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新キマクの闘技場

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新キマクの闘技場

リアクション

 タイガー迷彩柄リングコスチュームに身を包み、華麗な足技を主体にリング上を躍動する正統派でフェイタルリーパーのルカルカ・ルー(るかるか・るー)が対峙するのは、スキンヘッドの巨漢、まさに筋肉ダルマとも呼べるセイバーの吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)である。
「王さんイイトコあるじゃん。でも会費を納めないのはまずいね……だから竜司はそっち側へ付いたの?」
「ヒャッハー! オレは面白い闘いがしたくて闘技場に参加しただけだがな、パートナーのアインが、キマクの穴に付けとしつこくてな、こっち側で出る事にしただけだ!」
 竜司の顔に隈取のようなフェイスペイントが施されているが、これは彼なりにカッコ良さと悪役らしさを追求した結果である。
「ふーん、お互い、タッグのパートナーが来れなくて急にシングル戦に変更なんて、ラッキーかアンラッキーかわからないものよね」
「ヒャッハー! パートナーがいないお陰で、イケメンのオレが存分に闘技場で華麗に活躍できるってもんだぜェ!」
 本来は伐木道具である血煙爪がギュイイイィィンッと唸りをあげる。
 リング上で対峙する二人とは別に、それぞれのセコンドとしてリング下で戦況を見守るのは、剣の花嫁でテクノクラートのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)とゆる族でアーティフィサーのアイン・ペンブローク(あいん・ぺんぶろーく)である。
 実は試合開始前からダリルとアインは裏方の闘いを始めていた。そう、格闘技とは、選手とセコンドが2人で戦うスポーツでもあるのだ。


 日本の企業に雇われていた二足歩行の犬型マスコットであるアインは、その愛嬌と【光学迷彩】を生かして、試合前の正統派サイドの控え室に、対戦相手の情報を得ようと向かっていた。
「(わしは竜司には勝って稼いで貰わないと困るのですな)」と目論んだアインであるが、控え室の前に立ちふさがったのは、『有機コンピューター』や『歩く計算機』とも揶揄されるダリルであった。
「アイン。どこへ行くのだ? こちらはキマクの控え室とは違うぞ?」
 青のロングヘアーのダリルの冷静な瞳が、ビクリと身を震わせたアインを金縛りのように停止させる。
「やですな、ダリルさん。行動予測ですか?」
 半笑いを浮かべて振り返ったアインに、ダリルが近づく。
「だが丁度いい、俺も話があった。少しテクノコンピューターでの情報検索により調べさせて貰ったが、キマクの穴に竜司を誘ったのはアイン、お前だな?」
 アインの頭には、『そそくさと逃げる』という案もあったのだが、コーギーを元にしたデザインのため足が非常に短い彼がダリルから逃げ切れるという事はない、と判断した。
「流石、ダリルさん。よくご存知ですな……ええ、そりゃもう大変でしたよ。イケメンの竜司はカッコイイヒール(悪役)がお似合いですぞ、なんてヨイショし続けてやっとでしたからね」
「理由はいい。キマクの穴は反則技を使うというが、これもその一環か?」
「わしは……竜司を上手く使って金儲けがしたいのですな、ゆえにといった行動でしょうな」
「金? キマクの穴からは闘技場のファイトマネー以外にも出るのか?」
「そこはマネージャーであるわしの腕の見せ所ですな。大変でしたよ、売り込みは」
「……そうか。王の味方をしても一銭にもならないと判断して、そちら側に付いたのだな」
 溜息をついて静かに目を閉じるダリルが、口には出さず吐き捨てる。
「(小悪党め……)」
「そうだ! もし、宜しければ……」
 アインがそう言ってダリルに白紙の小切手を差し出す。
「実はキマクの穴さんからは結構な額を頂いておりまして、勝利ボーナスならその倍も貰えます。ですので、ここは一つ、ダリルさんに協力して貰えないかと……」
「……俺に対戦相手の情報を流せ、と?」
「ええ。可能ならば毒など盛って頂けると幸いですな」
「俺を買収するつもりか……?」
「ほら、長い物には巻かれろって言います。どのみち、組織に逆らった王さん達に未来はありませんしな」
 ブサイクな顔で精一杯の笑顔を作ったアインが、ヘッヘッへっと微笑む。
「ふっ……」
 ダリルがアインから小切手を受け取る。
「さっすが、ダリルさん! 話が早い」
 手をスリスリしながら喜ぶアインの目の前で、ダリルは小切手を破って捨てる。
「なっ!?」
「実は俺も試合前に対戦相手の事を調べようと思っていたのだがな……気が変わった。正々堂々とルカを勝たせる!」
「こ、後悔しますぞ!?」
「去れ!!」
 鋭く刺すようなダリルの言葉に、怯えたアインが一目散に逃げ出す。
 アインが去った事を確認し、身を反転させたダリルが控え室のドアを開ける。
「あ、ダリル、おかえりー。随分長いトイレだったわね?」
 出番にそなえ、屈伸運動等でストレッチしていたルカルカがダリルに声をかける。
「そこでちょっと話をしてたのだ。……ルカ、この試合に絶対勝つんだ」
 ダリルの言葉に一瞬面喰らった顔をするルカルカだが、
「当然よ!」
 そう自信たっぷりに答えるのであった。


