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魂の器・第3章~3Girls end roll~

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魂の器・第3章~3Girls end roll~
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リアクション

 
 その頃、処置室ではアレーティアとコタローが中心になって最後の手助けをしていた。
「……うまれたれす」
 コタローの報告と共に、ルカルカが赤子を取り上げる。直後、清潔なタオルの上で盛大な泣き声が聞こえた。
 その瞬間、安心と喜び、達成感――多分、言葉では現せない位に様々な感情が室内に広がった。
「よく頑張ったね」
 頬を紅潮させたポーリアに微笑みかけ、ルカルカは丁寧に子供を拭いて新たな布でくるんだ。体温低下防止の為だ。生徒達は、また感嘆の声を上げる。
 ダリルは、その傍でポーリアの後処理を終えるとファーシーとアクアの方を見た。ファーシーは純粋に嬉しそうに、アクアは何か口を半開きにしてこちらを見ている。2体(2人)には研究者が機晶姫を弄ぶ存在ではないと認識してもらいたかったが、さて彼女達はダリルに対してどう思ったのか――その表情から伺い知ることは出来なかった。
 まあ、研究者への認識とは別に、多少なりともむっつりすけべとかセクハラとかそういう類の感想を持たれたとしても仕方がないだろう。……当の本人が気にしないのだから別にいいのか。
「……ふぅ、ようやっと産まれたか」
 樹も額に浮かんでいた汗をぬぐい、息を吐く。そして、彼女はポーリアに言った。
「妊婦、いや、『母親』よ。すぐに赤子を抱いてやれ。……それが、産まれたときの儀式だ。
母親はお前だということを、赤子に知らせてやるがよい」
「はい、ポーリアさん」
 それを聞いて、ルカルカがポーリアにそっと子供を渡す。彼女は子供を愛おしそうに抱くと、そっと頭に頬をつけた。
「……コタロー、よく頑張ったな、偉いぞ」
 樹は、スツールの上で脱力したようになっているコタローの頭を優しく撫でる。
「……ぽーりあしゃんも、あかたんも、げんきれす。こた、うれしいれす、こたにも、いのちのおてつらい、れきたれす。うう……ねーたーん!」
 コタローは、一気に樹の胸に飛び込んだ。胸の中で大泣きする。過去に機晶姫の死に直面したことがあるコタローには、ジーナを自分の力で助けられるようにとテクノクラートになった経緯がある。そのコタローにとって、今日の経験は本当に特別なものだったのだ。
 その頭をなお撫でながら、樹はライナスを振り返る。
「技術者、機晶姫について少々伺いたい事があるのだが……」
「ああ、何だ?」
「ジーナのことで相談があるんだ。あいつは……」

