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人形師と、写真売りの男。

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人形師と、写真売りの男。
人形師と、写真売りの男。 人形師と、写真売りの男。

リアクション



14


 さすがに街中、虎の背に乗って駆けるわけにはいかないとウルスの背から降りて、リンスは自分の足で写真屋を捜しはじめる。
 手掛かりなんてないけれど。何せ携帯も持っていない。
 ――アヴァローンと別れなきゃ良かったかな。
 良かったのかもねぇ、と若干の後悔に苛まれていると、
「こんにちはレイスさん! 光合成ですか?」
「……高務。元気だね」
 いつも通りな高務 野々(たかつかさ・のの)の声に立ち止まった。
「むー? なんです、テンション激低ですね! どーかしたんですか?」
「いつもこうでしょ」
「いつもはもっとキレのいいツッコミが来るはずですし、レイスさんの『いつもこう』はあてになりません」
 なんで、と思って首を傾げると、野々はふふんと得意げに笑った。
「やせ我慢が得意な方なんですからね。
 さてさて、今日は何を我慢してらっしゃるのです?」
「……見られるストレス?」
 素直に答えてみると、「いつも見られてるじゃないですか」とツッコまれた。確かに、何かイベントごとがあれば人が工房に集まるけれど。
「それは知り合いだから平気」
 珍しがって見られたり、奇異好奇の類はどうも苦手なのだ。
「あれ? お知り合いじゃないのに見られているのですか?」
「撮られた覚えのない写真が出回っててねー……そのせい?」
「ふむふむ。つまり、こんなところをふらふらしているのはその写真の流出を止めるためなんですね。把握しました」
 ろくな説明をしていないのに現状ずばりと言い当てたので、ただの毒舌メイドじゃないんだなと少し尊敬。
「今何かよからぬこと考えませんでした?」
「全然」
「まあ、いいですけど」
 さして興味なさそうに野々は言い、リンスにくるりと背を向けた。数秒歩いてから、くるり、振り返る。
「ご案内いたしますよ?」
「どこへ?」
「写真屋さんのところまで」
「知り合いなの?」
「いいえ、そこまでの仲ではありません。ですが、捜さなければならないほどヴァイシャリーで見かけぬ存在でもないのです。
 ふふん、彷徨うメイドは伊達じゃないのですよ?」
 再び得意げに、ふふん。
 いつもなら「かっこ自称かっことじ?」なんて言って軽口合戦に移行するが、今日は別。
「じゃ、お願いします」


