First Previous |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
Next Last
リアクション
13
茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は焦っていた。作り笑顔もそろそろ引き攣り気味である。
また、友人たちのおかげで朝よりもリンスが随分と落ち着いてきているし。
気付かれるのは時間の問題。
「……茅野瀬さ。なんか顔色悪くない?」
ほら、もう顔色に気付かれた。
「なっ、なんでもないわよ! 私よりリンスの方が体調悪そうなんだからしっかり休んでなさいよね!」
取り繕って、背を向けて。
ぴらり、写真を見た。
リンスが発見した写真ではない。衿栖が覗き見冷やかし客を退散させようとした時に没収したものだ。
さらに言えば、この写真はまだ誰にも見せていない。
――うん、……怒るだろうなあ。
なぜなら写真には、リンスの他に衿栖も写っていたからだ。しっかりピースまで決めて、カメラ目線で。
衿栖は紺侍に気付いていたのだ。そして、ちゃっかりフレームイン。
そんなことがバレたら。
――いくらリンスでも怒るよね? ね!?
怒ったところなんて見たことないけど。
今回ばかりは、怒られるかもしれない。
――クビとかになったらどうしよう。
――……ヤバイ。
――ヤーバーイー!!
冷や汗だらだらでどうしようどうしようと俯いていたら、携帯が震えた。メールだ。
「あ」
そのメールはフレデリカからで、内容はリンスの写真を撮っている人を見付けた、というもの。添付ファイルには見覚えのある――紺侍の写真。
「……って。フリッカさん、なんで盗撮犯の写メ持ってるのよ」
というツッコミを思わずしつつ工房を出ようとすると、
「茅野瀬さ、本当に大丈夫?」
声を掛けられた。
「うえ!? なな、なにが! なんで!」
「なんかぎくしゃくしたまま外に出て行こうとしたら、そりゃ心配するでしょ。ほら右手と右足、同時に出てるよ? 何かあったの?」
「何もない! 盗撮犯を捕まえてこようと思ったらちょっと緊張してきただけ!」
「緊張するくらいなら行かなくても」
「いいの! 私が捕まえるの! それでお灸をすえてあげますから!!
だーいじょうぶっ、衿栖さんに任せなさいっ!」
振り返らないままそう言って、バダムッとドアを勢いよく閉め、工房を出る。
「待て、衿栖。盗撮犯のところへ向かうならこの地図を持って行け」
出てすぐにレオン・カシミール(れおん・かしみーる)から地図を渡された。ところどころに赤ペンで×がつけられている。
「写真屋が今までに現れた場所に印をつけてある。参考程度にはなるだろう」
「ありがとう、レオン! じゃあ、工房は任せたわ!」
「ああ。気をつけろよ」
礼を言って駆け出した時、着信。テスラからである。
「もしもし、テスラさんっ?」
『フリッカさんからのメール、見ましたか?』
「見た! 今街行くところ!」
『私もです。チャリティーの時に集まった教会の前で合流しましょう』
要件のみの短い電話を済ませると、全速力で教会へ向かう。
リンスと出会って一番最初に起きた事件。
その日のことを、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)は思い出していた。
――私は、目を理由に動けずにいました。
力になれないことで項垂れて、落ち込んで。
その時に言われた。『気に病まないでね』。
――思えば、あの時から惹かれていたのかもしれませんね。
それでもいいよと受け入れてくれたことが、嬉しくて。
きっかけなんて、そんな些細なことだけど。
そして起こった今回の事件。
あの時とは違ったことは、リンス自らが動こうとしていること。
――私は変わった?
