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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第1章(2)
 
 
 篁 大樹に同行して洞窟に来た者達は、残ったメンバーから洞窟についての情報を聞いていた。
「変な攻撃に大根に巨人の精霊ねぇ……何か変な洞窟だなぁ」
 情報をまとめ終わった直後に四谷 大助が嘆息する。その横では九条 ジェライザ・ローズがザクソン教授から渡された本と調査レポートを見直していた。
「変な攻撃、というのが気になるな。教授、こちらのレポートに書いてある事は本当なんですか?」
「それか……その道を調査した者達の証言が若干混乱気味でな。いまいち要領が掴めなかったのじゃよ。だが、本人達は何度聞いてもそう答えおった」
 ローズが疑問に思うのも無理は無い。レポートには『熱いお茶が飛んできた』だの『クイズを何問もやらされた』だの書いてあったからである。だが、これが本当だとすると相手の精霊は何を意図してこれらを行ったのだろうか?
「これは俺の推測だが……精霊は立ち入った者の精神を突く攻撃をしているのではないだろうか。他の広間との関係から考えると、そういった形で攻められている事は否定出来まい」
「精神、魔法、そして力技か。さながら『心技体』だな」
 イーオン・アルカヌムの推測を受けて冴弥 永夜が呟く。それぞれの精霊の役割を試練と考えるなら、確かにその名称は的を射てるだろう。
 それぞれがどこの試練を調査するかを話し合っている時、再び洞窟の外から足音が聞こえて来た。現れたのはざっと十五人前後。先ほどの大樹達よりも大所帯だ。
 先頭にいた篁 月夜(たかむら・つくよ)篁 天音(たかむら・あまね)が知り合いである御凪 真人達の姿を見つけた。互いが軽く会釈をして挨拶する。
「御凪さん、こんにちは。御凪さんもこちらに来ていたのですね」
「どうも、月夜さん、天音さん。先ほど大樹君を見かけましたが、君達も彼を追って?」
「えぇ……追わざるを得ない状況になったので」
「うちにお父さん達から不思議な本が届いてね〜。大樹がそれ持って走ってっちゃったんですよ」
「ああ、それでさっきのあれですか……」
 再び呆れ顔になる真人。それを見て月夜はため息をついた。
「うちの愚弟がご迷惑を……」
「大変ですね、お二人も」
 とりあえず今到着した面々にも洞窟について説明していく。
 説明が終わり、最初に口を開いたのは織田 信長(おだ・のぶなが)だった。
「なるほど、『心技体』か。ならば大樹が向かったのは『体』じゃろうな」
「どうしてそう思うんだ? 信長」
「何となく……と言いたい所じゃが、あやつを知っていれば想像はつくであろう」
 桜葉 忍(さくらば・しのぶ)の質問に信長が確信を持って答える。
 実際、大樹達が向かったのは『体』の間だったので、その予想は大当たりと言えた。
 同じく大樹を知っている神崎 輝(かんざき・ひかる)シエル・セアーズ(しえる・せあーず)は願い事の方に関心を抱いていた。
「それにしても、大樹君らしいお願いだね……やってる事はカンニングみたいな物だけど、いいのかなぁ」
「うーん、上手くいったら私にも見せて欲しいけどなぁ」
「何か言った? シエル」
「う、ううん! 何でもないよ!」
「そういえばシエルちゃんって勉強が嫌――」
「わー! わー!! 天音さん、言っちゃダメー!!」
 かしましい女三人(?)はさておき、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は精霊を宿らせるという行為そのものに注目していた。
「うーん……精霊を倒さないと本が完成しないっていうのは理解したけど、それじゃあ精霊が可哀想じゃないかな。そうまでして完成させないといけないのかしら」
「さあな。必要だから倒す、それだけだろう」
「ちょっとダリル、それって冷たくない?」
「俺は精霊に感慨など無いからな。それに見ろ」
 教授の本を開き、ルカルカに向ける。そこは精霊の宿らせ方について書かれている部分だった。
「先ほど聞いたとおり、この洞窟の精霊達は試練としての役割を持っているようだ。ならば倒すといっても消滅させる訳ではなく、ましてや封印するのとも違うだろう」
「え、でも宿らせる必要があるんでしょ?」
「本の効果――知りたい内容を浮かび上がらせる為にはな。だが、こいつに今も精霊が宿っているように見えるか?」
「あっ」
 教授が発掘したこの本も魔法の本である。だが、不思議な装丁をしてはいるものの、本自体に魔力や霊力のような物は感じられない。文字も完全に紙に定着しているし、傍目には普通の本と何ら変わりは無かった。
「じゃあ大樹君の本とは別に、私の本も完成させる事が出来るのかな?」
 話を聞いていた桐生 理知(きりゅう・りち)が家から持ってきた本を取り出す。
 その表紙は教授の物と同じく不思議な装丁をしていた。
「そうだな。二回倒す必要があるのか一度で済むのかは分からないが、そうして複数の本が存在するという事は当然試練も一人が倒してしまって終わりという仕様にはなっていないだろう。そもそもそれなら現時点で精霊が残っている訳はないのだからな」
「そっか〜。じゃあお願い事は何にしようかな〜」
 この本が何なのか判明すれば良いと思っていただけの理知は、思わぬ副産物に頭を悩ます。
 そこに師王 アスカ(しおう・あすか)が声をかけてきた。
「あら? 同じスケッチブックを持ってるのね。あなたも絵を描くのかしら?」
「え?」
 見るとアスカも同じ装丁の本を持っている。どうやら画家のアスカは白紙のこの本をスケッチブックと勘違いしているらしかった。
 
