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リアクション
6
「こんにちはー……あれ? お休み中なのですかぁ?」
いつも通り、クロエや可愛いお人形を見に来たルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)は、ソファに横になるリンスを見てきょとんとした声を上げた。
「体調不良ですか?」
共に訪れたアルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)が、心配そうに尋ねる。
「あ! それでクロエさんいらっしゃらないんですね。街までお薬を買いに行ったとか! 当たりですかぁ?」
「ぶー。クレセント、はずれ。それ見るといいよ」
横になったまま、リンスがテーブルの上を指した。なんだろうとテーブルに近寄ってみると、そこにあったのは二枚の写真。
一枚はリンス、一枚はクロエが写ったもので、綺麗に撮れていますねぇ、なんて感心していたら、
「写真撮られちゃって、しかも流出してて、ちょっと前まで大騒ぎ」
今は良くなったけどね、とぽそり言いながら、ソファから身体を起こそうとしたので「そのままでいいですぅ」と制止の声をかけ、椅子を引っ張ってソファの傍へ。
「もしかして、許可なくこっそり撮られたですか?」
二人とも、目線がこっちに来ていない。それにあまりに自然すぎる。リンスが頷くのを見て、「許せません!」座ったばかりの椅子から勢いよく立ちあがる。椅子が倒れかけたが、アルトリアがさっとカバーした。
「本人の許可があるならともかく、盗撮なんて許せないですぅ! アルトリアもそう思いませんか?」
「ええ。騎士道に反する行為です。見逃せませんね」
友人が困っている、それだけで十分動く理由にはなるのだが。
――この写真の上手さは、何度となく撮影をしている証拠ですぅ。
――だったら、他の人にも似たような被害が出ている……かもしれません。
――流出元から写真を回収して、反省する素振りが無ければ懲らしめないとですぅ!
――……それから、回収した写真の中から、こっそり一枚抜き出したりとか……。
「……ルーシェリア殿? 何か良からぬことを企んでいませんか……?」
「ななななな!? そんなはずないですぅ! 大切な人を守りたい、そんな私の夢を叶える第一歩として踏み出そうとしているだけで!!」
図星を突かれて思わずうろたえてしまったが、コホンと咳払いをして。
「……ともかくっ! 犯人を捜すですよぉ! アルトリア、ついてきてください〜!」
「はい、もちろん」
そうして二人は街へと駆け出していく――。
一方その頃。
「おぬしが写真屋か?」
ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は893に扮した紺侍に接触していた。
「いや、写真が趣味のヤーさんっス」
「ヤーさんは自らをそう名乗りはせぬよ」
馬鹿じゃの、おぬし。そう笑うと、「あー。それもそっスね」とバツが悪そうに苦笑いした。
「ええ、オレが写真屋っスけど、アンタは?」
「わしはファタ。ファタ・オルガナ。美少女の写真を売っていると聞いての、はるばる参ったまでよ。ちょっと見せてもらえるかの?」
どうぞ、と渡されたアルバムを見る。
美少年や美青年、中性美人はかっとばし。宣言通り目的通りに美少女(男の娘も含む)の写真ばかりを吟味していく。
「……ふむ、他にはないのか?」
「どぞっス」
二冊目もぱらぱらぱら。
「他には」
「ほい」
三冊目も同じくぱらぱらぱら。
「まだあるのかの?」
「や、さすがにそこまでっスね。いつも全部持ち歩いてるわけじゃねェし」
「ふむ、ではいまここに無い分はしょうがないとして――美少女全部、一枚ずつ貰おうか」
そして大人買いである。
「……アンタ、ちっこい外見の割にスゲー男らしいことするっスね」
「んふふ。愛らしい少女を愛でるのに懐具合なんか気にしてはおれんじゃろ?」
堂々と言い張って、写真を受け取り提示された金額分を払い。