――変わった。
自問自答は即答。
――だから私は、自らの足で動きます。
待ち合わせ場所である教会の前に到着し、きっ、と十字架を見上げる。
ぼんやりと、すごく遠くにしかそれは見えないけれど。
だけど、まったく見えないわけじゃない。闇を進むわけじゃない。この目は言い訳にならない。
――大丈夫。
――進める。歩ける。
自分にそう囁きかけながら、衿栖を待った。
「この地図。写真屋さん――紡界さんが売り歩いてる場所なんだって」
「やはり、中心部に集まりますね……この地図と、フリッカさんからの目撃情報、それから琳さんも捜してくださっているようですし」
「うん。すぐに見つかるわよね」
だから大丈夫、そう自分に言い聞かせるように衿栖が言うものだから、
「じゃ、オレ、リンスの足止めしてくる」
ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)は笑ってそう言った。
「へ?」
「だって衿栖、なんか焦ってない? しっかり捜せるように、リンスの足止め必要かなーって」
「……そうですね。ウルス、お願いします」
テスラからも頼まれたし。
じゃあ衿栖から返事を待つまでもないな、と虎の姿に変身して、駆けていく。
「よ、よろしくねーっ!」
背後からの衿栖の声に、尻尾を一度振り返し。
工房まで、走る。
ウルスを見送ってから、衿栖とテスラは歩き出す。
写メは決定的だった。
「この人を見かけませんでしたか?」
その一言で、有効的な証言を得られるからだ。
そして広場に辿り着く。居た。金髪で、背が高くて、カメラを持っていて、アルバムを入れているであろう大きな鞄も持っていて。
「紡界紺侍! 貴方ですか!?」
指差して衿栖が律義にも問うと、
「そうっスけど、お嬢さん方は?」
あっさり、肯定。
「見付けたー!」
テスラと手を取り喜んで。
両脇に陣取り、身動きできなくしてみせた。
「……えーと、あの? この、傍から見たら『リア充爆発しろ』って言われかねねェ構図はなんなんでしょ?」
「言いたいことがあるので」
「逃げられても困るしね!」
テスラが笑い、衿栖も笑った。チェックメイトだ、あと一歩。
「リンスが」
「リンス君が」
「「困っているんです」」
見事なまでのハモりを披露することになった。偶然だが。つまり、想う気持ちは一緒だったということで。
連帯感を感じたところで、両脇からのマシンガントークが始まる。
「店員として貴方を放っておけないわ!」
「大切な人ですから……あんな顔はさせておけません」
「ここには居ないけど、琳さんだって貴方を捜してるんだから!」
「ちなみに、琳さんとはシャンバラ教導団の軍人さんです」
「貴方なんか指先ひとつでダウンしちゃいますよ! すっごく強いんですからね!」
「だけど、返答次第で私達も……多少の無理はするつもりですよ」
「リンスが」
「リンス君が」
「「困っていますから」」
最初同様、最後も綺麗に声を重ねてそう言うと。
「っあーもー。なんスかアンタら!」
両手で耳を塞いで、紺侍が苦い顔をして言った。
「何、とは?」
きょとん、と問う、テスラ。
「リンスリンスって……ファンクラブか何かあるんスか、あの人形師。やったら追っ手がかかるんスけど!」
「そんなものあるわけないじゃない、ただの人形師よ?」
「でもアンタら、その『ただの人形師』にご執心なんでしょ?」
ご執心、と言われ衿栖が戸惑った。
「そ!? ただの従業員と店長の関係よ!」
あわあわと否定した衿栖の言葉を、
「いいえ」
テスラが否定する。
「衿栖さんは、きっとその関係以上にリンス君のことを想っています。
だから、私と衿栖さんの関係、それは」
衿栖に微笑みかけてから、テスラは言葉を続けた。
「『戦友』と書いて、ライバルと読む関係です」
――え? 私がテスラさんのライバル? ……ってことは、
「えっ、……えぇ!? そんなことないわよ! 私とリンスは従業員と店長で、」
「いいえ、いいえ。誤魔化さないでください。自分の気持ちを、確かめてみてください。
……おわかりでしょうか。衿栖さんがリンス君に抱いている気持ち。それの名前を。
私は知っています。知っていました。きっと教えない方が良かったのでしょうけれど……でも、衿栖さんに悩んで欲しくなかった。頑張っている人は、どんな人でも好きですから。だから、教えちゃいました」
言葉を聞いて、衿栖の心中は大きく動いた。
――そうなの? 私は、好きなの? リンスのことが。
