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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第1章「試練の洞窟」
 
 
 シャンバラのある所に存在する洞窟――
 最近になって発見されたここでは、主に古代に製造されたマジックアイテムの研究をしているザクソン教授が調査を行っていた。
 周囲では教授の協力者が洞窟自体や発見された物を調べている。榛原 勇(はいばら・ゆう)もその一人であった。
「教授。やっぱりここではもう新しく見つかる物はなさそうですね」
「ふむ……そうなると奥へ進むしかないか……」
 教授が白く染まったあご髭を撫でながら洞窟の奥、三方向へと分かれた道を見る。その表情には現時点で進んで良いものかどうか、迷いが見て取れた。
「僕達が調査に加わる前にも一度この先に進んでみた事があるんですよね? その時いたのは確か……精霊、でしたっけ」
「うむ、精霊といっても種族としてのではなく、広義での精霊じゃがな。それぞれの先に違った精霊がいたのじゃか――結果は散々なものじゃったよ」
 最初に内部に突入した時にいたのは研究者やトレジャーハンター、そして利益を求めようとする商人達だった。だが、一つ目の道では訳の分からない所に跳ばされたあげくに変な攻撃を受け、二つ目の道では大量の小さな精霊達から魔法攻撃を喰らい、最後の道では10mはあろうかという巨大な精霊に投げ飛ばされた。
「――まぁ、やられた者はいつの間にかここに戻されておったし、逃げた者も追われなかった事が救いではあったがの」
 教授の言葉を裏付けるように、それぞれの道の先から調査メンバーが無事な姿で出てきた。彼らが精霊と交戦したかは分からないが、少なくとも追って来る精霊の姿は無い。
 戻ってきた者達が調査結果を報告する。最初の道を調べたのは御凪 真人(みなぎ・まこと)イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)だった。
「教授のおっしゃったとおり、途中から怪しい気配がしましたね。もっとも、前に来た人達はどこかに跳ばされたという話でしたので、そこから先はまだ踏み込んでいませんが」
「恐らく結界の類だろうな。誰かが境界を越えたらどこかに転送されるのだろう」
 普段から冷静な判断を下す二人は前情報を踏まえ、ギリギリの所まで調査をして来たようだった。
 続いて二つ目の道を調べて来た神代 明日香(かみしろ・あすか)匿名 某(とくな・なにがし)が調査結果を報告する。
「私達の所は大根の精霊さんですね。広くなってる場所があって、そこに赤と青と黄色、それから白いのと黒い大根さんがいました〜」
「とりあえず通路から観察してた分には何もしてこなかったな。だが、そっちに結界みたいなのがあったのなら、こっちも広間に入ったら動きがあるのかもしれないが」
 某の言葉に無限 大吾(むげん・だいご)氷室 カイ(ひむろ・かい)が頷く。二人は最後の道の調査メンバーだった。
「こっちも途中で広間みたいな所があったよ。そこにいたのは大根じゃなくて、大きな人型の精霊が二体かな」
「通路までの調査で襲われていないのも同じだ。広間でのみ襲い掛かる精霊……さながら何かの守護者か、番人のようだな」
「番人か……言いえて妙じゃな」
 そう言って教授が一冊の本を取り出す。それは多数のページが抜け落ち表紙もボロボロになっていたが、どこか不思議な雰囲気を感じさせる物だった。
「不思議な装丁ですね……もしや、それも噂の本ですか?」
 沢渡 真言(さわたり・まこと)が尋ねる。彼女はこの洞窟で不思議な本が見つかったという噂を聞きつけて今回の調査に参加していた。損傷が激しいとはいえ、実物があるのであれば中身に興味を持つのは当然の事だろう。