 歩くこと十分弱。
「ということで、こちらが写真屋さんこと紡界紺侍さん17歳でございます」
 紺侍の許までリンスを案内した野々は、右手で紺侍を示して言った。
「それではどうぞ、レイスさん。存分に思いのたけを」
「まず本当にすぐ見つかったことに対して驚いた」
「うわあご本人降臨っスか。ヤベェどうしよ逃げてもいいスか?」
「俺に聞かれても」
 案の定リンスはこういった修羅場になり得る展開が得意ではない様子。
 チャンスとばかりに一歩前に出て、
「ではお逃げになられる前に私から一つよろしいですか?」
 にこりと笑って野々は言う。
「クロエさんと、ついでにレイスさんの写真を全て渡しに引き渡したら見逃して差し上げます」
 ――あくまで『私は』ですけど。
 リンスが見逃さないと言った場合は、知らない。逃走を手伝う義理もないし。
 紺侍が「うえっ?」という素っ頓狂な声を出して状況が飲み込めていない間抜けな顔になったがそれは無視して、
「あ、すみません、もう一つ言いたいことがありました。
 今後は隠し撮り写真は売りさばくのをやめ、もし撮るならちゃんと相手に許可を得てからにしなさい。隠し撮りダメ、絶対」
 言いたいことをつらつらと言う。
「ああ、無理とか言っても貴方の事情なんて知りませんし考慮もしませんので。何せ貴方が写真を売っていると、ある友人の態度が素っ気無さすぎて面白くないのですよ。ええ、誰とは言いませんけれど」
「……まあ、良いっスけどねー。そろそろ潮時かなとも思うし」
 ――あら?
 アルバムから数枚引き抜いて、デジカメのデータは――削除。
「ハイ、どーぞ」
「えらくあっさりですね」
 ――レイスさんが明らかに流れについていけていませんよ。きょとんとしていますよ。
 ――というか私だってここまであっさり渡して頂けるとは思いませんでしたけれど。
 なんとか置いて行かれないように、写真を受け取って。
 写真の腕がいいことは確認。
「じゃ、見逃してもらえるっつー話なンで、オレは逃げますねー」
「待ってください」
 背を向けた紺侍の服の裾をぐいっと掴んで引っ張った。
「何スか? 契約反故?」
「そんな卑劣な真似はしません。新しい依頼です。
 この街の写真が欲しいので売ってください」
 手に握らせたお金は、これまで紺侍が売っていた写真の値段を少し上回るくらい。
「……写真売るなって止めたり、多めに支払って写真買いたがったり奇妙なお嬢さんっスねェ」
「事情なんて知らないと言ったはずですよ? 突然の依頼に対する正当な対価なのです」
 ぱ、っと手を離すと、「りょーかいしやしたァー」と軽く言って走り去って行った。
 リンスはきょとんとしたまま、逃げる紺侍を追いかけようともしない。
「いいんですか?」
「んー、写真もデータもなくなったし、これ以上は別に望まない」
「謝罪とかは」
「追いかけてまでさせたいとは思わない」
「ドライな方ですね」
「俺がウェットなの想像してみたら?」
 想像してみた。
 にこやかーでフレンドリーで多く人の目もなんのその、なリンスは、
「なるほど、気持ち悪いです」
「言われるとへこむ」
「クリスマスのお返しですよ」
 お返しも済んだことだし、もういいやと野々はリンスから離れて。
「それではレイスさん、安息の日々をどうぞお楽しみくださいな」
 彷徨えるメイドに戻ろう。


 野々が去って、しばらく広場でぼーっとしてから。
「……あ。写真」
 回収したのは野々である。
「……ま、いっか」
 悪用はしないだろうと楽観視して、さて帰ろうと踵を返したその刹那。
「こんにちは、リンスさん」
 静かな声に、振り向いた。
「……ええと」
 見覚えのない顔に首を傾げる。
イルマ・レスト(いるま・れすと)と申します。
 こちらを提出していただきたく思いまして」
 ぴらり、イルマが持っていた紙は、
「被害届?」
 冷たく強い風が、吹いた。


*...***...*


 リンスの写真を持っていた人物から、それを『借り受け』つつ誰から手に入れたのかなどの聞き込みをした結果。
 売っていたのがバイト仲間である紺侍だと知った壮太はメールを打った。
 『お前今どこ居んの?』
 『ヴァイシャリーっスよ。教会の前で懺悔中っス』
 たった二通のやり取りで、紺侍の居場所を把握。すかさず向かって、
「見ぃーつけた」
 教会前のベンチに座っていた紺侍の頭をひっぱたいた。
「あいたァっ!? ……壮太さん?」
 背後からの一撃だったので、かなり不意打ちだったらしい。
 何するんスか、と見上げてくる紺侍の眼前に、
「お前な、オレと同じで金が必要なのは分かるんだけどよ。さすがに盗撮はまずいだろ盗撮は」
 ぺらり、写真を突き出した。例の『借り受けた』写真である。
「知り合いだったんスか」
「ダチ。だから見つけた以上黙っちゃおけねえよ。盗撮と販売、止めてくれねえか」
 端的に要件を述べると、
「じゃーキスしてください。そしたら売るのやめます」
 素っ頓狂な条件提示。
「おま……はぁ」
 性癖については暴露されていたので今更驚くことはないが、ため息は吐く。
「どーします?」
 紺侍はにこにこ笑っていた。……しないとでも思っているのか。したらラッキー、とでも?
 いいさ、幸い人気はないんだ。礼拝のない、平日夕暮れの教会前なんて。
 ぐいっと顔を近付けて、触れるだけのキス。
 を、したのに。
「…………えー」
 がっかりしたように声を上げるから。
「不満かよ」
 このやろう、ともみあげを引っ張る。いたた、と言っても気にしないでぐいぐい。
「何が不満だ言ってみろコラ」
「だってあっさり条件飲むから! オレもうちょっと躊躇するかと!」
「リンスのためだろ。躊躇するかよ」
 即答したら、
「……さーせん」
 謝られた。
「もうデータとか消した後なんス」
「ほー、いい度胸だな紡界。このもみあげ切り落としてさっぱりさせてやるよ」
「うわぁ勘弁。真っ直ぐ歩けなくなるっスよオレ」
 触角かよ、とツッコんで頭をぺしと叩いて、ため息。
「……じゃあもう盗撮も販売もしないんだな?」
「ハイ。人形師とお人形さんのデータ、全部消えてるっス」
「ならいいわ」
 ――後はリンスのところへ連れて行けば、
「って! 逃げんなっ!」
 一瞬目を離した隙に、紺侍は走り出していた。
「いーなァ人形師! 男女問わずモッテモテ! マジで羨ましいっス」
「お前にゃ誠意が足りねえ!!」
 吠えたが、紺侍が足を止めることはなかった。とにもかくにも、追いかける。