どうだろう。どうなんだろう。わからない。だけど。
「その上で、改めて友達になりたいと思っていたんです」
にっこり笑って差し出すテスラの手を、取った。
「ライバル、かは置いておいて。……これからもよろしくね、テスラさん!」
しっかりと、握手。
そしてがしっと衿栖はテスラと肩を組んだ。
「と、いうわけだから! おとなしく捕まりなさ――あれ?」
二人が熱くなっているうちに、どうやら置いてきぼり状態の紺侍は逃げてしまったらしい。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙、後。
「すみませーん! この人、見かけませんでしたか!?」
「先程までこの辺りに居たのですが……」
聞き込み、再開。
*...***...*
「衿栖抜きでリンスと話すのは初めてか」
レオンがそう言って椅子に腰掛けた。
「…………」
「そう緊張するな」
「しますよ。貴方が何者か知らないわけじゃない」
レオン・カシミール。
ビスクドール工房として音に聞くブリュ工房の創始者。
200年以上前の時の人だが、そんな人物も平然と居るのがパラミタ大陸である。
「知ってて無礼な態度を取れるほど、俺は不真面目じゃない」
「というか、真面目すぎるぞ?」
レオンが思わず苦笑するほどに。
「まあ……ならば人形師の先達としてリンスにこの言葉を贈ろうか。……だから、身構えるなと言っているだろうが」
「同じ言葉を繰り返していいですか?」
「駄目だ」
笑うと、そっぽを向かれた。からかいすぎてもいけないらしい。
「レオン、あまりからかってると怒られるよ?」
茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)が紅茶を淹れたティーカップを二人の前に並べながら笑う。
それはまずいなと頷いて、
「『職人は、一人の職人を育て上げてこそ一人前だ』」
贈ろうとした言葉を伝えた。
――それが誰と誰のことを示しているのかわからないほど、鈍くはあるまい?
案の定、しっかり伝わっていた。かぁっと頬を赤くして、微笑みかけたら俯いてしまう程度には、しっかりと。
「この先も衿栖が迷惑をかけるかもしれんが、宜しく頼む」
「……こちらこそ」
レオンとリンスのやり取りから、ほんの数分ほど経った頃。
「こんな言葉があります。『求めよ、さらば与えられん』」
うっかり砂糖を入れ過ぎたためにジャリジャリとうるさい音のするコーヒーを飲みながら、坂上 来栖(さかがみ・くるす)は呟いた。
「貴方は少し引きすぎです、してほしいことを言いなさい」
「……まず、いつから居たのか。それからどこの誰なのか、教えてほしいかな」
「細かいことです」
「求めよって言ったから求めてみたんだけど」
それもそうかと向き直り、
「知りたいですか?
……あ、でもその前にクロエさん、コーヒーのおかわりいただけます?」
それより先にとクロエに頼んだ。マグカップの中のコーヒーは甘ったるいなんてレベルではなく、砂糖菓子のような状態だ。それを飲むのはさすがにキツい。
「はい! おさとうとミルクは?」
「結構です。砂糖は十分にありますので……」
おかわりを注いでもらい、沈殿した砂糖をよーく混ぜて、改めて。
「助けてほしいときは素直に助けてもらいなさい」
「俺てっきり自己紹介されると思った」
「予想を裏切ることは大切です」
「期待まで裏切られるとガッカリだ」
「世の中は不条理で満ちています。いい勉強になったでしょう?」
「本当に言いたいことは?」
「これから言います。茶々を入れないように」
はいはい、という抑揚の少ない返事に、はいは一度でよろしい、と注意してからコーヒーを一口。……まだ甘い。
「嫌な時は頭のひとつでもひっぱたいて嫌だと言ってやりなさい。
頼る相手は多いでしょう? 困ったことに貴方には友達が多いんですから」
「それ、困ること?」
「こうして私のように巻き込まれる人数が増えるので」
「ああ、俺じゃなくてそっちがってことか」
「ええ。貴方は私の友達の大事な人だから、余計なことかもしれないと思いつつ、言わせてもらいました。
改めて。私の名前は坂上来栖。冒険屋の一員です」
そういう繋がりか、とリンスが理解するのを待った後、
「今度、人形を作っているところ。見せてくださいよ」
要望一つ、言ってみた。
「どうぞ、静かな時にでも」
「これくらいでも私は問題ないのですけれど」
「こっちに問題がね」
「そのようで。『門をたたけ、さらば開かれん』。……何事も、行動ですよ」
