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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第2章(4)
 
 
 四谷 大助は首を傾げていた。
 一緒に転移され、この場にいるのはパートナーである白麻 戌子(しろま・いぬこ)
 そして冴弥 永夜と、彼のパートナーのイレギオ・ファードヴァルド(いれぎお・ふぁーどばるど)司狼・ラザワール(しろう・らざわーる)である。ここまではいい。
 だが、どう考えても見覚えの無い人物が混ざっていた。大助はしばし悩んだ末、思い切って声をかけてみる。
「えっと……君達、さっきはいなかったよね? オレは四谷 大助。君達は?」
「ボクは水鏡 和葉(みかがみ・かずは)! この近くを探検してたら面白そうな洞窟があったから入ってみたんだ!」
 和葉と名乗った人物が元気良く答える。それに対し、後ろにいたルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)が突っ込みを入れた。
「何言ってんの。探検じゃなくて迷子でしょうが、ま・い・ご」
「ま、迷子じゃないよ! 迷子じゃない! 大切な事だから二回言うよ!」
「どっからどうみても迷子ですぅ〜。や〜い、迷子迷子、ば〜か」
 まるで初等部の様なやり取りをする二人。大助は早くも声をかけた事を後悔し始めていた。それを見かねたのか、永夜が口喧嘩をし続けている二人を止める。
「まぁこの際、迷子かどうかはどちらでもいいだろう。お前達はこの洞窟がどういう所か知った上で来ているのか?」
「え? ううん、たまたま来ただけだから何も知らないけど、特別な事でもあるの?」
「ああ、ここはな――」
 この洞窟の事、本の事、そして今いるここが『心』の試練の場所だという事を教える。
 説明を終えた頃には和葉の目は面白そうな事を見つけたとばかりに輝いていた。
「へぇ〜っ、弱点を突いてくる精霊かぁ。ボクだとどんな事をされるんだろう」
「何もされないんじゃねーの? もう迷子になってる方向音痴にゃやれる事なんて無いじゃん」
「だからボクは迷子じゃないって! ルアークの方こそ、精霊に嫌な攻撃されたって知らないからね!」
「知らなくて結構。俺は甘いモンが嫌いなだけだし――」
 笑い飛ばしたルアークめがけて板チョコが手裏剣よろしく飛んでくる。間一髪で避けると、それを合図にしたかのように次々とケーキやクッキーが襲い掛かってきた。
「ちょ!? 何だよコレ!」
「わっ、危な!」
 ルアークが避けたお菓子はそのまま大助へと襲い掛かる。彼も甘い物を苦手とする人物だった。二人は次々と襲い来るお菓子を避け続けていく。
「あれあれ〜? どうしたのかな、ルアーク。甘味は美味しいのに、勿体無いよ?」
 形勢逆転とばかりに和葉がからかう。ルアークは迫り来るお菓子をかわしながらも、器用に和葉のほっぺたをつまむ。
「い、いひゃいいひゃい!」
「はっはっは。俺に甘味を食べさせようなんて、そんな事は金輪際考えられないようにしてあげるよ」
 顔と声は笑っているが、目は笑っていない。漫画だったら額に怒りマークでも浮かんでいる事だろう。
「甘味なんて滅びればいいよな……よし、全部燃やしちまうか」
 襲い来るお菓子を次々と爆炎波で消し炭にして行く。豪快な男の料理が今始まった。
 ……え、違う?
 
「ねぇ大助、そっちのスイーツ精霊と交換しないかい?」
 迫り来る野菜の群れを叩き落しながら戌子が言う。彼女と司狼の所には、二人が嫌いとする野菜が次々と襲い掛かっていた。
「確かにオレもお菓子よりは野菜の方がいいけどさ……いい機会だワンコ、偏食治してドッグフードから卒業しろ」
「オレは犬じゃないから!」
「いや、そっちじゃなくて! 戌子! うちの戌子!」
 狼の獣人である司狼だが、犬っぽい反応をからかわれる事を気にしているらしい。
 そうしている間にも野菜達は次々と飛んで来た。見事な体捌きでかわし続ける戌子に対し、司狼はやや苦戦気味だ。
「くそっ、何でこんな不味い物が存在するんだよ。紫の悪魔め、こっち来んな!」
 司狼が特に苦手としている茄子が一直線に襲い掛かる。その攻撃はイレギオの火術によって防がれた。
「全く、最初から好き嫌いなどしなければ良い物を……」
「た、助かったぜイレギオ。そのまま野菜どもを焼いちまってくれ!」
「何を言っている。野菜は健康に良いのだぞ。加熱すればある程度の物はいけるだろう。という訳で――食え」
「ちょっ!?」
 いい感じに加熱された野菜達が司狼の口へと入り込む。塩で味付けされているように感じるのは精霊の優しさか、はたまた自分の涙か。
 
