたるってもんよ!」
 拳をバンッと胸の前で合わせた裁が、アコナイトに向かって跳躍する。
「いっくよー、ラスボス!!」
 再度上空へ上がる美央は、裁の突撃宣言を聞いたアコナイト一瞬が微笑んだのを見た。その微笑みは「コレヲコロセバドンナニイイキモチカ……」という歪んだ得体の知れぬドス黒い恐怖を感じさせるものであった。

「やああぁぁーっ!」
 アコナイトの剣技に果敢に挑む裁、前後左右に刀の間合いを考え、かわし、時にはアコナイトの腕を狙って刀身をそらせながら攻撃する。
「聖騎士として、参る!」
 美央の魔鎧、サイレントスノーの闘気を含んだ言葉が上空より響く。
 ハッとアコナイトが一瞬気を取られたのを見逃す裁ではない。バーストダッシュで懐に飛び込み、魔鎧のラズンごとアコナイトに蹴りを叩き込む。
「ぐ……!?」
 不意をつかれたアコナイトに、上空を駆けるワイルドペガサスから更に高く飛び上がった美央が盾を構えつつ龍飛翔突で襲いかかる。
 体勢をすぐに立て直したアコナイトが遠当てを上空へと放つ。だがコキュートスの盾で防ぐ美央に効果はなく、逸れた軌道上にいたワイルドペガサスが悲鳴をあげる。
「これに耐えられると?」
 さらにランスバレストの動きも取り入れた美央の一点突破の攻撃が、魔鎧のラズンごと、アコナイトを捉える。
「きゃああああぁぁぁー!」
 どこか嬉しそうにも聞こえる悲鳴をあげるラズンを貫通した美央の飛竜の槍がラズン、アコナイト、そしてリングの3つを串刺しにする。
 自身もリング上に叩きつけられた美央が、息絶え絶えにアコナイトを振り返る。
 アコナイトは見開いた目のまま、その口元から一筋の血を流す。
「やった、勝ったー!」
 美央がゆっくりと走り寄ってくる裁を見る。
 少し戸惑いながら照れたような笑顔を浮かべる美央。
 その背後で倒したはずのアコナイトから、静かな声が響く。
「強いですね、驚きました」
 美央が恐る恐る振り向くと、胸を貫いた飛竜の槍が徐々にゆっくりと抜けていく。
「裁、来てはいけません!! まだ……」
 美央が叫ぶと同時に、アコナイトの花宴が美央とサイレントスノーを切り払う。
「がっ……!?」
 魔鎧サイレントスノーで守られているとは言え、完全に無警戒だった美央がリング下へと吹き飛んでいく。
「……え」
 裁が吹き飛んでいく美央と、今まさに美央の飛竜の槍を胸元から引き抜いたアコナイトを、呆然とした顔で交互に見やる。
 カランッと槍を投げ捨てたアコナイトが、口元を拭う。
「まず、一人」
「そんな、どうして!? 絶対動けるわけないじゃない!? 反則だよ、はんそ……」
 魔鎧のドールが静かに裁に言う。
「リジェネレーション……所謂、死んだふりか」
 アコナイトの青い瞳が裁を見つめる。
「もう一人でお終いですか……呆気無い」
 思わず裁が一歩後退し、首をぶんぶんと振る。
「そんな、相手が不死身なんて、ボク達が勝てるわけないよ!?」
「落ち着いて! 相手だって美央さんから貰ったダメージはあるよ! そう何度も使える技じゃない! 裁が決めるんだ!!」
 ドールの励ましに裁の目に再び生気が灯る。
「……ありがとう。ボク、勝つよ!」
 裁は手にアウタナの戦輪を持つ。
「最後の勝負だ! ラスボス!! これがかわせる? はぁッ!!」
 勢い良くフープのようにアウタナの戦輪をアコナイトに向かって投擲する裁。
 行動予測でこれを読んでいたアコナイトもすぐに反応するが、裁はそれより早くバーストダッシュをかける。
「ドール、ミラージュ!!」
 裁が分身をかけ、アコナイトの攻撃に備える。
 アウタナの戦輪をアコナイトがかわすも、逸れたアウタナの戦輪がドールのサイコキネシスにより彼女に再び迫る。
 今度はアウタナの戦輪を花宴でガードするアコナイトの死角からブラインドナイブスを仕掛ける裁が現れる。
「こっちだよ!」
「それで?」
 花宴が煌き、裁をドールもろとも切り払いにかかる。
「!! 行動予測をここまで!?」
 深くはないものの、接近戦でアコナイトの一撃を喰らった裁がバランスを崩す。
「ふふ、お疲れ様でした」
 裁にトドメを刺すために花宴を振り上げるアコナイト、そこに何かが高速で接近する気配を感じ、動きを止める。
「飛竜の槍ッ!?」
 投げられた槍がアコナイトの持つ刀をその手から弾き飛ばす。
リング下から最後の力を込めて彼女に槍を投げた美央が不敵に笑う。
「結論。ルールは守れ……裁、後は頼みました……」
 裁がアコナイトとの距離を詰める。
「やああぁぁーっ!!」
 『想い』をのせた裁の拳がアコナイトの顎を捉える。
 急所である顎を強打された人間はどんなに屈強な者でも脳震盪を起こす、蹌踉めくアコナイトは身体を動かそうとするが、アルコリアの身体は既に自由が効かなくなっていた。
 そこにサイコキネシスで操られたアウタナの戦輪がアコナイトの背中に突き刺さる。
「……どう、まだ、戦う?」
 はぁはぁと息をする裁が倒れたまま虚空をじっと見つめるアコナイトに問いかける。
「私の身体はリジェネレーションでもう一度くらいの再生は可能でしょう……でも、もう貴方達には戦う術がないのでは? 全て出し尽くしてしまったのでしょう?」
「たとえ満身創痍でも、万策尽きても、意地と根性で何回でも立ち上がってみせるよ! 『想い』をのせたこの拳に打ち砕けないものなどありはしないさ! ラスボスが復活するたび、ボクの『魂』をこめた一撃をお見舞いしてあげる、何度も耐えれるものなら耐えてみやがれ!」
 吠えるように裁が拳を突き出して叫ぶ。アコナイトの言うとおり、確かにもう彼女たちに奥の手等はない。
「……私は、私に殺せないものに興味がないのです……」
 幾多の人間を殺めてきたアコナイトだが、そんな彼女の経験の中では『果てぬ想い』を殺す方法等思いつかなかった。だから、彼女は……。
「私の負けです。……少し、眠りますから」
 静かに目を閉じるアコナイトを前に、裁はどこかやるせない感情を持て余しつつ、リング下からはいあがってきた美央と共に勝ち名乗りを受けるのであった。