改めて、一枚一枚を見た。どの写真も上手いこと撮れている。
「よく気付かれんかったのぉ」
「は?」
「盗撮じゃろ? 自然な表情で良いさねぇ」
「……盗撮ってわかった上で褒められるなんてメズラシ。さては変わり者っスね?」
「これだけの撮影技術がありながら盗撮写真を売り捌くだけにしか腕を奮っておらぬおぬしよりは変わっておらぬよ」
写真を鞄に仕舞い込み、
「ところでおぬし、名は?」
「ああ、名乗ってなかったっスね。紡界紺侍って言います」
「紺侍、の。変わった名じゃのぉ。ああそうだ、今度上手く撮る方法を教えてくれんかの? 勿論見返りは払うぞ。わしが出来ることであれば何を要求してくれても構わぬ」
「別にそれくらい構わな」
い、と言い切る前に。
「見付けましたよぉ! 写真受け渡し現場もばっちり抑えたですぅ、お覚悟!」
「げっ、また見つかった!」
ルーシェリアの突撃をかわし、紺侍が脱兎のごとく駆け出していく。
「すんませんファタさん! 足止めお願いするっス!」
頼まれたファタは、
「よかろ」
短く頷いて、【光術】を放った。
辺り一面、光に包まれる。
「目が、目がぁ〜! ですぅ……」
「くっ……!」
光が収まり、ルーシェリアやアルトリアの視界が戻った頃には、既にファタしかその場におらず。
「……取り逃したですぅ。写真……」
ルーシェリアが、がっくりと項垂れた。
「おぬしも写真目当てかの?」
そんな彼女を見て、ファタが尋ねる。
「ち、違いますぅ! 私は困っているリンスさんを助けるために写真屋さんを捕まえようと!」
「ふむ、しかしよく撮れておるのじゃがの。ほれ、この美少女なんて素晴らしかろ?」
ぺらり、先程購入したばかりの写真を見せると、「はっ……た、たしかに……!」目をきらきらさせていたので、少なからず写真の件も目的にはあったのだろう。
「のう、おぬし。この写真をやるから、今日のところは手を引いてくれぬか?」
「ふえ!? そ、それは……っ!」
「買収ですか?」
険しい声で、アルトリアが問う。
「ではわしはおぬしらの足止めを続けるぞ。なぁに、二対一でも構わんよ」
ファタは不敵に笑ってみせた。
しばしの沈黙の後。
「……退くですぅ、アルトリア」
ルーシェリアの宣言。
「しかし、」
「こんな小さな子を相手に二対一だなんて、それこそ騎士道に反するかもしれないですぅ。なので、今日は退くのが最善手なのですぅ」
頷ける理由を淀みなくアルトリアに告げながら。
ルーシェリアの手は、ファタが差し出した美少女写真をしっかりと受け取っていた。
*...***...*
感じる。
『闇』の気配を……感じる。
「ただならぬ雰囲気を醸し出しているわね」
それは彼――紡界紺侍が、893な恰好をしているから、ではなくて。
チャラい、でもなくて。
「美しき者を一枚の写し身へとし、ばら撒く『幻惑の闇』……。
ねえ、あなた。そう、そこの金髪、あなたよ」
刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)ことサキは、紺侍に近付いた。
「なんスか、可愛いらしいお嬢さん?」
「お嬢さん、ですって? この私を前に、そんな軽口を利けるなんてさすが闇の者ね……」
「は? ……ああ!」
一瞬きょとんとした顔をした紺侍だが、何か思い至ったらしい。
ニヤ、と口角を上げて妖しく微笑み、
「えェ、そうっスよ。……アンタ、お名前は?」
問い掛けられた。
「サキ。あなたは?」
「紺侍っスよ、サキさん。百合園のお嬢様がオレみたいなのに近付いていーんスか?」
「この姿は仮の姿よコンヂくん。気にしないで。
それより……あなたに興味があるの。だから、手伝わせてくれないかしら?」
百合園女学院の生徒に扮していることも、彼の性癖も関係無い。
面白そうだと思ったから、近付いてみた。
だって、こんなにも闇の雰囲気を纏う人物、なかなか会わないから。別に黒スーツだからというわけではなくて。
「手伝う? オレのこの行為を咎めるではなく?」
「ふふ……人はね、生きているだけで罪を犯しているの……そんな誰かに、誰かを咎めることができる?