 樹の説明を聞いてライナスは言う。
「……機晶姫の生態機能は身体の性別に準拠する。基本的に子供は宿せないし、体内で子を育てることも出来ないだろうな。だが、相手が女性であれば相手との間に子を作ることも可能だろう。勿論、身ごもるのもジーナではないが」
「そうか……」
 その頃、ポーリアの周囲では夜魅が赤ちゃんを見つめていた。先程の不安そうな様子は残っていない。
「うわあ、可愛い……」
「これが、僕達の子供……」
 スバルも子供を見て声を震わせる。幸せそうにする母親に、感動で目を潤ませる父親。父親の方がやっぱり少し頼りないが、それはとても暖かい光景で。
 そして、その種族は――
「機晶姫だな。男だ」
 ライナスは赤子を見て、そう判じた。見目は殆ど地球人と変わらないが、確かに髪の量、肌の透明感などが違う。まあ、細かい所を挙げればきりが無い程度に。
「ポーリアさん、わたしもさわっていいかな……?」
 一歩、二歩と歩み寄ってきて、ファーシーがおずおずとたずねる。流石に、産まれたての子供をそう何度も抱くのはためらいがあったようだ。だが、ポーリアは二つ返事で了承した。彼女も、ファーシーが子をつくるかどうかで答えを出せずに困っていることは知っていた。何事も無く出産を終えた喜びと共に、少しでも子供というものを知ってほしい。
「はい、どうぞ。さわるだけと言わず、抱いてみてください」
「……え、いいの?」
 びっくりするファーシーをもっと近くに呼び寄せ、ゆっくりと抱くように言う。緊張している彼女をサポートするように、ルカルカが笑顔で言う。
「そっとよ。そっと」
「う、うん……」
 無事、腕の中に赤ちゃんを抱くと、彼女は意外な重さと、そしてそれに相反する脆さに驚いた。機晶姫というけど自分とは全然違い――
「やわらかいね」
 そう、何だかやわらかかった。
「アクアも、もっと近くでどう?」
 ルカルカは、後方に佇んでいたアクアを誘う。彼女は出産中、周りで手伝いを行っていた。そこから何を感じたのかは分からないが、今日、この日を通じて自分の生を肯定してほしい。
「…………」
 アクアは、僅かな戸惑いを表に出し、寝台に近付いてきた。
(これが、子供ですか……)
 目を閉じてうとうととする子供を上から覗く。
「ねえ、アクア」
 その彼女に、ルカルカはそっと話しかける。
「命は脆くて直ぐに消えてしまうけれど、亡くしたら戻らないけど、だけどこうして生まれてきて、こんなに愛しい。
 ……生きているというだけで、それはとても素晴らしい事なの」
 アクアが生まれ、生きている事を祝福して歓迎したい。その思いをこめて言う。伝えた言葉は、彼女の中でまだ形になっていなくても、きっと伝わっていると思うから。
「…………」
 アクアはルカルカに、何も言葉を返さなかった。ただ、感情を封じたようなその表情に、僅かな変化が生まれる。それは、苦しいような辛いような――泣きたいような、そんな、顔。
 一方で、ファーシーは。
「子供……こうして抱いてると、わたし何だか、守りたくなってくるの。これが、愛しいっていうことなのかな……? この気持ちがあれば、わたし……」
 支えてくれる人がいないと、大変。ザカコに言われた事を思い出す。
「わたしも、育てられるかな……?」
 赤子を見つめてそう呟くファーシーに、ルカルカが優しく言う。
「ファーシー、出産は貴女が決める事よ。でも、親は子に責任がある。好きだから欲しいからだけでは生んではいけないわ」
「……うん……」
「けど、命を背負う覚悟があるなら、喜ばしい事よ。私達、女にしか出来ないわ」
 ファーシーは赤子に視線を落とし、それから、後ろに立つルカルカを見上げて聞く。
「ルカルカさんも、子供……、欲しい?」
「ルカ?」
 彼女は一度瞬きすると、茶目っ気を含んだ調子で答える。
「世界が安定したら、考えるわ♪」
「ファーシーさん」
 ポーリアが話しかけてきたのは、そんな時だった。
「ぜひ、外で待っているみなさまにも見せてさしあげてください。ご遠慮なさっている方もおられると思いますので……」
「え、でも……」
 出産したばかりのポーリアは、まだしばらく経過を見る必要がある。この部屋からは出られない。
「私の、自慢の息子ですから」
「ポーリアさんも、少しなら外に出ても良いですよ」
「そうだね。母機体にも異常は無いし、ここに残るのも寂しいだろうしね。あ、でもなるべく早く休むようにね」
 産婦人科医とモーナがそれぞれに許可を出し、ポーリア親子は皆で部屋を出ることになった。

 スバルが普通の車椅子を持ってきて、ファーシーと、それに座ったポーリアは大部屋に入った。手伝いをしていた皆も戻ってきて、一気に室内の人口密度が上がる。ポーリアの腕の中に戻った子供を見て、待機していた皆はどこか張り詰めていた空気を弛緩させた。
 わくわくとした笑顔で、ピノが走り寄ってくる。
「ポーリアちゃん、赤ちゃん生まれたの!? うわあ、ちっちゃい……!」
「ね。これでも結構重いのよ」
 彼女達の周囲に、チェリー達や皆も集まってくる。ごく間近で赤ん坊を見ていた緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)に話しかけた。
「機晶姫ですか……。生まれたてというのはどんな種族でも可愛いものですよね。霞憐もそう思いません?」
「ああ。新しい命の誕生……、その場に居合わせることができるっていうのは運が良かったよな」
 抱いた思いを隠すことなく、霞憐は答える。それを聞きつつ、遙遠は改めて赤子を見て感心したように言う。
「しかし……機晶姫って子供生めるのですね……ふと思ったのですが、剣の花嫁は子供を生めるんですか?」
 ライナスを振り返り、それから、念の為というように補足として言葉を付け足す。
「別に変な意味で聞いてるわけではありませんが……、単純な興味です」
「剣の花嫁も子は産める。問題無くな」
「そうですか……」
 驚きは特に見せない遙遠の隣で、霞憐はまだ赤ん坊を見つめている。
「……子供って可愛いな……。それに命って尊いと思うよ、こういうのを見ると……」
 感慨深い声に、遙遠も子供に目を戻す。そこで、彼の耳に歌が聞こえてきた。透明感のある声と共に室内に響くのは、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の幸せの――お祝いの歌だった。
 多くの人が新たな生命の誕生に立会い、それを喜ぶことは素敵なこと。
 そう思いながら、メイベルは歌う。
「…………」
 皆の話し声が徐々に収まり、室内に静かに、歌が流れる。それを聞きながら、遙遠はふと思った。
「そういえば、出産祝いもなにも準備してませんでしたね……。折角だから祈りますか……柄ではないですが」
「祈る?」
 見上げてくる霞憐に、彼は微笑む。
「ええ。新しい命にこの世界の祝福がありますように、と」