 試合は血煙爪を振るう竜司の攻撃をルカルカが二刀流したウルクの剣で受け止めていた。
「やるなァ! 女相手だから優しく手加減するつもりだったが、必要ねぇな!!」
「気持ちだけ受け取っておくわ! 本気でやらないと、ルカが勝っちゃうけどね!」
 地面を蹴ったルカルカが血煙爪の刃の面を、まるで逆上がりするように駆け上がり、跳躍する。
「ぬ!?」
 竜司の頭上を軽やかに飛び越したルカルカがコーナーポストの上に着地する。
「(なんて怪力なのかしら。ドラゴンアーツを使ってやっと互角だなんて)」
 ダリルが声をかける。
「ルカ、パワーの勝負では不利だ。切り替えろ!!」
 一方のアインも竜司に声をかける。
「竜司!! パワーならおぬしにかなうヤツなどおらんのです! 攻めて攻めて攻め続けるのです!!」
「おう!」
「(まずはあの血煙爪をどうにかしないと、迂闊に仕掛けられないわね……)」
 首をゴキリッと鳴らしたルカルカがノシノシと近づく竜司を見る。
「さぁ、てめえの本気、見せてもらおうかッ!!」
 グッと竜司の軸足が沈み込むのを見たルカルカが、タイミングを合わせる。
「(今だッ!)」
「そりゃああぁぁッ!!」
 真横に一閃した血煙爪を飛んでかわしたルカルカが器用に竜司の頭に両足を揃えて着地する。
「ここなら血煙爪は届かないわね?」
「何をッ!? うらぁっ!!」
 それでも頭上に血煙爪を振り上げる竜司だが、すぐ目の前に迫る血煙爪の音のためか、勢いがない。
 そこまで行動予測していたのか、ルカルカが血煙爪をかわしながら、ドカドカと竜司の頭上で足踏みをする。
「馬鹿っ!! 頭を下げるのです!」
 アインの言葉にルカルカを載せた頭を思いっきりコーナーへと下げる竜司。
 ガンッという音がして、コーナーにしこたまぶつけた額を押え竜司が、既に後方へ跳躍していたルカルカを睨む。
「そんなに本気でぶつけると痛いわよ?」
 剣を構えたルカルカが、ダリルが投げたスポーツ飲料を一口飲んで笑う。
「落ち着くのです、竜司! 無様な姿を晒すと『女たちもメロメロだぜェ!』計画が滅びますぞ?」
 アインの言葉に、逆上していた竜司がふと冷静になる。
「てめえもたまには良い事言うな! 確かにその通りだ!!」
「あら、残念。怒り狂っだ竜司だとチョロイかなって思ったんだけど……」
 ダリルがルカルカから投げ返されたスポーツ飲料のボトルを受け取り、言う。
「どちらにしろ、スピードはこちらが上だ。あとは、反則技にだけ気をつけろ!」
「わかってるわ! コーチ!」
 ダリルにウインクしたルカルカが、ウルクの剣を構えて走りだす。
「はぁぁッ!!」
 斬りかかるルカルカを前に、竜司がニヤリと笑う。
「ルカ! スウェーだ! カウンターに気をつけろ!!」
「ダリル? ……くっ!」
 ルカルカの初撃をスウェーでかわした竜司が血煙爪を振りかぶる。
「剣1本じゃ受けきれないぜェェ!?」
 ギィンッと乾いた音を残し、ルカルカの片手の剣が弾き飛ばされる。
「このっ!?」
 剣を失った片手を地面につけた側転で距離を取るルカルカに、竜司が迫る。
