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人形師と、写真売りの男。

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人形師と、写真売りの男。
人形師と、写真売りの男。 人形師と、写真売りの男。

リアクション




3


 紺侍の呼び込み声を聞いて、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は手を振った。
「コンちゃん、やっほー」
「あ、ヘルさん。お久しぶりっス」
 ヘルの姿を見た紺侍が、へらりと笑って手を振り返してくる。長い脚で数歩、距離を詰めて。
「写真どう? 新しいの入ってる?」
 目的へ一直線。
 紺侍もわかっているので、「っスよー」と鼻歌交じりにアルバムを手渡してきた。
 ぺらぺら、ぺらぺら。
 好みの美少年や美青年の写真が入っていないかをチェックする。
「あれー? 呼雪の写真増えてる?」
 途中、何枚かパートナーである早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の写真を見付け、尋ねた。
「ロイガーの上にイエニチェリになっちゃったら話題になるかー……」
 本当は独り占めしておきたいから、複雑な心境である。
「てゆーか。呼雪さん綺麗っスからね、見付けたらこう、ついパシャッとシャッター切っちゃってて」
「なんだ、コンちゃんの趣味か」
「趣味っス」
「ならまだ良いや……ってちょっとちょっとー。これはダメだよー!」
 見付けたのは、薔薇に口付けている呼雪の写真。
 ――渇いてる時の呼雪の顔はヤバいんだってば!
 どうやって撮ったのか、と毎回思う。紺侍の写真は、本人にバレない隠し撮りのくせに角度も画質も良いのだ。
「こんな写真どうやって撮ったのー?」
「あ、イイな。って思ったからっスかね?」
「それだけでこんな写真撮られたらヤバいよー。これは売っちゃダメ、没収」
 ――呼雪のこういうところ見て良いのは僕だけなの。
「じゃ、データごと売るっス」
「ちゃっかり者だなぁ」
「毎度ありっスー」
 呼雪の写真を買い占めたところで、
「……なるほど。何処で油を売っているのかと思ったら、こういう事か」
 背後から、声。
「あ」
 紺侍は、ヤベ、という顔。
「あ。呼雪ー♪」
 ヘルは、写真を買っていたという後ろめたさなんて一切なく、呼雪に飛びついて頬ずり。
「いつもの事だから俺は気にしないがな……写真屋が困った顔をしているぞ」
「ああ、コンちゃんは写真撮って良いかどうか悩んでるだけだと思うから大丈夫だよ」
「いいっスか?」
「僕らにだけくれるならいいよ」
「んじゃ遠慮なく〜♪」
 ぱしゃり、一度だけ切られるシャッター。
 どうもっしたー、と笑う紺侍を、呼雪が見て。
「……背、高いな」
 ぽそりと呟く。
 そういえば今まで然程気にしなかったが、紺侍と話す時は目線が丁度良かった気がする。ヘルはかなり身長が高いというのに。
「ヘルと同じ……くらいか」
「っスかね? あぁ改めまして。オレ、紡界紺侍っス。よく写真撮ってるんで。見かけたら声かけて下さい」
「写真? ……って。どうして俺のものがある……」
「綺麗だったからっスね」
「物好きな奴もいるものだな……」
 言いながらもぺらぺらとアルバムをめくっていくのは、一枚一枚の写真に惹かれるものがあるからだろうか。最初、紺侍が撮った写真を見たヘルもそうだった。
 アルバムを最後まで見終えた呼雪は、紺侍にアルバムを渡した。受け取ってからも、押し付けるように指先は添えたままで。
「? 呼雪さん?」
「……俺は立場上視線には慣れているし、構わないが。こんな風に勝手に撮った物を売られるなんて、嫌だったり困る人も居るんじゃないだろうか」
「……っスかね?」
 わからない、というように首を傾げていた。紺侍もきっと、人の視線に頓着しないタイプなのだろう。
「腕は悪くないから、きちんと撮影関連のアルバイトをした方がいいんじゃないか?」
「それ、稼げるっスかね?」
「こんな隠し撮りをちまちま売り捌くよりはマシだろうな……さて。ヘル、そろそろ帰るぞ」
「はーい。じゃ、コンちゃん! また今度イイのあったら教えてね〜♪」
 ひらひら、紺侍に手を振って。
 呼雪の手を握り、帰途につく。


