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【カナン再生記】風に舞いし鎮魂歌 ~彷徨える魂を救え~

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【カナン再生記】風に舞いし鎮魂歌 ~彷徨える魂を救え~
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第8章「その手に『想い』を、そして『温もり』を」
 
 
 戦いが終わり、静寂の訪れたイズルート――
 
 各地へ散っていたそれぞれの者達が広場へと集まり、互いを労っていた。そして、その中央には捕らえられ、縛られた状態のラウディがいる。
「さて、お前には色々と吐いて貰う事がある。正規軍の戦力や配備状況、石化刑の解除とその手段の入手方法……他にもお前が知る限りの有力情報をな」
「この場で尋問してもいいんだけど、それは牢の中でやるべきかしらね。マルドゥークとは面識があるから、彼の所に運んであげるわ」
 逃げられないように両脇を固めているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が見下ろしながら言う。既に四人乗りの小型飛空艇アルバトロスも脇に備え、準備は万端だ。
「フン。どこでやった所で無駄な事は変わらないね。知りもしない事など言えるはずが無いだろう?」
 戦闘が終わり、冷淡さを取り戻したラウディが小馬鹿にしたように言う。もっとも、彼の言う事は真実だった。ラウディは確かにアバドンに直接雇われた私兵だが、それは言い換えればただの傭兵――もっと言うならば、使い捨ての駒である。そんな彼が正規軍の内情を知る事などあるはずも無かった。
「まぁいいわ。それも含めて尋問してみれば分かる事だしね。さ、早い所連れて――」
「待って下さい! 少しだけお話させて頂いても宜しいですか?」
 すぐにでも移送しようとする二人をティー・ティー(てぃー・てぃー)が止める。ラウディと話をしてみたい者は他にもいるようだった。
「ラウディさん。あなたは何でこんな事をしたんですか? 確かにアンデッドを使役する方はシャンバラにもいますし、中には酷い人がいる事も否定は出来ませんが……民を虐げてまでする事では無いでしょう?」
「ティーさんの言う通り。ネクロマンサーである君は使役する者の生に責任を持つべきです。ですが、『師を求めるのではなく、師の求めたる処を求めよ』。人の生を背負ったからと言って、その人の生をなぞる必要はありません」
 キリカ・キリルク(きりか・きりるく)が言葉を続ける。それは、師から『帝王』の名と共に遺志と生を受け継いだパートナーを見てきたが故の言葉だった。
「その人が真に望んだ事を為す……村人が望んだのはきっと、ネルガルの支配前、平和と緑に溢れたカナンの姿。そうではありませんか?」
「……フフ、民が虐げられる事の無い、平和と緑に溢れたカナン、か……随分とおめでたい夢を見てくれるね」
 二人の話を聞いていたラウディが俯かせていた顔を上げる。その表情は『怒り』、そしてその眼に宿る物は――憎しみだった。
「そんな理想郷なんてあるものか!! どんな世界だって地べたを這いずり回り、人として生きられない奴らがいるんだ! 違うか!!」
 豊かな国であろうと貧困に喘ぐ国であろうと、路頭に迷い日々の生活にすら困る者達はいる。ましてやカナンの生活は中世ヨーロッパレベルだ。
 そんな世界でラウディは幼い頃に親に捨てられ、同じ境遇の者達と必死に生きてきた。例えそれが雑草を口にし、泥水を啜る事になってもだ。それでも生活に救いは見えず、一人また一人と仲間が倒れていく。街の者達は手を差し伸べてくれる訳でも無く、むしろ生き延びる為にと畑の作物に手を出した者を罵り、殴り飛ばす。貧困で路頭に倒れた者の生など誰も顧みない――そんな扱いを受けた彼がどうして自分だけ生ある者の意志を尊重しようなどという気になれるだろうか。
「フフフ……だからボクはこの力に感謝してるよ。どんな奴だろうと死んでしまえばただの抜け殻。それが分かったんだからね」
 先ほどまでと同じ笑みを浮かべるラウディ。だが、今はそれが自嘲的な笑みにすら見えてくるのは何故だろうか。
 周囲にはいつしか微妙な雰囲気が広がっていた。同情、憐憫、様々だ。
「そう……あなたの心が冷え切ってしまったのは、人の温もりを感じてこられなかったからだったのね。親の、家族の温もりを……」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)がラウディへと歩み寄る。ラウディはただ、吐き捨てるように言うだけだった。
「フン、そんな物……ボクには必要ないね」
「いいえ、それは違うわ」
「なっ――」
 朱里が膝をつき、ラウディを優しく抱きしめる。
「あなたは温もりを知らなかっただけ。ほら、こんなに暖かいでしょう? この温もりを知ってるから、人は他人を、友達を、家族を大事に思えるのよ」
「家族だなんて、そんなのボクには――」
「今はいないかも知れない。でも、これから先もそうとは限らないさ」
 朱里の横に来ていたアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)がラウディの頭に手を置く。アインと朱里、二人は当然生まれた時は他人だった。だが、出会い、惹かれあい、温もりを知る事で二人は結ばれ――そして家族となった。
 アイン達には二人の養子がいるが、その二人も含めて大切な家族である。そこに血の繋がりなどは関係無かった。
「そうね。私達も血は繋がってないけど、八雲ちゃんの事は大切な弟だと思ってるわ」
「うん、僕もお姉ちゃんの事は大好きだよ」
 篁 光奈篁 八雲が互いに手を握る。パラミタと地球という、異なる二つの世界が繋がった今、彼らのような存在は数多くいる事だろう。
「そういえば、話を聞いてるとラウディちゃんと八雲ちゃん。結構似ている所があるわよね。案外二人なら友達として仲良くなれるんじゃない?」
 月夜夢 篝里(つくよみ・かがり)の言葉に八雲と、朱里の抱擁から解かれたラウディが顔を見合わせる。普段は引っ込み思案な八雲であるが、思い切って光奈と繋いでいる方と反対の手を差し伸べた。
「うん、僕は……出来るなら憎み合ったりしないで、友達になりたい……」
 初めて差し出された手に戸惑うラウディ。結局彼は顔を背け、ぶっきらぼうにつぶやいた。
「フン。ま、お前がどう思うかは勝手だけどね。それに――この状態で、どうしろって言うんだい」
 ラウディが自分の、縛られている身体をアピールする。それには思わず周囲も苦笑するしか無かった。
 