「うおおおぉぉ!!」
 血煙爪を構えた竜司が大きく振りかぶる。
「避ける!!」
 横に跳躍するルカルカ……だが、竜司は血煙爪を振り上げたままの姿勢で止まり、目でルカルカを追う。
「そのパターンは知ってるんだぜ? あばよぉ!!」
 血煙爪がルカルカの着地ポイントに先回りする。
「ルカ!」
 ダリルが叫ぶ。
「なんのぉ!!」
 ドラゴンアーツを使った片腕で、残ったウルクの剣をリングに思いっきり突き立てるルカルカ。そして極限まで上げた腕力だけで、空中にある自身の身体を制御する。
「何だとぉぉ!?」
 さらにルカルカは血煙爪の前で停止したままの身体を剣の柄を支点に空へと飛ばす。
「武器を離した!」
 アインが「勝った」とばかりの笑顔を見せる。
「いや、違うぜ……こ、こいつ!?」
 剣を離し跳躍したルカルカは、そのまま両足で竜司の頭を挟みこむ。
「フランケンシュタイナー!!」
 ルカルカが渾身の力を込めて竜司を投げきり、空中で1回転した竜司がリングへ叩きつけられる。
 どっと沸く歓声だが、ダリルは険しい表情を崩さない。
「まだだ! ルカ! それくらいで終わる相手ではない!」
「うん……そうだね」
 落ちた血煙爪を拾い上げた竜司が立ちあがる。
「ふん、なかなか痛かったぜ? しかしてめえ、いい太ももしてるな」
「サービスよ」
「そいつはどうも。だけどサービスってのはてめえが武器を二つとも無くした事だな……」
「やっぱり、気付いた?」
 ペロリと小さく舌を出すルカルカ。
「オレのフェイスペイントも汗でだいぶ取れてしまった……カッコ良すぎにならないために、折角イケメン面を隠してたのによぉ」
「汗臭い男もそれはそれでファンはいると思うけどね」
 リング上で互いに笑い合う二人。
「試合、そろそろ、片つけさせて貰うぜ?」
「初めて意見があったわね……」
 血煙爪を再び動かす竜司にルカルカが素手で構えをとる。
「(マズいな。ルカの体力がそろそろ限界だ……)」
 ダリルがチラリと時計を見る。既に戦い始めて30分は経過している。
「はぁッ!」
「やあぁーっ!」
 血煙爪の真正面へ走るルカルカに驚く竜司。
「(正面!? 身体が別れるぞ!?)」
 ルカルカには竜司の怯む事すら予測済みであった。そこに隙が出来る事まで……。
「貰った!!」
 タイガー迷彩柄リングコスチュームに隠して置いた光条長剣を即抜刀し、横から来た血煙爪を縄跳びの要領で飛び越えたルカルカが竜司の身体を一閃する。
「やった!」
 振り向くルカルカに、ダリルの声が飛ぶ。
「ルカ! 【その身を蝕む妄執】による幻覚だ!!」
「……え?」
 斬り捨てたはずの竜司が立ちあがり、手に持った『光る種モミ』の光を利用して、自分の頭に反射させる。
「きゃあぁぁぁッ!」
 ルカルカが強烈な眩しい光での目潰し攻撃を受ける。
「これがオレの反則技だぜ!! 目が眩んだだろう!」
「うぅ……目が……」
 直ぐ様竜司のの巨体が、動けぬルカルカを掴む。両腕ごとベアハッグの状態に捉えられるルカルカ。
