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人形師と、写真売りの男。

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人形師と、写真売りの男。
人形師と、写真売りの男。 人形師と、写真売りの男。

リアクション



2


 コンコン、と正面のドアをノックし、工房に入る。
「先生」
「近くまで来たから寄ってみたが……なんだこれは?」
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は、煩わしげな目で人だかりを一瞥してからドアを閉め、リンスに問いかけた。
「お久しぶりです」
「質問をしているのだがな、俺は」
「俺もはぐらかそうとしてます」
「変わらんな、人を頼りきらんところは」
 以前、自分のところに学びに来た時もそうだったこと思い出して苦笑した。
 頼りきらないというより、期待し過ぎないというか。そんな印象を抱いたのだ。
「先生には迷惑かけたくないでしょ、さすがに」
「先生とは生徒を守るものだと俺は思っているのだがな」
「……そうやっていい先生だから頼りたくないんです」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
 簡単に事のあらましを聞くと、アルツールは携帯を取り出した。
「シグルズ様、突然で申し訳ないのですが――」
 そして、シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)に連絡……というよりも、依頼をした。近くにイルミンスール森の精 いるみん(いるみんすーるもりのせい・いるみん)が居たようなので、そちらにも協力要請を出し、通話終了。
 携帯を閉じると、リンスが怪訝そうにしていた。
「君が外に出て自分で犯人を捕まえるにせよ事態が解決するまで家に篭るにせよ、まずはこの視線を排除しないと精神衛生上悪いだろう」
 それを行うには、アルツールのみでは力不足だ。
「まあ来るまで少し時間はかかるだろうが」
 それまでは仕方ない、雑談でもして気を紛らわせるか。
 と、思っていたら、扉が叩かれる音。
 席を立とうとしたリンスに代わってクロエがドアを開ける。
 そこには、
「お困りのようですネ?」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に憑依した、マガダ・バルドゥ(まがだ・ばるどぅ)が立っていた。
 工房内に入ってから、ぺこりと一礼。
「マガダ・バルドゥと申しマス。この身体の持ち主が、以前此処でお世話になったそうで。その恩返しをしたいト申しておりマシタ。面白そうなので今日はこの身体を着、微力ながらワタシも力を貸そうと思いマシテ」
 自己紹介の後、ふふふと面妖な笑みを浮かべた。
「わたくしから作戦を説明させていただきます」
 マガダと共に来ていた上杉 菊(うえすぎ・きく)も礼をして。
 それに倣って、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)も軽く礼をし、
「うゅ……さわぎ、とめてみせる、のっ!」
 きゅ、と拳を握った。


*...***...*


 幾人かが工房の中に入ったことで、「中に入れるんじゃないか」そんな囁き声が周囲に広がる。
 いっそ、入ってみようか。
 だけど、それは躊躇われる。
 工房周りにいた人だかりが、探るように工房を見ていると――それまで閉じられていたカーテンが、開いた。
「……えっ、」
 窓際に居たのは、ふわふわとした白銀の髪と、ヴァイオレットと金の瞳を持つ五歳前後の愛らしい少女だった。九本の尻尾と、ピンと立った狐耳が特徴的である。
「あれも人形?」
 誰かが言った。
「さあ……?」
 その言葉に、誰かが答える。
 窓の縁にちょこんと腰を下ろした彼女は微動だにせず。
「人形かな」
「う、中、見えない」
 少女の周りには、他の人形も置かれているせいだ。
 なので 工房内の様子はほとんど窺えない。
「……あの人形、なんだか不気味じゃないですか?」
 また、誰かが言った。
 綺麗な綺麗な、そう、綺麗すぎる人形は、見ていて恐怖を感じることがある。
 動き出したら、と思わせるからだろうか。
 それとも、何か独特な雰囲気があるからだろうか。
 窓際の人形にも、それに似たものがあった。
 言葉から怯えは伝播する。
 それまでどうにか工房に近付こうとしていた人々は、それ相応に距離を取った。