「――あらあら、これも魔法の本だったのね。フリーマーケットで買ったのに、凄い拾い物だわ〜♪」
 本についての説明をルカルカから受け、喜ぶアスカ。どうやら彼女には知りたい内容があるらしかった。
「随分嬉しそうね、アスカ。本が完成したら何を知りたいの?」
「ふふっ、それはね……ジェイダス様のお歳よ!」
「ジェイダス様って、薔薇の学舎の校長のジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)?」
「そう! 子供の頃にお会いした時も、今も、あの人の外見からは本当のお歳は推し量れないわ。でもこの本の力なら、それを知る事も出来ると思わない?」
「そ、そうね……」
 アスカのキラキラした目に思わずたじろぐ。ここまで純粋であれば、ある意味願いとしては最適な物だろう。
 
 
 この洞窟にやって来る者達はまだ存在していた。
 精霊と戦うという情報がどう伝わったのか、ここを修練の場として利用しようという者達が多数いたのである。樹月 刀真(きづき・とうま)もその一人だった。
「ここがその洞窟か……どうやら先客がいるようだな」
「随分沢山いるな。ひとまず話を聞いてみるとしよう」
 一緒にやって来たエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)と共にその場にいた知り合いに話しかけ、洞窟の情報を教えてもらう。とりわけ二人が興味を抱いたのは『心』の試練についてだった。
「精神、心の弱さを突いてくる精霊か……今の俺にはふさわしい試練かもしれんな」
「同感だ。肉体を鍛える事は出来ても、心を鍛えられる機会はそうそう無いだろう。俺はそちらに行かせてもらうとしよう」
「ならこの先も同じだな……月夜、玉藻、行くぞ」
 刀真がパートナーである二人を呼ぶ。だが、その声には二人だけでなく篁 月夜も反応していた。彼女とエヴァルトの目が合い、こちらへと向かって来る。
「マルトリッツ君、今呼んだのはあなたか?」
「いや、俺じゃない……そうか、あなたも『月夜』さんだもんな」
「ん? この人も月夜っていうのか?」
「ああ、刀真達は初対面か。この人は篁 月夜さん。俺のクラスメートで、この前の事件で手助けをした篁 雪乃(たかむら・ゆきの)さんの妹だ」
「なるほど。俺は樹月 刀真だ、宜しく頼む。さっきは済まない、俺のパートナーも月夜って名前なんだ」
 そう言って漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)を前に出す。
「私は漆髪 月夜。宜しくね、月夜ちゃん」
「篁 月夜です。こちらこそ宜しくお願いします」
 二人が握手を交わす。黒髪、左利き、更には冷静な所など、二人には名前以外にも共通点が多く見受けられた。もっとも、漆髪 月夜の方は気を許した相手には甘えたりと、明るい部分を見せるのだが。
「しかし、篁 月夜か……どう呼んだものかな」
 刀真が考え込む。『月夜』はパートナーである漆髪 月夜の呼び方なので区別がつかなくなるし、かといって『篁』だと他の篁家の兄弟と区別がつかなくなる。悩んだ末に考えついたのが――
「……よし。年下だし、君さえ差し支えなければ『月ちゃん』って呼んでいいかな?」
(――『月ちゃん』!?)
 刀真の提案した呼び方を受け、月夜が驚愕する。――といっても、篁ではなく漆髪の方であるが。
「私は構いませんが」
「そうか。なら改めて宜しくな、月ちゃん」
 月ちゃんと呼ぶ刀真を漆髪 月夜が睨みつける。そこに天音がやって来た。
「月夜姉さん、何か今、皆がそれぞれどこに向かうか話し合ってるみたいだよ」
(――『月夜姉さん』!?)
 再び漆髪 月夜が驚愕する。もっとも今回は、普段妹扱いされている自分には経験の無い呼ばれ方がもの凄く新鮮だったからだ。
(月夜姉さん、月夜お姉ちゃん……うん、いいかも!)
 漆髪 月夜の脳内では刀真にそう呼ばれている自分の姿が浮かんでいた。最早『月ちゃん』の事はすっかり忘れ去り、興味は完全に『お姉ちゃん、漆髪 月夜』へと移っていたのであった。
 