来栖の言葉に、リンスはしばし考え込んだ。
自分自身がどうしたいか。
――どうって。
――最初から、思ってただろ。
家を出て、写真を撮った奴に注意する。写真の流出を止める。
そのつもりだったのに、集まっていた冷やかし連中が思いのほか多すぎて。
――Uターンとか、俺、ばかかな。ばかだけど。
なんてことを自問自答している場合ではない。
したいことをする。
嫌な時は、頭のひとつでもひっぱたけ。
何事も、行動。
言われた言葉を反芻し、
「よし」
立ち上がった。
「リンス? どこかへいくの?」
てとてとついてこようとするクロエの頭を撫でて、その場で止めて。
「犯人、捜してくる」
きっぱりと、宣言。
だけど困った。衿栖が居ないと他に店を任せられる人物がいない。
大人しく『close』の札を下げて出掛けようか、そう思った時、
「出掛けるのならば、僭越ながら私が店番役を承りましょう」
名乗り出たのは、上質な執事服を見に纏った男だった。
「えっと……」
見覚えはある。あるのだが、名前は知らない。
誰だっけ? と視線を投げると、
「申し遅れました。私、マグメル家執事のマナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)と申します。つまらないものですが」
男は名乗り、丁寧に一礼。その後手製らしきスコーンをクロエに渡した。
「マグメル家執事たるもの、店番くらいお手の物。さあ、どうぞ心配なさらず向かってください」
「私も居るしな」
レオンまでもがそう言ってきたら、後には引けない。引くつもりもない。
「じゃ、言ってきます」
ぺこりと二人に頭を下げて、工房を出た。
家主不在となった工房で。
「……先日のハロウィンから作風が変わられましたか?」
マナは呟く。
「腕も上がったようだな」
同じくレオンも素直に評価した。
「高い技術の職人ほど、技量の向上に対し、その変化が見える形として現れるのは僅かになる」
その中で、一目見ただけでわかるほどの向上をするとは。
「素晴らしい職人ですね」
「私のお墨付きだぞ?」
悪戯っ子のようにレオンが笑うから、マナまで笑ってしまった。
「早くこの環境悪が改善されますように」
願わざるを得ない。
工房を出たリンスが街へと伸びる道を歩いていると。
「思ってたより早っ!」
対面するなり、虎の姿のウルスがそう言った。
「何、どういう意味?」
「や、なんでもっ! ていうか乗ってかない?」
街までの距離と、街に着いてからも紺侍を捜して歩きまわらなければいけないことを考えると、ありがたい申し出である。
「乗る」
だから一も二もなく頷いて、背に跨った。
走り始めてからずっと無言を貫いていたリンスが、
「あのさ。……姉さんのこと、マグメルに話したよ。俺」
「へぇ!」
そんなことを突然言うから、急停止しそうになった。
「危ない」
「ごめんごめん。……でも、それってさ」
――かなりテスラに甘えてるってことだよな?
言うと、言葉を額面通りに受け取って疑問符を浮かべそうなので、黙る。
続きは? と耳を引っ張られるが、「なんでもなーい」と誤魔化し誤魔化し。
「悪いことを考えたわけじゃないさ」
「なら言えばいいじゃん」
「言いにくいなー」
「なんで?」
「なんででも?」
ただ、本当に悪い意味ではなくて。
そうやって誰かを必要としていくのは、良いことだし。
それに。
――一番重い思い出である姉さんのことを、リンスの口から話してもらったんだ。
――テスラが、今のリンスにとってかけがえのない人になれたら、とかね。
それが、幸せな方向に考えすぎなことくらいウルスにもわかる。
だけど。
――オレはただの傍観者だしさ。
――妄想くらいは赦してくれよ。
二人とも大事なウルスだから、二人にとって最良を願うのは、望むのは。
――構わないよな?
「……ねえ、アヴァローン」
「んー?」
「道、違くない?」
そして、バレた。
「ごめん、ちょっと考え事してたら間違えてた」
用意しておいた言い訳を言って、方向修正。
「考え事して間違えるなら俺に言えばいいのに」
「それはそれで話し込んで道間違えそうだよなー」
あ、そうしていればもう少し時間を稼げたかもしれない。なんて思っても、後の祭りである。
――衿栖、大丈夫かなぁ。
懸念材料を残しつつも、街へと向かう。
First Previous |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
Next Last