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■1


 その頃、駅では緊急放送が流れていた。
「繰り返します、恋人同士の皆様は本日、蒼空学園へ近づかないようお願いします。繰り返します――」
駅でアルバイトをしているマルクが懸命に、放送を流している。
 緊迫感のあるその声を耳にしながら、橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は顔を見合わせた。二人は本日、舞の母方の従姉妹である朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)と、そのパートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)と、この場所で待ち合わせをしていたのだった。しかし二人は所用で、以前まで通っていた蒼空学園へと立ち寄ってから訪れるとの連絡を受けていた。だからか舞達は、心配そうにそれぞれ首を傾げた。
「千歳とイルマさん大丈夫でしょうか」
 舞が艶やかな黒髪を傾けながら、元来は優しそうな瞳を不安そうに揺らす。
 彼女は旧家にして富豪である、名門橘家の一人娘である。その為周囲に対し『自身の立場相応』の態度を演じてきたせいか、無理をしすぎて心を病んでしまった過去を持っている。あるいはそれだけ周囲に対して気を遣う上に、繊細な性格をしているのだと換言できるのかもしれない。
 そんな舞は、容姿が瓜二つの従姉妹を純粋に心配するように、黒い瞳を動かしたのだった。現在では、自分らしく無理をせずに生きている彼女ではあるが、その根底にある優しさには代わりが無いのだ。
「伴っている、イルマがどうにかするはずだわ」
 舞とは対照的な金の波打つ髪をしたブリジットが、瞬きをしながらそう応えた。美しい長いまつげが端正な頬に影を落としている。その双眸には、異母妹であるとはいえ、幼馴染みの使用人だと思っているイルマの姿が浮かんでいた。
 あるいは青い瞳の奥深くで瞬時に想起するという時点で、既に信頼をおいているのかも知れない。だがそうとは相手のことを意識しないまま、自覚しないままでブリジットは一人頷く。
「とりあえず連絡を取ってみるべきだわ」
 彼女のそんな言葉に、舞が繊細な顎へと手を添えた。
「そうね。それに――悠希さんや歩さんの事も心配です……連絡をしてみましょう」
 そう告げた舞は、真口 悠希(まぐち・ゆき)七瀬 歩(ななせ・あゆむ)にも連絡をする決意をしたのだった。
 まずは悠希へと連絡をする事にする。
 数度のコール音。その機械的な調べを、舞は緊張した面持ちで耳にしていた。


「もしもし」
 連絡を受けた悠希は、応えながら緑色の瞳を前方へと向けていた。
 そこには、影からパートナーを見守るオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)の姿がある。
 周囲から見てもあからさまに露見している位置に、彼女はいる。それでも本人は隠れているつもりなのか、木陰から見守る風に、オルフェリアは銀色の美しく波打つ細い髪を揺らしていた。色白の美少女である彼女は、聖書の様々な教訓を回想しながら、何度も何度も瞬きを繰り返す。脳裏に浮かんでいるのは聖書の言葉だ。
謂わく
『一番優れているのは愛です』――コリント人への手紙1の13章、
『互いに愛し合うべきであると言うことは、あなた方が初めから聴いている教えです』――ヨハネの手紙1の3章、
『全ての者に愛をつけなさい。愛は結びの帯として完全なものです』――コロサイ人への手紙3章、
等々、云々。
 愛を知らずに育つも、聖書を読んだ事で愛とは何かを模索した彼女は、明るく優しい、超がつくほどの天然で読書家だ。自分の居場所を見つける事が、将来の夢でもある。
 そんな彼女が見守っているのは、パートナーであるレンジア・ヴァイオレット(れんじあ・ばいおれっと)である。冬とはいえ露出が極端に少ない衣服を纏っている彼女は、青い髪を揺らしながら、心中をざわめかせていた。
 彼女は青い目を揺らしながら回想する。失意のどん底にあった過去の事を。穏やかで誰かが傷つくことを嫌う性格をしているレンジアは、双子の兄の死により絶望の最中にあった頃、オルフェリアと契約したのである。
 だが、現在では、その兄の生存が判明した。
 そして日常からいなくなったと思っていた親類の復活と共に、新たな、『毎日』を共有したい相手が現れたのである。
 彼女は髪と同色の瞳を揺らしながら、豊満な胸を両腕で抱いた。続いて――ヴァレンタイン・ディの事を思い出す。
「ヘイズさんに……バレンタインの私の気持ち、受け取ってもらえたでしょうか?」
 彼女がそんな風に心配していた丁度その時、想われ人本人が、丁度その場へとやってきた。やってきたヘイズは、ただ、レンジアだけを視界に捉えているらしい。
 だからその光景を、図書館から正悟に見られている事にも、木陰からオルフェリアに眺められている事にも気づいている様子はない。
 ――少し遅くなったけどこういうのは返事をしっかり返すのが筋だし、買ったプレゼントを渡そう。
 そんな事を考えていた彼もまた、バレンタインのおりにレンジアからチョコを貰った事を思い出していた。
「レンジア、あの――……」
 だがいざ当人を目の前に、なんと言うべきなのか思案せずにはいられない。
 ヘイズは照れるように、頬を指で掻いた。
 それを見守っているオルフェリアの傍らに、氷雨とハイドが近寄っていることなど知らぬまま――……。