*...***...*


「キミが噂の写真屋さん?」
 逃げる紺侍に、柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)が笑いかけた。
「噂かどうかは知らねーっスけど、写真屋さんっスよ」
 紺侍は後ろを振り返り、追っ手の姿が無いことを確認すると減速。
「お客さんっスか?」
 貴瀬はふるりと首を横に振り、
「ごめんね。写真には興味がないんだ」
 すまなそうに謝る。
「アレ? じゃあ何で声かけたんスか?」
「キミに興味があったから」
 誘惑するような微笑みを浮かべて言うと、ふっと笑われた。見かけとは裏腹に、繊細な笑みだったから少し驚く。だけどすぐ次の瞬間には、へらりと人好きのする笑みを浮かべていた。あの繊細なものは、一瞬だけ。
「ならナンパっスね、これ。される側は久々だなァ」
「ふふ。喜ぶんだ」
「そりゃァまァ、こんな綺麗なお兄さんにナンパされたら喜ぶでしょう男なら」
「やっぱり変わってるね。
 改めて、初めまして。俺は柚木貴瀬というよ。以後お見知り置きを」
「初めまして貴瀬さん。オレは紡界紺侍っス」
 軽く握手して、そしてそのまま手を繋いで歩く。嫌がらないのが意外だったりして。
 後ろを歩いていた柚木 瀬伊(ゆのき・せい)が、「あまりくっつくのはどうかと思うぞ?」と注意もしたが、気にしない。
「紺侍って、手、大きいね」
「そっスか?」
「あと。思っていたよりかっこいい、ね」
「褒めても写真しか出てこないっスよ」
「いいよ、写真で……紺侍の写真なら、だけど。ないの?」
 あったっけ? と呟きながら紺侍が立ち止まり、カメラのデータを探り出す。
 貴瀬も一緒に見たが、
「ないね……」
「ないっスね。ま、そりゃそうか。オレ一人で出かけて撮ってるからなァ」
「友達は?」
「遊ぶ時は遊ぶ、撮る時は撮る、で分けてるんスよ」
「俺。紺侍の写真が欲しいな」
 褒めたら出てくるんでしょう? とにっこり。
「……褒めても出てこねェっスよ」
「あ。うそつきだー」
「ハイ。さっきも嘘ついてきたとこっス」
「そうなの?」
「ていうか了承されると思わなくて」
 若干申し訳なさそうに、紺侍が遠くを見た。視線を追う。日の落ちかかった、オレンジ色の空。夕日を浴びて、ふっと薄く、笑っていた。
「ま。なんでもないっスよ」
 そしてまた、へらりと笑う。
「ねえ、紺侍」
「ハイ?」
「俺も写真撮ってみたい」
「へっ?」
 紺侍の写真を撮ってみたいと、素直にそう思った。
「ダメ?」
 首を傾げてじっと目を見つめる。「駄々っ子みてェ」と紺侍が苦笑して、デジカメを渡してくれた。
「シャッターはこれっス」
「押すだけ?」
「ハイ」
「じゃあ、」
 ぱしゃり。
 撮られて初めて、紺侍が驚く。
「……オレ?」
「だって紺侍の写真が欲しかったから。どうしても」
 瀬伊がぽそりと「こんな男のどこがいいのか。貴瀬は本当に男の趣味が悪い」と呟いた。
「後ろのお兄さんの言う通りっスよ?」
「なんだよ、二人して。いいじゃない、俺はそう思わないんだから」
 贅沢を言えばツーショット写真も欲しい。許されるかわからないから、まだ言わないでいるけれど。
「ああ、そういえば。紺侍って、写真を売ってるんでしょう?」
 紺侍を捜して、瀬伊と聞き込みをしていた時に聞いた話。
 写真屋が撮っているのは盗撮写真ばかりで、そして今、それを売って小金を稼いでいる、と。
 だからどんな悪人かと思っていたら、予想外で。
「写真を売るのはいいけれど……恨みを買わないように気を付けないと、ね?」
 なので助言もしてみたり。
「恨み、ねェ」
「買ってる?」
「売上が吹っ飛ぶほどじゃなきゃいいっスけどねー」
 そうやって、紺侍が明るく笑い飛ばした時。
「そこまでだ」
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)の凛とした声が響いた。