*...***...*


「半ば成功したようデスネ」
 口を動かさず、マガダが言う。
「人間タチは少し遠くへ行きマシタ。これで視線は幾分和らぐはずデス」
「あの中に盗撮者がいれば、脅しつけて止めることも考えていたのですが……」
 菊がリンスに話した作戦は、こうだった。
 人形の振りをしたマガダが窓際に腰掛け、その周囲にも人形を置いて隙間を埋める。これでカーテンを開けても店内は見えづらい。そしてこちら――正確にはマガダだけだが――からは向こうが見える。
 盗撮者がそこに居て、かつ行動をエスカレートさせるようなら、マガダが呪いの人形を装ってカタカタ動き出して脅し、それを菊が買って『呪いの人形は買われて行ったのでもうないから工房も安全だが、また盗撮するとあんな人形が出て来るかも……?』と思わせる。
 店員役は、クロエやリンスにやらせてしまうと恰好の餌食になってしまうためエリシュカが担当するつもりだったのだが、
「いなかった、の」
 フリルやレースを多用し、工房の人形達と調和するようなファッションに身を包んで準備していたエリシュカが、ほっとしたような、ちょっとだけ残念そうな声で、言う。
「はわ……エリー、がんばるつもり、だったの。からまわり……?」
「そんなことないのよ。エリシュカおねぇちゃん、やさしいの」
「うゅ……♪」
「ム。羨ましいデス、ワタシもクロエと仲良くしたいデス。でも動けマセン、我慢の時デス」
 エリシュカとクロエが仲良くするのを横目で見ていたマガダが呟いた。
「マガダおねぇちゃんもやさしいとおもうわ」
「そうデスカ?」
「うん!」
「お役に立てているなら何よりデスネ。もう少し、頑張りマス」
 クロエの言葉にやる気を出して、マガダは人形の振りを続ける。
「……しかし、」
 菊が呟いた。
「主犯がここに居ないのなら、無闇に脅しつけて工房の評判を落としてしまっても問題ですし……この視線、どうしようもないのでしょうか」


 さて、マガダが窓際座り始めてしばらくした頃。
「ン? 新しく人が来マシタ」
 工房に、新たな人影。


「来たか」
 それまで座って本を読んでいたアルツールが椅子から立ち上がった。
 マガダの傍に行き、僅かな隙間から外の様子を伺う。
 案の定、そこに居たのはシグルズといるみんだった。
「何も、実力行使だけがああいう手合いを排除する手段じゃあない。
 地球の要人や芸能人を守っているスーツ姿の連中みたいに、物々しくて威圧感のある者が周りを守っているというのは案外効果があるものだよ。
 相手が暴徒や熱狂的ファンでない限りは、と付くがね」
 誰にともなく呟いて、確認も終了したことだし窓際から離れて椅子に戻る。
「綺麗すぎて不気味な人形、が窓際に現れただけで一歩退くような連中なら……効果は期待できるだろう」
 本のページをめくりながら、言った。


 物々しくて威圧感のある者こと、シグルズといるみんはというと。
 表玄関周辺に陣取り、腕を組んで立ち塞がっていた。
「あの、何者ですか?」
 誰かが果敢にも問い掛けると、
「失礼。お客様だっただろうか? ただいま、店主はどこかの馬鹿のせいで仕事が中断されていてな。注文ならば代りに僕が承ろう」
 丁寧にシグルズに断られる。
「えっ、いや、注文じゃなくって」
 それでも食い下がると、
「友人なら、正面の玄関から堂々と入って彼と面会するといい。
 だが、ただの冷やかしなら直ぐに回れ右してもと来た道を帰ることをお勧めする」
 警告を飛ばされた。


 また一方、工房裏手。
 表は駄目だ、どうにかして工房内部が見れないかと企んだ輩に対し、
「お客様、君は実に運がいい」
 いるみんが、声を掛ける。
 実際には、見つかっている時点で――そもそも、いるみんに見つかってしまった時点で相当に運は悪いのだが――いるみんはにこにこと笑いながら、言葉を続けた。
「何せIWEのレスラーの技を、直接その身で味わえるのだからな」
 内容も、やはり運の悪いものだ。
「うん? なに、そんな座りこんで遠慮することなどない。関節のひとつも外していかないか? いい経験になるぞ? こうやって工房周りをこそこそうろつくよりも、よほど、な?」
 いるみんの放つ威圧感に既に気圧されていると言うのに、その言葉。


