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リアクション
15
止めたのは、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)だ。腕を組んで仁王立ちしている。
「帝王さん……?」
「この帝王の目が光る中、まずはよくやったものだと褒めてやろう」
なにせヴァルは日夜ヴァイシャリーの街を警邏し見守っている。ヴァイシャリーの帝王……というのは言い過ぎかもしれないが、それに近しい動きをし、また住民にも認知されていた。
そして、そうやって街の平和を守ろうと見て回っているので、紺侍の姿は良く見かけている。
「逮捕、では叱れんぞ」
紺侍に対してすべきこと。
それは、彼に同意して逃走の手助けをするのではない。だけど、頭ごなしに否定してもいけない。
必要なのは、叱ること。
駆け引きなんかもいらない。真正面から叱る。
見ていて気付いた。写真に対して、何かしらの情熱を向けていることは。悪い奴ではないということは。
「なにか理由があるんだろ」
「…………」
問い掛けても、答えない。にこり、笑うだけだ。
「理由があったとしても……犯罪は犯罪だろう」
千歳が言った。至極尤もな意見である。
けれど、それでも。
赦したいと思ってしまうのは、甘いのだろうか。
「犯罪ですが……その行為で、助かった例もあります」
キリカ・キリルク(きりか・きりるく)が言った。千歳が目を見開く。
「助かった? 盗撮行為で、か?」
「はい。……実は先日、帝王からもらった耳飾りを落としてしまいました。帝王は気付いていませんでしたが」
その通り、今それを知った。今、キリカの耳にそれはちゃんと、ある。
ということは、
「見つかりました。紡界さんが僕の写真を隠し撮りしていて……それで、何枚かあったデータから落とした場所を推測して、捜すことができたんです。
あの時はへたり込んでしまって言えませんでしたが……改めて、ありがとうございます」
深々と礼をして、キリカが千歳を見た。駄目ですか? そう言いたそうに。千歳は「うーむ……」と唸っている。
ああ、やっぱり誰だって。
誰かを恨みたいわけじゃない、誰かを憎みたいわけじゃない。
だったら。
「彼らに、キミを赦す理由をくれ」
きちんと理由さえ説明すれば、赦せるかもしれない。憎まないでいいかもしれない。
なのに紺侍は、首を横に振った。
「駄目っス。言えないっスよ帝王さん。だって今オレが理由言ったら、お涙頂戴の同情劇場になっちまう」
でしょ? と問いかけられても応えられない。応えられるはずがない。
「それに赦してもらえないのは仕方ないっス。だってオレが撒いた種だから」
「……そこまでわかってるのに、どうしてお前はこんなことをしたんだ」
「本当に馬鹿だな、紡界……」
携帯を持って電話していた千歳も同調し、ため息を吐いた。紺侍は変わらず笑ったままだ。
「はは、すんません」
「謝る相手は俺たちじゃないだろう。
関係者各位に謝りに行くぞ。俺がついて行ってやるから心配は要らない」
謝ることで赦してもらえるようなら。
そこから始めてはいけないだろうか。
「関係者各位っていうか、主に人形師っスよね」
「まずは、そうだな」
「ならそこに居るっス」
「は?」
振り返ると、居た。
「外って暗くなると寒いね、室内より」
早く帰りたい、と言いたそうなリンスと、その隣に携帯を持ったイルマが。
イルマが千歳に電話して、紺侍の居場所を聞き出して。
やって来てみれば、細い路地に数人集まり真剣な様子で話し合い。
出て行くべきではないかなーと話を立ち聞きしていたら、話を振られたので返事をしてみた。
「工房に居なかったのか」
ヴァルが言う。
「篭っていて物事が進むわけじゃないでしょ」
それでも出る気にならなかった数ヶ月前とは大違いだと思いながら答える。
「人形師……」
紺侍が、若干表情を歪めて肩書きでリンスを呼んだ。
「……迷惑かけて、すんませんでした」
それから、謝罪。
――謝られたけど、どうすればいいんだろ。
――そもそも俺が困ってたのって、
「もう俺の写真撮らない?」
「ハイ」
「配らない?」
「データないっスから。プリントや現像した分も、全部あのお嬢さんに渡しちゃいましたし」
「じゃあいいや」
解決してるから、いいや。
「ちょっと待てリンスさん。それでいいのか?」
「ずっとこの調子ですもの。いいのでしょうね」
千歳の問いにはイルマが答えた。
「被害届も出さないって言うんですよ? 制裁が足りないと思いません?」
『軽い小遣い稼ぎのつもりかもしれませんが、盗撮される側は深く傷つくこともあるのですよ』。
と、イルマが言っていた。そうだと思う。傷ついたわけではないが、リンスだって迷惑を被った側だ。
だけど、被害届は書かなかった。
――ていうか、そうか。盗撮って犯罪か。
そもそも、犯罪だったことに気付いていなかったから。気付いていたら、ここまで事が大きくなる前にさっさと警察に頼っていたかもしれない。そういう機関に軽々しく頼るのは好まないが、大切な人達に迷惑をかけることや人形作りに支障を来す方が問題だ。
「少し灸をすえてやるべきだと思いますけど」
「じゃ、次はもうないよってことで」
盗撮は犯罪だって覚えたし。
甘いですわ、とイルマが言うが、無理にサインをさせようとはしてこない。意志を尊重してくれている。
「赦すんスか?」
「迷惑だとは思ってたけど怒ってはいないし」
憎んでも恨んでもいない。
迷惑行為が除かれるなら、それでいい。イルマの言うように、甘いかもしれないけれど。
「赦さない……って怒り続ける方が労力使うからね。嫌いだ」
それに。
「紡界一人の罪じゃないでしょ」
「は?」
「どういうことだ?」
千歳とヴァルが驚いた声を上げた。リンスは振り返る。
振り向いた先には、岩沢 美咲(いわさわ・みさき)と岩沢 美月(いわさわ・みつき)が居た。
遡ること一時間以上前。
工房裏で、美咲と美月は話していた。
美雪が言った、些細な一言。
『あの写真、紺侍お兄ちゃんが撮ったものに似てるね』。
紺侍のことは、クリスマスに臨時バイトとして雇った。そして、その時写真を撮ることが趣味だと聞いている。それを美月も知っている。
疑問に思っていた。
なぜリンスの写真だけ、工房周りに人だかりができるほど流出しているのだろう、と。
――誰かがそうさせている?