「それで、どうですか? ラウディさん。あなたの力、亡くなった人々が安らかに眠れるように――生の為に、死の力を使ってみる気は、ありませんか?」
「今なら人の生と、引き継がれるべき想い……そして、それを背負うという事。理解出来るのではないか?」
 場の雰囲気が変わったのを見て、鷹野 栗(たかの・まろん)ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が戦いの前に問いかけた事を再び尋ねる。戦い前は一笑に付されたが、今なら――
「……分からないよ、ボクには。安らかな眠りも、背負う想いも。……でも、考えてみるべきなんだろうな」
 例えすぐに分かる事が出来なくても、切っ掛けが生まれているのならそれで良い。そう思い、栗とヴァルは静かに頷いた。
「それじゃあそろそろ行きましょうか。この分だと尋問は無くていいだろうけど――色々と考える時間、欲しいでしょ?」
 ルカルカがラウディを立たせ、ダリルへと引き渡す。二人が飛空艇に乗り込んでいる間に、ルカルカはこの場にいる者達に――そして、今は静かに横たわっている亡骸に向かい、敬礼をした。
「犯人護送の為、参列できない非礼をお詫びします。どうか……安らかにお眠り下さい」
 彼女も飛空艇へと乗り込み、緩やかに上昇を始める。その時、ラウディが朱里へと尋ねた。
「なぁ、あんたは……今、幸せか?」
 一瞬の間をおき、彼の聞きたい事を理解する。そして朱里は隣のアインへ――大切な家族へと寄り添い、幸せそうな笑顔で答えた。
「えぇ……勿論よ」
 飛空艇は徐々に高度を上げ、ラウディの姿が見えなくなる。二人は寄り添ったまま、飛空艇が見えなくなるまでずっと空を見上げていた。
 
 
「本当は村人達を弔いたかったんじゃ無いのか?」
 飛空艇を操縦しながら、ダリルが隣の席のルカルカに尋ねる。彼女はそれに答えず、外の景色を見つめていた。
「俺達は軍務が優先する。俺達に出来る事は、一日でも早くカナンを解放する事……それが、弔いになるだろう」
「…………うん」
 護るべき者の為に情が入る事もあるルカルカと、あくまで論理的に考えるダリル。だが――
(ま……このくらいは、な)
 ダリルの手が優しくルカルカの頭の上に置かれる。そんな静かな光景のまま、飛空艇は空を飛び続けて行くのだった――