「うむ、最初の調査で見つかった物じゃ。どうやら精霊達は本の力を発揮させる為のトリガーとなっているようじゃな。力を得た本は持ち主が知りたい事、あるいは持ち主に必要な事が浮かび上がると言われておる」
「それで番人ですか。ですが、その事自体はどうやって知る事が出来たのですか? 最初の調査では精霊を倒す事は出来なかったと聞いていますが」
「簡単な事じゃ。この本に書いてあったからの」
 教授が本を開き、真言達に見せる。所々に破れているページがある為に断片的な情報しか分からないが、確かに精霊を倒し宿らせる事で本の効果を発揮させる事が出来ると書いてあった。
「じゃあこの本の持ち主は、本の効果を知る為に精霊を宿らせて効果を発揮させたって事なんですかね? それって何かおかしいような……」
 勇が首をかしげる。それに対し、真人が一つの推測を語った。
「恐らく、たまたま本を手に入れ、そのままこの先で精霊との戦い……この場合、試練というべきですか。それに巻き込まれたのでしょう」
「それで精霊を倒す事に成功したと?」
「えぇ。倒した精霊が本に宿るのを見て『この本は何なんだろう』という疑問を抱いたはずです。その疑問が願いと認識されて、この本の仕組みが浮かび上がった……そう考えれば辻褄は合いますね」
「なるほど……それなら本が捨てられていたのも納得出来ますね。この持ち主にとってはもう意味が無い内容ですから」
 試練のクリア報酬が試練の詳細な内容説明。それは、知識を深めたい者には意味があるかもしれないが、そうで無い者にとっては不要と言える。この本の持ち主は後者だったのだろう。
「しかし、望みの知識を与える本、か……一見魅力的に見えるが、その実は所有者の性質次第で聖にも邪にも変わる危険な物であると言えるな」
 ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が古代の遺産である本の本質を見抜き、危惧する。真言も同意とばかりに頷いた。
「そうですね。ベースとなる本があとどのくらい残っているのかは分かりませんが……教授、これ以外に本は発掘出来たのですか?」
「うむ、白紙の本が何冊か見つかるには見つかったのじゃが……その後の精霊騒ぎで散逸してしまっての。あの時はかなり混乱しておったし、誰かがこっそり持ち帰ってしまった可能性が高いのじゃ」
 教授が肩を落とす。どうやらこの場には白紙の本は残っていないようだった。それを聞いた大吾が大学部の先輩、篁 聖良(たかむら・せいら)と数日前に電話で話した事を思い出す。
「そういえば聖良さんが旅先で助けた商人から白紙の本を貰ったって言ってたな。もしかしてそれがそうなんだろうか……」
「何じゃと!? お前さん、その本の行方は知っておるのか!?」
「お、落ち着いて下さい! その人は今はカナンにいるので、シンクに住む透矢く――兄弟に送ったと言ってました。彼なら近いうちに調査の手伝いに来てくれると思いますよ」
「む、そうか。わしは願いなんぞに興味は無いが、マジックアイテムそのものが力を発揮する所は見てみたい。早ぅ来て欲しいものじゃな」
 
 
 噂をすれば何とやら。
 教授達の耳に複数の足音と話し声が聞こえてきた。どうやらこの洞窟の噂を聞きつけた者達がやってきたらしい。
「ここがその洞窟か。一見普通に見えるがな」
「でも奥には精霊がいるという話だし、入ってみない事には分からないだろうね」
「精霊……オレの武術を磨き上げるきっかけになってくれるといいんだけど」
 話し声の主達が姿を現した。先頭にいるのは冴弥 永夜(さえわたり・とおや)九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)四谷 大助(しや・だいすけ)の三人だ。
「あらら? 以前にお見かけした方ばかりですね〜」
 明日香が現れた顔ぶれを見て驚く。永夜達と明日香(と真人、大吾、カイ、真言)は以前シンク近くの森で、更に言えば大助以外はシンク南の山で起きた事件でも様々な立場で顔を合わせていた。