 
「ああ、そこのお嬢さん方。今日の下着の色は何色で?」
 天音達に対し、軽薄を通り越して縄をかけられるような挨拶をしてきたのはクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)だった。
 この男、息をするのと同じほどの自然さで今の様な台詞を言い放つ変態さんである。その為に大抵の女性陣からはドン引きされるのだが、それでもめげない変態さんであり、罵られても諦めないドMな変態さんであった。

 ――まぁつまり、変態さんである。

 今回もいつもの様に大半の女性陣からは引かれていたのだが、大胆でノリの良い天音がいた事は彼にとって幸運だったと言えよう。
「えーっ。お兄さん、それってセクハラだよ?」
「いえいえ、こいつはお兄さんなりの挨拶術って奴でさぁ。ささ、乙女の秘密を明らかにして、一気にお兄さんと親密な関係になってみないかい?」
「もぅ、本当に知りたいの?」
「そいつぁもちろん。教えてくれるならお兄さん、何でもやっちゃうよ」
「ん〜、じゃあ三回回ってワン!」
「ワン!」
 ――この間0.1秒。とでも注釈がつきそうな機敏さで回り、高らかに吠える。夢の為には手段を選ばない、全力な変態さんであった。
「さささ、この犬めにお嬢さんのシークレットカラーを」
 耳に手を当て、万全の構えをとる。天音は本気なのかフリなのか、照れた仕草を見せながらクドの耳に口を寄せた。
「え〜っと、あたしの今日の下着の色はね――」
 
 ゴンッ☆ ガンッ!
 
「はうっ!」
「痛ったぁ……!」
「いい加減にして下さい、クド。あれだけ他の女性に迷惑をかけるなと言っておいたではありませんか」
「お前もだ、天音。調子にのるんじゃない」
 ルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)と月夜がお調子者二人に拳骨を落とした。自業自得である。
「申し訳ありません。クドはいつもこのような感じでして。幸い道は三つあるようですし、お二人とは別の場所に行かせますのでご安心下さい」
 そう言ってクドの首根っこを掴み、引きずって行く。
 話し合いの結果、月夜が『心』、天音が『技』に行く事になる。自動的にクド達は『体』だ。
 他の面々も次々と向かう先を決める。忍も大樹達を追う事に決めたようだ。
「俺達も『体』だな。それじゃ行くとしようか、香奈、信長」
「あ、待って、しーちゃん。私ね、戦った後なら皆お腹が空くと思っておにぎりを持ってきたの」
 東峰院 香奈(とうほういん・かな)が大きめのバッグから大量の包みを取り出す。それを見た忍の表情が引きつった。
「か、香奈。もしかして、それはお前の……」
「うん、手作りだよ。早起きして頑張って作ったんだ」
 香奈の料理の腕前は、忍の反応でお察し、といった所だった。だが、本人はそんな事には気付かず、笑顔で周りの皆へと包みを配っていく。
「本当は終わってから皆で食べたかったけど、バラバラになっちゃうんじゃ仕方ないよね。はい、そちらの皆さんもどうぞ〜」
 包みを開けて現れるのは鬼か蛇か。開けてのお楽しみのロシアンルーレット。地獄への直行便の拳銃は回りまわって忍の元へと舞い戻ってきた。
「はい、これがしーちゃんの分。特別に大きいのを作ったから楽しみにしててね」
 天使の微笑を見せる我らがパートナー。だが、その手にお持ちなのはマグナム銃だったらしい――
 
 
 ともあれ、それぞれの準備は整い、精霊達の待つ三つの道へと散っていった。
 その途中、『心』の道を選んだイーオンが月夜に話しかける。
「おい、この先は心を突いてくる精霊がいる。パートナーと同行していないのはキミだけだ。引き返して妹と同じ所に行った方がいい」
「忠告はありがたいですが……私はこのまま行きます。弟の所へは大吾さん――兄の友人が向かってくれたという話ですので。他の方の本を完成させる手伝いとしては魔法相手よりこちらの方が力になれるかと」
 話し方自体は淡々としているが、その意思は固そうだった。それを見てイーオンは僅かにため息をつく。
「――仕方ない。どうしても退かないというなら、せめて一緒に行動してもらうぞ」
 女性をみすみす危険な目に合わせては当家の恥。そう考えたイーオンはパートナーと共に月夜を護ると決めたのだった。

 それぞれの想いを狙う、『心』の試練が今始まる――