                            ◇◇

「お疲れさま! お茶でも飲んで、ゆっくり休んでね」
 セシリアは、メイベルの歌が響く中で室内を周り、手伝いをしていた皆にお茶を振舞っていた。やがて彼女は、アクアのもとへもやってきた。
「アクアさんも、お手伝いご苦労さま! はい、あったまるよ」
「……ありがとうございます」
 ティーカップを受け取り、アクアは今更ながら自分が手伝いなるものをしてしまったのだと自覚した。最初に誘われた時は断ったというのに……。興味が零だったかといえば嘘になるが、手伝う気など無かったのがあれよあれよという間に雑用的手伝いをやっていた。
(あの男が次々と押し付けてくるから、つい……)
 風祭 隼人(かざまつり・はやと)の方を見遣る。すると、視線を感じたのか彼はこちらにやってきた。やはりティーカップを持っている。
「どうした?」
「いえ……」
 アクアは言葉を濁し、お茶を一口飲んだ。それから、抗議めいた口調で隼人に言う。
「何故、手伝いなどさせたのです。たまたま前を通りかかったからですか? 私が誰かを助けるなど有り得ない行為です。思い出すと、何か自分自身に得体の知れない寒気を感じるじゃないですか」
「で、手伝い自体はどうだった?」
「…………」
「まずは経験してみないとな。それでやる価値がないと感じたなら今後はやらなければ良いし、何かしらの価値を見出せたなら今後も人助けをやれば良い」
 普通に誘っても、意地やら何やらで躊躇するだろう。だが、どんどんと仕事を振れば余計な事を考えたり迷ったりする暇もない。押し付けにはそんな理由があった。
「……しかし、私にも行動動機というものが……」
「俺がいつも人助けをするのも、道楽みたいなもんだしな」
 尚も抗おうとしていたアクアは、その言葉でぴたり、と口を閉じた。
「……道楽? そんなものなのですか?」
「変に小難しく考えるなよ。『困っている時はお互い様』って事で気軽に助け合えば良い。その内、自分が困った時には誰かが助けてくれる……世の中はそんなもんさ」
「…………」
 返す言葉が見つからずにアクアは黙る。単純すぎて目から鱗のような気もするし、その単純な事だからこそ難易度が高いような気もする。5000年以上も生きてきたのに――喩えるなら、突然異世界に迷い込んだ運命の勇者のように、自分の周囲に広がっていく変化に馴染めないのだ。実際は馴染めないのではなく、馴染んだら負けとか無意識下で思っているのだが。決して、馴染んだらキャラ崩壊とかではない。
「なあ、もし今日手伝ってみて悪くないと思ったなら、もう1つ人助けをやってみないか?」
「……な、何です?」
「? 何で動揺してるんだ? 俺の代わりに、環菜のお見舞いに行ってほしいんだ」
「環菜……あの有名な、蒼空学園の元校長ですね。ファーシーが行くと言っていましたが……どうして自分で行かないのです」
「俺には産後の経過を見守る義務があるというか……、ルミーナさんの救出をしくじったから蒼学の女王様に合わせる顔が今の俺にはないというか……ルミーナさんと縁が深いファーシーと一緒にお見舞いに行くのは気まずいというか……色々と事情があるんだよな」
 話している内に、実際にばつの悪そうな表情になる。背後的な事情は彼女の与り知らぬことだ。聞いても分からなかったが、見舞いを避ける心情はよく解った。
「……それにしたって、彼女と全く面識が無い私が代わりに行っても仕方ないでしょう……」
「でも、挨拶をする機会としては良いと思いますよ」
 そこで、話を聞いていた風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が近付いてきた。
「アクアさんも蒼空学園へ編入するんですよね? でしたら、いずれ挨拶することになるでしょうし」
「私が、蒼空学園へ……?」

                            ◇◇

「機晶姫の赤ちゃんなんて珍しいですぅ〜」
 歌に何気なく耳を傾けながら、エリザベートはポーリアの前まで行って興味津々に赤ん坊の頬をつついた。まどろんでいた赤ん坊が瞼を開ける。
「…………うぅ〜〜〜〜」
 だが、間近にあったエリザベートの天然半眼を見ると彼はぐずり――
「おぎゃあおぎゃあ!!!!」
 と泣き始めた。
「な、なんですぅ〜!? この子、失礼ですぅ〜! 泣き止みなさい〜!」
 びっくりして怒り、それから若干焦って泣き止まそうとするエリザベート。ザカコは、そんな彼女に話しかける。
「まあ、この子にも感情があるということですよ、校長」
「どういうことですぅ〜!!」
 抗議自体はスルーし、マイペースにザカコは言う。
「温もりを感じて伝える事もできる。命があるって素晴らしい事ですよね」
「……うぅ、確かにそうですけどぉ〜」
 赤子の反応に、エリザベートは釈然としないようだ。泣き続け、ポーリアにあやされる彼をじぃっと見つめている。
「校長は、御神楽校長の所へは行かないんですか?」
「………………行きませんよぉ〜。このまま帰りますし、明日も別に出かけません〜」
 ……少し、間があった。
「素直になって、御神楽校長の所へ行ってみてはどうですか」
「…………」
「いつも通りの憎まれ口をきくのが一番の御見舞いだと思いますよ」
「…………うぅ」
 普段と変わらない調子のザカコの声を聞きながら、エリザベートはおたふくみたいに頬を膨らませて唇を尖らせていた。