「その声は明日香か。久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです。ローズさんも調査のお手伝いですか〜?」
「いや、本当は用事でシンクに行く所だったんだけど、途中で彼に捕まってね……」
 そう言って振り向いた先には篁 大樹(たかむら・だいき)の姿があった。篁 透矢(たかむら・とうや)が来るものと思い込んでいた大吾は目を丸くする。
「大樹君!? 何故ここに」
「あれ、大吾兄ぃも来てたんだ」
「俺は調査の手伝いで来たんだが、大樹君はどうして? 透矢君が来るんじゃなかったのかい?」
「透矢兄ぃ? 兄貴なら出かけてるけど。それより聞いてくれよ、聖良姉ぇから面白いもんが送られてきてさ。ここにいる精霊を倒せば良い事が起きるんだってさ」
「それってもしかして……」
 大吾の疑問に応えるように本を取り出す。その瞬間、教授が凄い勢いで歩み寄ってきた。
「そ、それじゃぁぁぁ!」
「うわっ! 何だよじーさん!」
「間違いない、あの時見つかった本の一冊じゃ。これがあればマジックアイテムの解明が進むわい」
「ちょ、ちょっと待てよ。こいつは俺のだぜ」
「構わん。わしは成果を見たいだけじゃからな。ほれ、早ぅ完成させるがよい」
「言われなくてもそのつもりだっての……」
 ぶつくさと言いながら本をしまう。そして教授から渡された本を見て洞窟の内容を確認している大樹にヴァルが声をかけた。
「少年よ。お前はその本で何を望むのだ?」
 聖か邪か。万が一この地に無用な戦乱を巻き起こすつもりなら、全力で止めなければなるまい。
 そんなヴァルの心中を知ってか知らずか、大樹は自信満々に答えた。
「決まってんだろ? こいつを使って……試験の答えを聞いてやるのさ!」

『…………は?』

 ――今、皆の心が一つに。
 いや、こんな事で心を合わせたくは無かっただろうが。
「試験って……もしかして、学年末試験の事かい?」
「そりゃそうだぜ、大吾兄ぃ。あれさえ何とか出来りゃあ卒業まで気楽なもんだからな」
 あっけらかんと言う大樹。それに対し、皆の反応は冷ややかなものだった。
「テストなんて日頃から予習復習をしていれば赤点とは無縁だと思いますが……それに調べる、学ぶという課程こそが楽しいのに、安易に答えに走るのはどうかと思いますね」
「私もそう思います。分からないなら分からないなりに自分で出来る所まで頑張る事が大切なのではないですか?」
「二人の言うとおりだぞ、大樹君。ズルしたって自分の為にならないし、それが癖になって困るのは自分だぞ」
 真人、真言、大吾が揃って苦言を呈する。更に大樹に同行していたコンクリート モモ(こんくりーと・もも)が後ろから呟いた。
「ズルして試験を乗り切っても、社会に出て困るだけ……」
「ぐ」
 まさに四面楚歌、精神的フルボッコ。ここに大樹の味方は一人もいない。
 ――いや、中立ならいるか。
「その程度の願いであればお主達で悪用させなければ良いじゃろう。それより、わしは本の完成が見たいぞい」
「そ、そうだぜ! 本の完成も調査の対象なんだろ? だったらまずはそれが優先だ。って訳で、俺は先に行かせてもらうぜ!」
 そう言って大樹が先ほど大吾とカイが調査していた道へと逃げるように進んで行く。
「あ、こら、大樹君! ……全く、後で説教だな。とにかく今は大樹君を追いかけよう」
「そうだな。篁の弟なら万が一の事が無いように護ってやる必要があるだろう」
 大吾とカイがパートナー達を引き連れ、大樹の後を追う。ヴァルと真言もパートナーと共にそれに続いた。
「少年を寄り善き道へと導くのも帝王の務め、か……よかろう、このヴァル・ゴライオン、自らの立ち振る舞いで少年を正してみせる」
「えぇ……もっとも、私も本自体には興味があるので、完成する瞬間を見てみたい気持ちはありますけどね」