まさか。誰が、何のために。
だけど思い至ってしまった。
リンスにいつか一矢報いたいと思っている人間が居ることに。
「美月、ちょっといいかな?」
一人裏手で携帯を弄っていた美月に声をかけると、「……はい」ばつが悪そうに、美月は返事をした。
いつも、リンスが姉さんたちを奪っていく。
悔しい。嫌だ。なにか仕返したい。だけど思いつかない。
『オレ、写真よく撮るんスよ』。
臨時バイトがそう言っていた。
『人混みとか、苦手』。
リンスがそう言っていた。
ああそうだ。
――写真を撮らせてバラ撒いて、リンスの周りに人を集めたら嫌がらせになりますね。
――それに、姉さん以外のリンスに好意を持つ人達の焚き付けにもなりますね。
――それで、リンスに恋人が出来たら。
――姉さんはきっと落ち着く。熱も冷める。戻って来てくれる。
気付いた時には、紺侍の携帯の番号を押していた。
「もしもし。メルクリウスの店員です。……はい、美月です。よく覚えてらっしゃいますね。
……本題ですが。リンスの写真を撮って、それからできるだけ多くの人にバラ撒いてください。お金は払います」
「……ということは紡界、お前」
「利用されていたってこと?」
「そうなりますね」
ヴァルと貴瀬の声に、美月が頷く。
「やったことには変わりないっスけどね」
「あたしが黒幕です。罰でもなんでも受けますよ」
諦観とした紺侍の声と、自棄のようにも聞こえる美月の声。
空の上、乱入するタイミングを見計らっていた望は思った。
――これは、私も一枚噛んでいますとカミングアウトするべきなのかしら。
ロリ娘ショタっ子の写真撮影を頼んでいたこと。……つまり、盗撮騒ぎのいくらかに関わってはいること。
どうしましょうどうしましょうと空中で旋回。その動きが仇となった。
「……ん?」
千歳の上に影を落としてしまい、気付かれたのだ。
「何をしているんだ?」
「えっ、あー……空中散歩ですわ。ええ」
カミングアウトする決意まではしきれず誤魔化すと、
「あなたも写真撮影、頼んでいましたよね」
美月に言われた。
――ああ、罪はいつか白日の下に晒されるのですね。
詩人的に思ったりしながら、腹をくくった。
「はい。私、紡界様に美少年、美少女の隠し撮り写真を依頼しておりましたの」
「整理させてくれ」
額に手を当て、千歳は言った。
「紡界は写真が趣味。自然な姿を綺麗だと感じ、『あ、いいな』と思ったものを撮っていた。そして今までそれらの販売はしていなかった」
そのままの姿勢で状況を整理する千歳に、「そっス」と紺侍が頷く。
「が、そこに写真――盗撮関連で依頼が二件。『写真って稼げるんじゃね?』と思って、事に及んだ。……出来心だな。常習化する前か」
ならば、まだ救いようはあるのではないか。エスカレートする前に、きっちり止められるのではないか。
後輩だ。堕ちて欲しいわけじゃない。
「もう盗撮はしないと約束してくれないか」
「綺麗なものを撮りたかったらどうすればいいっスか?」
「自然体にこだわるなら先に承諾を得ておくことだな。突然シャッターを切るかもしれないが構わないか、と。それから撮ったその場で本人に見せてデータを残しておいていいか訊けばいいだろう」
いいか? と目で問うと、紺侍が頷いた。
それから、美月と望を見る。こちらはどうするべきか。
「美月さんに関しては、リンスさんに任せた方が良さそうだな」
「了解」
「望さんは……写真集を渡さなければ良いだろう」
「……どうしてもです?」
「どうしてもだ」
はぁぁ、と意気消沈していたが、そもそも盗撮写真なんて頼んだら駄目だろう、と心中でツッコミ。
「あとは……迷惑をかけた人達に謝って赦してもらえれば、というところか。できるな?」
先程ヴァルも一緒に謝りに行くと言っていたし。
やり遂げられるとは思いつつ、尋ねる。
「ハイ」
素直な目で頷いたので。
「ならばこの件は不問とする」
千歳なりに、判断を下した。
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