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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第5章「新たなる試練『人』」
 
 
「おっしゃ! これで俺達の試練はクリアだな!」
 篁 大樹が元気良く叫ぶ。本を自身の為に使う事は止めたとは言え、巨大な相手を打ち倒した事による喜びは変わらなかった。
「後は他の場所に行かれた方が試練を超えればこの本が完成するのでござるな」
 杉原 龍漸が懐から本を取り出す。大樹や他の者達が持っていた物と同じ装丁の魔法の本だ。
「何だ、お前も持ってたのかよ。俺はもう必要無いけど、お前は何か知りたい事でもあんのか?」
「実は何も考えていないのでござる。どうせなら人の役に立つ事に使いたいのでござるが、中々良い考えは思い浮かばないでござるなぁ」
「そっか。やっぱ、便利に見えるけど結構難しいもんなんだなぁ。こういうのは」
 本を手でいじくり回しながらつぶやく。何にせよ、もうここでやれる事は無いので入り口へと引き返そうとする。だが、精霊を倒し終わっても警戒を解かないでいたルイ・フリードとヴァル・ゴライオンが違和感に気付き、皆を押し留めた。
「お待ち下さい! あの先に怪しい気配を感じます!」
「戦いが終わっても気を抜くな。残心……それを怠る者は突然足下をすくわれるぞ」
 二人を先頭として、皆が再度武器を構える。そこに現れたのは2m近くある大柄な男だった。隙の無い、威圧感のある雰囲気を纏った男の登場に緊張が走る。
「おやおや、ここに来る途中で姿を見た気がしたと思ったら、やっぱりおいでになったか。三道 六黒(みどう・むくろ)さん」
「クド、知っているのですか?」
「まぁ色々とねぇ。とりあえず、どんな相手かは見ての通りさ」
 ルルーゼ・ルファインドに答えるクド・ストレイフの表情はいつも通りに眠たそうだが、それに反して身体は油断無く構えられている。つまりは『そういった』相手という事だ。
「知識とは、知恵とは即ち人がこの世を生き抜く為の力。その力を与えるのがこの洞窟ならば――問おう。ぬし等が求めるものは何ぞ」
 その目が大樹を射抜く。ただ見据えられているだけだというのに、凄まじい気迫だ。
「求めるものだって? そんなもん聞いて何しようってんだ」
「知れた事。己が力で得ず、記された内容をなぞるだけの生に何の価値を見出す? ただ操り人形となる事を選ぶのならば、今ここでわしがひと思いに斬り捨てるまでよ」
「あいにくだったな。俺はもう楽する為に本を頼ったりなんかしねぇ。それを教えてくれた奴らが沢山いるからな」
 間違いは正せる。仲間同士で支えあっていける。この場にいる者達は大樹にそれを教えてくれた。六黒は迷い無く剣を構える大樹を見て僅かに笑みを浮かべると、鞘に納められている龍骨の剣を握り締めた。
「その意気や良し。ならばわしがその信念が真のものか見極めてくれよう。人形で無いと言うのなら、糸が無くとも立って見せよ!」
 その声と共に六黒が大樹へと肉薄する。素早さを上昇させる道具の効果で、その動きは大剣を持っているとは思えないほどに速かった。
「なっ!? こいつ、いつの間に剣を……!」
 速いのは移動速度だけでは無い。抜刀速度でも常人を超えた速さを見せる。先に剣を抜いて構えていたはずの大樹は、いきなり防戦を強いられてしまった。
「大剣ゆえに速さに劣る。そのように考えていたのではあるまいな? そうであるならばそれがぬしの甘さ。そしてその甘さが時として命取りになるのだ!」
 体格の差を活かし、六黒が大樹を剣で圧して下がらせる。更に追い討ちをかけるべく剣を振り上げるが、それと同時にヴァルが間へと入り、二刀を持って一撃を受け止めた。
「少年はやらせんよ。例え今が未熟であろうとも、我ら先達が強き意志と精神を育てれば良い」
「そのとおりだ。それまでは俺達が護り抜く。それもまた一つの在り方だ」
 更に氷室 カイが鍔迫り合いを続ける中を一閃し、六黒の剣を弾き返す。六黒が一人で強大な力を見せるのであれば、こちらは仲間との連携によって立ち向かえば良かった。
 
