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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第4章(3)
 
 
 ――話は僅かに巻き戻る。
 半数が一体目の精霊と戦っていた頃、『体』の広間へと続く道をレーネ・メリベール(れーね・めりべーる)達が歩いていた。
「む、誰かが戦ってる音がする。先を越されたかな」
「かもしれんなぁ。これも鴉が早ぅついて来んかったせいやで」
 横を歩く魏延 文長(ぎえん・ぶんちょう)が後ろをのろのろと歩く夜月 鴉(やづき・からす)をジト目で見る。見られた本人はどこか気だるそうだ。
「俺は修練なんて面倒だって言ったろ? 興味があればお前達だけで来れば良かったんだよ」
「そんなん意味無いやんか。一番叩き直さなあかんのは鴉、あんたのその性根やで」
「それが面倒なんだっての……悪いな、淳二。無理やりつき合わせちまってよ」
「いえ、俺もどちらにしろここには調査に来るつもりでしたから。同行して貰えるならこちらとしても助かります」
 鴉の更に後ろにいる長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が答える。彼もこの洞窟の噂を聞きつけてやって来た者だ。
「それより、そろそろ音が近くなってきましたね。皆さん、気を付けて下さい」
 薄暗い道が終わりへと近づく。視界が開けた先には何故か明るさを保っている広い空間があった。そこには巨大な精霊が二匹そびえ立っていて、何人かの者達が戦いを挑んでいる。
「おー、やってんな……って。淳二、何か見た事ある奴が多くないか?」
「そうですね。前の事件で会った人達が来てるみたいですね」
 ちなみに前の事件とは、シンク近辺であった賊の襲撃事件と動物の凶暴化事件の事だ。二人はその両方に篁家の協力者として関わっていた。それは彼らだけでは無く、ここにいる何人かの者にも言える事だった。
「主」
「ん? どうした? ティナ」
 最後尾にいたアルティナ・ヴァンス(あるてぃな・う゛ぁんす)がある方向を指差す。そちらは精霊の一体と戦っているグループだった。一人が精霊の首に鎖を巻き付け、もう一人が足を攻撃して体勢を崩す。このままだと――
「こちらに倒れてきますが、どうしますか? 主」
「何悠長な事言っとんのや! 巻き込まれんうちに逃げるで!」
 魏延がアルティナの手を引っ張り、その場から逃げ出す。全員が安全圏まで退いたとほぼ同時に精霊が倒れこんできた。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「こっちはな、淳二。しかし、随分デカい精霊だな。幸い人は多いみたいだし、俺はゆっくり――」
「そうは問屋が卸さへんで、鴉。ほら、あっちにおんのはあんたのお仲間さんなんやろ? とっとと挨拶して、わてらも精霊を相手にすんで!」
「面倒くせぇ……」
 
 
「はぁ……せっかく綺麗なお姉さん達がいるのに、ダンスのお相手がこんなデカブツとはねぇ」
「往生際が悪いですよ、クド。さぁ、今日も真っ当な人間を目指して、皆さんのお役に立つ為に頑張りましょう」
 囮として精霊と対峙したクド・ストレイフとルルーゼ・ルファインドが武器を構える。クドが銃で後衛、ルルーゼが刀で前衛だ。
「まずは試しに、っと」
 先手としてクドが仕掛ける。二丁の拳銃を使用した十字砲火だ。だが、ダメージはほとんど無く、瞬時に回復される。
「あ〜らら、属性攻撃が効かないっていうのはこっちも同じみたいだねぇ」
 クドが手にする銃は光輝属性を持つ曙光銃エルドリッジ、そして弾は闇黒属性を持つ漆黒の魔弾だ。おまけにクロスファイアで炎熱属性まで付加するという、無属性とは縁遠い攻撃だった。
「ま、お兄さんの役目はダンスのエスコートだ。舞踏会の終わりが来るまで、しっかり付き合って貰いましょうかね」
 反撃として行われた精霊の踏み付けを軽やかなステップで回避する。同時に前衛として相手の懐に飛び込んでいたルルーゼはそのまま後方へと駆け抜け、すれ違いざまに反対の足を斬り付けて行った。
「ダンスの相手はクドだけではありません。私とも踊って頂きますよ」
 
