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リアクション
■3.もう限界でありんす。
「おい、まさかっ――」
一徒が石化した女生徒を抱えたまま総奉行室に入ると、唯斗は少し取り乱した様子で駆け寄った。
「睡蓮……! やはりやられていたのか……」
しかし匡壱の運んできた被害者がエクスでないことを確認すると、唯斗は睡蓮を置いた一徒を見る。
「もう一人いなかったか……?」
「すまない、俺たちが見かけたのはこのコたちだけだ」
唯斗が悔しそうな顔をしたのを見ると、一徒はあることを思い出してポケットを探った。
「そういえば、この携帯を知ってるか?」
一徒が唯斗に差し出すと、彼は表情を変える。
「これは、エクスの……!」
「やっぱりそうか」
唯斗にそれを手渡すと、一徒は睡蓮を見た。
「そのコがいた放送室の前に落ちてたんだ。姿はなかった」
「何……? 誰かに襲われたのか?」
唯斗の黒い瞳が動揺したのを見て、唯斗は慌てて付け加える。
「いや、争った形跡はなかった。携帯を落としたのか、もしくは俺たちよりも早く見つけた誰かが助けたのか」
とにかく今はわからないんだと一徒が頭を振ると、唯斗は一言だけありがとうと言って携帯を見つめた。
「血の気のある奴もいるんでありんすね。……さて」
ハイナが埃を払うように二度手をはたくと、総奉行室を見渡した。
今この部屋には、天守閣から降ってきたつばめ、逃げ込んできた銀とミシェル、怒鳴りこんできた絃弥、助けに来た唯斗、石化した生徒たちを運んできた一徒、佐保、匡壱、そして石化している睡蓮と月夜がいる。しかしどうやら、この中に石化を解除できる人物はいないようだ。
「こなたの総奉行室も、随分賑やかになりんした」
ハイナが面倒くさそうにふうと息をつく。その態度に眉を僅かに動かした銀は、一歩前に出た。
「総奉行……説明してもらおうか。何が起こってる」
「それは――」
「それは?」
銀が鋭く睨むと、ハイナもその視線を返してきた。そこにいる誰もが固唾を呑んで見守る。
銀をじっと見据えたかと思うと、ハイナは不意に背を見せる。
「今は説明できんせん」
「そんなっ! 何か知ってるんでしょう!?」
つばめが前に出ようとすると、銀の手が彼女を止めた。わけのわからないつばめは銀を見る。
「なんでっ……?」
「やっぱりな」
今まで宙ぶらりんだった点と点が繋がると、銀は静かに呟いた。その声に、ハイナは横目で様子を見る。
「やっぱり……とは?」
「一連の騒動がこの学校を潰したい連中の仕業なら、この総奉行室を狙わないはずがない。だが――」
言いながら、銀は総奉行室から廊下を眺める。ジガンが倒れているが、相変わらずスライムが攻め入ってくる様子はない。
「これっておかしいよな? まるでここは安全地帯みたいだ。それに、見たところあんたにとっては緊急事態じゃない」
廊下から目を離してハイナに近付くと、銀は一段階低い声を出す。
「――あんたが仕組んだんだろ?」
銀がそう放つと、周囲からどよめきが聞こえた。
「……なんでそう思うんでありんしょう?」
正面を向いたハイナは静かに銀の目を見つめる。それはまさに、試すように。
「溢れているのは例外なくスライムだけ。しかも石化や睡眠、どれもまるでダメージなしだ。外部からの攻撃ではなく総奉行が噛んでるなら、生徒たちに万が一のことがないよう考慮するのはとても自然だよな。ただ――」
実に楽しそうな眼をするハイナに圧し負けられないように、銀も圧すのをやめない。
「……ただ?」
「ただ、理由がわからん」
そうだろうという顔をして小さく鼻で笑うハイナは、余裕を取り戻した様子で腕を組む。銀は視線で繰り返し問いかけるが、ハイナのそれは全然応えようとしない。
「あ、ねぇ」
ふとミシェルが声を上げたかと思うと、後ろから銀の服を軽く引っ張った。
「なんだよ?」
「見て、これ。百合園の友達の情報なんだけど」
いつの間にか携帯を開いていたミシェルがその画面を銀に見せる。そこには「スライムなう」の文字。
「……は?」