 再び両者が激突しようとした時、意外な形で変化が訪れた。
「へっ、珍しい本があるとか言うから来て見たが、それより面白ぇ奴らがいるじゃねぇか」
 その場に現れたのは白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)。かつてシンク近辺で起きた二つの事件で多くの者達と敵対して来た人物だった。この場にいる者達の何人かは実際に敵対する立場として顔を合わせた事があった為、彼に対しても警戒を見せる。
「あそこの妖刀野郎にも借りを返したいとこだが……」
 警戒している相手の一人、カイに視線を向ける。両者は以前、シンク南の山で動物達が凶暴化した際、直接刃を交えた事があった。二人の戦いは互角だったものの、パートナーの援護の差によって竜造は敗れ、撤退を余儀なくされていた。
 本来ならまたとない再戦の機会ではあるのだが、竜造にはより興味を惹かれる存在がいた。誰であろう、この中にいて圧倒的な威圧感を放っている三道 六黒その人である。
「あの雰囲気、本なんか無くても楽しい戦いが出来そうだぜ!」
 自身が死闘を楽しめる相手を知る為に本を奪いに洞窟を訪れたのだが、その必要が無いほどの男と出会えた事を喜ぶ。ここまで乗ってきた名状しがたき獣を撹乱の為に大樹達に向けて放つと、自身は六黒へと突撃して行った。
「さぁ、俺と殺しあおうぜ! おっさん!!」
 長ドスを腰だめに構え、叫びながら一直線に襲い掛かる。当然、六黒のとる手段は迎撃だ。
「気勢は良いが、そのような単純な手では――何?」
 剣で一薙ぎした瞬間に竜造の姿が消える。こちらは竜造がその身を蝕む妄執で見せていた幻覚だ。本物はいつの間に跳躍していたのか、上から姿を現した。
「隙だらけだぜ、これでも喰らいな!」
 この一撃は決まったかに見えた。だが、その攻撃は突如現れた葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)によって防がれた。
「ちっ、邪魔すんじゃねぇ!」
「……させぬ」
 防がれた反動を利用し、竜造が距離を取る。その隙を利用して狂骨が畏怖の効果を周囲に与えると、素早く魔鎧へと変化して六黒を包み込んだ。
「ぬしらの力、ぬしらの心、ぬしらの信念。面白いが、わしの求める高みにはまだ足りぬ。さぁ、この場に屍を晒したくなければ、ぬしらの本気を見せてみろ!」
 六黒の身体から冥府の瘴気が溢れ、闇の化身へとその雰囲気を変える。更なる畏怖を感じさせる六黒が、まずは近くにいた桜葉 忍へと剣を振るった。
「くっ! 何て重たい攻撃なんだ」
「大剣とはこう使うものよ!」
 大剣使い同士の攻撃が交錯する。だが、大剣がその重量を活かして相手をねじ伏せる物である以上、有利なのは体格が良く、力が強い方だった。魔鎧の力も得て威力を増している六黒の剣が忍を押し切り、剣を弾き飛ばす。
「――まだだ!」
 例え武器を飛ばされてもただでは転ばない。忍は弾かれた勢いを利用して反転すると、実力行使の裏拳を六黒の腕へと叩き込んだ。そして軌道がそれた隙を突いて距離を取る。
「しーちゃん、大丈夫!?」
「平気だ、香奈。義姉さんに教えてもらった武術がこんな所で役に立つとは思わなかったよ」
 血の繋がらない家族にかつて受けた、地獄のような修行を思い出す。一部の出来事がトラウマになるほどの物だったが、その成果は自身の危機を救うという形で発揮されたようだった。
「今のあの人に近づくのは危険だねぇ。ま、ここはお兄さんに任せて下さいな」
「何をするつもりですか? クド。あなた一人では危険ですよ」
「な〜に、あそこの彼はどうも六黒さんと戦り合いたいみたいだからねぇ。相手はあの人に任せて、お兄さんはマイフェリバリットスキルを使う準備でもしてるさ」
 クドの思惑どおり、竜造は六黒の瘴気にも怯む事無く戦いを挑んでいた。女王の加護によって攻撃を予測し、多少のかすり傷はリジェネレーションで修復する。六黒の強力な攻撃の前に防戦を強いられる時もあるが、そのような時でも決して退く事は無かった。
「っははは! 楽しいぜ……楽しいなぁ! おっさん!!」
「戦いを望み、戦いの為に闘うか……ぬしにも問おう。ぬしが求め、ぬしが歩む道とは何ぞ?」
「へっ、道なんて有ろうが無かろうが関係ねぇ! 俺が求める物はただ一つ! 殺し合いを楽しめる相手だけだ!!」
「良かろう。ならば仮初めの充足をくれてやろう……全力で来るが良い」
 二人の距離が一度開き、互いが武器を構え直す。どちらが倒れる事になろうと、次が最後の一撃になりそうだった。
「最高だぜ、この殺し合いはよぉ!!」
 竜造が封印解凍を使い、全力で突撃する。対する六黒も封印解凍で強化した力で大剣を振り下ろした。
『おぉぉぉぉぉぉっ!!』
 
 ――勝負はついた。
 竜造の長ドスが魔鎧の一部を砕き、六黒の脇腹を切り裂いた。そして――
「ちぃ……もう少し……だった…………のに……よ」
 点を突く必要のあった竜造と線を斬るだけでよかった六黒。それに加えて魔鎧の差が出た。大剣の一撃を受けた竜造がその場に崩れ落ちる。リジェネレーションによる自己治癒が始まっているので命に別状は無いだろうが、今は立ち上がる事は出来ないだろう。
「今はただ眠るが良い。ぬしの進む道は戦狂いの道、その先に平穏などありはしないのだからな」
「良く言うねぇ。あんたもその戦狂いでしょうに」
「――!」
 勝負がついた瞬間の僅かな隙を突いて、クドが六黒の懐へと飛び込んでいた。残心――それを怠る者は突然足下をすくわれる――
「ここまで来たなら出し惜しみは無用。さぁ、これで舞踏会はフィナーレだ!」
 両手の銃から放たれる魔弾の射手。合計八発の銃弾が至近距離から襲い掛かった。その衝撃は魔鎧をもってしても殺しきる事は出来ない。
「ぐぅっ! く……これ以上の戦闘は不可能か」
 六黒が大剣を一薙ぎしてクドを振り払うと、その隙をついてベルフラマントを羽織り、素早く気配を消した。立ち去り際、この場にいる者達へと言葉を投げかけて行く。
「ぬしらの力、見せて貰った。ぬしらの道が修羅の道と交じる事あるならば、再びまみえる事もあろう……さらばだ」
 襲撃者が去り、気絶した竜造も主の異変を感じ取った名状しがたき獣がその身に背負い、運び出していった。
 静寂の戻る洞窟。ここに、三つの試練は終わりを告げたのだった――