「見事なコンビネーションですね。お互いを上手くサポートし合ってます……さて、大樹。彼らが引き付けてくれている今、私達はどう立ち回るべきだと思いますか?」
「えっ? う〜ん……そうだなぁ……」
 突然セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)に問いかけられ、篁 大樹が腕組みをして考える。先ほど片方の精霊を倒した者達の取った手段を参考にするなら――
「やっぱ、あいつを転ばせて一斉攻撃……かなぁ」
「そうですね。相手が大きいという事は、それだけ的が大きいという事でもあります。ならばそれを利用して、皆で同時に攻撃し易い状態を作ってしまえばいいのです」
「弱点は長所に、長所は弱点に……発想の転換ってやつだな。さ、方針が決まったなら話は早い。あの二人に負担をかける訳にはいかないし、俺達も攻撃を開始しよう」
 そう言いながら無限 大吾が自身の為にカスタマイズされた特製の銃、インフィニットヴァリスタを構える。全長50センチを超える大型のこの銃は威力や命中力など、あらゆる面において通常のハンドガンを上回っていた。
「アリカ、セイル、俺はクドさん達のサポートに回る。大樹君の援護は任せたぞ!」
「任せてよ! 大樹君、さぁ行こう!」
 大吾の発砲を合図として皆が動き出す。大樹と西表 アリカ、そしてセイルは相手の足下を掬うべく駆け出した。
 
「属性攻撃に耐性のある相手か……予想外だったな」
 氷室 カイは当初、パートナーのサー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)との同時攻撃で精霊を撃破するつもりでいた。だが、彼が帯びている刀、蒼焔緋水は月と陽の光を浴びる事によってそれぞれ違った色へと変わる妖刀で、闇黒属性を持っていた。
 ベディヴィアが所持するかつて仕えた王の愛剣、聖剣エクスカリバーも反対に光輝属性を持つ為に精霊への効果的なダメージは期待出来そうには無かった。
「ですが、衝撃そのものが無効化される訳では無いようです。あちらの方々のように、機会を見て精霊の体勢を崩す形で参りましょう」
「そうだな。それまでは周りの被害を抑える為に動くとしよう」
 カイの主義、それは護る為に戦う事だった。ならば例え相手に攻撃が通じなかろうと、それならそれで皆を護るように動けばいい。
(また人助けか。あの戦闘狂いがよくもまぁここまで変わったものだ)
 そんなカイを見つめる一つの視線があった。彼のパートナーの一人、ルナ・シュヴァルツ(るな・しゅう゛ぁるつ)だ。
 ルナは契約を結ぶ前、まだカイが護るという意義を見出さず、ただ戦う為に戦っていた頃に彼と戦り合った事があった。その頃を知っているルナにとっては、今のカイの姿は別人とも言えるだろう。
(まぁ良い。我は戦えさえすれば構わんからな。協力という訳でも無いが、あの巨体相手なら足を狙うのが効果的なのは事実。我も攻撃に参加させて貰うとしよう)
 ルナの持つ剣はバスタードソード。カイ達の持つ武器と比べると普遍的で、特に何らかの特殊な効果がある物では無い。しかし、今はその『特殊効果が無い』事が強みとなっていた。
「あっ、ルナ!?」
 突如走り出したルナを雨宮 渚(あまみや・なぎさ)が呼び止める。だが、ルナはそれには応えずに精霊の下へと向かっていってしまった。
「ルナったら、また先走っちゃって……まぁ、彼女なら大丈夫だと思うけど」
 仲間への信頼か。渚は軽いため息を一つつくだけに済ませ、改めて周囲を見回した。
(それよりも、今ワタシが出来る事を考えないとね。いつもカイに護って貰ってばかりだもの。ワタシの力、今度はあの人を護る為に使う番だわ)
 その時、渚の目がある物を捉えた。一体目の精霊が消滅した位置に残っている、あれは――
(……あれ、使えるかもしれないわね)
 
 
「行くよっ! それそれっ!」
「……えい……やぁ」
「さぁ、我が攻撃を受けよ」
 精霊の左足を狙い、アリカとアルティナ、ルナが剣を振るう。アリカはスピードを活かした手数の多さによる連撃を、アルティナは掛け声こそ淡々としているが、見た目からは想像も出来ない怪力でグレートソードを振り回して強烈な一撃をお見舞いする。ルナもどちらかといえば、武器の系統的にアルティナ寄りと言えた。
「俺達はこっちだ! 行くぜっ!」
 対する右足には大樹が向かっていた。左手に持った剣を大きく振りかぶると、力の限り斬り付ける。更にセイルが続く――が、何か様子がおかしい。
「さぁ、戦闘の始まりです。それでは……くたばれデカブツッ!! ククク……アハハハハッ!!」
「セ、セイル!?」
 思わず大樹が振り向く。実はセイルは戦闘時になると性格が豹変するのだが、大樹がこの状態のセイルを見るのは初めての事であった。狂気とも言える攻撃を繰り出すセイル。手数こそアリカには及ばないものの、一撃の威力は彼女を遥かに上回る物だった。
「うわ〜、こら凄いなぁ。この分じゃわてが攻撃する余地なんてあらへ――って、鴉! 何サボってんねん!」
 セイルの後に攻撃する為に星のメイスを構えていた魏延が目ざとくパートナーの姿を見つける。鴉はいつの間にやら目立ちにくい岩陰に隠れ、そこでのんびりとティナ達の勇姿を観戦していた。
「別にいいだろ? 他の奴らだけでも十分倒せそうだし、俺の出る幕なんて無いって」
「だから言うとるやろ! あんたの修練も兼ねとるんやで!」
「やだ。面倒」
 