 目の前で恋人らしきヘイズ達二人が何らかのやりとりをしているのを眺めながら、氷像と化したエヴァルトは、動かない唇を、仮に動いたとするならば、噛みしめるような、そんな心境でそこへたたずんでいた。
――凍る前、最後にイゾルデの『恋人がどうとか』そんな声が聞こえた気がした。
 が、ちょっと考えて欲しいと、彼は切実にそう思う。
「(……待ってほしかったな……本当に)」
――まさか、俺達がそう見えたのか?
 そんな事を思案しながら、出来る範囲で彼は、周囲へ視線を向けた。明らかに恋人同士らしき氷像ばかりが、並んでいるという現実がそこにはある。皆お似合いというか、仲むつまじい様子だ……そう推察し、凍り付いて動かない頬をさらにこわばらせる勢いで、エヴァルトは息を飲もうとした。
「(え? お似合いだとか思われていたら、更に……ま、まさか俺達もそういう風に見られていたら本当に……ご、誤解されるよな……!)」
 出そうとしても出ない声をひねり出そうとでもするかのように、彼は内心叫んだのだった。
――まずい、実にまずい。
 このままでは、ロリコンだと思われかねない。
 だが不安に眉を顰めようとしても、凍り付いた体は自由にはならない。
 そこへ不意に声がかかった。
「まぁ」
 声の主は、エヴァルトのパートナーであるアドルフィーネ・ウインドリィ(あどるふぃーね・ういんどりぃ)である。
 彼女は緑色の長い髪と瞳を揺らしながら、白磁の頬を傾げるようにしてエヴァルト達の氷像を見据えた。
「(なんでここに……! 見られた! すごく見られてる!!)」
 彼女の気まぐれな性格を知っているエヴァルトは、より内心動揺する。
 そんな彼の心の声に応えたわけではないのだろうが、アドルフィーネはミュリエルの正面へと立ちながら呟いた。
「ミュリエルが、寮にお弁当を忘れたから届けに来たんだけれどね……」
 彼女は長い髪の毛先を指で巻き取りなりが、持参しているお弁当バッグと、エヴァルトとミュリエルがしっかり繋いだ手を交互に見据える。
「なかなか演出上手みたいね……手を離す隙も無く、仲良くしてる所を的確に凍らせてる……。ライバル出現かしら?」
 思わずそう口にしたアドルフィーネは、趣味が演出なのである。それが寧ろきっかけとなってパートナーと契約したほどの彼女は、気まぐれな所があるとはいえ、興味が向いたら燃え尽きるまでやってしまうという性格をしている。
「地味なものには興味がないわ。物事は基本、派手に、ね」
 頷きながら呟いた彼女は、他にも複数並ぶ氷像の数々へと視線をはしらせる。
 だがそれは多大なる勘違いで、単にイゾルデが暴れているのが実情である。けれどスレンダーな容姿を、体型をすっぽりと覆うローブの奥に隠した彼女は、未だその事実には気がついていないようだった。
「一体誰がこの演出をしているのでしょう?」
 しかしパートナー達が明らかに凍らされている現状に、自称『ウインドリィの旋風の精霊』である彼女は、元来天然な一面を持ち合わせてはいるのだが、今回は良い方面にそれを働かせた。――ライバルたる演出家を見に行ってみようではないか。
「ちょっと探しに行ってみましょうか」