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■2


 蒼空学園の職員室へ行った後、アインハルトは慌てるように一度教室へと戻ってきた。
「とりあえず教室内待機だ。それからの事は、追って連絡をする。俺はとりあえず、あの生徒を止めに行ってくる」
 扉を開け放ったままだった事もあり、彼の声は、蒼空学園の廊下はおろか、校庭にまで響き渡った。補講が行われている教室は二階にあったのだが、イゾルデの暴挙により窓も開け放たれていた為、彼の声は広く響く。
 唐突な臨時講師の声に、初花やジリヤ等参加者達は静かに頷いた。
 それを見て取るや駆けだした臨時講師は、職員玄関を目指しているらしい。
 別の教室で補講を受けていた草薙 武尊(くさなぎ・たける)は、自分の本日の用件は終了しているため廊下に出ていて、走っていくアインハルトの姿を、偶然見送った。
――学園で、何かが起きているらしい。
 それはいやがおうにも外部から響いてくる轟音や叫声で理解できてはいたのであるが、実際に対応へと向かう教員の姿を目にしたのは、これが最初だった。そのため、しばし思案する。
 精悍な顔つきをした彼は、オールバックの黒髪へと手を添えた。冷静な性格が滲む知的な瞳を静かに揺らした武尊は、それから一人大きく頷いた。そして彼は、特技の追跡を用いて、走っていくアインハルトの後を追うことにしたのだった。


 アインハルトはそう告げたものの、残されたジリヤ達は不平不満を口々にしながら廊下へと出ていた。
「イズールトがイゾルデもこの教室の生徒だって言ってたけど俺たちには関係ないし」
 廊下でジリヤが、初花にそう話しかける。
 窓が開放されているせいなのか、その声は、多くの皆の耳へと入っていた。


 さて。
 三月の学生というものは、小中高大専を問わず、何かしらの課題や試験に追われる事が多いのではないだろうか。地球は日本の、標準的な学校ですらそうなのである。
 そうである以上シャンバラ教導団のように規律が明確で、厳格な学校ともなれば、たった一つの課題が出たとなったその時も、きっちりとこなすためには、多大なる労力を要する場合がある。
 全ての課題がそうだとは言わないし、彼女達が課題のために訪れたとも知れない。
 だが少なくともその時、所用があって二人のシャンバラ教導団の学生が蒼空学園へとやってきていた。
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)である。
「なにかあったみたいだね」
 蒼空学園の職員玄関付近で、セレンフィリティが呟いた。
 アインハルトの半ば叫ぶような声が聞こえてきたこともあったが、外部からも絶え間なく悲鳴が聞こえている事も重要な判断要素だった。
 状況を精確に把握をするために、一端屋内へと彼女達は身を引いた。
 セレンフィリティは『壊し屋セレン』と呼ばれる事もあるほど、『いい加減・大雑把・気分屋』という三拍子が揃った性格をしている。普段はメタリックブルーのトライアングルビキニのみを着用し、その上にロングコートを羽織っている。
 その姿は煽情的で、彼女はいつも魅力的な肢体を惜しげもなく晒している美人だ。未だ寒さの残る本日もそれはかわらず、茶色いツインテールの下、緑色の瞳を輝かせ、麗しいリボンを風に揺らされている。
 そうした第一印象からすれば、彼女は単に陽気で、妖艶なお姉さんと評する事がふさわしいだろう。だがその心中には、負けず嫌いで真面目な一面も併せ持っているのが彼女だ。
「誰が見たってそんなことは分かるわ」
 対してパートナーのセレアナが、やや素っ気なく返答した。
 彼女は、黒く短い髪に手を添えながら嘆息する。元々彼女は現実的で、相棒の暴走に冷静にツッコミ入れるたちである。それ故、素っ気なく見える時もあるのである。
 だが勿論そうはしつつも、しっかりとフォローする気配りができる性格をしているのがセレアナだ。あるいはそれは、苦労人ともいうのではないだろうか。
 何だかんだ言いつつ付き合いがいいのが彼女なのである。
 長く端正な足を一歩進めながら、セレアナは首を傾げた。同時に黒いロングコートもまた揺れる。その下には、ホルターネックタイプのメタリックレオタードを着用している。色合いは銀だ。こちらもまた妖艶である。
 客観的に見るとすれば、二人とも色気の在りすぎる様相を呈していた。
 だが、外見的印象と内面性格は必ずしも合致しない。
 その典型例が、彼女達だといえるのかも知れなかった。