さっきまで凛々しかった銀がすっかり低俗な物を見る目つきになると、ミシェルは怒ったように訴える。
「『は?』じゃなくて! 百合園でも同じことが起こってるってこーとーっ! 偶然なわけないよね?」
現代用語は難しいなと銀が頬をぽりぽり掻くと、ふと閃いてハイナを睨む。
「あんたまさか、他の学校と張り合ってるんじゃないだろうな? もしそうなら、ミシェルを危険に晒した落とし前は取ってもらう――」
「惜しい!」
銀に最後まで言わせずに、ハイナは嬉しそうに声を上げた。
「影月銀。おしまい以外は実にパーフェクトでありんす」
「あ?」
意味がわからず銀が聞き返すと、ハイナは人差し指を立てて少し待てを指示した。
「そこまで見破られたなら、もう隠せんせんぇ」
そう言うと、彼女は受話器を上げる。
#
「ボクたち、出遅れちゃった?」
「あー、だいぶ事後っぽいしねぇ」
『イナンナの加護』とEineFederを使用している和葉と、ザクロの着物を着用し『殺気看破』を使っているルアークは、スライムの海の中を堂々と駆け抜ける。
スライム騒動がピークを迎えていても、二人は食事が終わるまで食堂を離れなかった。
飛びかかるスライムを払いのけ、時にはトレーを持ち上げながら、それでも二人は「ご馳走様」まできちんとこなしたのである。ある意味奇跡的だ。
「腹ごしらえも終わったし、スライム大量発生の原因でも突き止めに行く?」
ルアークがこう言ったのは先ほどのこと。
そうして、今二人は総奉行室へと続く廊下に辿り着いた。
「なぁ和葉? あそこ、なんか様子がおかしくね?」
「うん? あ、ほんとだね」
ルアークが呼ぶと、別の方向へ行こうとした和葉は足を止めた。
確かに、総奉行室は扉が開け放たれたままだし、それなのにスライムは寄り付いていない。その光景はどこか不自然だ。
「これだけスライムがいるのにねぇ」
「行ってみようか」
怪訝に思った二人が総奉行室に駆け込むと、室内は妙な空気が流れていた。
学生たちが何人かいて、何も話さずどこかを見ている。その視線にはどこかへ電話をしている総奉行の姿が見受けられるが――
「ああ、そう。扉が破られて中に生徒が……違う、わっちが開けたんではない」
――この調子だ。
「……何が起こってるの?」
和葉が思わず呟くと、ルアークもさあと首を傾げた。
とりあえず事態を把握しようと室内を見回す和葉。やがてその目は石化した人の前に立つ唯斗を見つけて傍による。
「石化?」
和葉が後ろから声をかけると、唯斗はハッとして振り返る。石化した生徒は、どうやら二人いるようだ。
「ああ……しかし解除できる奴が、この中にはいないんだ」
悔しそうにそう言った彼を見ると、和葉は優しく微笑んで見せた。
「それならボクたちに任せてよ。ちょうど、石化解除薬がボクとルアークで二つあるんだ」
「ええっ!? 俺のまで使う気!?」
わざと驚いた表情をしたルアークを睨むと、和葉は怒ったように口を開いた。
「当たり前だよ!」
「ああ、わかってる。冗談だってば」
ルアークがぺろっと舌を出すと、二人は小瓶を取り出した。
「あんたら……」
そう呟いて言葉を失うと、唯斗は感謝の眼差しでそれを受け取った。
#
百合園のスライム溢れる廊下を、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が睡眠にかかったレティシアを抱えて走っていく。そのすぐ後を行くのはパートナーの七瀬 巡(ななせ・めぐる)。彼女は石化したミスティを運んでいる。
「ねぇ、本当にこの人たち運ばなきゃいけないの〜?」
「当たり前でしょー?」
どうしてボクがという顔をしながら走る巡がボヤくと、歩は振り返りもせずに答えた。
「うーん、わかったー。……こういうのも正義の味方の仕事だもん、仕方ないかー」
渋々という文字がピッタリな目をすると、巡はその目でちらりと抱えているミスティを見た。
「それにしても、このコすごい格好してるなー……」
服のなくなってしまった胸部を必死に押さえたまま、恥じらいの表情で石化している。その様相は、どこか芸術的ですらあった。その石像をまじまじと見ていると、不意に前を行く歩が声を上げた。