 そんなやり取りが繰り広げられていた頃、大助はお菓子の軍団に苦戦し始めていた。
 焼き焦がしているルアークと違い、かわし続けている為に数が減らないどころか、むしろ増え始めているからだ。次第に口元を狙われる頻度も増え、ついにケーキの一つが口の中へと入り込む。
「うぷっ! あま゛ぁ……気持ち悪い…………耐えろ、オレ」
 何とか気合でこらえる。だが、このままでは精神力が保つのも時間の問題だった。
「大助、キミの今までの修行の成果を出すのだよ。後はそれを凝縮し、発展させるのだ。焦らず、冷静に、周りの気配を読み取りたまえー」
 戌子が野菜を叩き落しながらアドバイスを送る。確かに彼女自身は無駄の無い動きで迫り来る相手を払い、余裕を持って対処しているようだった。
「凝縮し、発展……? 武術の心得、『先に開展を求め、後に緊湊に至る』だったか」
 大雑把に言えば、武術を学ぶ者はまず威力や正しい動作を見につけ、それから実戦的な命中精度や動きへと発展させるという意味である。大助はその第二段階に進めると、そう判断したのだろう。
「心の波を静めよ。さすれば鏡のごとく周りを映す。つまり、明鏡止水なのだよー」
「自身の間合いに気を張り、侵入した物を最小限の動きで受け流し、打ち落とす。言わば『拳の結界』か」
 心を落ち着け、自らの周囲に鋭敏な感覚を持つ空間が張り巡らされる。漂うお菓子の一つがその空間に入り込んだ瞬間、大助の拳がそれを打ち砕いた。
「あ、あれはまさか、『制空圏』!」
「知っているのか雷――じゃ無かった、和葉!」
「聞いた事がある……武術の達人は自分の間合いに入った敵をほぼ無意識に迎撃する力を発揮出来るって。それが……『制空圏』……!」
 解説するルアーク達の横で、史上最強かは分からないが弟子の奮闘に満足げに頷く戌子。
 最終的にお菓子の大群は大助とルアーク、そして彼に言われて援護に入った和葉によって全て叩き落された。
 戌子の方もイレギオが焼かなかった野菜達を払い終わり、この場に束の間の静寂が訪れる。
「ふむ、精霊の姿が見えないが……試練はまだ終わっていないという事か?」
 永夜が油断せずに周囲に気を配る。すると、あちこちに誰かの描いた絵のような物が浮かび上がってきた。
(! あれはまさか――!)
 出現した絵を訝しむ一行の中で、イレギオが内心で驚きを見せる。あの絵は今までに自分が描いてきた絵だったからだ。
 イレギオの弱点、それは絵が下手な事だった。何が描いてあるかほとんど判別出来ず、子供の落書きレベルだと揶揄された事もある。その実力は今でも変わってはおらず、彼は絵を描いた主が自分である事がバレないかと冷や汗を垂らしていた。
 ――だが、それも無用な心配だったようだ。
「ふむ……誰が描いたのかは知らないが、のびのびと描かれた良い絵だな。こういう絵、俺は好きだな」
「うむ、そのとおりなのだよ。確かに基本は大事だけど、絵を描きたいという気持ちを忘れてはいけないと戌先生は思うのだ。この絵からはそういった気持ちがしっかりと伝わってくるのだよ〜」
 永夜と戌子が感想を述べる。それはお世辞や同情とは無縁のものだった。見ると、他の者達も突如現れた絵を興味深そうに眺めてはいるが、馬鹿にした感じの者は誰一人としていない。
(……そうか、周囲の評価を気にして真の意味で自分の絵を貶めていたのは、私自身だったのだな――)
 イレギオが目を閉じ、心の中でつぶやく。再び目を開いた時、彼の目には精霊の姿がはっきりと見えていた。ハーフムーンロッドを精霊へと向け、その先端に冷気を集める。
「『心』の試練、乗り越えさせてもらった……これで片を付ける!」
 氷術が洞窟を駆け抜け、相手を凍らせる。精霊は笑顔とも取れる表情を僅かに見せると光へと変わり、この場から消えていった。
「さあ、先へと進むぞ。他の者達も見つけなければならんからな」
 冷静に言い、先頭へと立つイレギオ。皆には見えないようにしているが、彼の表情には仲間に対する感謝の気持ちがあった――