*...***...*


 私用でヴァイシャリーまでやって来て、ホテルの部屋を取って泊まったら。
「……?」
 なんだか妙に、視線を感じる。
 廊下を歩いている時。食事を摂っている時。
 振り返り視線を追うと、見知らぬ他人がさっと目を伏せる。
「おかしいですね……ん?」
 そのことを考えながら部屋まで歩くシュネー・ベルシュタイン(しゅねー・べるしゅたいん)の目に留まったのは、一枚の写真。
 撮った覚えも撮られた覚えもない、自分自身の。
「なるほど、これが視線の原因……」
「どういうことニャ!」
 写真を見て頷くシュネーに、パートナーのクラウツ・ベルシュタイン(くらうつ・べるしゅたいん)が飛びついて訊いて来た。
「私が知らない間に私の写真が撮られていたようね。それが流出したのかしら……ともあれ、今まで感じていた視線の正体に一枚噛んでいそう、ということ」
「ミーの写真はあるのかニャ?」
「さあ……クラウツは視線を感じたの?」
「わからないニャ! ミーはいつでもアイドルだから視線は浴び放題ニャ!」
 ――でもこの写真にクラウツは写っていないのだけど。
 思っていても言わないでおく。言ったら言ったで、『何故ミーは枠外ニャー!!』と怒りだすに違いなかったからだ。
 が、気付いてしまったらしい。尻尾がピンと立ち、毛もしゅーっと逆立っていた。
「何故ニャー!!!」
 ――ああ、ほら。
「……苦情、言いに行きましょうか」
 もとより、根源をどうにかしなければいけなかったし。
 このままだと、クラウツがうるさいから。


 そうして街中に出てきたところ、驚くほどあっさりと元凶は見つかった。
「写真ーいかぁっスかー?」
 なんて声を張り上げていたら、嫌でもわかる。
 聞き込みもしてみたが、彼が写真を売っているところを見たことがある、と言う人物多数。
 間違いない、と確信はしたものの、相手の出方もわからない以上様子見――
「フオォォォ!! そこのミー! ミーの写真を撮ってくれニャアアアアア!!!」
「クラウツー!?」
 クラウツが勝手に出て行ったことで、その努力は水泡に帰した。
「へっ?」
 写真売り――聞いたところによると、名前は紡界紺侍というらしい――は、素っ頓狂な声でクラウツのタックルを受け止め。
「写真の依頼っスかー?」
 人好きのする笑みを浮かべて、クラウツの頭を撫でた。
「シュネー! ミーは良い奴だったニャー!」
「ほだされるにしても早すぎるわよ! ちょ、ちょっとそこのあなた!」
「何スか?」
「私の写真を勝手に撮って、そして勝手にばらまかないでください!」
「……あ。そういう……」
 合点がいった、とばかりに頷いて、紺侍がデジカメを起動させた。
 撮られる!? と身構えたが、
「これっスよね?」
 画像を見せられた。ホテルでも見た自分の写真だ。いつどこで撮られたのか、まったく気付かなかった写真。
「……そうです」
「じゃ、これで……はい、デリートっス」
 頷くと、本当にあっさり消された。それはもう、拍子抜けするくらいに。
「? アンタ、何でそんな素っ頓狂な顔してんスか。綺麗な顔なのに変顔したら勿体ないっスよー?」
「だってあなたがあっさり消すから……」
「え? 困ってるから消してくれって意味じゃなかったんスか?」
「そうですが、」
「オレ、綺麗なもの見付けると撮っちゃう困った癖があるんスよね。迷惑かけてホントにすんません」
 しかもぺこりと謝られる。軽く頭を下げただけ、ではなく、きちんとした礼で。
 ――……怒るに怒れないわ……。
「……とりあえず、人を撮ると私みたいに文句を言う人が出てくるから、止めておいた方がいいわよ?」
「っスね。肝に銘じておくっス」
 へらりと笑って顔を上げかけたところで、
「ミーの写真を撮ってくれニャアァ! 無視するななのニャー!!!」
 クラウツの突撃。
 予測範囲外、背後からの突撃、体勢も悪かったというのに多少よろけただけで止め、
「あはは、無視しててすんませんねニャンコさん。
 ……そだ。お詫びじゃないっスけど、アンタとニャンコさんで撮らせてもらってもいいっスかね?」
「悪用しないなら構わないわ」
「約束するっスよ」
 と言われれば、頷く。
 撮影したその場で紺侍は携帯用プリンタを使い、写真を刷って。
「はい、ニャンコさん」
「フオォォ……! 美しきミーの美しき写真ニャー! ありがとうニャ!」
 クラウツに手渡し。
「アンタにも」
 そしてシュネーにも。
「アンタじゃなくて、シュネーよ。シュネー・ベルシュタイン。……今度会うときは、もう少しまともな状況であることを願うわ」
 写真を受け取り、名前を名乗って。
 もう用のなくなったヴァイシャリーから、立ち去った。