――果たして、一人であの生徒を止めることが出来るのか。
 そんな不安に駆られながら走っていたアインハルトは、唐突にセレンフィリティに呼び止められた。
「ちょっと待って、聴きたいことがあるんだよ」
 そこへ玄関にとどまっていたセレンフィリティが言葉をかけたのだった。
 アインハルトは足を止めた。声をかけてきた他校生らしき二人の姿に、短く息を飲む。
「幸い、恋人同士とも敵ともみなされはしなかったらしくて、直接的な攻撃は受けていないんだけどね。アレはないと思うんだわ」
 セレンフィリティは、硝子越しにイゾルデを一瞥する。
「ああ、だからとりあえず被害を止めに行くところだ」
「その前に、どうやって止める気?」
「それは……」
 セレアナの声に、アインハルトは、あからさまに言葉に詰まった。
 確かに、人を氷像にしてしまうほどの魔力の持ち主が相手となると、一人でどうにか出来る自信など無い。彼は比較的自信家だったが、そのあたりの力量はわきまえているつもりだった。
「まずは事情を聴いても良いですか? その格好からするに、先生ですよね?」
 セレアナがわざとらしい敬語で、アインハルトを見据えた。
 一般的な学園生であるならば制服姿であろうし、年代的にも教員に見える相手だからこその問いでもあった。何より先程遠くから響いて聞こえた生徒へ指示をしているらしい人間の声と、類似していると冷静に判断した事も一因である。指示を出していた相手だとすれば、この事態についても何か知っているのではないかと推測したのだ。
「……まぁ、先生といえば先生なんだろうな。で、事情とはなんだ?」
「今現在何が起きているのか、それを具体的に教えて欲しいわ」
 セレンフィリティの問いに、アインハルトは眉を顰めた。
「それこそ俺が知りたい。外で強力な魔力を持った生徒が暴れているんだ」
「心当たりとかは、無いんですか」
「その生徒に対してか?」
「なんだか、お返しがもらえなかったって叫んでるみたいだよね」
 セレアナが続けると、アインハルトが目を細めた。
「分からない。さっきあの生徒は、俺が持っているクラスの生徒だと言われた気がするが、俺の記憶には無いし、その生徒からチョコを貰った覚えもない。大体、いちいち生徒からの義理チョコなんて、覚えているわけがないだろう」
「そんなに沢山貰えるようには見えないわ」
「うるさい」
「図星……」
「ちょっと黙ってくれ。話しを元にもどそう」
「そうね。だけど……まぁ、止めに行くのは分かったわ。で、どうするつもりなのよ?」
 セレンフィリティのその問いに、アインハルトが嘆息する。
「――正直な話し、とりあえず現場へ向かう以外、何の方策も浮かばない」
 その返答に彼女は、茶色いツインテールを揺らしながら首を傾げた。
「正直ここから見てる感じでも、なだめるだけ無駄な気がするのよね」
 全く参考にならないアインハルトの言葉に、セレンフィリティが腕を組んだ。
「……少なくとも気がすむまで暴れさせるしかないような気もするのよ。だけど放置するわけにもいかないわね」
「あたりまえだ。このままじゃ、校舎も通行人も危険なんだからな」
 アインハルトが頷くと、セレンフィリティが呆れたような視線を返しながら、言葉を続けた。
「じゃあこういうのはどう? 私達が囮となってあの娘をひきつけている間に、彼女を先生が取り押さえる」
 その言葉に、セレアナもまた頷いた。
「取り押さえた後は、私がアイスプロテクトを用いて、まずは耐寒防御を施した上で、セレンフィリティともども、彼女をなだめにかかるのはどうでしょう。彼女は完全に冷静さをなくしているようですし。話を聴くのはそれからでも遅くないでしょう」
 そんな二人の具体的な提案に、アインハルトは眉を顰めた。
「論理的だし、正論だと思う。だけどな……」
 そうして彼が何か言いかけた時、丁度そこへ武尊がやってきた。