 ――プチッ
 
「ほぅ……そうかぁ。ほんならわても好きなようにやらせて貰うわ。構へんよなぁ?」
 額に怒りマークを浮かべた魏延が瓢箪を取り出す。それを見た途端に鴉の顔色が変わった。
「って、ちょっと待て! そいつは――」
「問答無用や!」
 瓢箪の栓を抜き、一気に飲み干す。その中身は魏延のヒロイックアサルト、『朱殺光撃』を使う為に必要な自前の酒だった。
 ちなみに魏延は普段、ヒロイックアサルトを使用する事は余り無い。発動のキーアイテムとして酒が必要になるからという事もあるが、それ以上に――
「うっ……おぇっ……気持ち悪い」
 これも契約のせいなのか、酒の影響が鴉にも及ぶからであった。今度は別の意味で顔色を変え、岩場の陰で完全に横になる。
「さぁて、久しぶりの力や。存分に味わい!」
 星のメイスを精霊の右足に思い切り打ち付ける。セイルの分と相まって、足へのダメージはかなり蓄積しているようだった。
「マスター、今が好機です」
「あぁ……行くぞ、ベディ」
「俺も手伝います。三人同時なら……!」
 カイとベディヴィア、そして淳二の三人が武器を構え、精霊へと向かって跳躍する。カイは首へ、ベディヴィアは胴体へ、淳二は頭へとその刃を同時に叩き込んだ。
「やはりダメージは通らないか。だが、体勢を崩しただけでも十分だ」
 納刀し、重力に任せて降下する。そんなカイを護るようにどこからとも無く岩石が精霊へと襲い掛かった。
「丈夫な洞窟だからこの手は使えないかと思ったけど、いい具合に岩があって助かったわ。あの娘に感謝ね」
 操っているのは渚だった。彼女はコンクリート モモが起こした落盤によって生まれた岩石をサイコキネシスで精霊へとぶつけにかかる。
「お願い、行って! 黒き炎!」
 そこに火村 加夜が援護としてヘルファイアを放った。
「加夜姉ぇ!? 魔法はあいつには効かないって――」
「分かってますよ、大樹くん。見てて下さい」
 炎は精霊の顔面へと直撃する。当然ながら今までの属性攻撃同様ダメージはほとんど無いが、加夜の狙いは精霊の視界を奪う事にあった。彼女の思惑は的中し、精霊が手当たり次第に放った拳は目標を捉える事は出来ず、岩石が精霊へと降り注いだ。
「そっか……! あいつが岩をぶっ壊してたら、俺達まで危ない所だったんだ……」
「一見役に立たないように見える物でも、使い方次第では十分に役に立つんですよ」
 岩石の直撃を喰らった精霊の体勢が更に大きく崩れる。そして連続攻撃の仕上げとして、レーネが相手の死角から飛び出し、壁を蹴った勢いを利用しての跳び蹴りを喰らわせた。
「む、これは良い手応え」
 蹴りによって大きく体勢を崩した精霊は地面へと倒れ込み、大きな隙が生まれた。大きさが大きさなので片腕しか押さえられないが、渚がサイコキネシスで精霊の反撃を封じ込む。
「押さえ込むのはワタシに任せて。皆、止めを!」
 囮組も加わり、一斉に精霊へと攻撃を叩き込む。そしてとどめとばかりに大吾がインフィニットヴァリスタの先端に付いている銃剣を頭部に突き刺し、トリガーに指をかけた。銃弾に爆炎波の力を込めた必殺の――
「行くぞ! ゼロ距離フルバース――」
「って大吾! 属性攻撃は効かないんだってば!」
「うおっ! そうだった!」
 アリカの指摘でギリギリ撃ち留まる。落ち着いて一旦深呼吸をすると、爆炎波を抜いた状態で改めてトリガーに指をかけた。
「よし、今度こそ……ゼロ距離バースト! 撃ち貫けぇぇぇぇぇ!!」
 ありったけの弾が撃ちこまれ、精霊の力を削り取る。最後の一発が発射されると同時に精霊の身体が光り輝き、やがて大樹の持つ本へと消えて行った。