「あ、ねぇ。校長室が開いてるみたい!」
校長室の中では、静香がおいでおいでと手招きをしている。どうやら中にスライムはいないようだ。
「逃げ込ませてもらいましょ!」
言うが早いか、二人は柔らかな匂いに包まれている校長室へと走りこむ。中には、既にここへ避難していたレキ、ミア、ミルディア、真奈がいた。歩たちは運んできた二人を置くと、顔を上げた。
「静香さん、ここは安全なんですね?」
「う、うん……まぁ」
苦笑いを浮かべる静香の返事はやけに歯切れの悪いものだった。歩はそれに気付くと、もう一度校長室内を見回す。
すでにレキやミルディアが、歩たちの運んできた生徒の回復に当たっている。そしてどこか様子のおかしな静香。その奥には電話を受けているラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)がいた。
「――まぁ、こちらも絶対の安全地帯という名目で校長室を開放しましたわ。ええ、ええ。そう、これでまた条件はイーブンということでよろしいですわね……?」
「ラズィーヤさん、ほとんど焦ってないですね」
歩が傍にいた静香に話しかけると、静香は気まずそうな顔をした。歩はその表情を確かに見る。
「もしかして、何かご存知なんですか? ご存知だったなら、事態の解決に手伝って下さい!」
「だっ、だめなの! 僕はみんなを手伝えなくて、これには事情があって――」
静香は身振り手振りしながら今にも泣き出しそうな表情で自分が力になれないことを伝えようとしていた。まるで察してとでも言うように。本格的に怪しくなってくると、巡も何か思うところがあるのか口を開いていた。
「あれ? 静香ねーちゃんが悪者の仲間?」
「違うのっ、誰が悪いとか、そういうことじゃなくて……!」
静香は目を潤ませながらラズィーヤを見ると、彼女も受話器を持ったまま静香を眺め、そして溜め息をついた。
「はぁ。このままじゃもう――」
#
「――もう限界でありんす」
ハイナは受話器に向かってそう呟いた。振り返ると、銀が鋭く睨んでいる。
『そうですわね。こちらももう、静香さんが喋ってしまいそうですわ』
その表情が呆れているのは声だけでわかる。両方にとって何か策が必要だと思うと、ハイナはある提案を口にした。
「ではこういうのはどうでありんしょう。もうお互いに話してしまうといわすのは?」
『いいですわね、それでいきましょう。ではご健闘を祈っておりますわ』
ラズィーヤが何の間も入れずあっさりと承諾したところを見ると、百合園女学院もこの葦原明倫館と同じようにそろそろ佳境を迎える頃なのだろう。
「いい度胸でありんす」
そう言って受話器を置くと、ハイナは湯飲みを傾けた。
「おや、すっかり冷めてしまいんした」
「で? なんなんだ」
銀が答えを急かす。目を瞑って大きく息をついたハイナは、湯飲みを置くと銀を見た。
「事の発端は、百合園との校長対談でありんした――」
#
ハイナが静香との握手を解くと、口を開いたのはラズィーヤだった。
「これで貴女方も一安心ですわね」
出された紅茶を手に持ちかけたまま、ハイナは眉をぴくりと動かした。
「はて……何が言いたいのでありんしょう」
「数を束ねる学園の中でもトップのわたくしたちと友好関係を築いておけば、どのような方々でも枕を高く出来ますもの」
涼しい顔で扇をはためかせるラズィーヤ。それを見たハイナは黙っていられないという様子で、テーブルの上に音を立てて肘を乗せた。
「まるでわっちらが、ぬしたちにすがりついてるとでも言いたげでありんすね?」
「あら、そうは言っておりませんわ? ただ、もっぱら私たちが頼られる側になりそうなことは否めませんけど」
「や、やめなよラズィーヤさん」
和やかだったムードがすっかり色を変えたように見えると、静香は慌てて仲裁に入る。
「いがみ合っても何も良いことないよ。みんな仲良く、ね?」
静香が宥めるのも聞こえないかのように、ハイナはラズィーヤの瞳を覗き込んだ。
「ぬし……喧嘩をしたいわけではなさそうでありんすね」