 謝罪の声と、逃げる姿を見聞きした者は多かったという。


*...***...*


 ケロッピちゃんVD限定版の打ち合わせにと、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は工房を訪れた。
「ねえ、入口の大柄な人、誰? なんか門番みたいだったんだけど」
「先生の助っ人。事実門番」
「ふーん……ってなんであんたそんな暗いの、顔。客が逃げ帰るわよ」
「いや俺元々こういう顔だから」
「ていうか雰囲気が暗いっ」
 笑え笑えっ、と頬を引っ張って口角を無理矢理上げてみた。……目が笑ってないと怖いだけだ。
 ので、ぱ、っと手を離す。
「で? 事情は? 盗撮? へー、クロエちゃんならわかるけど、リンスの写真とか……世の中いろんな趣味の人がいるのね」
「でも、どうして『写真を撮って良いですか?』って聞かないんですかね?」
 橘 舞(たちばな・まい)が、ハーブティーを淹れたポットを手に、言う。心底不思議そうだ。
「動機が売るためだから……とか?」
 ぺらぺら、写真を手遊びながらブリジット。……うん、クロエの写真は、きちんと撮ればブロマイドとして売れなくないくらい、可愛い。リンスの方は理解不能だった。こんな性別不明な無愛想人間が写った写真のどこが良いのか、ブリジットにはわからない。
 ――でも、リンス……見るからに辛そうね……。
 だけど、そっちはわかる。その苦しみは、よくわかる。
「私にはわかるわ……」
「え、わかるってまさかパウエルも盗さ」
「許せないわよね。見るだけ見て、何も買わないとか! この冷やかし客どもめ! って……!」
 なにこれーおもしろーいかわいーい、でもかわなーい、とか、そういうノリだけの女性客や、ただ黙って店を一周して帰る主婦やなんやを思い出して思わず力説すると、呆れたような顔をされた。
「……あれ? もしかして違う?」
「もしかしなくても、違う」
 あっそ、と大して興味もないので会話は打ち切って携帯を取り出した。
「ま、困ってるのは事実でしょ? 助けてあげないことはない……あーもしもし? 千歳? 私だけど、盗撮犯に困ってる奴居るから助けてやってくれない?」
 そのまま数度やりとりをして、携帯を閉じて。
「これでよし」
「千歳が手伝ってくれるんですか?」
「っていうか、させた」
「さすがブリジットです。困っている人はほっとけませんからね!」
「……というか、アホブリのあれは単にカエルパイの売り上げが下がるのが嫌なだけじゃな……」
 事の成り行きを見ていた金 仙姫(きむ・そに)が冷静なツッコミを入れるが気にしない。事実その通りであるが、恩は売っておいて損はないのだ。どんな意図でもプラスに取られたらそれで良し。
「では、撮影した方は千歳に任せるとして……私たちは、見物に来ている方の説得に参りましょうか」
 舞のいつも通りの発言にも、素早く頭を回転させる。
 結論。説得と称して、店に客を呼び込めたらカエルパイの売り上げが上がる。
「手伝うわよ」
 なので進んで出て行った。


 最後、工房に残った仙姫が、
「リンスはな、もっと人に見られることに慣れても良いと思うがな」
「えー……」
「わらわなどは、聴衆は多ければ多いほど高揚した気分になるぞ。人に見られて動揺するようではまだまだじゃな」
「そりゃ俺、金みたいなパフォーマーじゃないから」
「言い訳をしておったら前には進まんて」
「……ま、そうだけど」
 アドバイスをして。
「ほれ、舞たちが冷やかし客を呼び込みおったぞ?」
「は?」
 入口から、「に、人形を見に来ました!」「カエルパイ……?」「クロエちゃん人形とかないんですか」などと声が聞こえる。
 うわあ本当に呼び込んだ、とリンスが軽く頬を引き攣らせていたが、仙姫は笑う。
「今度は『お客様』じゃて。そう硬くするでない。客ならば接せられるのであろ? ならばそれもパフォーマーと大して変わらぬよ。あとは慣れじゃな。
 ……さて、わらわも呼び込みに混じってこようて。だいたいこんな寒い時期、ずっと外で見ておったら風邪を引いてしまうからのぉ」
 言い残して外に出て、「工房内の案内もしますよー、あ、温かいハーブティもあるんです。美味しいですよ」と微笑んでいる舞を見て、不意に思う。
「これがほんとの舞ペース」
「仙姫、今日は一段と寒いわね」
「うむ、雪が降るかもしれぬのぉ」
「気温じゃないわ……」
 何のことかは知らぬふり。