私はね、あなたが持つそのレンズで、『彼ら』をおさめる手伝いをしたい」
――そして、その瞬間を、一緒に、
「ふふ……ふふふふふ!」
どう見てもお嬢様には見えない高笑いを上げる。
と、紺侍が遠くを見てはっとした顔をし、
「それはまた今度にした方がいいかもしれないっスねェ」
「? どういうこと?」
「オレ、今『光の者』に追われてるんで。オレのことは素知らぬふりして帰ってくださいね。そんじゃ!」
「『光の者』? ちょっと、コンヂくん!?」
背を向け走って行く紺侍。
その後を、「いたわ!」「こらー! 写真屋ー! 待ちなさーい!!」二人の少女が追いかけて行った。
「……どういうことなの?」
ついて行けず、思わずそう零した。
*...***...*
撮影技術の高い写真屋がヴァイシャリーの街に来ていると橘 美咲(たちばな・みさき)に教えてくれたのは友人からのメール。
金髪で背が高い男、らしい。
そして、そんな風貌の人物が、今目の前に居る。息を切らして疲れた様子で。
「ねえちょっと、何やってるのよ?」
「へ?」
出会いは偶然。だけど、妙に気になってしまった。
「あんたでしょ? 写真屋って」
「追っ手っスか?」
「何、追っ手って。何か悪いことでもしているの?」
問い返すと、ヤベッという顔をしたので墓穴を掘ったらしい。その一言のせいで余計に気になる。
「私、別に写真の中身に興味はないの。
だけど、あんたに興味持っちゃったわ。よかったら話、聞かせてくれない? そこでお茶でもしながらさ」
疲れているみたいだし、休憩も兼ねて。と喫茶店を指差して言うと。
相手はへらりと笑って、「りょーかいっス」とゆるく笑って頷いた。
写真屋――もとい、紡界紺侍の話を聞いて思ったことは、
「褒められた仕事じゃないね」
だった。
ずばり口にしてみたところ、「ハハ……」と苦笑するので悪いことだという自覚はあるらしい。
「なんでお金必要なの?」
「やー、それはまあ、思春期男子なりにね? いろいろあるんスよ、えェ」
はぐらかされているなあ、と感じたのでこの話は打ち切る。
――ま、訊かれたくないことの一つや二つ、誰にでもあるものね。
美咲だって、自分の過去や家族のことを見ず知らずの人間に尋ねられるなんて真っ平ごめんである。対人関係には距離感だって大切なわけだし。
だから深くは突っ込まないし考えないで、
「よーしお姉さんに任せなさい!」
「へ?」
「新しい仕事を探そうじゃないの。むしろ見付けてあげるわ」
そうと決まればすぐ探しに行こう、と席を立つと、
「え? へ? いや、美咲さん?」
ついていけなさそうに素っ頓狂な声を、紺侍が発した。
「何? ……あ、『お節介』って思ってる?」
「つーか、なんつーか」
だろうなあ、と思った。自分でも思っているのだ、これは『お節介』の部類だろうなと。
だけど。
「死んだお婆ちゃんが言ってたよ。困ってる人の力になってあげなさいって」
レジで清算を済ませて、店の外に出る。
「オレ、困ってるように見えます?」
「困ってる人、とまではいかなくても、一人で頑張っているようには見えるかな」
だから、力になりたいなと思った。
それだけじゃ理由にならないだろうか?
「ダメかな? 迷惑なら放っておくことにするわ」
軽く言って、逃げ道も用意しておいて。
返答を待つ。
「……美咲さんってイイ女っスね」
「はあ? なんでそうなるのよ?」
「なんとなく?
お気遣いありがとうございます。でもオレ、今の分はきっちりやり遂げねーとだから、それが終わってからっスね。次は」
やり遂げる、がどこまでなのかはわからなかったけど。
――そう決めているなら、口出しするわけにもいかないか。
「じゃあ、いくつか合いそうな仕事、目星付けておいてあげる」
だからそう言って、携帯のアドレスを交換して。
今日はバイバイ。
「走って逃げて、転ばないようにねー」
「大丈夫っスよ、オレ運動神経はイイっスもん」
軽い足取りで人混みの中に紛れて行く紺侍に、手を振った。
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