 盗撮は犯罪である。
 しかも、それを売って利益をあげているなど言語道断。
「こういうのは放っておくとエスカレートする傾向にあるという」
 見た目は白バイな小型飛空艇ヘリファルテ『ユースティティア』に乗ったまま、千歳は言った。
「……朝倉センパイ」
「久しぶりだな、紡界」
 去年まで後輩だった男。
 馬鹿ではないと思っていたが。
「馬鹿だったのか? いくら金が必要とはいえ、盗撮は犯罪だぞ?」
 問い掛けには、沈黙。
 まあいい、と軽く目を閉じて、再び目を開く。
 元蒼学生・朝倉千歳ではなく、判官として。
「今のところ事件というほど大事にはなっていない。蒼空学園に報告して処罰を求めるほどでもない」
 尤も、被害届を受け取りに行ったイルマは『盗撮犯などという社会の屑は死刑でもいいと思いますけど』と物騒なことを呟いていたが。
「リンスさんに謝罪させて、ヴァイシャリーから退去。それくらいが妥当だと思うのだが、紡界、お前はどう思う?」
「オレ、この街けっこー好きっスよ?」
 ノーということか。
「了解した」
 だが、そういう回答も想定済みだ。だからユースティティアから降りなかったし、装備も万全。
「紺侍、こっち!」
「逃がすかっ!」
 貴瀬に手を引かれ、紺侍が走っていく。
 逃がさない。
 加速しようとした時、
「っ! ……邪魔するか?」
 瀬伊に立ちはだかられて、急ブレーキ。
「趣味が悪いとはいえ、貴瀬の相手だからな」
「何を言っているのかさっぱりだ」
「悪い事をしている、ということがわからないほど馬鹿ではなさそうだったぞ、あの男。
 貴瀬が、止めるように進言もするだろう。見逃してやって貰えないか」
「通ると思って言っているか?」
「いや。……だが、意見を聞く耳は持ってくれているようで安心した」
 言うだけ言って、瀬伊が道を開けた。
 後ろ姿はもう見当たらない。
 だけど逃がす気もない。
 加速。


「……あ、」
 貴瀬は立ち止まる。否、立ち止まらざるを得なかった。
 ――行き止まり。
「追い詰めたか?」
 後ろからは千歳の声。近い。
 ――どうしよう。どうすれば逃げられる?
 考えているうちに、足音が近付いてくる。紺侍が振り返った。貴瀬も振り向く。スタンロッドを持った千歳が、ロッドの先端を紺侍に向けて言った。
「写真が撮りたいのなら、本人の許可を得てからすればいいものを……馬鹿な男だ。
 紡界紺侍、盗撮容疑で被害届が出ている。お前を逮捕する」
 いいな? と問うように、一瞬の間が置かれた時。
「ちょっと待ってもらおうか」
 またも、闖入者。