「がっ……!?」
「残念だったな。可哀想だがらひと思いにこのまま骨をバラバラにしてやるぜ」
 ミシミシと万力のような竜司の腕がルカルカを締め上げる。
「きゃああああぁぁーッ!?」
「ルカ!」
 思わずダリルが手に持った白いタオルを投げようとする。
「おぅッ……!?」
「へ?」
 暴れるルカルカの足が、偶然に竜司の股間の大事な部分にヒットする。
「れ、レフリー!! 急所ですぞ!? 反則だ!!」
 叫ぶアインだが、レフリーは首を横に振り試合続行を宣言する。
「(まさか……!)」
 アインが咄嗟に対面のセコンドであるダリルを見る。
 ダリルがアインに向かって小さくVサインをする。
「(お、おのれェェ。レフリーのば、買収返しをしたのですな……!!)」
 股間を押さえ悶絶する竜司から放たれたルカルカは、ようやく片目のみをうっすらと開ける状態まで回復していた。
「チャンスを勝機に変えろ! 決めるんだ、ルカ!!」
「ええ、ダリル!!」
 ルカルカがコーナーポストにあがり、軽やかに高く跳躍する。
「どこだぁぁ!? オレと同じくらいイケメンな息子を虐めたヤツはぁぁ!!」
「上です! 上ッ!!」
 アインの言葉に上空を見上げる竜司。
「眩しくて何も見えないぜ!!」
 照明のライトの中の小さな黒点が猛スピードで竜司に降下してくる。
「なんだ……?」
 龍飛翔突を応用したルカルカが足から勢い良く突っ込んでくる!
「沈めぇェェッ!!」
 ルカルカに気付く竜司だが、対応が遅すぎた。
 天から一筋の槍のように降ってきたルカルカの渾身の蹴りが竜司のボディにヒットする。
「うぐぅおおおぉぉッ!?」
 蹴りの勢いそのままリング下まで竜司を引きずっていくルカルカ。
――ズザザザザザァァーッ
「ヒィィィっ!!」
 ルカルカの蹴りは竜司のセコンドをしていたアインまで巻き込み、凄まじい量の砂埃が舞い上げつつ観客席の壁際でようやく止まる。
「ふぅ……終わった」
 ルカルカが竜司から飛び降りようとすると、その足首を竜司が掴む。
「まだだ……」
 眉間にシワを寄せるルカルカ。だが竜司の状態はすでに戦えるものではない事もすぐにわかった。彼を諦めさせる言葉は……と、頭を少し悩ませた後、ルカルカは明るく言った。
「あ、言い忘れてたけど、竜司。よく見たらあんたイイ男だよ?」
「……なら、行っていい……」
 掴んでいた足首を離す竜司が大の字に倒れる。
 その下では巻き添えを食らったアインの悲鳴が微かに聞こえていた。
「竜司! 重い!! 潰れるぅぅーッ!!」

 試合が決まり、歓声の中を引き上げるルカルカとダリル。
「このイベントを成功させれば組織に入場料等が入るし、きっと手打ちし易くなるよね? ダリル?」
「さぁ……どうかな」
 キマクの穴はそう簡単な組織ではない、そう言いかけたダリルだが、観客の歓声に手を振って答える笑顔のルカルカを見て、暫くは黙ってこの勝利に浸ろう、そう思うのであった。

 ここまでの戦績は、正統派が6勝、キマクの穴が5勝であった。
 戦いはさらに続いていく……。