ラズィーヤがいたずらに挑発しているのを見抜いたハイナは、冷静になって席に腰を落ち着かせる。
ラズィーヤは不敵に笑むと紅茶を含み、ゆったりとした動作で静かに置いた。
「あらあら、いけませんわ。喧嘩だなんてそんな野蛮なこと。わたくしだって、貴女方とは友好的な関係でいたいんですのよ?」
彼女の扇は、口元を隠すようにふわりと動きを止める。
「そこでわたくしから一つ提案がありますの。お互いの実力を知るいい機会ですし、生徒たちの為にもなりますしね」
扇の上から覗いているラズィーヤの蒼い瞳が、妖しさを秘めたままきらりと光った。
#
「だから、こんなことをして一体誰に得が――」
「ぬしたちでありんす」
説明されても納得のいかない銀が再び噛み付こうとすると、ハイナは毅然とした態度で返した。
「確かに、今回のスライム騒動は百合園との間でどちらが対処に早いか競争する形式にはなっていんす。けれども勝ち負けはありんせんし、先ほどぬしが言ったように、どのスライムもダメージのない状態異常の攻撃しかしんせん」
真っ向を切って正論をぶつけられると、流石の銀も反論できなかった。
「これは抜き打ちテストでありんす。これから、この大陸では何があるかわかりんせん。どんな状況にも対応できるよう、ぬしたちの経験値を積むのが狙い。どなたも危険には晒してんせん」
ハイナは言い終えると椅子にどっかと座った。銀がその場にいた人たちを振り返ると、納得しつつも複雑な表情の者ばかりだった。
「そいで、今回の解決の鍵でありんすが――」
#
「――クイーンスライムですわ」
「クイーンスライム?」
百合園校長室にいた面々は、ラズィーヤの言葉に首を傾げた。
「クイーンスライムは、半永久的にスライムを生み出し続けることができる魔法生物。今回のスライムたちは、元はといえば一体のクイーンスライムから生産されたものですわ」
「げ、どんだけの規模のスライムなんですか……」
クイーンスライムを想像した歩は青ざめた。
「ま、それを倒せばスライムたちは一斉に消滅しますわ」
「で、そのクイーンスライムはどこにいるの?」
「それは――」
「それは?」
歩と巡がラズィーヤに詰め寄ると、彼女は扇で口元を隠した。
「それは言えませんわ」
「えぇーっ! この期に及んでまだそんなことを!?」
「当たり前です」
扇をひらひらさせると、ラズィーヤは窓から階下を眺める。向き合っている校舎の中にも、スライムたちと戦っている学生がいる。
「今回の一件は、先ほど話した通り、貴女達が解決するとこに意義がありますわ。いざという時は、誰も元凶の場所など教えてくれない。それでも対処できるだけの力を、貴女達に身につけて欲しいんですの」
意味深なトーンで喋るラズィーヤの背中を見て、歩は頭を抱える。
「うー、場所がわかったら放送室にでも行って、校内中に伝えようと思ってたのに〜……」
「これじゃわかんないね」
歩と巡が顔を突き合わせてどうしようかと悩んでいると、やがて歩の携帯電話が鳴り出した。
「歩ねーちゃん、電話」
「あ、うん。誰だろ――?」
#
つかさは明倫館の廊下・スライムの中を彷徨っていた。
「どうして、お逃げになってしまったのでしょう……私はまだ……」
熱を含んだ唇でボソボソと呟きながら、どこを目指すわけでもなく歩いていく。見渡しても、睡眠などで動けなくなっている人はいないみたいだし、つかさはそれを確認する度に肩を落としていた。
「あら?」
つかさは何かに気付いて声を上げた。
「また、ピンクのスライムでございますわ」
複数のピンク色をしたスライムが、彼女を誘うようにぷるぷると揺れていた。
「貴方方は、一体なんなんですの……?」
つかさがそう言って、警戒もせず近付いた矢先。
「あっ、ああぁぁぁんっ!!」
ピンクのスライムたちはつかさ目がけて一斉に粘液を吐き出したのだ。驚いたつかさは思わず尻餅をついた。
「はぁっ、はぁっ……もう、服がべとべとでございます……あら?」
すると途端に、つかさの服は溶け始めた。
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