*...***...*


 いつ工房に突入しようかと考えていた時に、の呼び込みを耳にした。
 なので、それに紛れて七篠 類(ななしの・たぐい)は工房に入っていく。若干疲れた様子のリンスに「お客様?」と訊かれたので、
「違う、俺は客じゃない。大体そもそもお前みたいな人形師、名前も知らないんだからな。だから構わなくていいし気も遣うな!」
 ぴしゃり、言ってやった。
「え、じゃあ何の用」
「静かな場所で読書をするためだ」
「橘のお陰で店内混み入っておりますが?」
「……読書のためだ。
 勘違いするなよ? 別に見知らぬお前の為に、不躾な視線を投げかける連中や買い物客に紛れて嫌がらせをしようと企む輩を排除しようとか、そんなこと考えてもないんだからな」
「考えてない割にすらすら言葉が出てきてるけど」
「三度も言わせるな、読書のためだ」
「はぁ。じゃ、椅子どうぞ」
 示された椅子に座り、口実――もとい、『読書のため』の本を取り出し、読む。
「……あのさ」
「なんだ。読書の邪魔をするな」
「その本、逆さだけど読めるの?」
「……修行の一環だ。こうして読むことによって、頭の回転を速く出来るんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「待て、感心するな。それとこれは俺が編み出した独自の技だから真似もするな。きっと普通に読んだ方がいい」
「? うん」
 だって現状、読めていないから。
 ――本って、逆さにするとここまで読みづらいのか……。
 とはいえ、思わず口から出た嘘のせいで今更戻すわけにもいかない。
「類さん、類さん」
 すると、一緒に来ていたグェンドリス・リーメンバー(ぐぇんどりす・りーめんばー)に声をかけられた。
「……なんだ。読書の邪魔をするな」
「や、私にまで取り繕わなくていいよ?」
「……読書を、している」
「変に意地っ張りだよね、類さん。……普通に、心配だったから見張りに来た、って言えば良いのに。意地っ張りっていうか、素直じゃないっていうか」
 だってそれが俺だからどうしようもない。口から勝手に言葉が出てくるんだ。それこそ勘違いしないでほしい。
「あ、人形師さんこんにちは、初めまして。グェンドリス・リーメンバーと申します。あっちの素直じゃないお兄ちゃんは七篠類といいます」
「素直じゃなくない」
「……だ、そうですが、気にしないであげてください。初対面で横柄な態度もごめんなさい、類さんの愛嬌ですので見逃して貰えると嬉しいです」
 類の代わりにグェンドリスが自己紹介をするが、類は本に目を落としたままの姿勢を崩さない。
「あ、俺知ってるから、ああいうの。ツンデレでしょう?」
 けれど、その発言はグェンドリスの『素直じゃないお兄ちゃん』の発言以上に聞き捨てならない。
「ツンデレでもない。いいか素直じゃないだけだ」
「さっき素直じゃなくないって言ってたよね、類さん?」
「……、……。俺は素直だ。口が素直じゃない。これなら矛盾もあるまい」
「七篠、矛盾を無くすために面白おかしいことになってるけど、平気?」
「問題ない」
 あくまでクールな態度も崩さないまま、類は言い切った。グェンドリスと人形師が顔を見合わせて笑っていたが、気にも留めない。
「……グェンドリスが名乗ったが、お前は名乗らないのか」
「ああ、ごめん。俺はリンス・レイス。あっちの子がクロエ」
「……ふん。まあ興味もないから、明日には忘れるな」
 明日までは覚えてるんだ? という二人からのツッコミは聞こえない振りをして、類はなんとか本を読もうと努力した。
 余談だが――その努力が報われることは、なかった。