*...***...*


 休みの日。
 ウィンドウショッピングをしにヴァイシャリーまでやってきた白銀 司(しろがね・つかさ)が聞いたのは、「写真いかぁっスかー?」の声。
 ――写真って、なんだろう?
 気になって声の主を探すとすぐに見つかった。背の高い金髪のお兄さんだ。
「ねえねえ、写真屋さんなの?」
 とことこ近付いて声をかけてみると、
「うお美少女。写真撮ってもイイっスか?」
「うん、いいよ。その代わり写真を見せてほしいなっ」
 頼まれたので交換条件を持ち出してみる。
「勿論っスよ。アルバムどーぞ」
 友好的な態度の相手に、悪い人じゃなくて良かったと安堵しながらアルバムをめくる。
 そこに写っていた人や景色は、とても綺麗で。
 もちろん、被写体がいいこともあるのだろうけれど。
「すごく綺麗に撮れてる……! みんなカメラを意識してないみたいな自然な表情で良いね♪」
 称賛していたら、ぱしゃり、と音。
 え? と顔を上げると、
「イイ笑顔、どーもっス♪」
「こういう撮り方してたからみんな自然だったんだねぇ」
「だって『ハイ、撮ります!』っつーと、みんな意識してカタくなるっスからねー。知らないうちに撮られてる、って結構嫌なことだってさっき気付かされたんで、今度からは気を付けるつもりなんスけど、癖なのかなァ? 今のとか」
「うーん? よくわからないけど、先に撮ってもいいかって聞いてたんだからいいんじゃないかな?」
「っスかね?」
 ぺらぺら、ページをめくる。
 綺麗なだけじゃなくて、可愛い子、かっこいい子、中性的な美人さん。
 それこそいろいろな人が、たまに同じ人が、写真という切り取られた世界の中で、それでも活き活きと写っていて。
「私と同い年ぐらいなのに、こんな写真が撮れるなんてすごいね!」
「そっスか? ……なんか褒められると照れるんスけど」
「すごいよ! あ、私、白銀司。蒼空学園の1年生なんだ」
「アレ? 奇遇っスね。オレも蒼学っスよ。2年だけど」
「じゃあ先輩だ!」
「みたいっスね。学校で会ったら手ぇ振るかもんないっスけどよろしくお願いします。あ、オレ紡界紺侍っス」
 遅れていた自己紹介を済ませ、偶然に笑ったりして。
 アルバム一冊、全て見終えた。
「…………」
 しかしこのアルバムには、司が最も見たいと願うものはなかった。
 けれど、もしかしたら、もしかしたら。
 ――変な子って思われても、別にいいもんねっ……。
 一瞬だけの葛藤の後。
「ち、ちなみに、ナイスミドルなおじさまの写真なんて……あったり、……しないか、しないよね、あはは!」
 ――聞ききれなかったー!
 初対面ということで、変に羞恥が働いてしまったらしい。普段なら隠しようがないくらいおじさまLOVE! を貫くのに。
「オレの守備範囲を甘く見ないでほしいっスね」
「あるの!?」
「もちろんっスよ。オレ、四十代後半までイケます」
「甘いね……! 五十代の渋みがわからないようなら、まだまだ甘い!」
 力説しかけたところで、
「はい、おじさま写真っス」
「なにこれエロい!? 言い値で買うよ!? 買っちゃうよ!?」
 フェロモンだだ漏れのおじさま写真を渡されて、思わずそう言ってしまった。それからヴァイシャリーに来た目的の一つに買い物もあったことを思い出し、一瞬うぐっとなったが知るものか。おじさまのためなら洋服の一着二着、我慢してやる!
「じゃあ100円で」
「全部ください」
 良心的なお値段に、即答。
「やー、そこまで喜ばれたらブン取れないっスからねェ」
 苦笑するように紺侍が呟くのを右から左に聞き流し、買い占めたおじさま写真を見て頬を緩める司であった。